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面談
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出来る限りの礼は、尽くすと云うことか――。
羽倉崎は、鹿鳴館の正面で待ち構えていた男に目を止めた。開けられた扉から降り立つと「ご足労、痛み入ります」と、右手を差し出してきたのは、この面会を希望した子爵家の従五位だ。
「大層な場所へご招待頂き、恐縮です」
「どうぞ」
初めて、足を踏み入れたが成る程、国の威信をかけたと云われるだけのことはある。装飾品は、どれをとっても一級品のように見えた。
「噂には聞いていましたが、広いですね」
「ええ、舞踏室にビリヤード、食堂に湯殿までありますよ。貴賓室から寝室に至るまで、ざっと部屋数240ほど……どうぞ、こちらは応接室になっております。談話室が広いのですが、別の集まりがあっておりますので」
案内された応接室は、15畳程だろう。8人は掛けることが出来そうな洋テーブルだが、無駄な椅子は撤去されているらしく、2脚のみ。壁に添う書棚には、古伊万里や備前の焼き物、場違いにも思える小さな御真影が、飾られていた。
2人して向かい合い、席につくと口火を切ったのは光留だった。
「お互い詭弁は、控えましょう。本日は未来へ向けての一歩を踏み出したいと思っております」
「そうですね。回りくどいことは、効率的ではない」
「僕の望みは、貴方と晃子さんの婚約破棄です。知っての通り、尾伊坂男爵の許可は得ており、手元には宮内大臣の許可を頂いた証明もあります。早い話、事実上 婚約は破綻しております」
「それで? 破綻しているのに望みは、婚約破棄とは可笑しくありませんか?」
「ええ、このまま押し切りたくはないのです。何故なら、尾伊坂男爵家とは親戚となります。男爵にとって晃子さんを縁付かせようとした貴方は、とても頼りになるのでしょう。それならば、良い関係を維持したいと考えるのは可笑しなことでしょうか?」
羽倉崎は、面食らった。
そこを考慮しているとは思わなかったのだ。
「成る程……で?」
「貴方にとって晃子さんは、ある種のステータスでしょう? 精養軒で……」
目の前の男は、皆まで口にしない。
羽倉崎は、クスリと口許を緩ませると「確かに」と、漏らす。
「咲に家を与えた頃に、晃子さんと婚約が成立しましてね。男爵家の後ろ楯、美しい令嬢、ゆくゆくは、尾伊坂家の事業を任される――、こんな良い条件はないと思うんですよ。逆に、田中様が手を引かれてはどうですか?」
「あり得ません」
キッパリと否定する光留の顔からは、笑みは消えている。形の良い薄い唇が、握手以降 弧を描かないことに羽倉崎は、今更ながら気づいた。
やはり「お願いします」の一言で、済ませることはないだろう。好条件を提示するのか? 揺さぶる必要があると、大仰に笑い声をあげた。
「いやいや、田中様、私にとっての晃子さんと、貴方にとっての晃子さんでは少々、違いませんか? 私にとっては、今後に大きく関わることです。初恋の相手が、飛んで火に入るなんとやら……屋敷に飛び込んで来て、既に一月程でしょう? 気も済んだと思われます。私も、思うところはありますが水に流しましょう」
「思うところ? 何です?」
羽倉崎は、テーブルに置いた肘に身を乗り出した。一瞬の動揺も見逃さない為に、目の前の褐色の瞳を覗き込む。
「晃子さんの貞操は、守られてはいないでしょう? しかし、責めることは致しませんと言っているのです。先程、田中様が仰ったようにステータスに、貞操は関係ありませんから。少々、腹立ちはあるとだけ」
「……ああ、なるほど」
わざと下世話な物言いをしてみたが、仕事の申し送りを聞いたような反応だ。
「羽倉崎さん、一度大臣の認可が下りたものは覆すのは困難です。又、僕は 妻を如何なる理由があっても譲ることはありません」
「それでは、私に二つ返事で了承しろと? 宮内大臣、尾伊坂男爵と許可を得ているのならば、気にすることなく縁談を進めてはどうですか? 平民の私は、泣く泣く身を引くしかないでしょう。私に妥協させ、尾伊坂家へのわだかまりを捨てろとは身勝手です」
羽倉崎は乗り出した身を引き、背もたれのベルベットを軋ませた。
「田中様は、私との関係を良い状態で維持したいと仰った。本心と思いますが……」
「本心ですよ。尾伊坂家の家業が下手をこけば、僕としても困りますからね」
「正直、貴方なら男爵の家業に相応しい者を雇い入れること位、簡単なはず。何故、遠回りをされるのです?そこまでして、私と良い関係で話をつけたいのは何故?詭弁は結構、貴方が言い出したことです」
「ははッ……!」
目の前の男は「失敬」と、詫びた。
しかし、込み上げるものを堪えることは、至難の技のようで肩はおろか、輝くブロンドまでも大きく揺らす。
「すんなり信じませんね」
拳を寄せた口許から漏れ出でた声は、確かにそう言った。やはり、本音は別にあるようだと羽倉崎は、黙り次を待つ。
はぁ~と、大きな息を吐き、乱暴に背を叩きつけた男は、麗しい顔を天井へ向けた。
「何故って、貴方が良からぬことを企てているからですよ?」
「良からぬ?」
「ええ……」
天井を眺めていた褐色の瞳が、ゆっくりと羽倉崎へ向けられた。静かに見据えてくる双眸に今度は、羽倉崎が大笑する。
静まる室内に、反響するような楽しげなもので、もし扉の外に人がいたら、愉快な話をしていると思うだろう。
しかし、実際は真逆。
「ご存知でしたか」
「全てでは ないですが」
「いえ、きっと把握なさっているでしょう。私は、新聞社に庶民受けするネタを流しました。内容は、それぞれ違いますが晃子さんと、私の婚約が破綻した理由など。どんな内容かは知りませんが、不利益を被るのは子爵家と男爵家になるよう指示しています。明日までに私が止めなければ、明後日には……という段階です。もちろん、前払いしておりますので、貴方が止めることは出来ませんよ」
「ええ、無理でしょうね。下手に首を突っ込めば、二束三文の娯楽記事が信憑性を増す。それを狙っているのでしょう?」
羽倉崎は、鹿鳴館の正面で待ち構えていた男に目を止めた。開けられた扉から降り立つと「ご足労、痛み入ります」と、右手を差し出してきたのは、この面会を希望した子爵家の従五位だ。
「大層な場所へご招待頂き、恐縮です」
「どうぞ」
初めて、足を踏み入れたが成る程、国の威信をかけたと云われるだけのことはある。装飾品は、どれをとっても一級品のように見えた。
「噂には聞いていましたが、広いですね」
「ええ、舞踏室にビリヤード、食堂に湯殿までありますよ。貴賓室から寝室に至るまで、ざっと部屋数240ほど……どうぞ、こちらは応接室になっております。談話室が広いのですが、別の集まりがあっておりますので」
案内された応接室は、15畳程だろう。8人は掛けることが出来そうな洋テーブルだが、無駄な椅子は撤去されているらしく、2脚のみ。壁に添う書棚には、古伊万里や備前の焼き物、場違いにも思える小さな御真影が、飾られていた。
2人して向かい合い、席につくと口火を切ったのは光留だった。
「お互い詭弁は、控えましょう。本日は未来へ向けての一歩を踏み出したいと思っております」
「そうですね。回りくどいことは、効率的ではない」
「僕の望みは、貴方と晃子さんの婚約破棄です。知っての通り、尾伊坂男爵の許可は得ており、手元には宮内大臣の許可を頂いた証明もあります。早い話、事実上 婚約は破綻しております」
「それで? 破綻しているのに望みは、婚約破棄とは可笑しくありませんか?」
「ええ、このまま押し切りたくはないのです。何故なら、尾伊坂男爵家とは親戚となります。男爵にとって晃子さんを縁付かせようとした貴方は、とても頼りになるのでしょう。それならば、良い関係を維持したいと考えるのは可笑しなことでしょうか?」
羽倉崎は、面食らった。
そこを考慮しているとは思わなかったのだ。
「成る程……で?」
「貴方にとって晃子さんは、ある種のステータスでしょう? 精養軒で……」
目の前の男は、皆まで口にしない。
羽倉崎は、クスリと口許を緩ませると「確かに」と、漏らす。
「咲に家を与えた頃に、晃子さんと婚約が成立しましてね。男爵家の後ろ楯、美しい令嬢、ゆくゆくは、尾伊坂家の事業を任される――、こんな良い条件はないと思うんですよ。逆に、田中様が手を引かれてはどうですか?」
「あり得ません」
キッパリと否定する光留の顔からは、笑みは消えている。形の良い薄い唇が、握手以降 弧を描かないことに羽倉崎は、今更ながら気づいた。
やはり「お願いします」の一言で、済ませることはないだろう。好条件を提示するのか? 揺さぶる必要があると、大仰に笑い声をあげた。
「いやいや、田中様、私にとっての晃子さんと、貴方にとっての晃子さんでは少々、違いませんか? 私にとっては、今後に大きく関わることです。初恋の相手が、飛んで火に入るなんとやら……屋敷に飛び込んで来て、既に一月程でしょう? 気も済んだと思われます。私も、思うところはありますが水に流しましょう」
「思うところ? 何です?」
羽倉崎は、テーブルに置いた肘に身を乗り出した。一瞬の動揺も見逃さない為に、目の前の褐色の瞳を覗き込む。
「晃子さんの貞操は、守られてはいないでしょう? しかし、責めることは致しませんと言っているのです。先程、田中様が仰ったようにステータスに、貞操は関係ありませんから。少々、腹立ちはあるとだけ」
「……ああ、なるほど」
わざと下世話な物言いをしてみたが、仕事の申し送りを聞いたような反応だ。
「羽倉崎さん、一度大臣の認可が下りたものは覆すのは困難です。又、僕は 妻を如何なる理由があっても譲ることはありません」
「それでは、私に二つ返事で了承しろと? 宮内大臣、尾伊坂男爵と許可を得ているのならば、気にすることなく縁談を進めてはどうですか? 平民の私は、泣く泣く身を引くしかないでしょう。私に妥協させ、尾伊坂家へのわだかまりを捨てろとは身勝手です」
羽倉崎は乗り出した身を引き、背もたれのベルベットを軋ませた。
「田中様は、私との関係を良い状態で維持したいと仰った。本心と思いますが……」
「本心ですよ。尾伊坂家の家業が下手をこけば、僕としても困りますからね」
「正直、貴方なら男爵の家業に相応しい者を雇い入れること位、簡単なはず。何故、遠回りをされるのです?そこまでして、私と良い関係で話をつけたいのは何故?詭弁は結構、貴方が言い出したことです」
「ははッ……!」
目の前の男は「失敬」と、詫びた。
しかし、込み上げるものを堪えることは、至難の技のようで肩はおろか、輝くブロンドまでも大きく揺らす。
「すんなり信じませんね」
拳を寄せた口許から漏れ出でた声は、確かにそう言った。やはり、本音は別にあるようだと羽倉崎は、黙り次を待つ。
はぁ~と、大きな息を吐き、乱暴に背を叩きつけた男は、麗しい顔を天井へ向けた。
「何故って、貴方が良からぬことを企てているからですよ?」
「良からぬ?」
「ええ……」
天井を眺めていた褐色の瞳が、ゆっくりと羽倉崎へ向けられた。静かに見据えてくる双眸に今度は、羽倉崎が大笑する。
静まる室内に、反響するような楽しげなもので、もし扉の外に人がいたら、愉快な話をしていると思うだろう。
しかし、実際は真逆。
「ご存知でしたか」
「全てでは ないですが」
「いえ、きっと把握なさっているでしょう。私は、新聞社に庶民受けするネタを流しました。内容は、それぞれ違いますが晃子さんと、私の婚約が破綻した理由など。どんな内容かは知りませんが、不利益を被るのは子爵家と男爵家になるよう指示しています。明日までに私が止めなければ、明後日には……という段階です。もちろん、前払いしておりますので、貴方が止めることは出来ませんよ」
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