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 今回の直径は橋を建設しようとして断念したはかり方だ。橋に使用しようと思うものがそもそも駄目な気がするが、根本的な問題は結果できていないもので距離をあらわす事だと俺は思う。今の話でわかったことは、ここがどう見積もっても池レベルなどにはおさまらない広さなのに池と言うらしく、そして地獄にはしっかりと長さをはかる方法がないということ。


「しかしながらそれはこの地からの話。我々の村がある左手側ではなく、右手側にしばらく進むと、池の縁から内側に五歩ほどのところに一本の糸があります。そして側には一艘の手漕ぎ舟。その舟に乗り、その糸を登ると雲の上にゆくことができ、この池を十歩で渡り切る事ができるのです」


 分かりやすいよう指をさしながら右手側を説明してくれる村長につられ、俺たちの視線もその方向に向く。この位置からはまだまだ距離があるのか件の糸も手漕ぎ舟も目視することは叶わなかった。
 俺はこの話に記憶の隅で引っかかりを覚えた。うわーなんか既視感。いつか国語の教科書に出てきた有名な話に似てるところがあったような気がすごいする。気はするんだが、だめだ真面目にやっていなかったのが仇と出て、主要の部分をまったく思い出せない。
 村に行くか、先に進むか、それは全てここから踏み出す一歩で決まりそうだ。なにもしてやれないのだから、村長の親切に乗っかって俺たちは右に進むべきだろう。戦隊ヒーロー故か助けを求める人を放り出すのは心苦しいだろうが、村にのこのこ出向いて何もできませんじゃ、そっちの方が期待させた分落胆を大きくさせてしまう。


「くもの糸見たい」


 村長の気持ちなど寸分もくんでやらない無慈悲な小向は、右に進もうとわくわく心踊らせている。なんでも雲へと登れる糸が見たくて仕方ないらしい。………くもの糸?今くもの糸とか言わなかったか?
 俺は一瞬で思い出した。


「ではお言葉に甘えて……」

「村に行きましょう! 何ができるかわからないけど案内してください村長!!」


 村長に断りを入れて先へ進む選択をしたサロメピンクの言葉を遮り、俺は身を乗り出して叫んだ。
 そうだこれはかの有名なくもの糸の話にところどころ似ている。しっかりと内容は覚えてはいないが、他者を振り落として自分だけ助かろうとするやつは言語道断という話じゃなかっただろうか。ここで野干村の村人を見捨てて先へ進む選択をしたらきっと、だめなやつだ。どうだめなのか説明できないけど、絶対そう。


「は? おいちょっ……」

「あぁありがたやありがたや! なんと心優しき方たちなのでしょう。この老いぼれの話を聞いてくださっただけではなく、手を差し伸べてくださるなんて。ささ、案内いたします。ご足労かけますがわしの後についてきてくださいませ」


 戸惑い、困惑するカッパーレッド他二人に有無を言わせず、トントン拍子に事は決まって、俺たちは村長に付いて行くしかなくなった。これでもう断ることはできまい。
 独断で決めてしまったのは本当に申し訳ないと思うがしかし、ここで村長を逃してはいけないと俺の本能が告げていた。例え俺たちに背を向け先頭で道案内しだした村長が、背を向ける瞬間舌打ちしたような気がしても。くもの糸が見たいと主張したのに却下されてご立腹の小向が、俺の腰に絡めた両脚をぎゅーっと締め付けぶーぶー言っていたとしても。俺はこの選択を取り下げようとは思わなかった。


「おい、大丈夫なのか?」

「そうよ……申し訳ないけど私たち行っても意味ないんじゃない?」

「俺たちの意見も聞かず決めたからには策があるんだろう? ないとは言わせないよ」

「えーーもしかして三人ともくもの糸の話知らないんですか?」


 かくかくしかじか、前を歩く村長に聞こえないように小声で説明をすると、三人の目の色が変わった。


「あっぶねー! それ知らなかったら確実右に進んでご臨終パターンじゃん! あっぶねー!」

「ヒイィィィよくよく考えたらちょー危険じゃん! 誰かが糸登りきる前に血に侵食されて手漕ぎ舟沈んじゃう可能性ぱなくね? 慌てて皆糸しがみついて結果切れちゃうみたいな、みたいな?!」


 動揺のしすぎで喋り方がチャラくなるカッパーレッドとマラカイトグリーン。これが素なのか、まぁあの喋り方自体うさんくさすぎて馴染んでなかったが。というかどっちにしろ定員一名の糸を登らなくちゃいけない試練はアウトだ。絶対小向は登れないから、詰む。そっちが本ルートじゃない事を心から願わずにはいられなかった。
 俺の気持ちを後押しするかのように村長の案内する野干村へ続く道のりは、村長とはぐれたら確実に村にたどり着けない仕様となっていた。
 左手側にしばらく進むとお堂がひとつ。その両脇にある六時の方角を向いた狐の銅像を、右は二時に左は十二時に。そして入り口の戸を四回ノックし、ちいっと通してくだしゃんせと唱えれば、戸がひとりでに手前へぱっかーんと開いた。まるっきり引き戸だと思っていた入り口の戸がまさかの開き戸というミラクル。中は何もなく畳が敷かれてるだけだが、ただその畳の敷き方は見慣れてるのと違いどこか違和感があった。が、詳しくないからわからない。その畳の左下の一枚の角をいろんな感じで叩いたらそこじゃない畳がまくれ上がって下へと続く階段が現れた。階段を下って薄暗い通路を歩くと次は上へと続く階段が。登るとさっきのお堂内部とそっくりなところにでて、出入り口の開き戸を開けると、村があった。なにこれ怖すぎちびりそう。
 この間誰一人言葉を発することなく無言を貫いた。恐怖に声が出なかったと言っても過言ではない。左手側が村だとアバウトに説明していたが、これはないだろう。左手側と言われたら左手側だから嘘を言ったわけではないが、大雑把すぎる。


「よくいらしてくださいました、ここが野干村です。歓迎の宴をと言いたいところですが、先にお話した通り、今宴を開けるほどの人手もありませぬ。どうかどうか、この村にご助力ください」


「えーと、具体的になにをすれば……」


「まずは床に伏している者たちの家々を見舞ってはいただけないでしょうか」


 未だ移動の恐怖を拭い去れてないが、俺たちは即されるまま歩き出した。とりあえず手前の一軒、なんてことない普通の民家を訪問する。


「ごほごほごほ」

「この者はソクと申します。先日から咳が止まらないのです」


 訪れた民家の布団の中には、村長と同じ犬のような狐のような頭をした獣人間の男性が、ぜぇぜぇと苦しげに呼吸を繰り返して激しく咳き込んでいた。看病しているのはその男性の妻だろう、あんたしっかりおし!と励まし背をなでているが、妻自体も看病疲れでやつれていた。
 それからも家々を巡り、状況を見てまわる。隣の家、その隣と来訪するが、どの家でもそれぞれ違う病にかかって苦しんでいる者が存在し、事態は深刻を極めていた。


「ああ寒い、寒気がする」

「この者はショウ。数日前から高熱がいっこうに下がりませぬ」

「世界がまわる……ああ暗転した」

「名はケツ。めまいに悩まされ、今は立っていることすらできぬようになりました」

「そっとしておいてくれ。俺はもうここからでない」

「ウドクは吐気と下痢が止まらず、ここ数日厠から出てこれぬのです」


 そしてまた次の民家へと向かう道すがら、腕の中の小向が俺の胸に顔を埋めているのに気がついた。様子がおかしい……とうとう俺のかっこよさにノックアウトされてしまったのか。心なしか呼吸が荒く、肩が忙しなく上下している。
 様子を見るため、道の脇にあった蓋が付いている水桶の上に小向を座らせてヘルメットをとった。


「どうしたの? どうかある?」

「けほけほっ」


 小向は咳をしていた。え、もしかしてうつった?一軒目のソクという村人の咳が頭をかすめる。だが頭を悩ませてる暇はないとばかりに、背後にいた他レンジャーも次々と身におこってる異常事態を主張しだした。


「なぁ皮膚がぞわぞわするんだが、俺だけか?」

「やだわ、なんだか立ちくらみが」

「……トイレに行きたい。今すぐだ!」


 自分の両腕をさすりさすり、身震いするカッパーレッド。立ちくらみをおこして座り込むサロメピンク。トイレに案内しろと村長に掴みかかるマラカイトグリーン。まさか、いやまさか。
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