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第3話 土地のしきたり
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朝は思いのほか早く訪れた。カーテンもまだ薄いため、日の光が容赦なく部屋に差し込んでくる。
「ここは東京と違って、朝が早いのね」
身体を起こすと、昨夜の不安は少し薄れていた。朝日に照らされた庭は、むしろ美しく見える。柘榴の木々は整然と並び、朝露に濡れた葉が光っていた。
玄関のチャイムが鳴る。宅配便だった。東京から送った荷物が予定通り届いた。
「お近くに越してこられたとのことで」
受け取りを済ませると、配達員は一枚の紙を差し出した。
「これ、地域の回覧板です。必ず目を通して、三日以内に隣家へ回すようにお願いします」
美桜は初めて知った。雲見では、まだこうした古い習慣が残っているのだ。
回覧板には、地域の様々な情報が書かれていた。ゴミ収集日、お祭りの予定、そして最後のページには「地域のしきたり」という項目があった。
「各家庭の庭木は定期的に手入れを行うこと」 「夜十時以降の騒音は控えること」 「地域の清掃活動には必ず参加すること」
そして、最後に不思議な一文があった。
「柘榴の実は、決して他人に譲らないこと」
「なんだろう、この決まり」
考え込んでいると、また背後で声が聞こえた。
「守らなきゃダメよ」
振り返ると、やはり誰もいない。最近、この幻聴のような現象が増えている気がする。
午前中いっぱいを荷物の整理に費やし、昼過ぎに近所の商店街まで買い物に出かけた。
「あら、新しく来た方ね」
八百屋で野菜を選んでいると、店主の女性が話しかけてきた。
「うちの八百屋は、毎週水曜日に新鮮な野菜が入りますからね。特に、地元の農家から直接仕入れる野菜がおすすめです」
親切に商品を説明してくれる店主だったが、美桜が支払いを済ませようとした時、急に表情が変わった。
「あの家に住むんですよね?柘榴の木がたくさんある...」
「はい、そうですが」
「気をつけたほうがいいわ。特に、夜は...」
その先の言葉は、突然入ってきた客に遮られた。店主は慌てて接客に戻り、美桜に言いかけたことは最後まで聞けなかった。
帰り道、街を歩く人々の視線が気になった。みな一様に、よそ者である美桜に対して警戒するような目を向ける。表面上は親切でも、どこか打ち解けない壁のようなものを感じる。
家に戻ると、庭の様子が少し変わっていた気がした。雑草を踏んだような跡がついている。
「誰か来たのかしら」
不安になって庭を調べていると、柘榴の木の根元に何か光るものが目に入った。
土を掘ってみると、古いガラス瓶が出てきた。中には黄ばんだ手紙が入っている。
手紙を開こうとした瞬間、強い風が吹き、瓶は美桜の手からすり抜けて地面に落ちた。
「まだダメ」
今度は確かに、自分の背後に誰かがいるのを感じた。でも、やはり振り返る勇気は出なかった。
夕暮れ時、隣の川上さんが再び訪ねてきた。
「明日は地域の清掃活動があるの。必ず参加するようにね」
その言葉には、どこか警告めいたものが含まれていた。
夜、布団に入りながら美桜は考えた。この土地には、表面には見えない何かがある。それは、東京では決して感じることのなかった、得体の知れない重みのようなものだった。
窓の外では、満月が柘榴の木々を不気味に照らしていた。
「ここは東京と違って、朝が早いのね」
身体を起こすと、昨夜の不安は少し薄れていた。朝日に照らされた庭は、むしろ美しく見える。柘榴の木々は整然と並び、朝露に濡れた葉が光っていた。
玄関のチャイムが鳴る。宅配便だった。東京から送った荷物が予定通り届いた。
「お近くに越してこられたとのことで」
受け取りを済ませると、配達員は一枚の紙を差し出した。
「これ、地域の回覧板です。必ず目を通して、三日以内に隣家へ回すようにお願いします」
美桜は初めて知った。雲見では、まだこうした古い習慣が残っているのだ。
回覧板には、地域の様々な情報が書かれていた。ゴミ収集日、お祭りの予定、そして最後のページには「地域のしきたり」という項目があった。
「各家庭の庭木は定期的に手入れを行うこと」 「夜十時以降の騒音は控えること」 「地域の清掃活動には必ず参加すること」
そして、最後に不思議な一文があった。
「柘榴の実は、決して他人に譲らないこと」
「なんだろう、この決まり」
考え込んでいると、また背後で声が聞こえた。
「守らなきゃダメよ」
振り返ると、やはり誰もいない。最近、この幻聴のような現象が増えている気がする。
午前中いっぱいを荷物の整理に費やし、昼過ぎに近所の商店街まで買い物に出かけた。
「あら、新しく来た方ね」
八百屋で野菜を選んでいると、店主の女性が話しかけてきた。
「うちの八百屋は、毎週水曜日に新鮮な野菜が入りますからね。特に、地元の農家から直接仕入れる野菜がおすすめです」
親切に商品を説明してくれる店主だったが、美桜が支払いを済ませようとした時、急に表情が変わった。
「あの家に住むんですよね?柘榴の木がたくさんある...」
「はい、そうですが」
「気をつけたほうがいいわ。特に、夜は...」
その先の言葉は、突然入ってきた客に遮られた。店主は慌てて接客に戻り、美桜に言いかけたことは最後まで聞けなかった。
帰り道、街を歩く人々の視線が気になった。みな一様に、よそ者である美桜に対して警戒するような目を向ける。表面上は親切でも、どこか打ち解けない壁のようなものを感じる。
家に戻ると、庭の様子が少し変わっていた気がした。雑草を踏んだような跡がついている。
「誰か来たのかしら」
不安になって庭を調べていると、柘榴の木の根元に何か光るものが目に入った。
土を掘ってみると、古いガラス瓶が出てきた。中には黄ばんだ手紙が入っている。
手紙を開こうとした瞬間、強い風が吹き、瓶は美桜の手からすり抜けて地面に落ちた。
「まだダメ」
今度は確かに、自分の背後に誰かがいるのを感じた。でも、やはり振り返る勇気は出なかった。
夕暮れ時、隣の川上さんが再び訪ねてきた。
「明日は地域の清掃活動があるの。必ず参加するようにね」
その言葉には、どこか警告めいたものが含まれていた。
夜、布団に入りながら美桜は考えた。この土地には、表面には見えない何かがある。それは、東京では決して感じることのなかった、得体の知れない重みのようなものだった。
窓の外では、満月が柘榴の木々を不気味に照らしていた。
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