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500年後の世界でスローライフ
水辺 1
しおりを挟む魔導塔へと戻ったのはまだ日が落ち切っていない時間帯であったものの、空はすでに雲に覆われ辺りは暗くなっていた。シルフィードは今日はもう外出しないことに決め、入浴して体の汚れを落とした後、採取した素材を地下2階の倉庫へ持っていく(特に魔術的処理をしなくても、腐敗する心配がないため)。その足で夕食と明日の朝食の材料を持って地上へ戻り、簡単な夕食をつくって食べ、あとは寝るまでの時間のんびりと魔術書を読んで過ごしたのだった。
次の日の早朝、目が覚めるとすぐに窓辺によって天気を確認する。
窓や魔導塔の周りの地面が湿っていることから、シルフィードが寝室で眠った後に雨が降ったらしい。
「よかった。空にはもうほとんど雲がありませんね。この感じだと今日はかなり晴れそうです。昨日は洗濯できませんでしたから、その分しっかり洗濯して干さないと」
有言、即実行。彼女の親友が見たらそう言うに違いないほど、テキパキと身支度を整え、行動する。寝台のシーツを取り換え、自分がさっきまで来ていた衣服などと一緒に洗濯籠に入れて、深めのたらいと一緒に3階のバルコニーまで持っていく。そこで魔術と洗剤を使って洗濯をした後、倉庫から持ってきた物干し台を設置して洗濯物を干していく。
「ふう。こんな感じですかね。これだけいい天気なら午前中で乾きそうです。さて、この後の予定は……、まずは掃除と体力トレーニングと、魔術訓練ですかね。朝食は昨日焼いて防腐の魔術をかけておいたパンが余ってますから、それとソーセージと果物の缶詰にしましょう。外国産の結構いいソーセージが倉庫にあったんですよね――って、考えていたらまたお腹がすいてきました……」
シルフィードは500年の眠りから覚めてからどうにも正直な自分の腹を撫でつつ、速足で1階へと向かった。
朝食を食べた後軽く掃除をし(どの部屋もほとんど埃がたまっていなかったため、風属性魔術ですぐ終わった)、魔導塔の外に出たシルフィードは、玄関のそばに水筒を置いて軽く準備体操をした後、魔導塔の周りをぐるぐるとジョギングする。その間、魔導塔の外壁近くで障壁を様々な形状・強度で展開し、魔術訓練も怠らない。
「ふう…ふう。このトレーニング、久しぶりだからか、なかなかキツイですね。龍災の時はこんなのそれこそ朝飯前だったと思うんですが……。まあでもキツイぶん、他の魔術訓練よりよほど効果があるとは思うんですけれども」
障壁魔術は他の魔術と比べ物にならないほど、魔力制御と術式構築の難易度が高い魔術であると言われている。そのため500年前もまともに使えるのが国中探しても彼女と彼女の恩師くらいしかおらず、障壁魔術への理解が十分に広まっていなかったこともあり、学院時代は二人を馬鹿にしていた人間も多かった。しかしその後恩師と一緒に学会へと提出した論文が注目を集め、さらに龍災でその真価を発揮したことで一気に有用性が広まったと聞いている。……それでも使える人間は少ししか増えなかったらしいが。
シルフィードはその後昼近くまで魔導塔の周りをジョギングし続け体力の限界に挑みつつ、極限状態の中で超精密な魔術操作を行い、さらにはシルフィードの気配で襲ってきた小型の魔物を迎撃しながら鍛錬に励んだ。
シルフィードが疲れた体を休息で癒し、体力を回復させてから魔導塔を出たのは、昼をだいぶ過ぎたころだった(時間がかかったのはその間に洗濯物を取り込んだり、魔物の処理などをしていたからだ)。
森の中は昨日降った雨が蒸発して湿度がかなり上がっていたが、高性能なローブを着ているシルフィードにとって大した苦ではなかった。
「あまり時間を消費してもしょうがないですかね。今日の目的は川を見つけてそのそばを探索することですから、精霊魔法でさっさと見つけてしまいましょう」
昨日と同じように森の中を歩いていたシルフィードはそう考えて、すぐに精霊たちに呼びかけて川を探してもらう。昨日とは違って、どの方角のどれくらい先に川があるかある程度把握済みであるため、探索範囲を絞って探すことが可能だ。
「ふむふむ……、ありました。…この感じは、思っていたよりも小さめの川ですね。それと近くに、湖があるっぽいです。結構広そうですし、魚を獲ったり薬草を採取したりできるかも」
シルフィードは想像に胸を膨らませて、自分の体に身体強化魔術と風属性魔術をかけて、目的地まで滑るように移動する。―――因みに、彼女のあまりの勢いにそれを見ていた周りの動物や魔物が逃げ出した事については、当の本人は全く気が付かないようであった。
「よ――――――とっ!!到着しました……ほう。これはまた、すごくきれいなところですね……」
シルフィードは感嘆のため息を吐いて、しばし見とれる。
たどり着いた小川は、川底がしっかりと見えるほど透き通っていて、川幅は常人が三歩ほどで渡り切れるほどの大きさであった。川辺は背丈の低い草花が生い茂っていて、川の水のせせらぎと優しい日の光が差すそこは、マットを敷いて昼寝ができたらすごく気持ちよさそうである。
「…………いやまあ、流石に魔物がいる森の中で見張り無しに昼寝をするなんて、自殺行為ですけどね。たとえどんなにのどかな雰囲気だったとしても、無理なものは、無理です。……なるほど。こういう時のためにも、パーティって組むべきなんでしょうね―――」
シルフィードは自分に言い聞かせるかのようにつぶやきつつ、大多数の冒険者が聞けば「それは絶対に違う」と突っ込まれそうなことを考えながら、川下へ歩いていく。
やがてたどり着いた湖も小川と同様に透き通った水質で、川底の小さな魚が確認できる。シルフィードは今晩の夕食を確保すべく、倉庫から探してきた「折りたたみ式魚とり網」をマジックバッグから取り出した。
「ふふふふ。今こそ障壁魔術の真骨頂を見せるときです。まずは魚が多く集まる場所を探して…」
シルフィードはニヤリと不気味な笑みを浮かべつつ、「フライ」で水面の上を波を立てないようゆっくりと飛び、数匹の魚が見えたところで障壁魔術を展開。魚たちの周りを取り囲んで、決して逃げられない生け簀をつくる。
「あまり高速で動いているものとかだと無理ですけど、小魚くらいなら問題ありませんね。あとは網で掬いあげて、地上まで持って行って、と」
「フライ」で岸まで移動し着陸した後、魚が新鮮な状態のまま氷を入れた魔導瓶にいれる。
思っていた以上にスムーズに事が運び気分が上がったシルフィードは、夕食はどんな料理をしようか、あれでもない、これでもないと考えるのだった。
「王道はやはり塩焼きでしょうか。いやでも、干し魚にするのも捨てがたい……南蛮漬けも今の時期はさっぱりして食欲が増すんですよね。考えただけで唾液の分泌量が増えてきます。う――ん……」
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