500年眠りについた元賢者がスローライフを送っていたら、公爵閣下に気に入られた件について

ペンギン

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500年後の世界でスローライフ

水辺 2

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 長時間に及ぶ脳内会議の結果、『今日の夕食は塩焼きにするが、余った素材で他のものも作る』という結論に至ったシルフィード。地下倉庫があるからこその強欲な解決策ではあるが、本人は至って満足気である。

 生態系を壊さないようにとりすぎには注意しつつ、湖の周りを飛んで見つけた魚えものを確保していく。



「……ん?なんでしょうこの香り……。どこかで嗅いだことがあるような……?」



 岸辺沿いを飛んでちょうど湖の周りを半周過ぎようとしたところで、あたりに甘い匂いが漂っていることに気が付く。それは爽やかで瑞々しさを感じさせる香りで、その香りを頼りに記憶をさかのぼっていくと、以前果物屋に寄った時のことが思い出された。



「そうでした。たしか『コリンの実』とかいう名前の果実で、生育条件が厳しくて野生でしか手に入らない希少な果実だって、果物屋のおじさんが言ってました。その時もすごい値段が付いていて……。つまりそれがここにあるということでしょうか」



 「美味しい素材」の手がかりを見つけたシルフィードは、すぐに「漁」を中断し身体強化魔術で嗅覚を研ぎ澄ませ、香りの発生源を探す。どうやら湖の奥の森からしているらしく、木々の間を吹く風から果実の豊潤な香りが漂っていた。

 15分ほど嗅覚を頼りに森の中を探索していると、少し視界が開けた場所に他の木々よりも背の高い、樹齢数百年は経っているだろう立派な木を見つける。視線を上へと向けると天辺付近の枝の先に、こぶし大の赤い実がなっている。



「…見つけました!!あれが、コリンの実…。果物屋のおじさんが『うますぎて他の果物では物足りなくなる禁断の果実』と自慢していた……。当時はお金がなくて買えませんでしたが…」



 シルフィードは見ているだけでは我慢できなくなり、素早く「フライ」を唱えて宙に浮かびゆっくりと上昇して天辺付近の太い枝へ到着する。両足を乗せて「フライ」を解除しても、太い枝は少ししか揺れずシルフィードの全体重を支えてくれる。



「少しの間失礼しますね。さて、早速果実をとっていくとしましょう。……ん―――と、この実はまだ青いですから残しておきましょう。完熟している実と、もう少しで完熟になる実をとっていきたいですね」



 そう言いながら太い枝の近くになる実をもいでいく。コリンの実は枝の先に3個から5個ずつでまとまってなっていたため、シルフィードが視界内の完熟近い実をとりつくすと結構な量になった。流石に数十分間無心で果実をもいでいるとのどの渇きを覚えたため、とった果実の中から一番完熟していそうな実をバッグから取り出し、魔術の水で洗って齧り付く。



「……っ!!!!んんんんんん――――――――!!あま―――――!!うま―――――!!」



 齧った一口目であまりのおいしさに無言になり、ついで低いうなり声をあげ、さらに我慢できずに叫び声まで上げてしまう。人前ではほとんど感情を乱さない彼女であるだけに、現在の歓喜に満ちた表情を普段の姿を知る者がみれば、間違いなく三度見はしていただろう。

 シルフィードは少しの間衝撃と興奮で我を失っていたものの、どうにか我に返って息を整える。



「……はあ、はあ。美味しすぎて、感情が高ぶりすぎましたね。淑女が大声を上げるなんて、よく反省です。

……それにしても世の中にこんなにおいしい果実があったなんて、今まで知らなかった自分を殴りつけたいくらいですよ。てっきり誇張しているものとばかり思っていましたが、確かにこれなら他の果実を食べて物足りなさを感じてしまうというのもわかります。なんと恐ろしい果実なんでしょう」



 シルフィードは震える手を抑えながら、もう一口、さらに一口と果実を食べ進めていく。そして最後の一口を口に含んで十分にその甘みとさわやかな香りを堪能すると、名残惜し気にゆっくりと飲み込んだ。



「は――美味しかった。食べたりない感はありますが、これくらいにしとかないと色々やばそうです。中毒性がないのが唯一救いではありますけど。…おや?」



 シルフィードはどこからか視線を感じて、つと木の下の方に視線を向けると、黒い馬がじっとこちらを見上げている。高い木の上の方からでもしっかりと感じるほど、その視線は強かった。



「…なんでしょう。敵意の類は感じませんし……。私がとった実が欲しいとか?いやでも、それなら地面に落ちた実を食べればよいような気がしますし…」



 彼女は知らなかったのだが、「コリンの実」は地面に落ちて傷口から菌が侵入すると急速に腐敗してしまい、食べると味覚が麻痺するほどの苦みが生じるようになる。そのため地上でしか生活することができない魔物や動物たちは、『天上の果実』とすら表現されるコリンの実の一番おいしい時期を食すことができないのである。

 それはつまり彼女へと視線を向ける「黒い馬」はそのことを知っており、シルフィードが協力してくれるならば美味しい実にありつけることを理解できるほどの知性を有しているということでもある。



 シルフィードは無視することもできる視線がどうにも気になり、「フライ」を使って地上へと降りる。

 それを見た黒い馬はゆったりとした歩調で彼女のもとへ近づいていき、目の前で立ち止まって再び何か訴えるような視線を向ける。



「…まあ。上からだと気が付きませんでしたが、普通の馬と比べて一回り以上大きいですね。体つきも美しく、しなやかさと力強さを感じます。それにその瞳……、貴方はモンスターの一種ですよね?確か名前は『アルスヴィズ』でしたか?」



 シルフィードがそう言うとアルスヴィズはあたり、とでもいうかのように、ブルルと低く鼻を鳴らす。



「すごい。もしかして私の言葉が分かっているんでしょうか。魔物に人間の言葉が通じるという事はまれにあるらしいですが、貴方はそうみたいですね。
……あの、私に何か用があるのはわかるんですが、具体的に何をすればよいのでしょうか。ここがあなたの縄張りでその中に入った私に不満をお持ちなら、今度からできるだけ近づかないようにしますが」



 シルフィードは敵対してこない魔物と友好関係を築くべく、慎重に言葉を選びながら知性を感じさせる黒い瞳に語り掛ける。
 
 するとアルスヴィズは地面に落ちているコリンの実へ視線を向けて、その後シルフィードがとったコリンの実を入れているマジックバッグへと鼻を押し付け、上目遣いで彼女を見上げる。



「え―――と、やっぱり私が枝からとった方のコリンの実を所望されてるっぽいですね。
……わかりました。もともとこれは私のものではありませんし、森の恵みはみんなでわけませんとね」



 シルフィードはバッグの中からよく熟れていて形の良いコリンの実を2つ取り出し、そっとアルスヴィズの口元へもっていく。

 アルスヴィズは一度彼女へその意思を確かめるように視線を向けた後、シルフィードが微笑みながら果実を差し出しているのを見て、手の中のコリンの実を一口で食べつくす。まだ物足りなげであったためもう一つの実も献上すると、今度は満足げな雰囲気が伝わってきた。



「…美味しかったですか?それは良かったです。…貴方は以前にもコリンの実を食べたことがあるんですか?私は先ほど初めて食べたのですが、あまりのおいしさに大きく取り乱してしまって、お恥ずかしい限りです。…別にいいんですよ。私も先ほど一つ食べましたし、まだまだとった果実はありますからね。気にしないでください」



 シルフィードが知性を感じさせる瞳に話しかけると、気のせいかもしれないが言葉を返してくれているように感じられて、彼女はここ数日で少し感じていた人恋しさを紛らわすように次々と語り掛ける。

 そのことをアルスヴィズの方も心地よく感じているのか、彼女の話をさえぎるでもなく穏やかに鼻を鳴らしたり、優しく触れる彼女の手に顔を擦り付けて甘えるような仕草をしたりする。



「ふふ。貴方はとっても穏やかな性格なんですね。私のつまらない話に耳を傾けてくれますし。それととても賢いんですね。貴方のようなモンスターばかりであるならば、人間たちももう少し穏やかに生活できるのではないかと思うのですが、どうでしょうか。
……あ、そういえば。この場所をよく知る貴方ならばご存じかもしれませんね。実は水辺に群生していることの多いある薬草を探しているのです。『モラクリ草』と言って、緑色から黄色のグラデーションがかった私の掌サイズの葉をつける薬草を知りませんか?春には小さな白い花をつけるんですが」



 シルフィードがそう言うとアルスヴィズは彼女の瞳に視線を合わせ、ついてこいと言わんばかりに踵を返して歩いていく。通常ならもっと早く歩けるはずだが、彼女の歩調に合わせるかのようなゆったりした速さだ。

 その後をついていって10分ほど森の中を歩くと、湖の波の音が聞こえるあたりで前を歩いていたアルスヴィズが立ち止まる。その奥を見ると、木々の根元に膝下の高さのよく見知った薬草が数多く群生していた。



「これです、これです!!これを使って錬金術で錬成すると、高品質のポーションが作れるんです。
アルスヴィズ、私をここまで連れてきてくれてありがとうございます。貴方はとっても賢くて親切なモンスターですね」



 シルフィードが首を優しくなでて感謝を表すと、アルスヴィズはどういたしましてというように鼻を鳴らした。

 それから1時間ほどかけて十分に薬草を採取したシルフィードであったが、その隣には彼女の身を護るかのようにして佇むアルスヴィズの姿があった。



「ふう。もうすぐ日が暮れそうですし、私は急いで住処に戻りますね。今日は私に付き合ってくださってありがとうございました。おかげで安全に薬草の採取ができました。
もし今度こちらに足を運ぶ機会があれば、またご一緒させてもらってもよいですか?その時は美味しいお弁当も用意しておきますから」



 首を撫でつつ語りかけると、アルスヴィズは了解したというように鼻先を掌にこすりつけ、ついでに彼女の頬をペロリペロリと何度か舌で舐める。

 そしていよいよシルフィードが帰り支度を整えて魔術を使って帰路につこうとすると、ブルルと別れの挨拶をしてその場を立ち去った。



「今日は何とも不思議な出会いをしましたね。魔物とこうして触れ合うなんて、以前であれば考えられなかったかもしれません。コリンの実も手に入りましたし、今日はすごく有意義な一日でした」



 シルフィードは森の中を滑るように高速で移動しつつ、今日一日の出来事を振り返っては顔を緩ませていた。







 
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