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5 あ……マジですか

5-2 ※下品注意

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 ある程度集まった俺の考察の結果、この青年は馬鹿だという結論にいたった。話が通じる相手ではない。


「あ、自己紹介がまだだったね。
俺の名はレムノス。
この街でピナナ屋を営む若者だよ」


 はい意味不明。ピナナ屋って何ですか?至極まともな自己紹介をされた気がするが、先程までの会話から馬鹿の方に振れているゲージを正常な位置に戻すまでにはいたらない。
 そもそも自分をわざわざ若者だと紹介するメリットとはなんだろうか。見た目では20代前半に見えるが、想像より歳を重ねているのだろうか。それ以前に小向を膝に乗せてるのがあれだ、明らかに変だ。


「……先程は助かりました。俺は古ざt」

「この愛らしい少年の名前はなんていうのかな?」

「あぁ、ソイツは小むk」

「お腹へった」

「君の名前はコムkって言うのかい? 雰囲気によく似合った可愛らしい名前だね。コムコムって呼んでもいいかな? 俺の事はレムくんでもパトロンでもなんとでも呼んでくれて構わないよ」


 判断は間違っていなかったようで、やはりまともとは言いがたい雰囲気の人に助けられたようだ。
 爽やかな笑顔を浮かべながら言葉を紡いでいる青年はしかし、膝に乗せている小向から目を逸らさず、そして小向を見つめる視線はなんと言うか、爽やかな笑顔とは合わない瞳をしている気がした。小向を固定している腕もさわさわとかすかに動いていて、いやらしさすら感じる。パトロンチョイスがまた異常性に拍車をかけてきるのを気づいているのだろうか。
 冗談のつもりだったのかもしれないが、笑えない。俺はジト目で正面の青年を見続けた。


「小向、その人のお膝からおりなさい」

「お腹へった」

「小向」

「……」


 定例句すら返さなくなり、ツーンと反らされた顔。生意気の中の生意気な小向は、俺の指示は受け入れませんと言うように黙秘権を発動した。
 それでも何度か諭してみたが成果なし。最終的には恥も外見もなく声を聞かせておくれと懇願してみたが、真一文字に引き結ばれた唇が開く事はなく、拒絶がありありと伝わってくる。壊れたテープのように繰り返されてただけであった言葉でも恋しい。俺はこの小向の態度がすごくショックだった。
 色々言いたい事はある。命の恩人だぞ!とか、そんな男より俺の方が付き合い長いんだぞ!とか。
 だがまぁ小向に助けてくれと頼まれたわけではないのだし、ましてや会話もしたことない付き合いなんぞ無価値であるわけでして。


(ふりだしですか、トホホ)


 またも一方通行になったコミュニケーションにガックリと落ち込み、途方に暮れる。誰か小向最中の取扱説明書をください、切実に。


「ということでお願いね」

「……ん?」


 ショックのあまり意気消沈し、しばし頭がぼーとしていたようだ。なんのことだか分からない事案について念を押され、遠くの方にやっていた視線を正面に戻す。
 そこにはにこやかに笑顔を浮かべた青年がいた。自らの手で小向にわけのわからない果物?を食べさせながら。


「え、え? なに??」

「美味しいかい? これはお兄さんが作っているピナナだよ。コムコム、いっぱい食べていいからね」

「ふつう」

「そうかそうか、ちょっとお兄さんのは大きかったかな? コムコムはお口小さいから頬張るのもパンパンだね。だけど欲しいんでしょ? お腹がぷっくりするまで食べ食べしようね」


 もう何も言うまい。だが俺は考えすぎだろうか。この青年の言葉のチョイスが変態くさい気がしてならない。
 ピナナ屋を営むと言っていた青年がピナナといって小向に食べさせているのは、バナナに似た食べ物だった。茶色の皮の先端を千切り、意外とやわらかい皮を上から下にといった感じでスライドさせて剥くと、中にあるうすピンクの果肉が現れる。果肉自体にも薄皮がついているのか噛んで食べるものではないらしく、先端に空いているらしい穴に吸い付いたり口内に含み口全体で揉みこんだりしながら果汁を啜って食べるもののようだ。
 俺だけだろうか、このピナナという食べ物を卑猥だと感じるのは。小向はその面倒くさい食し方をしなければならないピナナでも空腹には勝てないらしく、青年が手に持っているピナナに必死に吸い付いている。
 ああ、もっさもさで辛辣な態度100%の小向でさえこんなにいやらしい雰囲気撒き散らせるんだ、世の女性がピナナを食べている光景を目の当たりにしたらそれはそれは眼福ものだろう。
 しかし一歩間違えば突発性発情期を患ってる人間のオスは自分のナニに翻弄され、我を失い犯罪に手を染めてしまうかもしれない。そう、目前の青年のように。


「ハァっハァっハァっハァっ……おいしいかいっ、こうやって動かすともっとおいしくなるんだよ!」


 自ら手に持って小向にくわえさせているピナナを小刻みに動かし、口の中でピナナピストンかましている。んっんっとえずきながらいやそうに眉をしかめる小向だが、余程腹が減っていたのかピナナを口から放すことはなく、頑張って食しているようだ。
 この青年はあっちの方なのかな?瞬きもしないで血走った瞳をカッと見開き、短い息を弾ませながらけしからん状態になっている小向の口元を凝視している。
 小向を抱き寄せるために残った片腕は、小向の体の上をしきりに上下し、撫でまわしているかのようだ。いや、あれは確実に撫でまわしてるな。


(ゴクリ…)


 ………いやいや違うから。俺、違うから。ああどうしよう…小向から目が離せない……。
 その明らかにイケナイピナナお食事プレイは、小向が3本目を食べさせられはじめたあたりで唐突に終わりを告げた。帰ってきた青年の母親がその姿を見とめ、青年の頭頂部に鉄拳制裁をくらわしたからだ。
 なぜ、青年が俺らを助けたのか完結に説明してもらうとこうだ。一ヶ月前から殿下が嫁探しのため街中の若い女という女を城に集め始めたらしい。身分も見てくれも何も関係ない、その決め手は妙齢の女……ただそれだけだ。
 その中にはこの青年の婚約者もいて、それはもう仲睦まじく結婚の日取りを確認しあいながらいちゃいちゃしていたのだが、殿下の嫁探しのおふれが出て直ぐ王城に連れて行かれてしまったらしい。後宮に入れられ会う事もままならない。そもそも自分の嫁になるはずの女性が他の男の嫁になるなんてどんな修羅場ですか。
 戻ってきて欲しいそうだが、どうやったらいいのか皆目見当がつかず途方に暮れていたその時、なんの奇跡か城内に忍び込んだと思われる2人組が目の前に現れた。これは好機と思った青年は城に入るルートを聞き出そうと、俺らを助けてくれたということだ。話を聞いている途中から薄々気づいていたが、とんだ迷惑なイベントに巻き込まれたもんだ。


「助けていただいたのはありがたいのですが、俺ら忍び込んだわけではなくてですね……」

「城の前庭で乳繰り合っていたんでしょう?」

「いえいえそんな、乳繰り合ってなんて……」

「どうやって城内に入ったの?」

「どうやってといわれましても、気づいたらとしか」

「気づいたら? またお得意の意識飛ばしですか?  もうそういうのいいからどうやって入ったのか教えて」


 どうしよう、らちがあかない。どうやってと聞かれても教室のドアを開けた小向の腕を引っ張ったらとしか言えない。それで納得してもらえるならどれだけでも説明してやるが、理解してもらえる気が全然しない。
 助けを求めるように青年の母出現のおかげで青年の膝から解放された小向を探すが、例のピナナを使ったお菓子作りをしている青年の母親の隣でちょこちょこつまみ食いしている姿を見つけて救いを諦めた。
 そもそもピナナの食べ方は先程青年が小向に強いたあの食べ方ではないらしい。いや、生で食べる際はあれであってるが、もともと食べづらいこともあってあの食べ方は主流ではないらしく、生で食べるとしても中の薄皮も剥いて果肉と果汁をお皿に出して両方楽しむものらしい。余程急を要して食す場合にしかあの食べ方はしないらしく、今時あの食べ方は花街などの大人の街の一種のプレイのような楽しみ方だと教えてくれた。
 この青年、婚約者がいながらとんだ変態野郎である。だから婚約者を権力の権化な殿下ハーレム要員にされるのだ。
 普段ピナナは加工しお菓子として食すものらしく、青年の母親が客人?である物珍しい俺たちに振る舞って下さるとおっしゃり、ただいま調理中だ。加熱されてより一層香ばしくなったピナナの甘い匂いと、菓子加工に使うために用意された他の食材たちに興味をそそられた小向は、こちらの事など全くと言っていいほど思考の中から排除して、ただただ青年の母親の腰巾着と化している。
 切ったほか食材を横からぱくり、煮詰めるソースを味見と称してごくり。やりたい放題に空腹を満たす姿は呑気なほどゴーイングマイウェイ。全くもって俺の窮地には無頓着のようだ。
 まぁあんなに楽しそうな姿は早々見れるものではなさそうなので、邪魔することも出来ず、どうしようもない青年からの質問攻めに辟易しながら溜息を吐き出す他なかった。
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