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第1の章 終焉の始まり
ⅩⅡ
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足元が崩れて、しゃがみこみそうになるのを、なんとか気力で持ちこたえていた。
なんて、責めてよいのかわからなかった。
恋愛初心者のあたしは、初体験の状況に戸惑うことしかできなかった。
「お茶でも飲みますか?」
シャツを着こみながら、時雨が言った。
バカみたいに普通の声掛けに、あたしはゆっくりと顔を上げた。
「お茶?」
「えぇ、紅茶でもいれましょうか」
目があった時雨は何もなかったかのように、穏やかに微笑んだ。
まるで数分前のことなど、夢か幻だったかのように思えた。
だけど、その場に残るキツめのムスクの香水が、現実をつきつけてくる。
「さっきの人―――」
あたしが口を開くと、時雨が表情を落としてあたしを見た。
「さっきの人と何をしていたの?」
「それを聞きたいんですか?」
時雨の口元が緩んで、残酷な笑みを浮かぶ。
「わかっているでしょう?」
逆に問いかけられて、あたしの思いは確信に変わる。
「だって、あたしと付き合ってくれるって。それなのに、なんで、あの人と―――」
「まさか、君だけと付き合っていると?」
時雨が面白そうに笑った。
「女子高生が変なことを言ってきたので、暇つぶしに頷いただけです。君は一度も、私に彼女がいるかとは聞きませんでしたしね」
なぜか、時雨には彼女がいないって思い込んでいた。
時雨が何も言わないから、彼女の存在なんて確かめる気が起きなかった。
普通に考えれば、彼女がいるのに、あたしと付き合うなんて思わなかったから。
「あたしと付き合ってくれるっていったのに!」
理性の弦が切れて、あたしの頭の中が沸騰している。
叫んだ自分の声で、頭がキーンッと響いた。
「だから、付き合っているじゃないですか。君のおままごとに」
あたしは息をのんだ。
「放課後、この店にきて、お茶を呑んで話をする。君の精神年齢に合わせたおままごとのような恋愛に付き合っているんですよ」
愕然と見つめるあたしに、時雨は綺麗に微笑んだ。
「これ以上、何を求めるっていうんですか?」
言い知れない恐怖がこみ上げてきて、あたしを襲いにかかってきた。
焦燥感で全身が支配されて、どうしてよいか、わからなかった。
全身を掻きむしって、このまま消えてしまうことができるなら、そのほうが楽だとさえ思った。
妄想でもいいから逃げ出したいのに、ムスクの香りがあたしを現実に引き戻して、感情の波があたしを殺してしまいそうな刃を作って襲ってくる。
一刻も早く、ここから逃げたい―――
時雨の顔を見ていられる余裕なんてない。
とにかく、あたしは今ここから―――この場所から、逃げ出したい。
あたしは、踵を返して外へと飛び出す。
木枯らしが、あたしに向かって吹き込んだ。
冷たい風にぶつかった次の瞬間、今度は目前に立った人にぶつかった。
「おわっ、お前。何を飛び出してきてんだよ。あぶねぇな」
顔をあげたら、タケルが立っていた。
大粒の涙がこみ上げていたあたしの、揺れた視界にタケルが映る。
彼は少し驚いたような顔をしたすぐ後に、ニヤッと笑った。
「ほら、だから言っただろう? 時雨は俺よりも、人としてやばいって」
追い詰められていく、気持ち。
全身を上から押さえつけて、潰されそうな気がした。
息ができないほどに、まわりの酸素が薄くなっている。
「うるさいっ!」
怒鳴ったあたしは、力の限りでタケルを突き飛ばすと、横を駆け抜けて地上へと走った。
いつの間にか、雨は本降りになっていた。
雨が降りしきる中、必死で走った。
何にも追いかけられていないのに。
―――この感情の渦の中に捕まったら、息ができないと思った。
逃げていたのには、きっと自分自身からだと、わかっていた。
どこでもよいから、遠くへ。
あたしは力のかぎりに、走った。
なんて、責めてよいのかわからなかった。
恋愛初心者のあたしは、初体験の状況に戸惑うことしかできなかった。
「お茶でも飲みますか?」
シャツを着こみながら、時雨が言った。
バカみたいに普通の声掛けに、あたしはゆっくりと顔を上げた。
「お茶?」
「えぇ、紅茶でもいれましょうか」
目があった時雨は何もなかったかのように、穏やかに微笑んだ。
まるで数分前のことなど、夢か幻だったかのように思えた。
だけど、その場に残るキツめのムスクの香水が、現実をつきつけてくる。
「さっきの人―――」
あたしが口を開くと、時雨が表情を落としてあたしを見た。
「さっきの人と何をしていたの?」
「それを聞きたいんですか?」
時雨の口元が緩んで、残酷な笑みを浮かぶ。
「わかっているでしょう?」
逆に問いかけられて、あたしの思いは確信に変わる。
「だって、あたしと付き合ってくれるって。それなのに、なんで、あの人と―――」
「まさか、君だけと付き合っていると?」
時雨が面白そうに笑った。
「女子高生が変なことを言ってきたので、暇つぶしに頷いただけです。君は一度も、私に彼女がいるかとは聞きませんでしたしね」
なぜか、時雨には彼女がいないって思い込んでいた。
時雨が何も言わないから、彼女の存在なんて確かめる気が起きなかった。
普通に考えれば、彼女がいるのに、あたしと付き合うなんて思わなかったから。
「あたしと付き合ってくれるっていったのに!」
理性の弦が切れて、あたしの頭の中が沸騰している。
叫んだ自分の声で、頭がキーンッと響いた。
「だから、付き合っているじゃないですか。君のおままごとに」
あたしは息をのんだ。
「放課後、この店にきて、お茶を呑んで話をする。君の精神年齢に合わせたおままごとのような恋愛に付き合っているんですよ」
愕然と見つめるあたしに、時雨は綺麗に微笑んだ。
「これ以上、何を求めるっていうんですか?」
言い知れない恐怖がこみ上げてきて、あたしを襲いにかかってきた。
焦燥感で全身が支配されて、どうしてよいか、わからなかった。
全身を掻きむしって、このまま消えてしまうことができるなら、そのほうが楽だとさえ思った。
妄想でもいいから逃げ出したいのに、ムスクの香りがあたしを現実に引き戻して、感情の波があたしを殺してしまいそうな刃を作って襲ってくる。
一刻も早く、ここから逃げたい―――
時雨の顔を見ていられる余裕なんてない。
とにかく、あたしは今ここから―――この場所から、逃げ出したい。
あたしは、踵を返して外へと飛び出す。
木枯らしが、あたしに向かって吹き込んだ。
冷たい風にぶつかった次の瞬間、今度は目前に立った人にぶつかった。
「おわっ、お前。何を飛び出してきてんだよ。あぶねぇな」
顔をあげたら、タケルが立っていた。
大粒の涙がこみ上げていたあたしの、揺れた視界にタケルが映る。
彼は少し驚いたような顔をしたすぐ後に、ニヤッと笑った。
「ほら、だから言っただろう? 時雨は俺よりも、人としてやばいって」
追い詰められていく、気持ち。
全身を上から押さえつけて、潰されそうな気がした。
息ができないほどに、まわりの酸素が薄くなっている。
「うるさいっ!」
怒鳴ったあたしは、力の限りでタケルを突き飛ばすと、横を駆け抜けて地上へと走った。
いつの間にか、雨は本降りになっていた。
雨が降りしきる中、必死で走った。
何にも追いかけられていないのに。
―――この感情の渦の中に捕まったら、息ができないと思った。
逃げていたのには、きっと自分自身からだと、わかっていた。
どこでもよいから、遠くへ。
あたしは力のかぎりに、走った。
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