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8 祝!

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 わー!わー!


「おめでとーー!」

「おかえりーー!」


 わー!わー!
 多数の明るい祝福の声に瞑っていたまぶたをそっと開いた。真っ黒の蝶の群れに飲み込まれる際、あまりのおぞましさにいつの間にか目を瞑っていたらしい。開いた一瞬、光の刺激が眩しすぎて世界が白に満たされた。
 何度か瞬きを繰り返してやっと、目が本来の機能を取り戻す。そして見えたのは、輪になって踊っている多種多様の動物の頭をした獄卒たちと、その輪から飛び出しカッパーレッドを胴上げしようとしている獄卒たち。マラカイトグリーンとサロメピンクは抱き合って飛び跳ねている。


「やったー俺たち生きてるよーー!」

「やったわ! やってやったわ!」


 わー!わー!そこは歓喜にあふれていた。まるでなにかの試合に優勝した選手と、それを応援していた観客のような光景だ。もしかして、レース完走?ここ、ゴール??殺伐として常に薄暗かった地獄とは段違いに光に包まれ視界が明るい。


「完走おめでとーー!」


 ああ涙が出そうだ。その言葉に感極まって涙腺が刺激される。
 カッパーレッド、サロメピンク、マラカイトグリーンを胴上げし終わった胴上げ部隊の獄卒たちがこちらに走ってくるのが見えた。


「小向、やったよ! わーいわーい!」


 やっと実感してきた喜びに、俺は未だ腕の中にいた小向を抱き上げる。そしてぐるんぐるんと回転し、幸福を全身で表現した。そのうちに走ってきた胴上げ部隊に小向もろとも担ぎ上げられ、空中へとぽーんぽーんと持ち上げられる。しばしそこは歓喜一色に染まった。


「バンザーイバンザーイバンザーイ!」


 最終的に皆で万歳三唱した。昨日の敵は今日の友、放笑戦隊ダジャレンジャーと獄卒が入り乱れて欣喜雀躍する。
 ひとしきり獄卒たちにおだてられるがまま祝福に沸いていた俺たちも徐々に落ち着きを取り戻していく。一番初めに冷静になったのはサロメピンクだった。


「それで、賞金の方はどうなってるのかしら?」


 そうだった!このレースはゴールしたらそのタイムで賞金が貰えるシステムだった。俺の知ってる金じゃないだろうから貰っても困るだけだが、賞金という言葉に興奮はする。
 俺と小向の分は放笑戦隊ダジャレンジャーにすべて譲渡しよう。ここまで来れたのは、生きて生還できたのは他でもない、放笑戦隊ダジャレンジャーのおかげだ。あの時仲間にしてもらえなかったら俺たちは地獄の一丁目層釜茹で地獄を突破することすら出来ず、未だにあの釜の淵で絶望してたはずだから。


「ごほん! えーでは賞金を授与する」

「ごくり」


 集団から一歩前に出た猿の頭をした獄卒がわざとらしく咳払いする。その様子にばくばくする心臓を持て余しながら生唾を飲み込んだ。


「時間にして25時間48分04秒、賞金五百円!!」

「「五百円!!」」


 おめでとうおめでとう。また獄卒たちが祝福しだす。そのムードに背を押され、端っこの方からお盆みたいなのを持って虎の獄卒が現れた。そのお盆みたいなのの上には、ご丁寧に一個ずつ並べてある五枚のお札。書いてあるのは五百円。
 まさか、この世界は数字が小さくなるほど価値が上がる設定なのだろうか。1円が最高額?そんなばなな。


「高度なギャグは時に怒りを買ってしまうぞ。ほどほどにな」

「……ふっ、俺の耳にいたずら好きの妖精が潜んでいたみたいだ。出て行ってもらったからもう一度言ってもらえるかい?」


 五百円というのが冗談だったと思ったカッパーレッドと、五百円というのがそら耳だと思ったマラカイトグリーン。やはり貨幣の認識は俺の知っているお金と違いないようだ。


「賞金は五百円でーす! これをもって速やかにお帰りください。お出口はあちらです」

「え、あ、ちょ……」

「いやっいやぁあ!」


 だがそんな二人をあざ笑うかのように、虎の獄卒がお盆みたいなのの角をカッパーレッドに押し付けている。そのお盆の上を見てマラカイトグリーンはムンクの叫びのようになってしまっていた。
 今の今までこっちが有頂天になるくらい祝福のシャワーを浴びせてきていた獄卒たちが、今度は一斉にさよならコールをし始める。ハンカチを目に当てたり演出しているが、涙はいっさい出ていない。なんだこの茶番……五百円の言葉を聞いてから無言でワナワナと震えていたサロメピンクがブチ切れた。


「まてまてまてぇぇえい!!」


 目にも止まらぬ速さでカッパーレッドをつんつんしていた虎獄卒の頭をがしりと鷲掴み、腹の底から出しているかのような低い声で怒涛の如く吠えたくる。


「五百円とかバカにしてんのかゴルァ」

「い、一円を笑うものは一円に泣くんだぞ?」

「じゃかしいわ! 参加費一万とっといて賞金五百とかナメてんだろてめぇ」

「な、ナメてない! 参加費の中にはこの模擬地獄の入場料も含まれているんだ。言いがかりはよしてくれ!!」

「はぁ? ますます景品表示法違反じゃないですか? ザケンな」


 あまりにも強烈なサロメピンクのすごみに気押された虎獄卒は、完全にサロメピンクに迫力で負けていた。獄卒の癖に善人のような笑顔でお盆持ってきてたし、自業自得なんじゃないの?周りの獄卒は我関せずで見てみぬふり、さよならコールもなりを潜め、空気になりきっている。誰も虎獄卒を助ける気はないようだご愁傷さま。
 俺はというと、ここに来て明かされた事実に脚をガクブルと震えさせていた。さ、参加費ですと!?俺と小向払ってないんですけど!下駄箱にいたら突然ここに来ていたんだ、そんなもの払うタイミングなんていっさいなかったし、それにそもそもこの世界のお金を持っていない。賞金の五百円を貰ったところで残り九千五百円のマイナスになる。二人合わせたら一万と九千円。サロメピンクが持っていた一万円玉を借りたとしても、皆の賞金を借りたとしても、七千五百円足りない!皆のあずかり知らぬところで俺と小向は最大のピンチを迎えた。
 ファンファーレはまだか、クラッカーはまだか、風船はまだか!ドアノブはまだかーー!!俺は心の底からクエストクリアの到来を祈った。てっきりレース完走でクエストクリアになると思っていたのに、未だあのカラフルなコングラチュレーションが現れないのはなぜた。あわよくば、参加費を請求される前にとんづらしたい。
 そうこうしている間にもボルテージが全力疾走しているサロメピンクが拳を振り回しそうになっている。もうそれは時間の問題な気がした。


「時計はほっとけーい」


 いろんなものに怯え、気付いたら小向を震えて崩れそうな脚を支える杖にしていた。そんな俺の支えの小向がなんの前触れもなくダジャレを呟いた。あまりにもしれっと言うので最初はダジャレと気づかなかったが、そこは経験の賜物、ここまで数多のダジャレを連発していたからか頭の中で言葉を転がした瞬間ダジャレだとピンときた。小向も慣れたもので、両手でちゃんとDの形を作っている。


「た、大変だ! レースの時間をはかっていたタイマーがおかしな動きをしだした!」

「なんだと……じ、時間が巻き戻っている!?」

「どうしようこのタイマーは大王様から預かった絶対的な指針だ。これじゃあ……」

「しょ、賞金の額を訂正する! クリアタイム時間にして0時間0分0秒、賞金百億円!!」

「「百億円!!」」

「今までせしめた参加費がああああ!」

「「「やったー!」」」


 奇跡がおこった。なんと小向の技でタイマーが巻き戻り、俺たちは0秒でレースを完走したことになってしまった。さっきとは月とスッポンの賞金額に実感が全然わかない。いいのかこれ。


「よくやったタンジェリンオレンジ! もうお前たちは代理じゃない、放笑戦隊ダジャレンジャーの立派な正式隊員だ!!」


 獄卒たちは頭を抱え、それとは逆に狂喜乱舞しているカッパーレッドとマラカイトグリーンとサロメピンク。
 だが俺と小向は違うものにがっつり気を取られていた。大音量で響き渡るファンファーレ。ぱんぱんぱーんと発射されるクラッカーと、舞い上がる色とりどりの風船。そして目の前に浮かび上がるカラフルな色で装飾された文字。
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