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AV最前線
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街に出て、長瀬はカメラを構える。その先には堤がいた。パシャリパシャリと何枚か写真を撮ってから、長瀬は首をひねりながら、堤に一つ注文を出す。
「堤さん、スンマセン。ちょっとお願い聞いてくれますか?」
「おぅ。また場所変えるか?それともポーズ変えるか??」
「いや、ここで脱いでください」
「出来るか阿呆!!!!!!」
「・・・・・・ですよね」
ハァと長瀬はため息を吐く。ここは街中で、商店街の入り口の交差路だ。この人の多い往来で脱がすなど、さすがにそこまで長瀬も鬼畜ではなかった。
強く握り締められたカメラを見て、堤は少々長瀬が気の毒になり、励ますように軽く彼の背中をぽんと押す。
「・・・・調子悪ぃ時もあるって」
「あん時はすげぇ盛り上がったのに」
独りごち、長瀬はカメラを見つめている。
堤にはあれから何度か撮影に付き合ってもらっているが、納得のいく写真が撮れないどころか、どれもこれも気に入らない。長瀬が使っているのは、デジタル式ではない為、その都度フィルムを浪費してしまっている。長瀬はカメラを掴んで、再び、交差路に立つ堤をフレームに入れる。何人もの人が行き交う、その人ごみの中で、堤に焦点を合わせる。そこから、長瀬はなかなか動かなかった。堤も待ち慣れていて、ただ黙って立っていた。彼は本当に根気強い。
ふいに、堤の前を風船を持った少女が横切った。その少女の手からするりと風船の紐が抜ける。あっ、と少女が声を上げる間もなく、風船は少女の手を離れてしまった。
「っと」
堤の手が上がり、ひょいと体を伸ばして、風船の紐を掴んだ。今にも涙が溢れそうだった瞳が大きく開かれ、頬が盛り上がり、歯をむき出しにして笑う。堤は風船を少女に差し出した。
「はい」
「おにいさん、有難う!」
少女は風船を受け取ると、丁寧に頭を下げる。すぐ後ろにいた彼女の母親が、慌てて堤に礼を言った。
「どうも、スミマセン。この子ったら、不注意で・・・。あら、あなた何処かでお会いした事が・・・・」
「いやぁ。僕みたいな顔、何処にでもいますからね。は・・ははは・・」
もしや自分のビデオを見た事があるのやも知れないと、慌てて母親の視線から逃れて、堤は少女にもう一度手を振ると、人ごみを掻き分けて長瀬の所まで逃げた。長瀬はカメラを構えたまま、黙って突っ立っていた。堤が長瀬の服を引っ張ると、彼はようやく我に返った。
「おい、今日はもういいだろ。ちょっと休憩しようぜ」
「え、あ、はい」
ぼけっとしていた長瀬は、堤に促されて、二人はその場を後にした。
彼らは人気の少ない住宅街にひっそり佇むフルーツパーラー『ジュエル』に移動して、現像した写真を眺めていた。公園や街中を歩く堤の姿はファッションモデルさながらで、何気ない彼の穏やかな表情や柔らかな口元が彼の性格を如実に表している。自分の写真とは言え、写真の出来の良さに堤は感嘆の息を漏らす。性格は悪いが一応カメラマンの卵なのだと、認識した。ただ、写真を撮った長瀬は浮かない顔だ。
「どうした?」
「・・・・・どれもこれもつまんねぇ写真ですよ」
そのつまんない写真のモデルを前にして言う台詞では無いだろうと堤は思うが、黙っていた。沢山の写真の中で、少女の風船を掴む堤のワンシーンが目に留まる。少女の驚いた表情、堤に捕まった風船の揺らぎ、真っ直ぐな堤の瞳だとか、投稿すれば大賞までは行かずともある程度評価はされるだろうと、長年の投稿経験を持つ長瀬なら分かる。だが、こんな絵に描いたようないかにも優等生が撮ったようなありきたりな写真が欲しいのでは、無い。
じっと写真を睨みつけている長瀬を前に、ほどよく蒸らされたイングッシュティーを飲んでいた堤だったが、ややあって口を開いた。
「お前さ、どんな写真が撮りたいの?」
「そりゃぁ・・・・、あっ!て誰もが声を上げたくなる写真スよ」
「・・・・なんだよ、そりゃ」
堤は呆れた。長瀬の言葉を聞き、前に並んだ写真の数々を見て、堤は長瀬が何故迷っているのか納得がいった。
「撮りたいものが無いんなら、そりゃ作品がブレるのは当たり前だ」
『ブレる』という単語に、長瀬はピクリと反応する。その単語は過去何度か投稿していた雑誌で評された時、言われた言葉だった。技術力はある、魅せ方もうまい、まるで物語のワンシーンを切り抜いたような、どれもこれも出来のいい写真ばかりだった。ポストカードとしてなら、数枚まとめて買い取ってくれた人もいる。だが、何かが決定的に足りないとは自分でも思っていて、ブレると言われてからは、ますます決定力に欠ける作品ばかりになってしまっていた。
「でも・・・技術を磨く為には好きなもんばっかり撮ってるわけには、いかないじゃないスか。色んな写真家の写真集を見て、技術本を読んで、実際自分の目で見て、絵になる写真を・・・」
「写真は絵じゃねぇからな」
堤がそう言うと、背の高い男前の店員が堤と長瀬のテーブルに二つ、小さなチョコベリークレープを置いた。これはパティシエからのサービスですと店員が言い添え、ちらりと奥の調理場を見る。調理場には、コック帽をかぶった目付きの悪い男が苛々した雰囲気で店員を見ていた。そんなパティシエに臆せず、店員はニコリと笑い返して、調理場へと歩いていく。
小さなチョコベリークレープを堤はフォークで綺麗に半分に割ると、ぱくりと口の中に入れた。上のほうにはストロベリーと生チョコが絡まって入っていて甘酸っぱく、底にはブルーベリーとカスタードが詰まっていて甘ったるくなく、舌に甘さが残らない味だった。むすりとして、長瀬も同じようにクレープを食べる。
「これを作ったパティシエも・・・技術を磨いてきたんだと思うぜ。ここの店は、しょっちゅう新作を作ってる」
まるで噛み合わないようなチョコとベリーが、このクレープの中では、互いを殺すこと無く、その少し苦い甘さと少し渋い甘さが相まって、美味しい。
「ここの店のケーキには、お前の写真と違って、迷いがねぇ。・・・それは、店に出すこのケーキにパティシエが絶大の自信を持ってるからなんだよ」
長瀬は少し驚いて顔を上げた。堤はクレープのかけらを口の中に放り込む。
「自分でいいと思えない写真を人に見せたって、そりゃブレてるよ。技術力がついたんなら、次は自分が何を撮りたいかじゃねぇのか?原点を思い出してみろよ。最初に持ってなかったものを今お前は持っていて、最初に持っていたものを失っちまってりゃ、本末転倒だ」
反論の余地をはさませず、堤はべらべら語る。彼は饒舌なのだと、今更に長瀬は思う。でも、その一言一言が自分の胸に突き刺さる。
クイッと、堤はイングリッシュティーを飲み干した。カチャリ。
「絵になる写真じゃねぇ。絵は絵だ、写真は写真。写真でしか出来ないものを・・・・撮ってみろよ」
さすがイラストレイターだけあって、絵と写真を混同させるのは気に入らなかった様子だ。だが、堤の言葉は長く長瀬が迷っていた濃霧を少しは晴らしてくれた。
カラン。
店を出て、二人は歩いていく。
「先輩はどんな絵を描くんですか?」
「んーー、絵本みてぇなのかな。好きなドイツ人のイラストレイターがいて、その人の影響をもろ受けちまってるから、アクリル絵が多いんだよなぁ。その人の絵は変なのが多くて・・・・俺は子供が思わず笑っちまような絵が好きなんだよ」
小さな鼠が大きな卵を使って料理を作ったり、ぐるぐる回ってバターになってしまった虎に、テーブルの上に乗り切れないぐらいのホットケーキや、僕の顔を食べてと差し出すパンのヒーロー・・・・それらは絵でしか描けないものだ。一目見て笑顔になれる、楽しい絵だ。
「食いもんばっかりじゃねぇスか」
「うるせぇ」
指摘されて気づいた堤は照れ隠しに笑う。笑い返しながら、長瀬の中でなんとなく、答えが見えてきたような気がしたのだった。
撮影日。二人はたまたま別の収録で、スタジオでかちあった。長瀬が先にベッドの上で、女優と絡んでいた。相手は蒼井だ。上だけセーラー服を着た蒼井は尻を高く上げ、後ろから長瀬に突かれていた。わざと高めの声を上げて、弱弱しく首を振る姿を、カメラマンの後ろから堤はぼんやり眺めていた。女優だな、と思う。長瀬がへたくそだとは思わないが、蒼井は実際のセックスではあんな声を上げたりしない。あんな表情もしない。過去、二人でベッドで過ごした頃を思い出して、堤は小さく唇を噛む。蒼井が顔を上げ、堤に気づく。カメラがアングルを変える瞬間、蒼井は堤向けて不敵な笑みを浮かべた。
「!」
カメラに抜かれていないのを見越した、自分が見ているのを察していた様子で、挑発的な笑みだった。蒼井は体をなんとか上半身だけ反転させ、長瀬にキスをねだった。当初の予定ではないシーンではあったが、その乞う姿が男心をそそり、監督は長瀬にサインを送る。長瀬が蒼井の首に手を絡ませて、口付けた。その瞬間、刺すような視線を感じる。
堤は思わず声を上げそうになった。頭痛がする。見ていられなくて、ふいと顔を逸らして、堤は部屋を出た。それを察し、蒼井は長瀬から唇を離した。うっすら笑む。長瀬も、さっきまで誰が見ていたか、その笑みで勘付いた。
「・・・・」
長瀬は口を開きかけたが、また蒼井に塞がれた。後は、監督の指示に従い、そのまま平坦なセックスが続いたのだった。
思わず部屋を飛び出した堤は、頭を掻く。廊下を、先輩俳優の河東が歩いてきた。堤に気づき、声をかける。
「よぉ、堤。向居ちゃん、いる?」
「監督なら・・・まだ撮影中スよ」
「あぁ、そうなの。今日は誰?」
「・・・海美です」
その名を聞き、河東は堤の不機嫌な理由に合点がいく。ちらりと扉を見てから、河東は忠告した。
「元カノが別の男にヤられてるのなんざ見たくねぇのは分かるけどよ・・・そうやっていつまでも人前で本名で呼んでる時点で、自分で自分の首を絞めてんぞ」
痛い所を突かれて、思わず堤は口ごもる。河東は続けた。
「自分だけが特別だって・・・そう言いてぇのが見え見えなんだよ。みっともねぇ」
「そんなつもりは無いですっ・・」
「なら、いつまでも未練たらしく名前で呼ぶな」
もっともな指摘だ。自分でも分かっていたが、こうズバリ言ってのけられると、反論してしまいたくなる。だが、うまい言葉が出てこなくて、沈黙していると、扉が開いて長瀬が顔を出した。堤を横目で見てから、河東に頭を下げた。
「河東さん、こんちはー。丁度、良かった。監督が待ってますよ」
「おぉ。ありがとう」
河東は堤の肩をポンと叩いて、長瀬と入れ替わりで部屋の中へと入っていった。パタンと扉が閉まると、長瀬は堤の前に立つ。堤は俯いていた。長瀬はまだパンツ一丁だった。
「・・・先輩、泣きそうな顔してますよ」
「泣くかよ。・・クソッ」
行き所のない思いをもてあまし、すぐに表情を元に戻せなくて堤が壁を叩くと、長瀬がその手を壁に縫いとめた。堤が顔を上げると、長瀬の顔が近くにあった。
「んっ・・・!」
堤の唇をあっさり割り、長瀬の舌が侵入する。抵抗しようにも、両手ともに壁に縫い付けられていて、足で蹴っ飛ばそうとしたのだが、足を絡ませられ、まだ半勃ちしている長瀬の性器が自分の股間に当たると、堤は思わず硬直した。ここで犯す気ではないだろうかと、恐怖で体が動かなくなる。舌をしつこいぐらい吸い上げられて、堤の息が上がる。
「ふっ・・」
恐怖のあまり長く感じたが、実際口付けた時間は数分で、長瀬が堤を開放すると、堤はむせた。
「けほっけほ・・・・!」
「大丈夫スか?」
抑揚の無い声で問われ、堤がキッと長瀬を睨みつける。
「ばっかやろう!ここを何処だと・・・」
「しー!堤さんこそ、ここを何処だと思ってんスか!」
長瀬は思わず堤の口を手で覆った。壁に押さえつけ、堤の耳元で囁く。
「いくら俺でも、こんな知り合い多い場所でヤるつもりはねぇスよ。俺はアンタがなんかしんどそうだから、元気付けようと・・・」
だからってキスする阿呆がいるかと、堤は怒鳴り返したい。でも、口は塞がれている。それに、自分が落ち込んでいた気分がさっきのキスの所為で吹っ飛んでしまったのは、事実だった。
長瀬の厚意は分かったと、堤は体から力を抜いた。それを了ととり、長瀬も堤を解放する。
「・・・何言われたのかしんないですけど・・・、元気出して下さい」
「あぁ」
「ついでに勃起しちゃった俺のもん、扱いてくれませんか?」
「はぁ?!」
堤はまた声を上げそうになり、今度は自分で口元を押さえた。長瀬が堤の肩を掴む。にやにや笑っている長瀬の顔は、サド丸出しだ。
「お前・・・・さっきまで散々ヤってたんだろ!?」
「あれはお仕事でしょう?それに俺・・・・最近全然気持ちよくなくって、撮影終わった後に一人で便所で抜いてんスよ」
どこまで勢力旺盛なのだと堤は噛み付く。自分なんかまだまだですと、長瀬は恐縮する。そんなものは自慢にならないし、これ以上鍛えるものでもないだろうと言いたかったが、そこは飲み込んで、堤は長瀬を押しのけた。
「とにかくダメだ。俺は今から撮影だ。余計な体力は使いたくねぇ」
「っとにマジメッスね」
「お前に言われたくねぇよ」
言い返され、長瀬も納得する。確かに、写真に関しても、AV業に関しても、軽い印象を与える外観からは見抜けない、意外にマジメな自分を自覚している。
そんな長瀬に思わず堤は失言する。
「撮影終わったら付き合ってやるから、じゃあな」
「え」
本人は無自覚だった。何を付き合うつもりなのか、おそらく彼は話をするというぐらいのニュアンスだったのだろうが、長瀬はそう捉えなかった。いや、捉えてやる気は無いというのが正確だろうか。
その人のいい性格と、ちょっと抜けた所が蒼井みたいなサドに捕まってしまう要因なのだと、長瀬は思う。
ふと視線を感じて、長瀬は横を見た。そこには、これから撮影であろう、夏見が立っていた。顔色が悪い。
「・・・・・・・こんちはッス」
とりあえず、長瀬は頭を下げた。夏見もはっとなって、軽く頭を下げて、衣装室へと急いだ様子で入っていった。
「・・・・・・・・」
見られたかもしれない。さっきのキスシーン。彼女のあの性格なら、人に吹聴するとは思わないのでわざわざ堤に報告する必要は無いだろうが、それよりも彼女の態度が気になった。
「・・・・・やっぱ好き、なのかな」
ぽそりと、長瀬は呟いた。
スタジオは、スタッフが清掃中だった。向居と河東が喋っている輪に入っていく気にはならず、堤は自然とカメラマンの横に座る。すると、まだ下着姿の蒼井がその隣に座ってきた。
「よ!や~すたか!見ててくれた?」
「・・・・・あぁ」
さっきよりは、幾分気分はマシだ。長瀬のおかげというか、所為というか。
「私のセーラー服姿・・・懐かしいでしょ?」
「うちはブレザーだっただろ」
「そうだっけ。あ、中学生の頃だったわ~、セーラーは」
とりとめのない会話の合間に、蒼井はちらちらと堤の目を見つめてくる。その目を、堤は見るまいと手に力を込めていた。じれた蒼井が堤の顔を掴んで、自分の方へ向かせた。
「保孝。なんで私の目を見てくんないの?」
直球だ。決して言い逃れなど、蒼井は許してくれない。堤も下手な嘘は苦手だった。彼は正直に答えた。
「・・・河東さんに忠告されたんだよ。いつまでも元カレ面してんじゃねぇって」
「私に未練タラタラってのがバレてんのは、今更なのにね」
「・・っ」
横にいたカメラマンが立ち上がった。二人の会話を聞いていたくはなかったようだ。堤だって、仕事場でこんな話をしたくない。
「・・・・だから、もう俺に構うな。ミズちゃん」
ミズとは、蒼井の芸名だ。蒼井は黙り込む。
撮影現場が整ったので、堤も自然と蒼井から離れていこうと立ち上がれば、蒼井の手が堤の腕に絡んで止められた。
「おい」
「・・・・いいのよ、保孝。私に未練があっても」
「・・・・・誰がお前なんか・・・」
「私ね、撮影の時に保孝に見られてたら燃えるの」
ムッとなって反論しようとすれば、蒼井が更に言葉を付け足した。
「安心出来るの。まるで保孝とヤッてるみたいな気分でいられるの」
「・・・・・・・」
「ミズちゃんなんて呼ばないで。ずっと海美って呼んで欲しいの。お願い」
捨てられた子犬のような表情だ。
キュッと弱弱しく握り締められ、堤はその手を振り払えなかった。俯き、小さく頭を縦に振る。途端、蒼井は笑顔になった。無邪気で可愛らしい笑顔だ。普通の男ならコロリと騙されそうな顔だった。
「有難う、保孝。撮影頑張って♪」
蒼井の手が離れ、堤の背を押す。堤はちらりと蒼井を振り返ってから、盛大にため息を吐いた。
蒼井のセリフは全部が全部、本心だとは思えない。胡散臭くて、いかにも作られた態度だ。他人行儀にされるのが嫌いなだけではなく、いかにベテランからのアドバイスであろうと、自分の事に関して他人から指示されるのは大嫌いなのだ。それが奴隷のように扱っている堤ならば、尚の事。堤はそれを全部分かっていて、頷いた。そんな自分がふがいなく、けれども蒼井にはやはり強く出れないのだった。
そんなわけで、堤は苛々した気持ちを必死に押しとどめて撮影に挑む。予定していた女優が風邪を引いて休みだと言われ、急遽呼ばれた夏見は顔色があまりよくなかった。こんな場合、本来なら撮影中止になるのだが、事務所が無理矢理夏見を押し込んだのだ。スタジオのキャンセル代を考えれば、監督の向居や会社としても都合が良かった。
ただ、この二人の組み合わせはこれまで散々やってきたので、いつもと違う撮り方をしようと監督が言い出した。それに乗っかったのは、撮影に関係の無い蒼井だった。
「はーい!レイプものがいいと思いま~ス★」
「おい!勝手に決めるな!」
すぐに堤が抗議したが、蒼井は向居の横に並び、自分のアイディアをべらべら喋り始めた。
「夏見さんのデビュー作って、緊縛レイプだったじゃないですかぁ。切ない表情がファンにはたまらないと思うんです。最近は普通の多いし、ファンは夏見さんのレイプを待ってると思いますよぉ。それに・・・保孝ってガタイいいし、なのにレイプ撮った事なかったから、夏見さんに教えてもらえばいいんですよー。役者の幅も広がるし、一石二鳥でしょう♪」
「俺はっ・・・契約の時にレイプAVは出ないって、言っただろ!」
堤が怒鳴ると、蒼井がムスッとなって、言い返す。
「保孝・・・子供みたいな事言わないでよ。なに、自分だけ好感度上げようとしてるの?演技でしょ?本気じゃないんだよ?私は売り上げと、夏見さんの為を思って言ってるの。保孝の都合なんか関係ない」
酷い言い様だと、その場にいた男全員が思っただろう。蒼井は本当にその辺のアイドルとひけをとらないぐらい可愛いし、性欲も旺盛でAV人気も凄まじい。けれども、スタッフの中で誰一人蒼井にアプローチしようとしないのは、彼女のこの強烈な性格の所為だった。無論、ファンは知らない。
「あのなっ・・・・」
それでも言い返そうとした堤を、後ろから夏見が止めた。
「大丈夫です。私、慣れてますから。・・・早く撮影終わらせて下さった方が・・・いいです」
「・・ナナちゃん」
夏見と蒼井の視線が僅かに絡んだ。
堤はため息を吐いて、夏見に頭を下げる。
「ホント、すみません・・・・」
「いえ。堤さんが謝る事じゃないですよ」
それは暗に蒼井と自分の事務所を非難していたが、それについてはあえて堤は聞き返さなかった。向居は蒼井と夏見を交互に見合い、腕を組む。
現場の空気が少々緊迫していると、その空気を壊す、抜けた声がした。
「あの~~、俺、この後はオフなんで、カメラ回していいスか?」
長瀬だ。カメラマンが反論する。
「お前のはデジタル仕様じゃねぇだろ。金は払わんし、他に売ったら損害賠償請求するぞ」
「金はいらねぇスよ。仕上がった写真は事務所に回しますから、練習させて下さい」
それならば、事務所側としても会社からしても損はない。向居は頷いた。
「しょうがねぇな・・・・。それじゃ、始めるか・・・・」
「ありがとございまーーーーす!!!」
長瀬が割って入った事で、少しは現場の空気が和む。堤が長瀬を見ると、長瀬は軽くウインクしてみせた。素早く、夏見の前にも頭を下げに走る。
「よろしくお願いします」
「・・・・はい」
不機嫌なのは蒼井だけだった。河東がやんわりと外に出そうとしたが、蒼井はその場を動かなかった。自分から面倒な事に関わる気のない河東は先に帰っていく。
撮影が始まる。ドラマ性のへったくれもない、ただ夏見をベッドに縛り付けて、堤が犯すだけだ。夏見は猿轡を噛まされて、ベッドのふちに手首だけタオルで結ばれている。跡が残らないよう、それはプロのスタッフが処置した。
縛られている夏見を見下ろすと、堤はデジャブを感じた。それは、何日か前の自分の姿と重なる。
「・・・・・・・」
なんだか情けなくなってくる堤だった。
夏見は怯えた表情で、足をばたばたさせていた。既に夏見は女優として、“はいっている”。それが分かると、堤も仕事に徹する事にした。下手に戸惑って、時間を長引かせれば長引かせるほど、夏見の負担は増えるのだ。
堤は夏見の肩を強く掴むと、ニヤリと笑ってみせた。
「暴れんじゃねぇ」
低い、演技の時の堤の声だ。
堤は夏見の服をまくりあげると、無理やりブラジャーをずらし、現れた小ぶりな乳房に噛み付く。
「んーんー!!」
夏見は首を振って嫌がるフリをする。堤は構わず続ける。夏見の胸を執拗に舌で攻め、手は夏見の足や股座を撫でていく。スカートの中に手を突っ込み、パンティを脱がせる。レイプものだから、どの仕草もいつもの堤よりは乱暴に見えた。気を使いながら、乱暴なフリをしている堤の集中力も生半可なものではなく、彼の顔から汗が流れる。湿った空気と、荒々しい仕草と息が夏見の顔にかかる。性急に進めているようにみせて、スカートの中では見えないように、堤が必死に夏見の入り口を慣らしていた。いつもならもう少し時間をかけるのだが、レイプものでダラダラしていてはまずいと、監督が挿入の指示を出した。
「てめぇの好きなのブチこんでやるから・・・大人しくしてろ」
言っていて自分でも恥ずかしいが、堤は赤面しそうな顔を必死に押しとどめ、夏見の足を乱暴に掴んで押し広げた。すると、夏見の体が強張った。目が見開き、本気に怯えているような様子だった。演技だろうと自分に言い聞かせ、堤が夏見の中に押し入る。
「・・んんんっ・・・!!!!」
入った途端、夏見の体が激しく痙攣する。演技のレベルを超えていると思われるその揺れに、思わず堤は監督を見たが、監督は続けろと頷くだけだった。夏見のレイプAVを見た事は無いが、迫真の演技だと言われているのは知っていた。これが演技なのなら、確かに凄い迫力だ。だが、堤は演技だとは思えなかった。自分自身、縛られてレイプされたから分かるが、夏見のこの表情は本気で自分を恐れているようだった。
彼女は実際レイプ経験がある・・・・と、それは堤の直感だった。夏見は首を振り回し、体をひねらせる。その仕草がその辺の嘘臭いレイプものとはるかにレベルが違っていた。
犯しているのは自分で、堤は罪悪感が募る。これは仕事で、夏見も演技で、自分も演技をしているだけだといくら言い聞かせても、堤は納得出来なかった。撮影を止めるわけにもいかない。堤は苦肉の策に出た。
「!」
猿轡をしている夏見の口に、堤は口付ける。噛まされている布に噛み付き、執拗に吸い付く。拘束されている夏見の手に手を重ねた。夏見の手の腹を、堤の親指が撫でる。その優しげな触れ方に、夏見の体の力が抜けていく。
堤は近くに転がっていた手錠を自分の手にかけると、夏見の手とベッドの柵にそれを繋いだ。夏見が驚いて堤を見上げた。
「・・・・・これで・・・永遠にアンタを犯せるのは俺だけだ」
そう言い捨てると、堤は夏見の猿轡に再び噛み付いた。既に何度も噛まれた所為で緩んでいた猿轡がはがれる。やっと普通に呼吸できるとばかりに大きく開かれた夏見の唇に、堤は深く口付けた。
「んんん・・・・」
唇が外れると、堤が夏見の目を覗き込む。その目からは恐怖心が抜けているのを確認し、堤は柔らかく笑った。
パシャッ
思わず、長瀬はシャッターを切っていた。
ただのレイプものから、ストーカーのレイプものへと変化しただけだったので、監督の向居も何も口を挟まず、堤と夏見の好きなようにやらせた。堤のセリフは全部、台本にはないアドリブで、夏見もそれに合わせて、夏見のストーカーの男に段々心を許していくと言うストーリー仕立てに変わっていった。
長瀬はずっとカメラを構えて、写真を撮っていた。まるで壊れ物に触れるような堤の手つきだとか、苦悩に満ちた表情や、反する荒々しい腰使いを、フィルターに収めていく。段々と、長瀬も気分が高揚してくる。堤が射精した時の官能に満ちた顔も、ばっちりカメラに収めると、長瀬の口から大きなため息が漏れた。
監督の「カット」の声に、長瀬は我に返った。
咄嗟のアドリブで話の筋を変更してしまい、堤が夏見にまず先に謝ると、夏見は苦笑して首を振った。
「私は大丈夫です。・・・・でも、やっぱり堤さんは、レイプAVは出ない方がいいですよ」
「そうみたいです・・・・・ナナちゃんももう・・・」
堤が続きを言う前に、スタッフが二人に集まってきて、堤の手錠を外してくれる。カメラマンが気安く堤の頭をはたいた。
「お前なぁ、勝手に路線変更すんなっての。ナナちゃんがすぐに対応してくれたから良かったもんを・・・」
「スンマセン」
「あー・・・でも、お前はレイプ魔って面にゃならねぇわ。絵的に、全然ダメ。ナナちゃんのストーカーってのもちょっと無理があったから、今後封印だな」
それは逆にありがたい話だった。レイプ魔に似合うと言われても、全然嬉しくない。
当初の予定とは違ってしまったが、概ね監督も満足しているようだった。スタッフが二人に労いの声をかける中、堤が蒼井を探す。彼女なら、絶対に文句を言ってくると思ったのだ。だが、その場に蒼井の姿は無かった。
きょろきょろしていると、長瀬が声をかけてきた。
「蒼井さんなら帰ったそうスよ」
「・・・・やっぱり」
自分の思い通りにならないと、蒼井は気がすまないタチだ。絶対不機嫌になっていると踏んでいただけに、次に会った時が怖い。
「・・・緊張してガチガチでしたね」
「しょうがねぇだろ。あぁいうのはホント駄目なんだよ・・・」
「今日は俺が送ってってあげますよ。車で来てるんです」
何か裏がある気もするが、疲れているのは本当だった。ここは素直に長瀬に甘えよう。
スタジオは次のスケジュールが入っているらしいので、早々に撮影スタッフは機材を抱えて帰っていく。堤も楽屋に引っ込んだ。その後を、長瀬がついてきた。
「外で待ってろ。変な汗かいたから、シャワーも浴びたいし・・・」
「シャワー浴びる前に、やって下さいよ」
「あー?何をー?」
鞄から着替えを取り出しながら、堤はおざなりに返事する。
「フェラチオ」
「・・・・・・・・・・・・」
長瀬の言葉が落ちた途端、堤の手が止まった。あまりにもさらりと言われて、一瞬聞き間違いかと思ったぐらいだ。だが、あんな単語、他と間違いようが無い。堤は鞄から顔を上げ、目を剥く。
「阿呆か!なんで俺がお前の銜えなきゃならねぇんだ!?」
「だって、撮影前に付き合ってやるって言ったじゃないスか」
「はぁ?撮影前ぇ??」
堤は思い出せない。しかし、長瀬は絶対に言ったと強く主張して、引き下がらない。外ではスタッフが移動している音が聞こえてきて、長くこの場で留まっていると、踏み込まれる恐れがあった。
「大体だな、お前ホモでもねぇのに男にされても嬉しくねぇだろ!?」
「俺はホモでもねぇのに、アンタを犯した男スよ。一人で抜くのも寂しいし・・・先輩やって下さいよ」
冗談ではないと叫びたい。だが、長瀬が自分のズボンを下ろして前に迫ってくると、逃げ場をなくす。
「お前・・・なんでちょっと勃ってんだよ?!」
「堤さんの下手糞なレイプシーン見てたらこうなっちゃいました」
「・・・・変態めっ!」
苦々しく言い放つと、堤は後ろの扉を見た。いつ誰が入ってくるかも分からない。時間も無い。ここで言い争っていたら、間違いなく事態は悪化すると考え、堤は頷いた。押しが弱いにも程がある。
「分かった。さっさとイケよ!」
「それは堤さんの技術次第スよ~」
苛々しながらも、堤は長瀬の性器をゆっくりと握ると、上下に擦り始めた。自分のものを扱く要領で、徐々に力を強めていく。
「はっ・・・堤さんって・・・オナる時・・・こんな感じなんスね・・・」
「うるせぇな・・・黙ってろよ」
「・・・・・早くしゃぶって下さい・・・」
「せかすな・・・・」
堤はなんとか口淫だけは避けたいと、手だけで必死にイカせようとしたが、なかなか長瀬の性器はその兆しを見せない。堤の意図が分かり、長瀬が言った。
「アンタ、クンニは出来てフェラは無理なんスか」
「同等に語るな!アホ」
そう言い捨てると、やけを起こして堤は長瀬の性器を口の中に含んだ。長瀬が堤の頭を掴む。
「んっ・・・きっもちいーーー・・」
堤は気持ちいいどころではない。長瀬の性器が大きくて長いせいで、喉に当たっているようで、えづきそうになる。それでも、懸命にこれまでフェラチオをしてくれた女優のやり方を思い出し、舌を這わせて、唇で擦る。女優はうまそうに舐めていたが、とてもうまいとは思えない。今後、フェラチオされても気持ちが萎えそうだった。
いい加減、舌が痺れてきて堤がくじけそうになった時、扉がノックされた。
「「!!」」
二人は息を飲む。ノックした人物は無遠慮に扉を開けたりはしなかった。
「堤さん。今日はお疲れさまでした・・・」
夏見の声だった。堤は長瀬から口を離し、慌てて答える。
「お疲れ様っっ!!!」
扉の前にまだ人の気配がある。夏見は何か堤に話があるのだろうか。だとしても、今入ってこられたら、最悪だ。長瀬は下半身丸出しで半勃ちしているし、その前にしゃがんでいた長瀬の口元は先走りの汁で濡れている。
声を殺していると、夏見が付け加えた。
「・・・あんまり無理はしないで下さいね・・・。それでは、お先に失礼します・・・・・」
「あ、ありがとうっっ」
上ずった声で堤が返事をすると、足音が遠ざかっていった。長瀬も堤も、二人して顔を見合わせ、ハァッと息を吐く。
ギロリと堤が長瀬を見上げた。
「・・・堤さんが悪いんでしょ。早くイカせてくんないから」
「お前が全然イカねぇのが悪いんだろ!」
やり方なんか分かるかと堤が言い捨てると、長瀬が堤の手を掴み、再び自分の性器を握らせた。抗議する口を、長瀬が塞ぐ。
「気持ち悪い・・・」
「そりゃそうだ」
呆れる堤に長瀬は力なく笑い返した。
「・・・ただフェラされるだけってのは・・・・気持ちが盛り上がってこねぇスね」
「だから?」
堤が問い返す。その問いに、長瀬は行動で返事をした。
もう一度堤の唇に噛み付き、堤の手を掴んで自分の性器を擦らせる。仕方なく、堤も長瀬の性器を擦り始める。女優の手と違い、堤の手は筋張っていて硬い。なのに、その硬い手に擦られ、堤のかさついた薄い唇を食んでいるだけで、どんどん長瀬の性器の膨らみが増す。彼の脳裏には、さっきの夏見とのセックスシーンがまだ残っていた。
絶頂を迎える時の堤の切ない表情を思い出すと、一気に長瀬の手の動きが早くなり、長瀬は思わず堤の頭を掴んで下に向けると、堤の顔に射精した。
「・・・・って・・めぇっ!!!」
さすがに出した後に長瀬は焦った。
「す、すんません。いつもの癖で・・・・」
「俺はAV女優じゃねぇっっ!!」
そう言って掴みかかろうとしたが、扉が開くのが見えて、堤は硬直した。長瀬は素早く堤の手を掴んで、シャワー室へと逃げ込む。
コックをひねると、二人して水浸しになった。
「おーい、堤。さっさとシャワー終わらせろよ。もう皆ハケてんぞ」
「は・・はーーーい・・・・」
引きつった声で堤は返事する。長瀬は壁に顔を向けて、笑いをこらえていた。扉が閉まったと同時に、堤は長瀬の頭を殴る。小突かれても、長瀬は笑いが止まらず、思わず堤を抱き締めて口付けた。
「おい!」
「あーー・・おかしい。堤さんといると、トラブルばっかで、飽きないスねー」
誰がトラブルを呼び込んでいるんだと、抗議したいが、それをしているとますます時間が経過する。堤は長瀬を引き剥がし、タオルを引っつかんでシャワー室を出たのだった。
長瀬が乗っている車は、銀色のプジョー406だった。プジョー406とは映画「タクシー」で出てきたモデルで、その滑らかなボディラインが美しい。堤は眉を寄せた。田舎の実家に帰れば堤も車の運転はするが、軽トラだ。軽トラが悪いわけではないが、何故か軽く落ち込む堤であった。
「・・・お前、外車乗ってんのに汁男優やAV男優したりしてんの?」
「これは知り合いのフランス人に譲ってもらったんス。日本のAVマニアの変態で、すげぇ良い奴ですよ」
あまり好印象を持てない紹介の仕方で、最後の言葉に説得力はなかった。
堤と長瀬が車に乗り込み、車を発進させる。スタジオの地下駐車場の入り口で、一人の女性が立っているのが見えた。
「海美」
堤は長瀬に車を止めさせると、二人に気づいた蒼井が車に近寄ってきた。長瀬が窓を開ける。
「どうしたんスか。蒼井さん。先に帰ったと思いましたよ」
「んー・・・保孝を待ってたの。乗せてもらっていいかな?」
長瀬は隣に座っている堤を見た。これは自分の車ではないので、堤は判断しかねる。任せる、と一言呟く。
蒼井には借りがあるので、下手に反抗せず、長瀬は後ろのドアを開けた。
「どうぞ」
「有難う。保孝、こっちに座って」
後部座席に乗り込むと、蒼井は堤に隣に座るよう、パンパンと座席を叩いて促す。
「えぇ?!なんでだよ」
「いいから!」
駐車場の入り口でもめたくなくて、渋々堤は助手席を降りると、後部座席に乗り換えた。二人がシートベルトを締めるのを確認し、長瀬が車を再び発進させた。郊外のスタジオだった為、道はそう混んではいなかった。
車が動き出すと、蒼井はペコリと堤に頭を下げた。
「ごめんね・・・。保孝に謝りたかったの」
「は?なんで」
消沈している蒼井の姿は疑ってかかるべきだと、長年の経験で堤は分かっている。警戒されているのは蒼井も分かっていた。二人の付き合いは伊達に長くない。
「だって、私がレイプがいいなんて言ったから・・・。あれはちょっと強引だったかなって後悔したの。優しい保孝はレイプはされてもレイプは出来ないよ」
「・・・・・・・・・」
運転席の長瀬も口を挟む気にはなれなかった。口を出したら最後、蒼井になんと返されるか分からない。堤は腕を組んで、そっぽを向いた。
「そんな思ってもねぇ事言うんじゃねぇよ。どうせお前は自分が思った通りにいかなくって、腹立ててるだけだろ」
「そう悪いように取らないでよ。たまには私だって、罪悪感って言うの?あぁいうしょうもない感傷に浸る時だってあるんだから」
しょうもないと言っている時点で、人間的にアウトなのだが、そんなアウトな女が珍しく頭を下げてきたのだから、煽る真似は止めて、堤は額面通り受け取る事にした。そうでなければ、話は平行線のままだろう。
「分かった分かった。お前が反省してんのは、俺も嬉しいよ。俺に無茶は言ってもいいけど、ナナちゃんや監督にはあんまり無理は言うなよな」
こういう言い方が、河東に注意される要因なのだが、堤は無自覚だ。彼の場合、他の人間よりも自分が一番蒼井に酷い目に合わされていると言う意識があるからだろう。
そんな堤に、長瀬は少し苛立った。
蒼井は嬉しそうに笑って、堤の腕に抱きつく。
「有難う、保孝。大好きvv」
シートベルトを伸ばし、蒼井は堤の腕に自分の胸を押し付けると、至近距離から堤の顔を覗き込んだ。その様子はばっちりバックミラーから見れる。
「おい、海美。離れろよ」
「私、今日は素直な気分なの。保孝にはいっつも迷惑かけてるから、たまにはお礼したいな」
「絶対裏あるだろ、それ!信用出来ねーぞ」
笑いながら軽い口調で言えば、蒼井は可愛らしく頬を膨らませた。
「もー!信じてよ。本当だってば。保孝もたまには私を信用してもいいんじゃない?」
過去もろもろの悪事によって、蒼井への信頼は皆無に等しい。それでも、堤は蒼井にはどうしても最後まで意地を通せないのだった。
「んじゃ、お礼してくれ。簡単なのでいいからな」
「うん♪」
笑顔で頷くと、蒼井はおもむろに堤のズボンのチャックを開け始めた。慌てて堤が蒼井の頭を掴む。
「おい!お前っ・・・!こんな所で何やって・・・」
「だからお礼だってば!レイプAVでろくにイケなかったんじゃない?久しぶりに私が抜いてあげる」
「待て!馬鹿っ・・・!お前っ・・・」
あっと言う間の早業で、蒼井は堤の性器を取り出すと、そこに顔を埋めた。この女は下手な抵抗をしたら、本気で噛み付く恐れがある。
「やめっ・・・ろ・・!海美っっ!!頼むっっ・・・!」
「んんん~~」
クチュクチュ卑猥な音が、車の音に混じって耳に届く。長瀬は周囲の車を咄嗟に見回した。横に並んでいる車の搭乗者は気づいてない様子だ。
「蒼井さんっ!!」
長瀬も小さく声を上げる。
プハッと顔を上げ、蒼井は片手で堤の性器を握りこむと、堤の頬に軽く口付けた。
「フフフ。気持ちいいでしょ?」
「・・・海美っ・・・お前・・・・・・・・」
「ねぇ。長瀬くん。保孝はね、こうやって先端を親指で擦ったり、軽く噛むと、それだけでビンビンになっちゃうの。乳首も先端が特に弱いの。覚えていてね」
「余計な事っ、喋んな!!!」
怒鳴り返すが、堤は蒼井の手からは逃れられず、顔を背けて、快感から耐える。手で堤を扱きながら、蒼井は囁いた。
「このまま手で扱いてもらうのと、しゃぶってもらうのとどっちがいい?好きな方、選んで♪」
「・・・・・・・・くっ・・・」
今の状態でも、他者にバレてしまったら通報ものなのだが、顔を股間に埋められたら、理性を保ってられる自信は無い。堤は蒼井の体をグッと引き寄せて、耳元で懇願した。
「・・・じゃあ、手でイカせてみろよっ!」
「・・・イカせたげる」
低く囁き、堤の耳たぶを甘く噛む。堤の体がそれだけでブルリと震えたのを、長瀬はバックミラー越しに見た。蒼井は長瀬に見せ付けるように、堤に何度もキスを繰り返しながら、手の動きを早めていく。堤の目が蒼井をじっと見つめている。
これまで何度か堤とは競演して来たが、こんな風に堤の瞳が潤むのを見たのは初めてだった。憂いと切なさの混じったその目を見て、長瀬はある確信を持つ。
「・・・・・・・・・・・・」
車が都心に入る頃、堤は無事に射精して大きく息を吐いた。蒼井が堤の体を支え、頬をすり寄せる。その行動があまりに自然で、二人が付き合っていた頃はいつもこんな風に互いを甘やかせていたのだと、長瀬は知った。
ぼんやり車を運転していると、突然、蒼井が声を上げた。
「長瀬くん、そこの交差点過ぎたら、止めてくれる?」
「え」
「寄るところがあるの。用事は済んだし、もう出てくわ」
「は、はぁ」
蒼井は堤の手をあっさり離して、口元をハンカチで拭うと、口紅を付け直す。淡々としたその様子を、堤は白けた顔で眺めていた。
チークも塗り直して、唇にグロスを塗ると、蒼井は髪を整え始めた。堤の視線など、無視だ。
「・・・・お前、何しにきたわけ?」
「だから~、保孝にお礼しに来たって言ったでしょ。しつこいよ!あ、長瀬くん。ありがとう」
車が路肩に停車すると、蒼井は長瀬に軽く手を振って、車から降りていく。更に文句を言おうとした堤の前ににょきりと顔を突き出し、蒼井は不敵に笑った。
「ねぇ、保孝。レイプするのとされるのと、どっちが良かった?」
「海美!」
「冗談よ」
蒼井は車の扉を乱暴に閉めると、鞄からマルボロを取り出して口に咥えた。ジッポで火をつけ一服吸い、ニヤリと笑みを浮かべて車をバンッと叩くと、軽やかな足取りで去っていく。その去り方があまりに鮮やかで、堤も長瀬もすぐには言葉は出なかった。
蒼井が見えなくなってから、長瀬を堤に声をかけようとする前に、堤が叫んだ。
「くっそー!!!あの糞女っ!人をおちょくりやがって!もう絶対あの女とは縁を切る!二度と関わるか!!!おい、長瀬!飲みに行くぞ!!!あんな女、早く忘れたい!一秒でも早く忘れたい!!!」
「は、はい・・・!」
いつにもまして怒り心頭の堤は後ろから怒号を飛ばし、車を発進させる。向かった先で、堤はハイペースで酒を飲み、喋り上戸も相まって、蒼井の悪態を尽きるまでつくと、コロリと寝てしまったのだった。寝てしまった堤を長瀬は彼の自宅まで送ってやり、そのまま自分も同じベッドに横になる。
すやすや眠っている堤の横顔を黙って見つめる。ようやく穏やかさを取り戻した堤の端正な顔は、男から見ても見惚れる程だ。決して美形ではなく、りりしい男の顔なのだがそそられるのは、彼の優しさと甘さを知っているからだ。
長瀬が堤のつんつんとした髪に触れようと手を伸ばした時、ぽろりと堤の口から名前が零れた。
「・・・海美・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
伸びていた手が引っ込む。長瀬は堤の横にパタリと腕を落とすと、また深く息を吐いて、天井を見上げた。天井は高く、低いベッドの上からはとても手の届かない場所に思える。長瀬は苦笑した。
「・・・・・なんで俺・・・こんな胸が痛ぇんだろ」
その呟きはとても小さくて、寝ている堤を起こす程の力は持っていなかったのだった。
街に出て、長瀬はカメラを構える。その先には堤がいた。パシャリパシャリと何枚か写真を撮ってから、長瀬は首をひねりながら、堤に一つ注文を出す。
「堤さん、スンマセン。ちょっとお願い聞いてくれますか?」
「おぅ。また場所変えるか?それともポーズ変えるか??」
「いや、ここで脱いでください」
「出来るか阿呆!!!!!!」
「・・・・・・ですよね」
ハァと長瀬はため息を吐く。ここは街中で、商店街の入り口の交差路だ。この人の多い往来で脱がすなど、さすがにそこまで長瀬も鬼畜ではなかった。
強く握り締められたカメラを見て、堤は少々長瀬が気の毒になり、励ますように軽く彼の背中をぽんと押す。
「・・・・調子悪ぃ時もあるって」
「あん時はすげぇ盛り上がったのに」
独りごち、長瀬はカメラを見つめている。
堤にはあれから何度か撮影に付き合ってもらっているが、納得のいく写真が撮れないどころか、どれもこれも気に入らない。長瀬が使っているのは、デジタル式ではない為、その都度フィルムを浪費してしまっている。長瀬はカメラを掴んで、再び、交差路に立つ堤をフレームに入れる。何人もの人が行き交う、その人ごみの中で、堤に焦点を合わせる。そこから、長瀬はなかなか動かなかった。堤も待ち慣れていて、ただ黙って立っていた。彼は本当に根気強い。
ふいに、堤の前を風船を持った少女が横切った。その少女の手からするりと風船の紐が抜ける。あっ、と少女が声を上げる間もなく、風船は少女の手を離れてしまった。
「っと」
堤の手が上がり、ひょいと体を伸ばして、風船の紐を掴んだ。今にも涙が溢れそうだった瞳が大きく開かれ、頬が盛り上がり、歯をむき出しにして笑う。堤は風船を少女に差し出した。
「はい」
「おにいさん、有難う!」
少女は風船を受け取ると、丁寧に頭を下げる。すぐ後ろにいた彼女の母親が、慌てて堤に礼を言った。
「どうも、スミマセン。この子ったら、不注意で・・・。あら、あなた何処かでお会いした事が・・・・」
「いやぁ。僕みたいな顔、何処にでもいますからね。は・・ははは・・」
もしや自分のビデオを見た事があるのやも知れないと、慌てて母親の視線から逃れて、堤は少女にもう一度手を振ると、人ごみを掻き分けて長瀬の所まで逃げた。長瀬はカメラを構えたまま、黙って突っ立っていた。堤が長瀬の服を引っ張ると、彼はようやく我に返った。
「おい、今日はもういいだろ。ちょっと休憩しようぜ」
「え、あ、はい」
ぼけっとしていた長瀬は、堤に促されて、二人はその場を後にした。
彼らは人気の少ない住宅街にひっそり佇むフルーツパーラー『ジュエル』に移動して、現像した写真を眺めていた。公園や街中を歩く堤の姿はファッションモデルさながらで、何気ない彼の穏やかな表情や柔らかな口元が彼の性格を如実に表している。自分の写真とは言え、写真の出来の良さに堤は感嘆の息を漏らす。性格は悪いが一応カメラマンの卵なのだと、認識した。ただ、写真を撮った長瀬は浮かない顔だ。
「どうした?」
「・・・・・どれもこれもつまんねぇ写真ですよ」
そのつまんない写真のモデルを前にして言う台詞では無いだろうと堤は思うが、黙っていた。沢山の写真の中で、少女の風船を掴む堤のワンシーンが目に留まる。少女の驚いた表情、堤に捕まった風船の揺らぎ、真っ直ぐな堤の瞳だとか、投稿すれば大賞までは行かずともある程度評価はされるだろうと、長年の投稿経験を持つ長瀬なら分かる。だが、こんな絵に描いたようないかにも優等生が撮ったようなありきたりな写真が欲しいのでは、無い。
じっと写真を睨みつけている長瀬を前に、ほどよく蒸らされたイングッシュティーを飲んでいた堤だったが、ややあって口を開いた。
「お前さ、どんな写真が撮りたいの?」
「そりゃぁ・・・・、あっ!て誰もが声を上げたくなる写真スよ」
「・・・・なんだよ、そりゃ」
堤は呆れた。長瀬の言葉を聞き、前に並んだ写真の数々を見て、堤は長瀬が何故迷っているのか納得がいった。
「撮りたいものが無いんなら、そりゃ作品がブレるのは当たり前だ」
『ブレる』という単語に、長瀬はピクリと反応する。その単語は過去何度か投稿していた雑誌で評された時、言われた言葉だった。技術力はある、魅せ方もうまい、まるで物語のワンシーンを切り抜いたような、どれもこれも出来のいい写真ばかりだった。ポストカードとしてなら、数枚まとめて買い取ってくれた人もいる。だが、何かが決定的に足りないとは自分でも思っていて、ブレると言われてからは、ますます決定力に欠ける作品ばかりになってしまっていた。
「でも・・・技術を磨く為には好きなもんばっかり撮ってるわけには、いかないじゃないスか。色んな写真家の写真集を見て、技術本を読んで、実際自分の目で見て、絵になる写真を・・・」
「写真は絵じゃねぇからな」
堤がそう言うと、背の高い男前の店員が堤と長瀬のテーブルに二つ、小さなチョコベリークレープを置いた。これはパティシエからのサービスですと店員が言い添え、ちらりと奥の調理場を見る。調理場には、コック帽をかぶった目付きの悪い男が苛々した雰囲気で店員を見ていた。そんなパティシエに臆せず、店員はニコリと笑い返して、調理場へと歩いていく。
小さなチョコベリークレープを堤はフォークで綺麗に半分に割ると、ぱくりと口の中に入れた。上のほうにはストロベリーと生チョコが絡まって入っていて甘酸っぱく、底にはブルーベリーとカスタードが詰まっていて甘ったるくなく、舌に甘さが残らない味だった。むすりとして、長瀬も同じようにクレープを食べる。
「これを作ったパティシエも・・・技術を磨いてきたんだと思うぜ。ここの店は、しょっちゅう新作を作ってる」
まるで噛み合わないようなチョコとベリーが、このクレープの中では、互いを殺すこと無く、その少し苦い甘さと少し渋い甘さが相まって、美味しい。
「ここの店のケーキには、お前の写真と違って、迷いがねぇ。・・・それは、店に出すこのケーキにパティシエが絶大の自信を持ってるからなんだよ」
長瀬は少し驚いて顔を上げた。堤はクレープのかけらを口の中に放り込む。
「自分でいいと思えない写真を人に見せたって、そりゃブレてるよ。技術力がついたんなら、次は自分が何を撮りたいかじゃねぇのか?原点を思い出してみろよ。最初に持ってなかったものを今お前は持っていて、最初に持っていたものを失っちまってりゃ、本末転倒だ」
反論の余地をはさませず、堤はべらべら語る。彼は饒舌なのだと、今更に長瀬は思う。でも、その一言一言が自分の胸に突き刺さる。
クイッと、堤はイングリッシュティーを飲み干した。カチャリ。
「絵になる写真じゃねぇ。絵は絵だ、写真は写真。写真でしか出来ないものを・・・・撮ってみろよ」
さすがイラストレイターだけあって、絵と写真を混同させるのは気に入らなかった様子だ。だが、堤の言葉は長く長瀬が迷っていた濃霧を少しは晴らしてくれた。
カラン。
店を出て、二人は歩いていく。
「先輩はどんな絵を描くんですか?」
「んーー、絵本みてぇなのかな。好きなドイツ人のイラストレイターがいて、その人の影響をもろ受けちまってるから、アクリル絵が多いんだよなぁ。その人の絵は変なのが多くて・・・・俺は子供が思わず笑っちまような絵が好きなんだよ」
小さな鼠が大きな卵を使って料理を作ったり、ぐるぐる回ってバターになってしまった虎に、テーブルの上に乗り切れないぐらいのホットケーキや、僕の顔を食べてと差し出すパンのヒーロー・・・・それらは絵でしか描けないものだ。一目見て笑顔になれる、楽しい絵だ。
「食いもんばっかりじゃねぇスか」
「うるせぇ」
指摘されて気づいた堤は照れ隠しに笑う。笑い返しながら、長瀬の中でなんとなく、答えが見えてきたような気がしたのだった。
撮影日。二人はたまたま別の収録で、スタジオでかちあった。長瀬が先にベッドの上で、女優と絡んでいた。相手は蒼井だ。上だけセーラー服を着た蒼井は尻を高く上げ、後ろから長瀬に突かれていた。わざと高めの声を上げて、弱弱しく首を振る姿を、カメラマンの後ろから堤はぼんやり眺めていた。女優だな、と思う。長瀬がへたくそだとは思わないが、蒼井は実際のセックスではあんな声を上げたりしない。あんな表情もしない。過去、二人でベッドで過ごした頃を思い出して、堤は小さく唇を噛む。蒼井が顔を上げ、堤に気づく。カメラがアングルを変える瞬間、蒼井は堤向けて不敵な笑みを浮かべた。
「!」
カメラに抜かれていないのを見越した、自分が見ているのを察していた様子で、挑発的な笑みだった。蒼井は体をなんとか上半身だけ反転させ、長瀬にキスをねだった。当初の予定ではないシーンではあったが、その乞う姿が男心をそそり、監督は長瀬にサインを送る。長瀬が蒼井の首に手を絡ませて、口付けた。その瞬間、刺すような視線を感じる。
堤は思わず声を上げそうになった。頭痛がする。見ていられなくて、ふいと顔を逸らして、堤は部屋を出た。それを察し、蒼井は長瀬から唇を離した。うっすら笑む。長瀬も、さっきまで誰が見ていたか、その笑みで勘付いた。
「・・・・」
長瀬は口を開きかけたが、また蒼井に塞がれた。後は、監督の指示に従い、そのまま平坦なセックスが続いたのだった。
思わず部屋を飛び出した堤は、頭を掻く。廊下を、先輩俳優の河東が歩いてきた。堤に気づき、声をかける。
「よぉ、堤。向居ちゃん、いる?」
「監督なら・・・まだ撮影中スよ」
「あぁ、そうなの。今日は誰?」
「・・・海美です」
その名を聞き、河東は堤の不機嫌な理由に合点がいく。ちらりと扉を見てから、河東は忠告した。
「元カノが別の男にヤられてるのなんざ見たくねぇのは分かるけどよ・・・そうやっていつまでも人前で本名で呼んでる時点で、自分で自分の首を絞めてんぞ」
痛い所を突かれて、思わず堤は口ごもる。河東は続けた。
「自分だけが特別だって・・・そう言いてぇのが見え見えなんだよ。みっともねぇ」
「そんなつもりは無いですっ・・」
「なら、いつまでも未練たらしく名前で呼ぶな」
もっともな指摘だ。自分でも分かっていたが、こうズバリ言ってのけられると、反論してしまいたくなる。だが、うまい言葉が出てこなくて、沈黙していると、扉が開いて長瀬が顔を出した。堤を横目で見てから、河東に頭を下げた。
「河東さん、こんちはー。丁度、良かった。監督が待ってますよ」
「おぉ。ありがとう」
河東は堤の肩をポンと叩いて、長瀬と入れ替わりで部屋の中へと入っていった。パタンと扉が閉まると、長瀬は堤の前に立つ。堤は俯いていた。長瀬はまだパンツ一丁だった。
「・・・先輩、泣きそうな顔してますよ」
「泣くかよ。・・クソッ」
行き所のない思いをもてあまし、すぐに表情を元に戻せなくて堤が壁を叩くと、長瀬がその手を壁に縫いとめた。堤が顔を上げると、長瀬の顔が近くにあった。
「んっ・・・!」
堤の唇をあっさり割り、長瀬の舌が侵入する。抵抗しようにも、両手ともに壁に縫い付けられていて、足で蹴っ飛ばそうとしたのだが、足を絡ませられ、まだ半勃ちしている長瀬の性器が自分の股間に当たると、堤は思わず硬直した。ここで犯す気ではないだろうかと、恐怖で体が動かなくなる。舌をしつこいぐらい吸い上げられて、堤の息が上がる。
「ふっ・・」
恐怖のあまり長く感じたが、実際口付けた時間は数分で、長瀬が堤を開放すると、堤はむせた。
「けほっけほ・・・・!」
「大丈夫スか?」
抑揚の無い声で問われ、堤がキッと長瀬を睨みつける。
「ばっかやろう!ここを何処だと・・・」
「しー!堤さんこそ、ここを何処だと思ってんスか!」
長瀬は思わず堤の口を手で覆った。壁に押さえつけ、堤の耳元で囁く。
「いくら俺でも、こんな知り合い多い場所でヤるつもりはねぇスよ。俺はアンタがなんかしんどそうだから、元気付けようと・・・」
だからってキスする阿呆がいるかと、堤は怒鳴り返したい。でも、口は塞がれている。それに、自分が落ち込んでいた気分がさっきのキスの所為で吹っ飛んでしまったのは、事実だった。
長瀬の厚意は分かったと、堤は体から力を抜いた。それを了ととり、長瀬も堤を解放する。
「・・・何言われたのかしんないですけど・・・、元気出して下さい」
「あぁ」
「ついでに勃起しちゃった俺のもん、扱いてくれませんか?」
「はぁ?!」
堤はまた声を上げそうになり、今度は自分で口元を押さえた。長瀬が堤の肩を掴む。にやにや笑っている長瀬の顔は、サド丸出しだ。
「お前・・・・さっきまで散々ヤってたんだろ!?」
「あれはお仕事でしょう?それに俺・・・・最近全然気持ちよくなくって、撮影終わった後に一人で便所で抜いてんスよ」
どこまで勢力旺盛なのだと堤は噛み付く。自分なんかまだまだですと、長瀬は恐縮する。そんなものは自慢にならないし、これ以上鍛えるものでもないだろうと言いたかったが、そこは飲み込んで、堤は長瀬を押しのけた。
「とにかくダメだ。俺は今から撮影だ。余計な体力は使いたくねぇ」
「っとにマジメッスね」
「お前に言われたくねぇよ」
言い返され、長瀬も納得する。確かに、写真に関しても、AV業に関しても、軽い印象を与える外観からは見抜けない、意外にマジメな自分を自覚している。
そんな長瀬に思わず堤は失言する。
「撮影終わったら付き合ってやるから、じゃあな」
「え」
本人は無自覚だった。何を付き合うつもりなのか、おそらく彼は話をするというぐらいのニュアンスだったのだろうが、長瀬はそう捉えなかった。いや、捉えてやる気は無いというのが正確だろうか。
その人のいい性格と、ちょっと抜けた所が蒼井みたいなサドに捕まってしまう要因なのだと、長瀬は思う。
ふと視線を感じて、長瀬は横を見た。そこには、これから撮影であろう、夏見が立っていた。顔色が悪い。
「・・・・・・・こんちはッス」
とりあえず、長瀬は頭を下げた。夏見もはっとなって、軽く頭を下げて、衣装室へと急いだ様子で入っていった。
「・・・・・・・・」
見られたかもしれない。さっきのキスシーン。彼女のあの性格なら、人に吹聴するとは思わないのでわざわざ堤に報告する必要は無いだろうが、それよりも彼女の態度が気になった。
「・・・・・やっぱ好き、なのかな」
ぽそりと、長瀬は呟いた。
スタジオは、スタッフが清掃中だった。向居と河東が喋っている輪に入っていく気にはならず、堤は自然とカメラマンの横に座る。すると、まだ下着姿の蒼井がその隣に座ってきた。
「よ!や~すたか!見ててくれた?」
「・・・・・あぁ」
さっきよりは、幾分気分はマシだ。長瀬のおかげというか、所為というか。
「私のセーラー服姿・・・懐かしいでしょ?」
「うちはブレザーだっただろ」
「そうだっけ。あ、中学生の頃だったわ~、セーラーは」
とりとめのない会話の合間に、蒼井はちらちらと堤の目を見つめてくる。その目を、堤は見るまいと手に力を込めていた。じれた蒼井が堤の顔を掴んで、自分の方へ向かせた。
「保孝。なんで私の目を見てくんないの?」
直球だ。決して言い逃れなど、蒼井は許してくれない。堤も下手な嘘は苦手だった。彼は正直に答えた。
「・・・河東さんに忠告されたんだよ。いつまでも元カレ面してんじゃねぇって」
「私に未練タラタラってのがバレてんのは、今更なのにね」
「・・っ」
横にいたカメラマンが立ち上がった。二人の会話を聞いていたくはなかったようだ。堤だって、仕事場でこんな話をしたくない。
「・・・・だから、もう俺に構うな。ミズちゃん」
ミズとは、蒼井の芸名だ。蒼井は黙り込む。
撮影現場が整ったので、堤も自然と蒼井から離れていこうと立ち上がれば、蒼井の手が堤の腕に絡んで止められた。
「おい」
「・・・・いいのよ、保孝。私に未練があっても」
「・・・・・誰がお前なんか・・・」
「私ね、撮影の時に保孝に見られてたら燃えるの」
ムッとなって反論しようとすれば、蒼井が更に言葉を付け足した。
「安心出来るの。まるで保孝とヤッてるみたいな気分でいられるの」
「・・・・・・・」
「ミズちゃんなんて呼ばないで。ずっと海美って呼んで欲しいの。お願い」
捨てられた子犬のような表情だ。
キュッと弱弱しく握り締められ、堤はその手を振り払えなかった。俯き、小さく頭を縦に振る。途端、蒼井は笑顔になった。無邪気で可愛らしい笑顔だ。普通の男ならコロリと騙されそうな顔だった。
「有難う、保孝。撮影頑張って♪」
蒼井の手が離れ、堤の背を押す。堤はちらりと蒼井を振り返ってから、盛大にため息を吐いた。
蒼井のセリフは全部が全部、本心だとは思えない。胡散臭くて、いかにも作られた態度だ。他人行儀にされるのが嫌いなだけではなく、いかにベテランからのアドバイスであろうと、自分の事に関して他人から指示されるのは大嫌いなのだ。それが奴隷のように扱っている堤ならば、尚の事。堤はそれを全部分かっていて、頷いた。そんな自分がふがいなく、けれども蒼井にはやはり強く出れないのだった。
そんなわけで、堤は苛々した気持ちを必死に押しとどめて撮影に挑む。予定していた女優が風邪を引いて休みだと言われ、急遽呼ばれた夏見は顔色があまりよくなかった。こんな場合、本来なら撮影中止になるのだが、事務所が無理矢理夏見を押し込んだのだ。スタジオのキャンセル代を考えれば、監督の向居や会社としても都合が良かった。
ただ、この二人の組み合わせはこれまで散々やってきたので、いつもと違う撮り方をしようと監督が言い出した。それに乗っかったのは、撮影に関係の無い蒼井だった。
「はーい!レイプものがいいと思いま~ス★」
「おい!勝手に決めるな!」
すぐに堤が抗議したが、蒼井は向居の横に並び、自分のアイディアをべらべら喋り始めた。
「夏見さんのデビュー作って、緊縛レイプだったじゃないですかぁ。切ない表情がファンにはたまらないと思うんです。最近は普通の多いし、ファンは夏見さんのレイプを待ってると思いますよぉ。それに・・・保孝ってガタイいいし、なのにレイプ撮った事なかったから、夏見さんに教えてもらえばいいんですよー。役者の幅も広がるし、一石二鳥でしょう♪」
「俺はっ・・・契約の時にレイプAVは出ないって、言っただろ!」
堤が怒鳴ると、蒼井がムスッとなって、言い返す。
「保孝・・・子供みたいな事言わないでよ。なに、自分だけ好感度上げようとしてるの?演技でしょ?本気じゃないんだよ?私は売り上げと、夏見さんの為を思って言ってるの。保孝の都合なんか関係ない」
酷い言い様だと、その場にいた男全員が思っただろう。蒼井は本当にその辺のアイドルとひけをとらないぐらい可愛いし、性欲も旺盛でAV人気も凄まじい。けれども、スタッフの中で誰一人蒼井にアプローチしようとしないのは、彼女のこの強烈な性格の所為だった。無論、ファンは知らない。
「あのなっ・・・・」
それでも言い返そうとした堤を、後ろから夏見が止めた。
「大丈夫です。私、慣れてますから。・・・早く撮影終わらせて下さった方が・・・いいです」
「・・ナナちゃん」
夏見と蒼井の視線が僅かに絡んだ。
堤はため息を吐いて、夏見に頭を下げる。
「ホント、すみません・・・・」
「いえ。堤さんが謝る事じゃないですよ」
それは暗に蒼井と自分の事務所を非難していたが、それについてはあえて堤は聞き返さなかった。向居は蒼井と夏見を交互に見合い、腕を組む。
現場の空気が少々緊迫していると、その空気を壊す、抜けた声がした。
「あの~~、俺、この後はオフなんで、カメラ回していいスか?」
長瀬だ。カメラマンが反論する。
「お前のはデジタル仕様じゃねぇだろ。金は払わんし、他に売ったら損害賠償請求するぞ」
「金はいらねぇスよ。仕上がった写真は事務所に回しますから、練習させて下さい」
それならば、事務所側としても会社からしても損はない。向居は頷いた。
「しょうがねぇな・・・・。それじゃ、始めるか・・・・」
「ありがとございまーーーーす!!!」
長瀬が割って入った事で、少しは現場の空気が和む。堤が長瀬を見ると、長瀬は軽くウインクしてみせた。素早く、夏見の前にも頭を下げに走る。
「よろしくお願いします」
「・・・・はい」
不機嫌なのは蒼井だけだった。河東がやんわりと外に出そうとしたが、蒼井はその場を動かなかった。自分から面倒な事に関わる気のない河東は先に帰っていく。
撮影が始まる。ドラマ性のへったくれもない、ただ夏見をベッドに縛り付けて、堤が犯すだけだ。夏見は猿轡を噛まされて、ベッドのふちに手首だけタオルで結ばれている。跡が残らないよう、それはプロのスタッフが処置した。
縛られている夏見を見下ろすと、堤はデジャブを感じた。それは、何日か前の自分の姿と重なる。
「・・・・・・・」
なんだか情けなくなってくる堤だった。
夏見は怯えた表情で、足をばたばたさせていた。既に夏見は女優として、“はいっている”。それが分かると、堤も仕事に徹する事にした。下手に戸惑って、時間を長引かせれば長引かせるほど、夏見の負担は増えるのだ。
堤は夏見の肩を強く掴むと、ニヤリと笑ってみせた。
「暴れんじゃねぇ」
低い、演技の時の堤の声だ。
堤は夏見の服をまくりあげると、無理やりブラジャーをずらし、現れた小ぶりな乳房に噛み付く。
「んーんー!!」
夏見は首を振って嫌がるフリをする。堤は構わず続ける。夏見の胸を執拗に舌で攻め、手は夏見の足や股座を撫でていく。スカートの中に手を突っ込み、パンティを脱がせる。レイプものだから、どの仕草もいつもの堤よりは乱暴に見えた。気を使いながら、乱暴なフリをしている堤の集中力も生半可なものではなく、彼の顔から汗が流れる。湿った空気と、荒々しい仕草と息が夏見の顔にかかる。性急に進めているようにみせて、スカートの中では見えないように、堤が必死に夏見の入り口を慣らしていた。いつもならもう少し時間をかけるのだが、レイプものでダラダラしていてはまずいと、監督が挿入の指示を出した。
「てめぇの好きなのブチこんでやるから・・・大人しくしてろ」
言っていて自分でも恥ずかしいが、堤は赤面しそうな顔を必死に押しとどめ、夏見の足を乱暴に掴んで押し広げた。すると、夏見の体が強張った。目が見開き、本気に怯えているような様子だった。演技だろうと自分に言い聞かせ、堤が夏見の中に押し入る。
「・・んんんっ・・・!!!!」
入った途端、夏見の体が激しく痙攣する。演技のレベルを超えていると思われるその揺れに、思わず堤は監督を見たが、監督は続けろと頷くだけだった。夏見のレイプAVを見た事は無いが、迫真の演技だと言われているのは知っていた。これが演技なのなら、確かに凄い迫力だ。だが、堤は演技だとは思えなかった。自分自身、縛られてレイプされたから分かるが、夏見のこの表情は本気で自分を恐れているようだった。
彼女は実際レイプ経験がある・・・・と、それは堤の直感だった。夏見は首を振り回し、体をひねらせる。その仕草がその辺の嘘臭いレイプものとはるかにレベルが違っていた。
犯しているのは自分で、堤は罪悪感が募る。これは仕事で、夏見も演技で、自分も演技をしているだけだといくら言い聞かせても、堤は納得出来なかった。撮影を止めるわけにもいかない。堤は苦肉の策に出た。
「!」
猿轡をしている夏見の口に、堤は口付ける。噛まされている布に噛み付き、執拗に吸い付く。拘束されている夏見の手に手を重ねた。夏見の手の腹を、堤の親指が撫でる。その優しげな触れ方に、夏見の体の力が抜けていく。
堤は近くに転がっていた手錠を自分の手にかけると、夏見の手とベッドの柵にそれを繋いだ。夏見が驚いて堤を見上げた。
「・・・・・これで・・・永遠にアンタを犯せるのは俺だけだ」
そう言い捨てると、堤は夏見の猿轡に再び噛み付いた。既に何度も噛まれた所為で緩んでいた猿轡がはがれる。やっと普通に呼吸できるとばかりに大きく開かれた夏見の唇に、堤は深く口付けた。
「んんん・・・・」
唇が外れると、堤が夏見の目を覗き込む。その目からは恐怖心が抜けているのを確認し、堤は柔らかく笑った。
パシャッ
思わず、長瀬はシャッターを切っていた。
ただのレイプものから、ストーカーのレイプものへと変化しただけだったので、監督の向居も何も口を挟まず、堤と夏見の好きなようにやらせた。堤のセリフは全部、台本にはないアドリブで、夏見もそれに合わせて、夏見のストーカーの男に段々心を許していくと言うストーリー仕立てに変わっていった。
長瀬はずっとカメラを構えて、写真を撮っていた。まるで壊れ物に触れるような堤の手つきだとか、苦悩に満ちた表情や、反する荒々しい腰使いを、フィルターに収めていく。段々と、長瀬も気分が高揚してくる。堤が射精した時の官能に満ちた顔も、ばっちりカメラに収めると、長瀬の口から大きなため息が漏れた。
監督の「カット」の声に、長瀬は我に返った。
咄嗟のアドリブで話の筋を変更してしまい、堤が夏見にまず先に謝ると、夏見は苦笑して首を振った。
「私は大丈夫です。・・・・でも、やっぱり堤さんは、レイプAVは出ない方がいいですよ」
「そうみたいです・・・・・ナナちゃんももう・・・」
堤が続きを言う前に、スタッフが二人に集まってきて、堤の手錠を外してくれる。カメラマンが気安く堤の頭をはたいた。
「お前なぁ、勝手に路線変更すんなっての。ナナちゃんがすぐに対応してくれたから良かったもんを・・・」
「スンマセン」
「あー・・・でも、お前はレイプ魔って面にゃならねぇわ。絵的に、全然ダメ。ナナちゃんのストーカーってのもちょっと無理があったから、今後封印だな」
それは逆にありがたい話だった。レイプ魔に似合うと言われても、全然嬉しくない。
当初の予定とは違ってしまったが、概ね監督も満足しているようだった。スタッフが二人に労いの声をかける中、堤が蒼井を探す。彼女なら、絶対に文句を言ってくると思ったのだ。だが、その場に蒼井の姿は無かった。
きょろきょろしていると、長瀬が声をかけてきた。
「蒼井さんなら帰ったそうスよ」
「・・・・やっぱり」
自分の思い通りにならないと、蒼井は気がすまないタチだ。絶対不機嫌になっていると踏んでいただけに、次に会った時が怖い。
「・・・緊張してガチガチでしたね」
「しょうがねぇだろ。あぁいうのはホント駄目なんだよ・・・」
「今日は俺が送ってってあげますよ。車で来てるんです」
何か裏がある気もするが、疲れているのは本当だった。ここは素直に長瀬に甘えよう。
スタジオは次のスケジュールが入っているらしいので、早々に撮影スタッフは機材を抱えて帰っていく。堤も楽屋に引っ込んだ。その後を、長瀬がついてきた。
「外で待ってろ。変な汗かいたから、シャワーも浴びたいし・・・」
「シャワー浴びる前に、やって下さいよ」
「あー?何をー?」
鞄から着替えを取り出しながら、堤はおざなりに返事する。
「フェラチオ」
「・・・・・・・・・・・・」
長瀬の言葉が落ちた途端、堤の手が止まった。あまりにもさらりと言われて、一瞬聞き間違いかと思ったぐらいだ。だが、あんな単語、他と間違いようが無い。堤は鞄から顔を上げ、目を剥く。
「阿呆か!なんで俺がお前の銜えなきゃならねぇんだ!?」
「だって、撮影前に付き合ってやるって言ったじゃないスか」
「はぁ?撮影前ぇ??」
堤は思い出せない。しかし、長瀬は絶対に言ったと強く主張して、引き下がらない。外ではスタッフが移動している音が聞こえてきて、長くこの場で留まっていると、踏み込まれる恐れがあった。
「大体だな、お前ホモでもねぇのに男にされても嬉しくねぇだろ!?」
「俺はホモでもねぇのに、アンタを犯した男スよ。一人で抜くのも寂しいし・・・先輩やって下さいよ」
冗談ではないと叫びたい。だが、長瀬が自分のズボンを下ろして前に迫ってくると、逃げ場をなくす。
「お前・・・なんでちょっと勃ってんだよ?!」
「堤さんの下手糞なレイプシーン見てたらこうなっちゃいました」
「・・・・変態めっ!」
苦々しく言い放つと、堤は後ろの扉を見た。いつ誰が入ってくるかも分からない。時間も無い。ここで言い争っていたら、間違いなく事態は悪化すると考え、堤は頷いた。押しが弱いにも程がある。
「分かった。さっさとイケよ!」
「それは堤さんの技術次第スよ~」
苛々しながらも、堤は長瀬の性器をゆっくりと握ると、上下に擦り始めた。自分のものを扱く要領で、徐々に力を強めていく。
「はっ・・・堤さんって・・・オナる時・・・こんな感じなんスね・・・」
「うるせぇな・・・黙ってろよ」
「・・・・・早くしゃぶって下さい・・・」
「せかすな・・・・」
堤はなんとか口淫だけは避けたいと、手だけで必死にイカせようとしたが、なかなか長瀬の性器はその兆しを見せない。堤の意図が分かり、長瀬が言った。
「アンタ、クンニは出来てフェラは無理なんスか」
「同等に語るな!アホ」
そう言い捨てると、やけを起こして堤は長瀬の性器を口の中に含んだ。長瀬が堤の頭を掴む。
「んっ・・・きっもちいーーー・・」
堤は気持ちいいどころではない。長瀬の性器が大きくて長いせいで、喉に当たっているようで、えづきそうになる。それでも、懸命にこれまでフェラチオをしてくれた女優のやり方を思い出し、舌を這わせて、唇で擦る。女優はうまそうに舐めていたが、とてもうまいとは思えない。今後、フェラチオされても気持ちが萎えそうだった。
いい加減、舌が痺れてきて堤がくじけそうになった時、扉がノックされた。
「「!!」」
二人は息を飲む。ノックした人物は無遠慮に扉を開けたりはしなかった。
「堤さん。今日はお疲れさまでした・・・」
夏見の声だった。堤は長瀬から口を離し、慌てて答える。
「お疲れ様っっ!!!」
扉の前にまだ人の気配がある。夏見は何か堤に話があるのだろうか。だとしても、今入ってこられたら、最悪だ。長瀬は下半身丸出しで半勃ちしているし、その前にしゃがんでいた長瀬の口元は先走りの汁で濡れている。
声を殺していると、夏見が付け加えた。
「・・・あんまり無理はしないで下さいね・・・。それでは、お先に失礼します・・・・・」
「あ、ありがとうっっ」
上ずった声で堤が返事をすると、足音が遠ざかっていった。長瀬も堤も、二人して顔を見合わせ、ハァッと息を吐く。
ギロリと堤が長瀬を見上げた。
「・・・堤さんが悪いんでしょ。早くイカせてくんないから」
「お前が全然イカねぇのが悪いんだろ!」
やり方なんか分かるかと堤が言い捨てると、長瀬が堤の手を掴み、再び自分の性器を握らせた。抗議する口を、長瀬が塞ぐ。
「気持ち悪い・・・」
「そりゃそうだ」
呆れる堤に長瀬は力なく笑い返した。
「・・・ただフェラされるだけってのは・・・・気持ちが盛り上がってこねぇスね」
「だから?」
堤が問い返す。その問いに、長瀬は行動で返事をした。
もう一度堤の唇に噛み付き、堤の手を掴んで自分の性器を擦らせる。仕方なく、堤も長瀬の性器を擦り始める。女優の手と違い、堤の手は筋張っていて硬い。なのに、その硬い手に擦られ、堤のかさついた薄い唇を食んでいるだけで、どんどん長瀬の性器の膨らみが増す。彼の脳裏には、さっきの夏見とのセックスシーンがまだ残っていた。
絶頂を迎える時の堤の切ない表情を思い出すと、一気に長瀬の手の動きが早くなり、長瀬は思わず堤の頭を掴んで下に向けると、堤の顔に射精した。
「・・・・って・・めぇっ!!!」
さすがに出した後に長瀬は焦った。
「す、すんません。いつもの癖で・・・・」
「俺はAV女優じゃねぇっっ!!」
そう言って掴みかかろうとしたが、扉が開くのが見えて、堤は硬直した。長瀬は素早く堤の手を掴んで、シャワー室へと逃げ込む。
コックをひねると、二人して水浸しになった。
「おーい、堤。さっさとシャワー終わらせろよ。もう皆ハケてんぞ」
「は・・はーーーい・・・・」
引きつった声で堤は返事する。長瀬は壁に顔を向けて、笑いをこらえていた。扉が閉まったと同時に、堤は長瀬の頭を殴る。小突かれても、長瀬は笑いが止まらず、思わず堤を抱き締めて口付けた。
「おい!」
「あーー・・おかしい。堤さんといると、トラブルばっかで、飽きないスねー」
誰がトラブルを呼び込んでいるんだと、抗議したいが、それをしているとますます時間が経過する。堤は長瀬を引き剥がし、タオルを引っつかんでシャワー室を出たのだった。
長瀬が乗っている車は、銀色のプジョー406だった。プジョー406とは映画「タクシー」で出てきたモデルで、その滑らかなボディラインが美しい。堤は眉を寄せた。田舎の実家に帰れば堤も車の運転はするが、軽トラだ。軽トラが悪いわけではないが、何故か軽く落ち込む堤であった。
「・・・お前、外車乗ってんのに汁男優やAV男優したりしてんの?」
「これは知り合いのフランス人に譲ってもらったんス。日本のAVマニアの変態で、すげぇ良い奴ですよ」
あまり好印象を持てない紹介の仕方で、最後の言葉に説得力はなかった。
堤と長瀬が車に乗り込み、車を発進させる。スタジオの地下駐車場の入り口で、一人の女性が立っているのが見えた。
「海美」
堤は長瀬に車を止めさせると、二人に気づいた蒼井が車に近寄ってきた。長瀬が窓を開ける。
「どうしたんスか。蒼井さん。先に帰ったと思いましたよ」
「んー・・・保孝を待ってたの。乗せてもらっていいかな?」
長瀬は隣に座っている堤を見た。これは自分の車ではないので、堤は判断しかねる。任せる、と一言呟く。
蒼井には借りがあるので、下手に反抗せず、長瀬は後ろのドアを開けた。
「どうぞ」
「有難う。保孝、こっちに座って」
後部座席に乗り込むと、蒼井は堤に隣に座るよう、パンパンと座席を叩いて促す。
「えぇ?!なんでだよ」
「いいから!」
駐車場の入り口でもめたくなくて、渋々堤は助手席を降りると、後部座席に乗り換えた。二人がシートベルトを締めるのを確認し、長瀬が車を再び発進させた。郊外のスタジオだった為、道はそう混んではいなかった。
車が動き出すと、蒼井はペコリと堤に頭を下げた。
「ごめんね・・・。保孝に謝りたかったの」
「は?なんで」
消沈している蒼井の姿は疑ってかかるべきだと、長年の経験で堤は分かっている。警戒されているのは蒼井も分かっていた。二人の付き合いは伊達に長くない。
「だって、私がレイプがいいなんて言ったから・・・。あれはちょっと強引だったかなって後悔したの。優しい保孝はレイプはされてもレイプは出来ないよ」
「・・・・・・・・・」
運転席の長瀬も口を挟む気にはなれなかった。口を出したら最後、蒼井になんと返されるか分からない。堤は腕を組んで、そっぽを向いた。
「そんな思ってもねぇ事言うんじゃねぇよ。どうせお前は自分が思った通りにいかなくって、腹立ててるだけだろ」
「そう悪いように取らないでよ。たまには私だって、罪悪感って言うの?あぁいうしょうもない感傷に浸る時だってあるんだから」
しょうもないと言っている時点で、人間的にアウトなのだが、そんなアウトな女が珍しく頭を下げてきたのだから、煽る真似は止めて、堤は額面通り受け取る事にした。そうでなければ、話は平行線のままだろう。
「分かった分かった。お前が反省してんのは、俺も嬉しいよ。俺に無茶は言ってもいいけど、ナナちゃんや監督にはあんまり無理は言うなよな」
こういう言い方が、河東に注意される要因なのだが、堤は無自覚だ。彼の場合、他の人間よりも自分が一番蒼井に酷い目に合わされていると言う意識があるからだろう。
そんな堤に、長瀬は少し苛立った。
蒼井は嬉しそうに笑って、堤の腕に抱きつく。
「有難う、保孝。大好きvv」
シートベルトを伸ばし、蒼井は堤の腕に自分の胸を押し付けると、至近距離から堤の顔を覗き込んだ。その様子はばっちりバックミラーから見れる。
「おい、海美。離れろよ」
「私、今日は素直な気分なの。保孝にはいっつも迷惑かけてるから、たまにはお礼したいな」
「絶対裏あるだろ、それ!信用出来ねーぞ」
笑いながら軽い口調で言えば、蒼井は可愛らしく頬を膨らませた。
「もー!信じてよ。本当だってば。保孝もたまには私を信用してもいいんじゃない?」
過去もろもろの悪事によって、蒼井への信頼は皆無に等しい。それでも、堤は蒼井にはどうしても最後まで意地を通せないのだった。
「んじゃ、お礼してくれ。簡単なのでいいからな」
「うん♪」
笑顔で頷くと、蒼井はおもむろに堤のズボンのチャックを開け始めた。慌てて堤が蒼井の頭を掴む。
「おい!お前っ・・・!こんな所で何やって・・・」
「だからお礼だってば!レイプAVでろくにイケなかったんじゃない?久しぶりに私が抜いてあげる」
「待て!馬鹿っ・・・!お前っ・・・」
あっと言う間の早業で、蒼井は堤の性器を取り出すと、そこに顔を埋めた。この女は下手な抵抗をしたら、本気で噛み付く恐れがある。
「やめっ・・・ろ・・!海美っっ!!頼むっっ・・・!」
「んんん~~」
クチュクチュ卑猥な音が、車の音に混じって耳に届く。長瀬は周囲の車を咄嗟に見回した。横に並んでいる車の搭乗者は気づいてない様子だ。
「蒼井さんっ!!」
長瀬も小さく声を上げる。
プハッと顔を上げ、蒼井は片手で堤の性器を握りこむと、堤の頬に軽く口付けた。
「フフフ。気持ちいいでしょ?」
「・・・海美っ・・・お前・・・・・・・・」
「ねぇ。長瀬くん。保孝はね、こうやって先端を親指で擦ったり、軽く噛むと、それだけでビンビンになっちゃうの。乳首も先端が特に弱いの。覚えていてね」
「余計な事っ、喋んな!!!」
怒鳴り返すが、堤は蒼井の手からは逃れられず、顔を背けて、快感から耐える。手で堤を扱きながら、蒼井は囁いた。
「このまま手で扱いてもらうのと、しゃぶってもらうのとどっちがいい?好きな方、選んで♪」
「・・・・・・・・くっ・・・」
今の状態でも、他者にバレてしまったら通報ものなのだが、顔を股間に埋められたら、理性を保ってられる自信は無い。堤は蒼井の体をグッと引き寄せて、耳元で懇願した。
「・・・じゃあ、手でイカせてみろよっ!」
「・・・イカせたげる」
低く囁き、堤の耳たぶを甘く噛む。堤の体がそれだけでブルリと震えたのを、長瀬はバックミラー越しに見た。蒼井は長瀬に見せ付けるように、堤に何度もキスを繰り返しながら、手の動きを早めていく。堤の目が蒼井をじっと見つめている。
これまで何度か堤とは競演して来たが、こんな風に堤の瞳が潤むのを見たのは初めてだった。憂いと切なさの混じったその目を見て、長瀬はある確信を持つ。
「・・・・・・・・・・・・」
車が都心に入る頃、堤は無事に射精して大きく息を吐いた。蒼井が堤の体を支え、頬をすり寄せる。その行動があまりに自然で、二人が付き合っていた頃はいつもこんな風に互いを甘やかせていたのだと、長瀬は知った。
ぼんやり車を運転していると、突然、蒼井が声を上げた。
「長瀬くん、そこの交差点過ぎたら、止めてくれる?」
「え」
「寄るところがあるの。用事は済んだし、もう出てくわ」
「は、はぁ」
蒼井は堤の手をあっさり離して、口元をハンカチで拭うと、口紅を付け直す。淡々としたその様子を、堤は白けた顔で眺めていた。
チークも塗り直して、唇にグロスを塗ると、蒼井は髪を整え始めた。堤の視線など、無視だ。
「・・・・お前、何しにきたわけ?」
「だから~、保孝にお礼しに来たって言ったでしょ。しつこいよ!あ、長瀬くん。ありがとう」
車が路肩に停車すると、蒼井は長瀬に軽く手を振って、車から降りていく。更に文句を言おうとした堤の前ににょきりと顔を突き出し、蒼井は不敵に笑った。
「ねぇ、保孝。レイプするのとされるのと、どっちが良かった?」
「海美!」
「冗談よ」
蒼井は車の扉を乱暴に閉めると、鞄からマルボロを取り出して口に咥えた。ジッポで火をつけ一服吸い、ニヤリと笑みを浮かべて車をバンッと叩くと、軽やかな足取りで去っていく。その去り方があまりに鮮やかで、堤も長瀬もすぐには言葉は出なかった。
蒼井が見えなくなってから、長瀬を堤に声をかけようとする前に、堤が叫んだ。
「くっそー!!!あの糞女っ!人をおちょくりやがって!もう絶対あの女とは縁を切る!二度と関わるか!!!おい、長瀬!飲みに行くぞ!!!あんな女、早く忘れたい!一秒でも早く忘れたい!!!」
「は、はい・・・!」
いつにもまして怒り心頭の堤は後ろから怒号を飛ばし、車を発進させる。向かった先で、堤はハイペースで酒を飲み、喋り上戸も相まって、蒼井の悪態を尽きるまでつくと、コロリと寝てしまったのだった。寝てしまった堤を長瀬は彼の自宅まで送ってやり、そのまま自分も同じベッドに横になる。
すやすや眠っている堤の横顔を黙って見つめる。ようやく穏やかさを取り戻した堤の端正な顔は、男から見ても見惚れる程だ。決して美形ではなく、りりしい男の顔なのだがそそられるのは、彼の優しさと甘さを知っているからだ。
長瀬が堤のつんつんとした髪に触れようと手を伸ばした時、ぽろりと堤の口から名前が零れた。
「・・・海美・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
伸びていた手が引っ込む。長瀬は堤の横にパタリと腕を落とすと、また深く息を吐いて、天井を見上げた。天井は高く、低いベッドの上からはとても手の届かない場所に思える。長瀬は苦笑した。
「・・・・・なんで俺・・・こんな胸が痛ぇんだろ」
その呟きはとても小さくて、寝ている堤を起こす程の力は持っていなかったのだった。
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