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29.意識

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 植物園に到着した。
「ここ来るの初めてなんだよねぇ、私。」
「あ、ほんと?じゃあ色々案内するね。」
佐和田くんは慣れた足取りで進んで行く。人は全然いなかった。でも佐和田くんがイキイキし始めて、嬉しい。やっぱり好きなんだね、生き物。ササッと受付を済ませ、私にパンフレットを渡した。
「どこか行きたい所とか……ないよね。」
「佐和田くんオススメのルートで!」
佐和田くんは嬉しそうに目を輝かせた。か、かわいい……!
「じゃあ、こっちからね。」
私の手を引いて、スキップでもしそうな勢いで歩いていく。佐和田くんからは見たことのないハッピーオーラ。良かった、喜んでくれて。
「うわ、綺麗に咲いてる。あれだよ、チョウジソウ。」
「あ、私に似てる?」
「うん。」
爽やかな青い小さな花が私たちに微笑みかけていた。
「かわいい!」
「でしょ。やっぱり似てる。あ、誕生日はいつ?」
「誕生日?8月7日だよ。」
「えっ、もうすぐじゃん。おめでとう。」
「あ、ありがとう。」
「8月7日は……。」
佐和田くんは小さな本をパラパラめくった。それいつも持ち歩いてるのかな。背表紙には『誕生花一覧』って書いてある。
「なんか色々書いてあるけど、ザクロかな。」
8月7日のページを見せてくれた。赤い花が大きく載ってる。
「う、ウインナーみたい。」
「たしかにね。花は綺麗でしょ。なんか椿とかっぽくて。」
「そうだね。これが私の誕生日のお花?」
「うん。チョウジソウじゃなかった。」
佐和田くんは、小さい子が蝶々だと思って近づいたのが実は葉っぱだった!みたいな感じで笑った。な、何それ……初めて見た、その笑顔……。
「ぼ、僕の笑顔ってそんなに物珍しいかな。」
「い、いや……か、かわいいなぁって思って……。」
「あ、そ、そう……?」
佐和田くんの耳が赤くなっているのが見えた。そんな私も今、身体の芯が熱い。
「え、えっと、次に行くね。」
「うん。お願いします。」
佐和田くんはまた私の手を引いて歩き出した。手を握るのはどうしてなのかな。恥ずかしいよ、私。
「あ、これは、僕の好きなやつ。モミジアオイ。」
真っ赤で大きな、ハイビスカスみたいな花。
「夏っぽくて良くない?」
目を細めてモミジアオイを見つめる佐和田くん。その横顔が美しくて、そっちに目を奪われてしまった。
「うん、いい……。」
「でしょ。」
それからも佐和田くんは、私の手を引いて連れて行っては、色々教えてくれた。綺麗なお花、いい香りのするお花、危険なお花。佐和田くんが瞳を輝かせて説明してくれるのが、すごく嬉しかった。

 午後4時。植物園を出る。
「ごめん。なんか夢中になっちゃって。僕だけ楽しんでなかった?」
「ううん。すごく楽しかったよ!」
瑞木さんは本当に楽しそうに笑った。良かった。
「もう帰る?」
僕がそう言うと、瑞木さんの表情が一瞬だけ曇った。
「ま、まだ帰りたくないなぁ、なんて!えへへ。」
瑞木さんが僕を見上げている。黒くて長い髪。大きな瞳に綺麗なまつ毛。改めて見ると、やっぱり瑞木さんは端正な顔立ちだ。黙り込んだ僕に首をかしげる仕草も、何か魅力的だった。
「どうしたの?」
「ううん。」
やっぱり僕は、瑞木さんのことが好きなんだろうか。瑞木さんに僕のことを知って欲しくて、こんなにも夢中になって植物のことを説明してた。僕が笑うたびに瑞木さんが嬉しそうで、それが僕も嬉しくて。
「僕もまだ帰りたくない。」
僕は瑞木さんの手を握りしめた。
「あ、あのさ、佐和田くん。」
「うん?」
「て、手を握るのは、その、恥ずかしいな……。」
「あっ、ごめん。」
慌てて離すと、瑞木さんは困ったように笑った。
「い、良いんだけどね、さ、佐和田くんが良ければ。」
「じゃあ。」
僕は瑞木さんの手を握り直した。
「今からちょっと何か飲んで、それで帰ろう。抹茶ラテ飲みたい、僕。」
「いいね。私はいちごのやつがいいな!」
手を握るのは恥ずかしいと言われてしまったばかりに、僕の意識も手に行ってしまう。僕より小さな手。僕より白い手。僕よりしっかりしてるけど、どう足掻いても瑞木さんは女の子なんだ。いつかは僕が守らないといけない時があるかもしれない。……いや、それはまだ、後の話だけど。"付き合ってください"を言ったら、何か変わるんだろうか。僕には、それを言ってしまって何かを変えてしまう勇気がない。


To be continued…
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