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第一章 膨らむ疑問と気付かぬ現実

“いつも”ってナンダ?

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 機嫌を直したナオキがカケルの腰に巻かれたカーディガンを引っ張る。
「カケル兄ちゃん、勝負しようぜ勝負ッ!」
「お、いいな!」
「まだまだナオキには負けないぞ」「今日こそ俺が勝―つ!」。そんなやり取りをしながら、ゲームセンターへ消えていく二人。
 耳に挟んだ“勝負”に燃え上がる男二人を止めようとしたミユ。しかし、それがゲームを指していることに気付くと、静かに胸を撫で下ろした。
 男の子は勝負が好きらしい。新しい情報を脳に送り届ける。緑に手を引かれるがまま観戦のポジションにつき、控えめに見回せば緑の片割れが同じようにマモルを誘導していた。
 案内し終えた緑は役目を終えたと言いたげに、ミユを挟むようにして腰かける。
「あのね、ミユおねーちゃん! カケルちゃんはあのゲームつよいんだよー!」
「それもすごくつよいの」
 同じ声が違う抑揚で左右から流れてくる。新しい情報に相槌を打つと、両側が短く息を吐いた。
「ナオキはかわいそうなぐらいよわいんだけどネー」
「そ、そうなんだ……」
 カケルとナオキの扱いの差が酷すぎる。
 双子らしいといえば双子らしいのだが、重なる声にミユは思わず口元を引きつらせた。
「でもいちばんつよいのはマモルおにいちゃんなんだよ!」
「え、そうなの?」
 ミクから何気なく告げられた情報に、思わずミクは瞬きを繰り返す。動かした視線の先は我関せず状態のマモルへ。そして再び双子たちへと視線を戻し「マモルくんが?」と口腔中で転がした。
 暇なのか双子たちの足が宙をかき回す。
 左右の足が交互に上下運動を動かす。特に意味のない単調な動きだったが、息の揃った行動にミユの目が無意識にそちらへ向かう。
 今度はノゾミが口を開いた。
「カケルちゃんはずっとハイスコアだしてたんだけど、マモルちゃんのスコアをまだこえられないの」
 続けられた「マモルちゃん、いっかいしかゲームしてないのに」。何気なく聞き逃してしまいそうだったが、今とんでもないことを言わなかったか。数秒遅れて、勢いよくノゾミを見やる。
 要約すれば、マモルがゲームに触れたのはカケルにしつこく付きまとわれて仕方がなくやったその一プレイのみ。その時の得点に向かってはいるものの、カケルの得点では上塗りどころか肩を並べることすらできないらしい。
 ミユは再び白熱した試合を見せるカケルとナオキに目を向けた。
 二人が使用している対戦型格闘ゲームは上下左右の動きだけで奥行きのない2Dゲーム。
 各々選択したキャラクターをレバーで移動操作、複数のボタン操作で攻撃。又、ボタンの入力やレバーの動かし方等、組み合わせ次第では特殊な攻撃ができるようだった。
 この手のゲームをすることがあまりないミユには、その難しさは分からない。だが、殴る・蹴る・防ぐ等の攻防を広げる画面上のキャラクターが忙しなく動く様は素直に凄いと感心していた。
「とりゃあああぁぁあぁああ!!」
 ナオキが、吠える。
 繰り出された攻撃をジャンプで避けたキャラクターが、その背後に回り込んだ。
 キャラクターの頭上に表示されているのが各々の体力だと双子から情報を仕入れる。入手した情報を頭に入れて試合を見ていると、ナオキ側の横棒で示されたパロメーターが凄まじい勢いで削り取られていくことに気付いた。
 そして、数秒後。
「ナオキ、後ろがガラ空きだぞ!」
「げ、うわ、ちょ、たんまカケル兄ちゃ……」
 悔しそうな声があげられると同時にナオキが操作していたキャラクターが地に伏せた。それと入れ替わりに生き残ったキャラクターはポーズを決め“Winner”の字が表示された。
「うあああぁああああ、またカケル兄ちゃんに負けた……っ!」
「まだまだだな、ナオキ」
「くっそ、くやしいいいい!」
 ナオキの地団駄が空気まで震わせているような感覚。カケルの白い歯が、にっと姿を現した。
 二人のやり取りを前に知識の無いミユにもその強さがなんとなく理解できた。双子の話が本当ならマモルは更に上を行くようだ。一体、どれほど強いのだろうか。どんな精密で鮮やかな操作捌きを見せてくれるのだろう。
「マモル、対戦しよう!」
「マモル兄、オレのかたきをうってくれよ~!!」
 誘いと嘆きが重なる。
 噂の力量に興味を持って、ミユの視線もマモルへ送られた。しかし、当の本人は相変わらず腕を組み、瞳を閉じたままだった。何の興味もないらしい。
 つれない態度にいつものことだとカケルは苦笑いを零す。ナオキの膨らんだ鼻の穴からは、少し不満げな鼻息が漏れた。双子は椅子から飛び降りる。
「またナオキまけたノー?」
 重なる声。ナオキを取り囲むようにした緑の笑みからは、どちらからもにやにやと音が聞こえてきそうだった。
「うううううっせぇ! これは……その、油だんしてたんだよっ!」
「はいはい、そんなこと言って……。ねぇ? ノゾミおねーちゃん」
「まいかいカケルちゃんにまけてるのしってるんだから。ねぇ? ミクちゃん」
 ナオキに近づく瓜二つの姉妹が、お揃いの髪を揺らして悪戯っぽい笑みを浮かべる。次々と突き刺さる言葉は敗者である彼に、反論言い訳する間さえ与えてくれない。
「おとこのいいわけほどみぐるしいものってないよネー」
 ――そして、トドメ。
「ぐ……っ」
 綺麗に重ねられた声にナオキは言葉を詰まらせた。そのまま口を堅く閉ざしてしまう。
 助けを求めるように視線だけがミユへと向けられる。心なしか見上げた瞳は潤んでいるようにも見えた。
 助けたい気持ちは山々だが、ミユは苦笑を浮かべるだけで何も言わない。――否、言えない。
 変に口を挟んで、逆に追い打ちをかけることになるかもしれない。実際、今まで彼を助けるつもりが何度失敗してしまったか。
 ナオキはこれ以上待っても彼女の口から何も出ないことを悟る。同時に救世主は現れないことを知ると、目を吊り上げた。尖らせた双眸は苦笑を浮かべるカケルへ。
「カケル兄ちゃん、もう一回勝負だ! 今度こそオレが勝、つ……なんだこれ」
 勢い良くカケルへと突きつけられた指先。それが自信と勢いを失って、語尾を道ずれに落ちてゆく。ナオキの口からすっとんきょんな声が発せられた。元からくりくりとしていた彼の目が更に丸くなる。
 その様子に異変を感じたカケルと双子、ミユは回り込んだ。目を向けるは、ナオキが茫然と見つめる画面へと。
「なにコレー?」
「……バグかなぁ、」
 首を傾げた双子と、呆然としたカケルの声。ミユは唖然と言葉を失っていた。瞬きだけが繰り返される。
 四人の顔を映し出す画面。本来ならリザルト画面が表示されるはずのモニターは黒一色に染まりきっていた。白いカーソルが点滅を静かに繰り返す。それを四人分の目が息を殺すようにして成り行きを見守る。その様子を、マモルの開いた目が遠くから見つめていた。
 やがて画面は全員の視線を独占したことで満足したのか、ゆっくり文字が打ち出されていく。

《へ よ コ  “A Fathead Indelibly Do”  ウ 、 そ》

 誰一人として触れていない操作盤。表示される文字列は意味の分からないもので、ナオキが誰の悪戯だと口を尖らせる。
 悪戯と聞けば双子が浮かんだが、同じ色を浮かべる表情から犯人ではないだろうとミユは察した。ナオキでもカケルでも、マモルでもなさそうである。勿論、自分でもない。
 姿の分からない犯人。そして意味を為さない不可解な文字列。うっそりと恐怖すら湧き上がる。
 微かに身震いさせたミユの視界で、再び文字が打ち出される。

《ひ ン と》

 カケルがそれを読み上げるのと、画面上の情報が一掃されたのはほとんど同時だった。
 声も上げる間もなくなったそれに、次は何が起こるのだと見守る。そんな子供たちの目の前で、白いカーソルが点滅を始めた。
 その文字は、初めと変わらぬ速度で打ち込まれてゆく。

《よ ウ コ そ 、 “A Fathead Indelibly Do” へ》
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