元BL 作家だったけど

ある男の話

　シリル達の父、エリック・ハーベストには、船乗りの友人がいた。
　友人は、船乗りのくせに、泳げないという…残念な男だった。そして、それでも、海に落ちた子供を追って海に飛び込む男だった。そんな男を、エリックのみならず皆、心から愛した。
　彼を慕ってくる者は、人間だけではなかった。
　溺れた男を助けた海の娘。海の神秘。深淵の恵み。
　友人は海の娘に押しかけられていた。陸の事にうとい娘に一つ一つ丁寧に手ほどきする友人。
　娘の声は容姿から想像もつかぬほどガラガラだったから、陸に上がる代償にしたのだと思われていた。
　それでも、事情や、娘の気持ちを伝えるのに支障はない。
娘はよく笑い、よくしゃべった。そして、倒れた。

　娘が引き換えたのは、娘の、命の炎。
　友人は、海で、魔法使いを呼ぶ。
　自分の寿命を引き換えに、助けてほしいと、願う。
　友人は体が弱くて泳げなかった。残り少ないけれど、と。
　そうして渡された、時の砂。
　輝く海や、子供の笑い声をとても愛した男だった。
　娘の事も、そんなふうではないにしろ、とても愛していた。

　娘は、葬儀で泣くことはなかった。
　娘は、エリックの瞳に同じ悲しみを見つける。
それは、瞳から真珠となって転がりおちた。

　心がその痛みを受け入れるまでどれだけかかったろう。
　男の残した時は、痛みだけでなく、命の輝きであったと、娘が感じれるようになるまで。
　
　エリックは娘を妻にした。
　娘はエリックに二人の子供をくれた。
　たくさんの喜びも。
　エリック・ハーベストは毎年決まった日に、海に行く。
「今日シリルが帰ってくるらしいですけど。」
　ガラガラ声の息子の声を聞きながしながら。