元BL 作家だったけど

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幸せな男

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 住処に昔馴染みが来た。今でこそ好々爺然としているが、『深淵の魔法使い』という結構な二つ名を持っている。
海の姫さんとこの望みをきいたあとは隠居していたはず。
「何とかならんかのう。」…ホント大分丸くなったな。曰く、姫さんが人間との間にもうけた子供が片方死にかけてて、だっけか。
「仕方ない、昔馴染みの誼だ。」なんて。とんがり爺がまんまるになった、理由が気になっただけ。

 欲しけりゃ住処まで来い、とか。ちょっといじわるだったかな。ここ秘境だし。とびきり綺麗だけど身持ちが固くて歌が下手。結婚した、相手は人間、子供もできた。畳みかけるように驚かせてくれる。
 だからこれは意趣返し。決して袖にされた恨みなんかではない。
 
 ああ。体全部が耳になったよう。エリック・ハーベストが足を踏み入れた瞬間、体が震える。同胞の風が、彼の発する気配をとらえ歓喜に変換してくる。
「あなたがここの主か?」ああ、エリック・ハーベストが僕を認識した。
「ああ。」声が震える。
「対価は払う。息子のための薬が欲しい。」空気を震わす声。深く、体の中に、染み入ってくる。なんて色彩の声だろう。秘境と呼ばれる、踏破困難なここに、姫さんの忘れ形見のために分け入ってくる、人間。何だろう。胸がチクチクする。
「へえ。じゃ、あなたの命でも?」
「ああ。」迷いなく答えられた時、僕のこころに、嵐が吹いた。


「これで当面は大丈夫。」これで何度目だろう。
 僕は、ずるい。薬は作り置きできないとか言って。
「すまない。助かる。」その、微笑み。最近エリック・ハーベストは近隣の村に引っ越してきた。僕は、それでも、引き止めきれない。

 そうこうしてるうちに、風が、孕んだ。同胞の、風。望む形を望むがままに取る。僕の、望む、形。エリック・ハーベストに激似なら、絶対渡さない。

「あなたは女性だったのか?」心底驚いたように言う。
「対価は払う、と言ったね。」頑張って流す。
「ああ。」迷いなく言い切る。ああ、なんて。
「じゃあ、この子を、あなたの子として育ててほしい。」僕の心臓は、指先にあったんだっけか。
「わかった。」そっと、壊れ物を扱う手つきで。
 その後「精霊の子を育てるのは初めてでよくわからない」というので「一緒に行こう」といってついていった。
 
 姫さんとこの子は、同族がわかるらしく、僕の事を「新しいお母さん?」とか言ってた。
 子供はここの魔力と恵みと、僕の、こじれたエリックへの思いを養分にふっくら愛くるしく育っていく。エリックには見た目は似ていないが親子といえば言えないこともない感じがある。
 子供は、シリルと名付けられ、たっぷり愛されている。
 僕は長く生きているけれどこんなに指先まで満たされるような幸せは、初めてだ。
 時々はそれでも、住処の手入れもしなきゃいけない。そういうと、最近、エリックが付いてきてくれるようになった。エリックの持つ音が、僕に、たまらない歓喜をもたらすのは、ずっと変わらない。傍らの、愛しい存在に、微笑むと、ふわりと。
「本当だったな。」という。何のことか問うと
「精霊に会えると幸せになる、という、言い伝えがあるそうだ。」…ああ。僕こそ。
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