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10 俺は小さい男だ

10-1 二章完

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「クソ、顔だけじゃなく中身もイケメンなんて反則だよおおおお!」


 最後の最後にあんなセリフを言うなんてあんまりだ。自分がちっぽけすぎて嫌になる。俺の魂の叫びが放課後の下駄箱にこだました。


「はっ、しまった! 嘘ついたから俺の舌もう引っこ抜かれちゃってるかもしれない。あれか、安心させてからのあれか。小向見てくれ! 俺の舌を見てくれ!!」


 怖くて自分じゃ確認できない。俺は肩から正面に降ろした小向の二の腕を鷲掴み、鬼気迫る勢いで詰め寄った。
 全力で俺から顔を背ける小向。タンジェリンオレンジ色のヘルメットとバトルスーツ。背景は下駄箱。バックグラウンドミュージック、誰かの足音。俺は無言で小向を抱え上げ、最寄りのトイレの個室に連れ込んだ。


「ああどうしようふざけてる場合じゃなかったよー。俺たちバトルスーツのままじゃん……色んな意味で絶体絶命」


 悠長に自分の舌を心配してる場合じゃなかった。こんな格好じゃ帰るに帰れないし、第一誰かに見られたら確実に変態の称号を与えられる。俺たちはもう、元の世界に戻ってきてるんだから。


「あ! そういや小向お風呂入ったっていってたよね? どうやってバトルスーツ脱いだの?」


 とりあえず小向のヘルメットを外して、しめた便座の蓋の上に置いた。


「……もくひ」

「えええそこをなんとか! お願い! 教えて!」


 唇の前で右手と左手の人差し指を交差させてバッテンをつくる小向。俺はお目見えしたぷっくりと空気を含んで膨らんだおいしそうな頬を片手でつんつんしながらご機嫌をとろうと下手に出た。大変ピンチなので逃がさないように個室の壁に押し付けてもう片方の手で壁ドンだ。


「……」

「コラ。だんまりしてないで教えなさい」

「キライ」

「はいはいもうそんな言葉に動揺しないよ。慣れたんだからね」


 自分で言って切なくなるが、好き好き言われると好きの価値が下がるのと一緒で、嫌い嫌い言われ続けると慣れもする。いっそ小向の口癖なんじゃないの?と開き直っていたりするんだ実は。密かに初期の無視より全然ましだと思っている。


「あ、そういえばサロメピンクも変身解いてたな」


 先の七丁目層でトイレをするため変身を解除していた隊員の存在が記憶に浮上した。思い出せ俺。確か……レディの変身を凝視するなどはばかられ、目をそらしていた。だめだ大切なところを一切見ていない。俺はガックリと項垂れた。
 今何時なんだろう。さっきちらっと見えた外は夕暮れだった。日付は定かではないが、時間はトリップした時から然程経っていなさそうだ。
 しかし夕暮れならば、まだ学校に残っている人が必ずいる。誰かしかがいつこのトイレにやって来てもおかしくはない。その人物が大をもよおし、個室を所望して順番待ちする可能性は決してゼロではないはずだ。時は一刻の猶予も許されてない。


「小向、怒らないから教えて? バトルスーツどうやって脱いだの?」

「おなかすいた。帰る」

「帰れないよ。そんな格好でどうやって帰るんだ」

「ぼくはだいじょーぶ」


 何が大丈夫なんだ何が。根拠のない自信でなぜかドヤ顔するおバカ小向に半目になる。この調子じゃ頑固な同級生からよい情報を聞き出せそうにない。自力で考えるしかなさそうだ。
 確か元の服はベルトのバックルに描かれてるツボの中に入っていると言っていた。変身を解除すると自動で着用するらしい。
 その時俺はハッと思い出した。強制的に変身が解除されてしまう場合があった事を。意気消沈してたのはどこへやら、俺は意気揚々と満面の笑みを浮かべた。


「ああ失念していた! でも思い出した俺グッジョブ!」

「……?」

「大丈夫だ小向、俺が小向の変身を解いてあげるからね!」

「……!」


 俺の開いた活路にものすごく驚いた顔する小向。消え入りそうな声でやめてと呟いたのに気づかなかった俺は、善は急げとばかりに、小向のバトルスーツの胸ぐらを鷲掴みして、思いっきり左右に引きちぎった。一気にバトルスーツの六十パーセントを破壊するよう思いっきり。
 そう、俺が思い出したのはバトルスーツの六十パーセントを破壊されない限り三十分で修復するシステムだ。その話の中でちらりと六十パーセントを破壊されたら変身が解けるというのをサロメピンクが語っていた。その時は必要ないからとさらりと聞き流していたが、思いの外重要な内容だったらしい。
 ビリビリビリーー!小向が纏っていたタンジェリンオレンジ色のバトルスーツが音を立てて引き裂かれた。外側に力強く広がっていく俺の両腕の間から、徐々に小向の素肌の上半身があらわになっていく。見たらダメだ、また変態と呼ばれて無視の刑に処されてしまう。分かっているのに俺は瞬きすら出来ず、そこを凝視した。
 瞬きしないじゃない、出来ないんだ。あらわれた小向の上半身には、トリップする前の昼休みに不可抗力で見てしまったお久しぶりのお豆ちゃん(ふた粒)がちょこんとお行儀よくくっついてる。だが、それとは違う、俺には全く見覚えのないものが美白のキャンバスを彩っていた。この大量のキスマークっぽいのはなんだ。
 そうこうしてる間にも無意識に動き続けてた両腕でバトルスーツの六十パーセントを破壊し尽くしたらしい。じっくりとキスマークかどうかを確認する暇を与えず、瞬く間に小向の全身を白いモコモコした煙が覆い隠してしまった。それがはれた先には、きっちりと学校指定の制服を着込んだ小向が立っていた。


「……」

「……」


 どういうことですか小向さん。なんだこれ。え?いつの間に?くっと唇を引き結ぶ小向を見つめる。目の前の小向は俯き、俺の方を見ようとしなかった。


「まさか……」


 一つだけ思い当たることがあるにはある。寝てる間にシャワー事件だ。小向自身からシャワーを浴びただけと言われたが、果たしてあれは本当にシャワーを浴びただけだったんだろうか。あの時は素直に信じたが、素肌を見た後の今、その説明に疑問を感じてしまう。
 だが追求するには情報が足りない。あれは本当だったのかと問い詰めることは即ち、小向を疑うということなわけで。もしかしたら虫刺されという可能性もないわけではないのだ。俺は今度こそしっかり確認しようと小向のシャツに手を伸ばした。


「えっち!」


 ボタンに手をかけた動作で俺がしようとしてることを悟ったのだろう。小向はなんの躊躇もなく、可愛らしい罵声を浴びせながら俺の股間に一撃をお見舞いした。


「アグフォッ!!」


 脳天直撃。意識が飛びそうな程の激痛が瞬時に全身を走りぬけ、トイレの床に膝から崩れ落ちる。ななな、なんてことをするんだ。俺は何が起きたのか分からないくらい混乱して、呼吸の仕方を忘れた。


「キライキライキライ!」


 全力で俺の股間を蹴り上げた小向は、激痛に悶えしゃがみ込む俺を振り返ることなく、すたこらと帰っていった。




二章完
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