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12章 日常に立ちはだかる敵と味方と
142話 汚れなきひより先生
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犬、猫、ウサギ、鳥――何かの妖精、その他いろいろの色とりどりとサイズの先生が好きそうな愛くるしい無機物たち。
それらが、この部屋への侵入者であり危害を及ぼす可能性のある僕という人間を値踏みしている。
「この子は昨日のイラストの左端に……」
「うぷ……」
……だめだ。
今日の先生は今の僕みたいな吐き気を押し殺してまで歓待してくれているんだ。
僕の部屋――聖域は、家族ですらドアを開けて覗き込んできて、1歩2歩と入ってこられると、まるで頭蓋骨をごりごりと開けて、あるいは胸元を引き裂いて臓器をしげしげとのぞき見られるみたいな強烈な不快感を覚えるほどに大切な場所。
僕と性質の似ている先生なんだから、知り合いではあっても性別も年齢もまるで違う僕なんかを招くだなんて、楽しそうに語ってはいても本当のところはつらいはずだ。
……なんで僕なんかを「お家デート」に誘ってくれたのかは分からないけども、なにからなにまでお世話になっている僕には先生の提案に逆らう権利はない。
だから、可能な限りに先生の好意に甘える。
僕ができるのは、それくらいだから。
「……だから、いつもこの子たちを机に置いて描いているんです!」
「あ、ああ、なるほど……だから立体感とかあるんですね」
「やっぱり見ながら描くと違うんです!」
「そうですね、絵っていうのは構造を理解してると段違いって聞きますから」
先生の絵は、初めのころは本当に拙かった。
それが逆に癒やしを放つ味だったんだけども、先生の描くファンシーな女の子キャラクターがいろいろとほほえましくてもその周囲の小物とかは最初からはっきりと上手だった。
その理由が、これ。
やっぱり先生には才能がある。
最推しだからか、どんな現象でも親バカのように全肯定する本能が働くんだ。
「………………………………」
先生の目を盗んで部屋を見渡すと、
「「「………………………………」」」
――最低でも30体のぬいぐるみ……あ、壁に動物とかのキーホルダーとか掛かってる……先生のガーディアンたちが、僕へ狼藉を働かないよう牽制してくる。
「……くぴっ……」
用意されていたジュースに手を付けて、上がってきた胃液を飲み干す。
――間違っても先生の部屋で吐いてしまわないようにしないと。
そんなことをしてしまったら、僕はもうおしまいだから。
◇
「先生は紙派なんですか」
「えっと、電子の方が安かったり毎週無料で読めたりするんですけど……その。気に入ったのは近くでじっと見たいので」
「分かります。やっぱり印刷されていると、寝転がりながら近くで読んだりするときに見えるペンのインクの具合とかも楽しめますし、なにより何度でも読みたい場所を読めますからね」
「! そうですそうです! あとあと、新品で買うとインクと紙の匂いも……」
壁紙もベッドシーツも毛布も、じゅうたんもクッションも全てがカラフル――パステルカラーっていう、先生のイラストのテイストそのままな室内の一面を占領しているのは、かなり本が入っている本棚。
自分の本棚なんて部屋を覗かれることの次に――いや、スマホとかパソコンの中を勝手に見られることくらい嫌なことのはずなのに、先生は惜しみなく本を手に取っては見せてくれる。
……学校でマスコット扱いしつつもお世話をしてくれてるらしい同級生たちが良く来るらしいから、きっと彼女たちに見せる用なんだろう。
じゃなきゃ、僕だったら目立たないように本棚をカーテンとかで覆って隠すもん。
「えっと、こはねちゃんさんが知ってそうな作品はあんまりないんですけど……」
「ですね。でも、どれも先生の絵柄の元になった……癒やされるものばかりですね」
数冊ずつのそれらは――小学生女子が好きそうな絵柄で表紙と挿絵の描かれている童話に近い児童文学とか、この世の理不尽を知る前の子供を優しく育てる物語とか、あるいは女の子同士の友情がメインらしい少女漫画の様子。
うん。
「先生は、このままで居てくださいね」
「? 私、もっと上手になってこはねちゃんさんをかわいくしたいです!」
きょとんとしている幼い女の子は、たぶん、この世界の汚れを知らない。
そんな子を遠くから応援していたつもりが、気がついたらなぜか懐いてくれているんだ……僕にはこの子を、このまま守護する義務がある。
「あ、最近はちょっとずつデッサンの勉強もしてて……これとか! ……で、でも、私、筋肉とか骨が写ってる本は怖くてめくれないので買っただけで放置しちゃってて……」
……介護班の人たちにも頼んで、この子から汚いものを遠ざけよう。
うん、僕を哀れに思ったり被保護物だとかレッサーパンダだとかTSっ子だとか認識している彼らの大半は、同時にひより先生のファンでもあるはずだ。
優花経由でこっそりと――同じく介護班に入っちゃっているらしいひより先生に悟られないように、先生を守護するプロジェクトを立ち上げよう。
「?」
――ひらり。
ふと、本と本の隙間から降りてきた紙を反射的に手でつかむ。
それは――――――えっ。
――どう見ても先生の絵柄で僕を描いていて――けどもなぜかその僕は赤面しながら涙を流していて、両手で抑えた股のところからは――――――
それらが、この部屋への侵入者であり危害を及ぼす可能性のある僕という人間を値踏みしている。
「この子は昨日のイラストの左端に……」
「うぷ……」
……だめだ。
今日の先生は今の僕みたいな吐き気を押し殺してまで歓待してくれているんだ。
僕の部屋――聖域は、家族ですらドアを開けて覗き込んできて、1歩2歩と入ってこられると、まるで頭蓋骨をごりごりと開けて、あるいは胸元を引き裂いて臓器をしげしげとのぞき見られるみたいな強烈な不快感を覚えるほどに大切な場所。
僕と性質の似ている先生なんだから、知り合いではあっても性別も年齢もまるで違う僕なんかを招くだなんて、楽しそうに語ってはいても本当のところはつらいはずだ。
……なんで僕なんかを「お家デート」に誘ってくれたのかは分からないけども、なにからなにまでお世話になっている僕には先生の提案に逆らう権利はない。
だから、可能な限りに先生の好意に甘える。
僕ができるのは、それくらいだから。
「……だから、いつもこの子たちを机に置いて描いているんです!」
「あ、ああ、なるほど……だから立体感とかあるんですね」
「やっぱり見ながら描くと違うんです!」
「そうですね、絵っていうのは構造を理解してると段違いって聞きますから」
先生の絵は、初めのころは本当に拙かった。
それが逆に癒やしを放つ味だったんだけども、先生の描くファンシーな女の子キャラクターがいろいろとほほえましくてもその周囲の小物とかは最初からはっきりと上手だった。
その理由が、これ。
やっぱり先生には才能がある。
最推しだからか、どんな現象でも親バカのように全肯定する本能が働くんだ。
「………………………………」
先生の目を盗んで部屋を見渡すと、
「「「………………………………」」」
――最低でも30体のぬいぐるみ……あ、壁に動物とかのキーホルダーとか掛かってる……先生のガーディアンたちが、僕へ狼藉を働かないよう牽制してくる。
「……くぴっ……」
用意されていたジュースに手を付けて、上がってきた胃液を飲み干す。
――間違っても先生の部屋で吐いてしまわないようにしないと。
そんなことをしてしまったら、僕はもうおしまいだから。
◇
「先生は紙派なんですか」
「えっと、電子の方が安かったり毎週無料で読めたりするんですけど……その。気に入ったのは近くでじっと見たいので」
「分かります。やっぱり印刷されていると、寝転がりながら近くで読んだりするときに見えるペンのインクの具合とかも楽しめますし、なにより何度でも読みたい場所を読めますからね」
「! そうですそうです! あとあと、新品で買うとインクと紙の匂いも……」
壁紙もベッドシーツも毛布も、じゅうたんもクッションも全てがカラフル――パステルカラーっていう、先生のイラストのテイストそのままな室内の一面を占領しているのは、かなり本が入っている本棚。
自分の本棚なんて部屋を覗かれることの次に――いや、スマホとかパソコンの中を勝手に見られることくらい嫌なことのはずなのに、先生は惜しみなく本を手に取っては見せてくれる。
……学校でマスコット扱いしつつもお世話をしてくれてるらしい同級生たちが良く来るらしいから、きっと彼女たちに見せる用なんだろう。
じゃなきゃ、僕だったら目立たないように本棚をカーテンとかで覆って隠すもん。
「えっと、こはねちゃんさんが知ってそうな作品はあんまりないんですけど……」
「ですね。でも、どれも先生の絵柄の元になった……癒やされるものばかりですね」
数冊ずつのそれらは――小学生女子が好きそうな絵柄で表紙と挿絵の描かれている童話に近い児童文学とか、この世の理不尽を知る前の子供を優しく育てる物語とか、あるいは女の子同士の友情がメインらしい少女漫画の様子。
うん。
「先生は、このままで居てくださいね」
「? 私、もっと上手になってこはねちゃんさんをかわいくしたいです!」
きょとんとしている幼い女の子は、たぶん、この世界の汚れを知らない。
そんな子を遠くから応援していたつもりが、気がついたらなぜか懐いてくれているんだ……僕にはこの子を、このまま守護する義務がある。
「あ、最近はちょっとずつデッサンの勉強もしてて……これとか! ……で、でも、私、筋肉とか骨が写ってる本は怖くてめくれないので買っただけで放置しちゃってて……」
……介護班の人たちにも頼んで、この子から汚いものを遠ざけよう。
うん、僕を哀れに思ったり被保護物だとかレッサーパンダだとかTSっ子だとか認識している彼らの大半は、同時にひより先生のファンでもあるはずだ。
優花経由でこっそりと――同じく介護班に入っちゃっているらしいひより先生に悟られないように、先生を守護するプロジェクトを立ち上げよう。
「?」
――ひらり。
ふと、本と本の隙間から降りてきた紙を反射的に手でつかむ。
それは――――――えっ。
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