七補士鶴姫は挟間を縫う

銀月

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第四話・一年前の事故

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昭隅香、二十四歳。
一年前にひき逃げ事故に遭い、学業や日常生活での行動以外の記憶を喪失している。
『あきぐま・かおる』という名前は、七補士が独断でつけた仮名のようなものだ。

昭隅は事故以前の記憶がない。
名前も、幼少期も、社会人になる前の記憶も。
一度受けた精神科での治療では何も思い出せず、担当医になった逆夢海亥だけが強く記憶を促すとぼんやりと、なんとなく思い出すくらいらしい。
だがその記憶は必ず何処かが靄がかっていて、完全にそうだ!と言い切れるほど明確な状態でもない、と昭隅は言っていた。

事故があって総合病院に運ばれた時、逆夢はその病院に精神科医として勤めていた。
当直がなくても、独り者である逆夢は自宅には帰らずに当直室でカルテチェックや病例集を見ていることが多く、
その日もたまたま当直室にいたのだ。

昭隅…当時は『名前不明の女性』の搬送受け入れ可否を問われ、逆夢は慌てて許可した。
そして『結局、こうなるのか』とため息をついた。

昭隅が搬送されると、救急隊員は困惑していた。
現場を見た限り、かなり悪質なひき逃げで普通の人間ならば身体が著しく欠損するくらいの衝撃がかかっているはずだった。
だが、そこにいた昭隅は四肢の欠損はおろか、目立った出血も見受けられない。
フロントガラスの破片でやや深めの切り傷があるが、そこからも出血はしていない。
脈、呼吸、心拍数も正常で、ただただ意識がない―――。というよりも、この状況にありながら深く眠っているようだ…と報告を受けた。

逆夢は報告を聞いた後、処置室ではなく手術室に昭隅を運ぶ指示を出した。
看護師は何故?と思ったが、逆夢は『この人には事情がある』と言ってそれ以上の追及を与えさせなかった。

そして、手術?を一人でやると逆夢は宣言した。
手術をする必要もないように見受けられる昭隅を何故?と聞いても『責任は私が取る』の一点張りで、普段やる気のない逆夢が鬼気迫る勢いである。
それは誰にも昭隅を触らせないという意味だった。

手術室での治療は、一時間もかからなかった。
片付けにきた看護師は、違和感を覚える。
メス等の手術用具に手を付けた跡がない。
その代わり、手術室に運んでいないはずの検査器具が数点置かれている。
逆夢は『何を』したのだというのか?

逆夢の診断は、単に頭を強く打ったことによって起こった一時的な気絶だった。
そういうことにした。

ただ意識が戻るまでは数日かかるだろう、と逆夢の手配で病室に移されることとなった。

逆夢は昭隅を病室に移送した後、休憩時間の間に七補士に連絡を入れた。


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