異世界攻略コントラクト[2]俺たち in the デス·レース

喪にも煮

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9 いざ行こう白い枠線へ

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「今から数年前、なんの因果か生を受けたままこちらに迷い込んできた者がいた。他の死者に混じって来たようだが、その輪から外れて立っていた生者は、他のどの死者よりも死人の目をしていた。それが坊だ。そしてその坊を保護したのが我だ」


 俺の求めに応じたのは閻魔大王だった。腕に小向を抱いた状態で話すのになんとなくムッとする。それになんだどの死者よりも死人の目って。閻魔大王は小向の目を見たことがあるのかうらやまけしからん。


「あれ? でも……」


 一時欲で思考が混乱したが、よくよく考えてみると地獄が違うんじゃないかという疑問に行きつく。なんせ俺と小向は違う世界から来たトリッパーだ。地獄の一丁目層で出会った奪衣婆は地獄が違うと詐欺舟に乗せることすら拒否したことから、世界それぞれで地獄は存在するんだと解釈したが、違ったのだろうか。


「閻魔大王は転勤族である」

「なるほど」


 疑問は一言で解決した。


「あまりにもかわいらしく儚い坊を獄卒に預けるなど到底できるはずもなく、坊が現世に戻れる道が開けるまで、我のそばに置き、ともに過ごした」

「はぁ」

「以上」

「ええー!」


 簡潔すぎる!まぁそう言うことなんだろうが簡単すぎるよ!根本的な疑問は解決したが、これだけではただ小向と閻魔大王が昔あった事があるという事実を説明されただけに過ぎない。
 もっとこう、あの世とこの世という現実離れした世界の二人が出会った理由とかあるだろう。ただのクラスメートだと思っていた人間が閻魔大王と知り合いだという異常事態に納得できる説明を聞きたいんだ俺は。その“なんの因果か”の部分が気になっていることになぜ気が付かないんだ。


「そもそもなぜ小向は地獄に?」

「正確には地獄ではない。我らは三途の川のほとりで相まみえた」

「そうですか。じゃあなぜ小向は三途の川のほとりに?」

「それは我の口から言うべきではない」

「は?」

「守秘義務にあたる。我の口からは言えぬ」


 説明する役を勝手にかって出た癖に、今更何言っちゃってんだこのおっさん。守秘義務にあたる?はぁ??ならなぜ俺が説明を求めた時もっともらしく話しだした。もともと小向に向けた質問だったのに、割り込んだのはあれか?我のそばに置き、ともに過ごしたってのを言いたかったがためなんじゃないのか。


「……小向」

「べー」


 頬が引きつり額に青筋が浮かぶのをそのままに、戻ってこいと小向に手招きしたが、べーと言われてぷんっと顔を背けられた。
 表情は見えない。だってヘルメットしてるから。……ヘルメットをしているのによくタンジェリンオレンジが小向だと分かったな。このおとぼけじじい恐るべし。
 小向に拒否られた手前、本人から理由を聞き出すことは難しいだろう。だからといって守秘義務という盾に隠れてぬくぬくしている弱虫じじいは役立たず。詰んだな。


「あの頃もこのようにずっと抱っこしてやっていたな。坊は相変わらず甘えん坊だ」


 いやいやあんたが勝手に抱き上げたんだろう。そんなもんだだのセクハラだ。
 なんだかもう無性に腹が立つ。あんたが作り上げた殺人地獄ランドのアトラクションからずっと小向を守りぬいたのは俺だ。言わば俺はヒーロー、閻魔大王は敵。それも極悪非道の権化。小向を喘息にさせてぴゅーぴゅー鳴かせたのを忘れちゃいけない。


「昔の知り合いなのは分かりました。小向を返してください」

「返す? 坊は物ではない、撤回せよ」

「返すは撤回します。小向をおろしてください」

「断る」

「おろしてください」

「断る」


 なんの効力もない俺の発言は即座に切り捨てられ却下される。喜びの舞を踊り続けているカッパーレッドとマラカイトグリーン。未だに閻魔大王ボイスに腰くだけてるサロメピンク。数々の試練をともに乗り越えてきた仲間の手助けは期待できそうもなかった。
 だからといってワザを行使するのもはばかられた。わかってる、自分がいかに狭量なことを言っているのかということくらい。閻魔大王はただ小向との再会を喜んで抱き上げただけ。小向は抱き上げられている以外なにかされているわけでもない。でもやっぱここまで守ってきたという自負が、小向と閻魔大王の近さをNGと判定する。
 どうしようもない悔しさで手のひらをぎゅっと握りしめた。無機質な金属の感触。そこには長い間握っていたので幾分か自分の体温が移ってはいたが、やはり物特有の冷たい温度を感じさせるドアノブがあった。それが思考を一気にクリアにして、俺に一つの突破口を閃かせる。


「あ! そういえばスタート地点に小向の忘れ物が!!」

「なに? では一度スタート地点に戻るとしよう」

「お願いします。あ、三人とも先に帰ってていいよ。本当にありがとうね」

「「やったーーー! やったーーー!」」

「はふぅ~ん……イイ声」


 聞いちゃいない三人に俺は挨拶をした。きっともう会えない。分かっていながらきちんとお別れや感謝が言えないのは悔しいが、ここで大層な別れの挨拶をして俺の作戦が閻魔大王にバレたくなかったので、名残惜しくも背を向ける。俺の発言に首を傾げた小向は、幸い閻魔大王に見られなかったようだ。


「俺の賞金、あの三人に渡してくれませんか?」

「じーじ、ぼくのも」

「応。そなたは名をなんと申す」

「古里哉片です」

「その名は……坊、よいのか?」

「よくない」

「……賞金はそのように手配しよう」


 俺の名前に何かあるというのだろうか。不可思議な会話と目配せに今度は俺が首を傾げた。名乗ったことで閻魔大王に可哀想な目で見られている。
 なぜ?どうして?という疑問で頭がいっぱいになっている俺を他所に、袖から取り出した札と筆でそのように手配した閻魔大王は、それを宙投げた後、指をぱちんと鳴らした。


「して、どこに忘れ物をしたのだ?」


 そのぱちんで俺たちはスタート地点に戻ってきていた。瞬きもできないくらいの一瞬で。時間にして約25時間、生と死の狭間で足掻いて進んだ苦労は何だったんだろうか。
 俺の名前に思わせぶりな態度を見せた閻魔大王が気になる。小向の返答の意味も気になる。だがもう作戦の始まりのゴングが鳴り響いた後、言及してる暇はなさそうだった。
 キョロキョロと辺りを見回し、目的のものを視界に捉える。再度俺は手の中のものを握りしめた。


「すいません、小向が見ないと分からないかも」


 探し物が見つかりませんよという体でウロウロし続ける俺の言葉に、閻魔大王は小向の頭を数度撫でた後、今度はすんなりと降ろした。焦ってはいけない、ここが一番大事なところ。何食わぬ顔でゆっくりと歩を進めて降ろされた小向に近づき、俺は肩に触れるまでに接近することに成功した。
 その瞬間、俺は小向を肩に担ぎ上げ、先ほど見つけた目的のものに向かって地面を蹴り上げる。目的のものとはそう、白い枠線だ。
 瞬間移動した地点から五メートル前後、それはその位置に鎮座していた。俺の読み通り、やはり白い枠線は異世界にトリップした時にいた最初の地点に準備されるらしい。明らかに一人分の靴箱サイズな白い枠線だったが、もう形振り構ってられなかった。


「お世話になりましたあああ!」


 レースの間ずっと酷使し続けていた脚に鞭を打つ。前へ前へ。そして俺は後ろは振り返らず、白い枠線に握りしめていたドアノブを突き刺して思いっきりひねった。


「名残惜しさに嘘をつかせてしまったな。古里の者、坊をよろしく頼むぞ」


 背後から届いた声は、獄卒たちを咎め諭した時のような慈愛を含んだ優しい声色だった。
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