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神楽坂gimmick
嫌いですか?
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◆◆◆◆◆
「ちょっと! 待ちなさい! 」
後ろから追いかけてくる声に耳を塞ぎ、鉢合わせした惟前をすり抜けると、小走りで駆けた。
義前と光留の引き留める言葉があれば、立ち止まるしかないだろうが、帰宅したばかりの惟前の呼び止めに従う謂れはない。
すれ違っただけだと都合のいい解釈をし、玄関へ走る。それぼど顔を合わせたくなかった。
なのに――
「何があったのです!? 光留さんに嫌なことを言われましたか? 」
心配そうな声が、後ろからついてくる……そう、後ろをついて来ているのだ。
「何も……それでは、ごきげんよう」
「待ちなさいって! 私に用があったのでしょう? 」
「いえ、別に」
「嘘おっしゃい! 別にって態度ではないでしょう」
内玄関に控える女中が、こちらに気付き 草履を並べたことで、素早く足を滑らせ玄関を飛び出す。同じく横に揃えられた惟前の物は、靴だ。引っかけ飛び出すことは出来ないだろう。
案の定、銀製の靴べらを両手で掲げる女中が見えた。
このまま表通りへ駆け、俥を捕まえようと足に絡まる袴を持ち上げた矢先、強く腕を腕まれた宮津子の身体は、後方へ仰け反った。
「何故、逃げるのです! 」
血相を変えた顔は 初めて見たが、それよりも靴を履いていないことに、掴まれた腕の痛みを呑み込むくらい驚いた。
「惟前さん……貴方、お行儀が……」
「貴女こそ、人を無視してなんです」
「無視などしておりません」
「……まあ、確かに」
追いかけて来た女中が、細石に靴を並べると左手で宮津子の腕を掴んだまま、靴べらを使う。
「もう逃げません」
「どうだか」
何とも言い様のない状況だが、気にして追ってくれたと思うと、嬉しくて堪らない。
少し前屈みになった惟前の額が肩に触れそうで、恥じらい逸らした先の重なる影に、頬が染まった。
顔を上げた惟前は、何と思うだろう? 夕焼けの赤だと思ってくれるだろうか? それともどうしたのです? など、野暮なことを聞いてくるのだろうか?
どっと押し寄せる疑問に、心情は大変なものだったが心配は杞憂。黙り手を引く惟前は、宮津子を馬車に押し込めると「牛込、久我さん」御者に行き先を告げ、自らも乗り込んでくる。
「惟前さん! 私、俥で……」
「俥が捕まる保証はないでしょう。それに夕刻です、危ない」
「それでは、ひとりでも……お疲れでしょう」
「疲れは吹き飛びました」
腕を組み窓の外を向く惟前は、宮津子の言葉にポンポンと返答を返すだけ。
「近衛さんは、機嫌が悪いと取りつく島がない」以前、光留が笑って話した評だ。
「腹をたててらっしゃる? 」
「貴女にそんな態度をとらせた人にね」
「ご自分に腹をたててらっしゃるの?」
「……」
ゆっくりと、声の主を振り返る惟前の双眸は、怪訝な色を浮かべる。確かに帰宅直後、すれ違っただけなのだから、普通なら自分が原因とは思わないだろう。
「何故、見え透いた嘘をつかれたのですか? 其ほど、私が嫌ですか? 」
揺れるたびに肩が触れるというのに、果てしなく、遠く感じるのは心の隔たりゆえだろう。
媚びも怒りも含まない声は、辛うじて惟前の耳に届くと、轍をつくる音に掻き消された。
まるで幻聴を捉えた錯覚に陥るが、柔らかな栗色の髪から覗く伏せた睫毛の震えに、確かに宮津子の言葉だと、その唇を見つめた。
「ちょっと! 待ちなさい! 」
後ろから追いかけてくる声に耳を塞ぎ、鉢合わせした惟前をすり抜けると、小走りで駆けた。
義前と光留の引き留める言葉があれば、立ち止まるしかないだろうが、帰宅したばかりの惟前の呼び止めに従う謂れはない。
すれ違っただけだと都合のいい解釈をし、玄関へ走る。それぼど顔を合わせたくなかった。
なのに――
「何があったのです!? 光留さんに嫌なことを言われましたか? 」
心配そうな声が、後ろからついてくる……そう、後ろをついて来ているのだ。
「何も……それでは、ごきげんよう」
「待ちなさいって! 私に用があったのでしょう? 」
「いえ、別に」
「嘘おっしゃい! 別にって態度ではないでしょう」
内玄関に控える女中が、こちらに気付き 草履を並べたことで、素早く足を滑らせ玄関を飛び出す。同じく横に揃えられた惟前の物は、靴だ。引っかけ飛び出すことは出来ないだろう。
案の定、銀製の靴べらを両手で掲げる女中が見えた。
このまま表通りへ駆け、俥を捕まえようと足に絡まる袴を持ち上げた矢先、強く腕を腕まれた宮津子の身体は、後方へ仰け反った。
「何故、逃げるのです! 」
血相を変えた顔は 初めて見たが、それよりも靴を履いていないことに、掴まれた腕の痛みを呑み込むくらい驚いた。
「惟前さん……貴方、お行儀が……」
「貴女こそ、人を無視してなんです」
「無視などしておりません」
「……まあ、確かに」
追いかけて来た女中が、細石に靴を並べると左手で宮津子の腕を掴んだまま、靴べらを使う。
「もう逃げません」
「どうだか」
何とも言い様のない状況だが、気にして追ってくれたと思うと、嬉しくて堪らない。
少し前屈みになった惟前の額が肩に触れそうで、恥じらい逸らした先の重なる影に、頬が染まった。
顔を上げた惟前は、何と思うだろう? 夕焼けの赤だと思ってくれるだろうか? それともどうしたのです? など、野暮なことを聞いてくるのだろうか?
どっと押し寄せる疑問に、心情は大変なものだったが心配は杞憂。黙り手を引く惟前は、宮津子を馬車に押し込めると「牛込、久我さん」御者に行き先を告げ、自らも乗り込んでくる。
「惟前さん! 私、俥で……」
「俥が捕まる保証はないでしょう。それに夕刻です、危ない」
「それでは、ひとりでも……お疲れでしょう」
「疲れは吹き飛びました」
腕を組み窓の外を向く惟前は、宮津子の言葉にポンポンと返答を返すだけ。
「近衛さんは、機嫌が悪いと取りつく島がない」以前、光留が笑って話した評だ。
「腹をたててらっしゃる? 」
「貴女にそんな態度をとらせた人にね」
「ご自分に腹をたててらっしゃるの?」
「……」
ゆっくりと、声の主を振り返る惟前の双眸は、怪訝な色を浮かべる。確かに帰宅直後、すれ違っただけなのだから、普通なら自分が原因とは思わないだろう。
「何故、見え透いた嘘をつかれたのですか? 其ほど、私が嫌ですか? 」
揺れるたびに肩が触れるというのに、果てしなく、遠く感じるのは心の隔たりゆえだろう。
媚びも怒りも含まない声は、辛うじて惟前の耳に届くと、轍をつくる音に掻き消された。
まるで幻聴を捉えた錯覚に陥るが、柔らかな栗色の髪から覗く伏せた睫毛の震えに、確かに宮津子の言葉だと、その唇を見つめた。
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