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第2の章 終焉への階段
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午後から晴れると予報では言っていたけど、結局どんより灰色の重たい雲が空を覆っていた。
チャイムが鳴って、帰り支度をすませる同級生たちの雑踏の中。
あたしは体全体に鉛を巻きつけたようなダルさを感じていた。
「今日、時間があったら、甘いものでも食べて帰らない?」
「ごめん、今日はちょっと」
「今日も!、でしょう」
梨花は頬を膨らませて、語気を荒げた。
「ごめん」
尻すぼみに謝ると、梨花が眉間にしわを寄せて、顔をしかめた。
「麦、顔色悪いよ」
「うん、ちょっと昨日眠れなくなくて」
「送っていこうか?」
「大丈夫。まっすぐ帰るから」
手を振ると、梨花の心配そうな声が追いかけてくる。
他人を脅迫しておいて、何を言っているんだ、といわれるだろうけど、あたしの心臓はもう痛んで壊れる寸前だ。
今日、迎えにきてくれなければ、あたしの想いはついえてしまう。
―――無理しなくて、いいよ。これは、ただのお願いだよ
慣れ親しんだあの人の声が、蘇ってくる。
かつて聞いたあの人の願いを―――強制されたものではないから、成し遂げたいって思うんだ。
本当は時雨に、幸せを感じてほしいけれど、それが無理ならば、あたしへの怒りや恨みでもいいかもしれない。
アンダーグラウンドの男を脅迫なんて馬鹿なことをするチンケな女子高生を、嘲笑ってもいいから。
時雨が前を見て、進む言動力になるなら、何でもいいと思う。
昇降口で靴に履き替えて、校門までの道のりをズルズルと足を引きずるようにして歩く。
下に降りてきたわずかな間に、小雨が降り始めていた。
傘を差すほどでもないけれど、時雨の名前のようにぱらぱらと降る通り雨が、肩を打つ。
降り始めた雨を避けるように周りが足早に追い越していく。
「ねぇ、ちょっとかっこよくない?」
あたしの横で、女の子2人がコソッとささやく。
ささやきに耳を傾ければ、校門に近づくほどに、周りの学生たちのざわめきが波紋のように広がっていくのを感じた。
「私服だね」
「ウソッ、綺麗系じゃない?」
甲高い声の波紋の中を進めば進むほど、あたしの心に期待がこみ上げてくる。
心臓が音を立てて激しくジャンプしている。
人の波のその先に、校門にもたれるように立つ緑の渋い傘を差したすらりとした男性の人影が見えた。
その人影ひとつで、あたしは涙がこみ上げてきた。
のどの奥に、飲み込めない塊がずっしりと詰まっている。
―――この刹那さが恋というならば、あたしはきっと時雨に恋をしているんだ。
決して穏やかに育むものではなく、素直で純粋な恋とも違う。
まっすぐにただ、〝好き〟といえば一緒にいられるような、同年代の恋ともまったく違う。
たとえ〝好き〟と自覚をしても、相手から同じ気持ちが返ってくることは数%以下の可能性だ。
さらさらと体に降りかかる雨が、次第にぐっしょりと体をぬらしていく。
ベタッと頬にくっつく髪の一房を、人差し指で払いながら、いつの間にか足を止めて、人影を見つめていた。
深緑の傘がくるりと回転して、ソレがクイッと持ち上げられた。
まっすぐにあたしを捕らえる彼の目が、今度はほのかな興味の色を映していた。
「おかえりなさい」
穏やかな声と、その裏腹のような内面を持つ時雨。
「迎えに来ました」
もう、すっかり濡れきったあたしに、さらりと傘を差し出す時雨に、あたしは口元を軽く緩めた。
―――恋かどうか、あたしの気持ちは、今はどうでもいい。
「約束、通りですね」
あたしが仕掛けた罠にあえて飛び込んできた時雨。
「えぇ、私は約束を守る男ですよ」
どの口が、そんなことを言うのか。
信頼性の欠片もない時雨を、きっと、あたしはすっかり信じてしまうのだろう。
「お互い、約束は守りましょう」
挑戦的な時雨の視線に絡めとられて、あたしは震える手を隠すように後ろで組んだ。
チャイムが鳴って、帰り支度をすませる同級生たちの雑踏の中。
あたしは体全体に鉛を巻きつけたようなダルさを感じていた。
「今日、時間があったら、甘いものでも食べて帰らない?」
「ごめん、今日はちょっと」
「今日も!、でしょう」
梨花は頬を膨らませて、語気を荒げた。
「ごめん」
尻すぼみに謝ると、梨花が眉間にしわを寄せて、顔をしかめた。
「麦、顔色悪いよ」
「うん、ちょっと昨日眠れなくなくて」
「送っていこうか?」
「大丈夫。まっすぐ帰るから」
手を振ると、梨花の心配そうな声が追いかけてくる。
他人を脅迫しておいて、何を言っているんだ、といわれるだろうけど、あたしの心臓はもう痛んで壊れる寸前だ。
今日、迎えにきてくれなければ、あたしの想いはついえてしまう。
―――無理しなくて、いいよ。これは、ただのお願いだよ
慣れ親しんだあの人の声が、蘇ってくる。
かつて聞いたあの人の願いを―――強制されたものではないから、成し遂げたいって思うんだ。
本当は時雨に、幸せを感じてほしいけれど、それが無理ならば、あたしへの怒りや恨みでもいいかもしれない。
アンダーグラウンドの男を脅迫なんて馬鹿なことをするチンケな女子高生を、嘲笑ってもいいから。
時雨が前を見て、進む言動力になるなら、何でもいいと思う。
昇降口で靴に履き替えて、校門までの道のりをズルズルと足を引きずるようにして歩く。
下に降りてきたわずかな間に、小雨が降り始めていた。
傘を差すほどでもないけれど、時雨の名前のようにぱらぱらと降る通り雨が、肩を打つ。
降り始めた雨を避けるように周りが足早に追い越していく。
「ねぇ、ちょっとかっこよくない?」
あたしの横で、女の子2人がコソッとささやく。
ささやきに耳を傾ければ、校門に近づくほどに、周りの学生たちのざわめきが波紋のように広がっていくのを感じた。
「私服だね」
「ウソッ、綺麗系じゃない?」
甲高い声の波紋の中を進めば進むほど、あたしの心に期待がこみ上げてくる。
心臓が音を立てて激しくジャンプしている。
人の波のその先に、校門にもたれるように立つ緑の渋い傘を差したすらりとした男性の人影が見えた。
その人影ひとつで、あたしは涙がこみ上げてきた。
のどの奥に、飲み込めない塊がずっしりと詰まっている。
―――この刹那さが恋というならば、あたしはきっと時雨に恋をしているんだ。
決して穏やかに育むものではなく、素直で純粋な恋とも違う。
まっすぐにただ、〝好き〟といえば一緒にいられるような、同年代の恋ともまったく違う。
たとえ〝好き〟と自覚をしても、相手から同じ気持ちが返ってくることは数%以下の可能性だ。
さらさらと体に降りかかる雨が、次第にぐっしょりと体をぬらしていく。
ベタッと頬にくっつく髪の一房を、人差し指で払いながら、いつの間にか足を止めて、人影を見つめていた。
深緑の傘がくるりと回転して、ソレがクイッと持ち上げられた。
まっすぐにあたしを捕らえる彼の目が、今度はほのかな興味の色を映していた。
「おかえりなさい」
穏やかな声と、その裏腹のような内面を持つ時雨。
「迎えに来ました」
もう、すっかり濡れきったあたしに、さらりと傘を差し出す時雨に、あたしは口元を軽く緩めた。
―――恋かどうか、あたしの気持ちは、今はどうでもいい。
「約束、通りですね」
あたしが仕掛けた罠にあえて飛び込んできた時雨。
「えぇ、私は約束を守る男ですよ」
どの口が、そんなことを言うのか。
信頼性の欠片もない時雨を、きっと、あたしはすっかり信じてしまうのだろう。
「お互い、約束は守りましょう」
挑戦的な時雨の視線に絡めとられて、あたしは震える手を隠すように後ろで組んだ。
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