アポカリプティックサウンド~脅迫から始める終焉の恋~

魚沢凪帆

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第1の章 終焉の始まり

ⅩⅢ

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馬鹿みたい、と自分が自分で嫌になる。

笑えるくらいに自分が自分に甘かった。



甘やかされて育てられた自信がある。

愛情の中で育ったあたしは、呼吸をするように人を裏切ることに慣れていなかった。

時雨の目に生きる光がないことはわかっていた。

将来への希望とか、生きている楽しみとか、そんなもののカケラも瞳には映ってなかった。


だけど、時雨は年上でスマートにあたしをエスコートしてくれて、あたしの歩みにそって付き合ってくれた。

だから、あたしと時雨の世界がまったく次元の違うところにあるなんて気づきもしなかった。

おめでたい女だな、と自分に思う。


目をつぶって、ただ馬鹿みたいにニコニコと隣で笑うことはできる。

見て見ぬ振りをするあたしを、内心では馬鹿にしながら、きっと穏やかに微笑んで流してくれる。


でも、あたしはそんなことのために、時雨を脅したわけじゃない。



あたしの大切な人を救うために、あの人の大切な人である時雨を救いたいと思った。


―――この気持ちに偽りはない。




****************************



繁華街にはいろんな声が響いている。

飲み屋の客引きが飲み放題付きでいくらにするとか。

お水のお店のキャッチが賑やかしく声をかけている。

夜の帳も降りたのに、繁華街にはチカチカきらめく電球。

喧騒の波を駆け抜けて、あたしは1週間ぶりに時雨の店の前に立った。



錆びた階段の手すり。

崩れかけの壁に沿って、階段をゆっくりと降りて行く。

めまいがするほどの緊張で、あたしの喉は張り付くぐらいにカラカラに乾いてる。

ノックなんかしても、きっと聞こえない錆びついた分厚い扉。

ギィッと音を立てて、ドアを開けた。

客がいなかったのか、カウンターに座っていた時雨がゆっくり顔を上げた。

あたしを見つけると、驚いたように目を開いた。

感情を隠すことの上手な彼は、すぐに偽りの笑みを見せた。


「おや、来るとは思いませんでした」

その言葉はきっと本心だろう。


時雨の彼女との情事。

彼と彼女のキス、むせかえるようなムスクの香り。

消えることのない記憶が、繰り返し頭の中に流れた。

たかだか18年しか生きてないあたしにはこの恋愛は上級すぎる。



初級の恋もしたことないのに、飛び級するには基礎もない。

それでも、ここで諦めたら女が廃る。


「時雨、言ったよね? 3ヶ月はあたしと付き合ってくれるって」

「えぇ、言いましたよ」

時雨はこの状況を面白がっているように見えた。

「それなら約束を果たして欲しいの。あたしは、あなたが見たことのない景色を見せたいの」

「私が見たことない景色?」

時雨は、生きていることに執着のカケラもない。何も好きじゃなくて、嫌いでもない。

そんなんじゃ、何のためにここにいるのかだって、わからない。

「あたしは、時雨がこの世界にも生きている意味があるってわかってほしいの。生きていることが、命が、どれほど綺麗なものなのか知ってほしいの」

あたしの言葉に、時雨が声をあげて笑った。

「なんですか、君は。宗教の勧誘かなにか?」

「神さまを信じることは悪いことじゃないけど、特定の神様に縋るほど信心深くはないよ。空から見下ろしている遠い存在よりも、そばにいてくれる人たちのほうが暖かいことをあたしは知っている」

時雨があたしを見て、目を細めた。

「とにかく、3ヶ月はあたしと付き合ってくれるって言ったよね? 約束を守って」

「ふーん。君は変わっていますね」

「少しぐらい変わってないと、こんなことできない」

「まぁ、少しではないかもしれませんけどね」


時雨は呼吸を整えるように、ふぅと一息、息を漏らす。


「いいですよ。約束どおり、君と3ヶ月付きいましょう。ですが、少しは私の付き合い方にも寄せてもらえると助かりますね」

「時雨の付き合い方?」

「おままごとは、好きじゃないんです。大人の女と男として、付き合いましょう」

口元をゆるめ、口調も穏やかに、時雨が言った。



―――大人の男と女の付きあいが、どんな意味かぐらいあたしだってわかった。

時雨の目は少しも笑ってなくて、今、この瞬間、試されているんだってわかった。



ここを踏ん張らなくちゃ、女が廃る。


あたしはカウンターに座る時雨に歩み寄ると、呼吸を一つ落とした。

握った拳を開いて、時雨の胸倉を掴むとグッと引き寄せた。

勢いのままに唇を重ねる。

一瞬のキスでも、あたしは恥ずかしさで頭がいっぱいになった。


「もちろん、大人の男と女の付き合いでいい!」

感情の渦の中にいるあたしは、目に涙を浮かべて、叫んだ。

時雨は少し、驚いたように人差し指で唇をなぞったが、次の瞬間、ニヤッと、意地悪く笑った。


「キスも練習が必要ですね」

言葉が聞こえた瞬間には、時雨に引き寄せられて、後頭部をしっかり押さえつけられていた。

唇の隙間から、時雨の舌が口の中に入ってきて、あたしの舌を絡みとる。

呼吸もできなくて、酸素不足で頭がクラクラする。
境界線も無くなるぐらいに、あたしと時雨が混ざり合って、意味がわからなかった。

ピチャピチャと唾液の混ざり合う音が、いやに頭に響いていた。

息を止めるのも、限界―――


窒息寸前のあたしを、時雨がようやく、手を離した。



その場に崩れ落ちるように、座り込む。

時雨の冷たい視線があたしの後頭部に突き刺さっているように感じた。

「よろしく。私の彼女さん」

時雨の声が降ってきて、あたしは時雨を睨みつけるように見上げて言った。

「よろしく。ダーリン」

息も絶え絶え、必死のあたしの声に、時雨が声を上げて、笑った。
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