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追憶の絆編
信念を貫く蒼空の双銃士
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十二年前。
「す、すごい・・・これが、本当に五歳の少年なのか・・・?」
そう声を上げた兵士を、蒼く切長な瞳が見据える。何を驚いているのだ。この程度で、まだ満足などできるはずもない。
「・・・」
無口で寡黙な印象すら与える『彼』は、到底五歳とは思えない雰囲気を放っていた。『彼』は卓越した魔法の才を発揮しており、腕の立つ魔法士でやっと扱える『水の創造』と『構築』をやってのけた。流石だよ、とクィーリアの兵士の最上級位に位置する兵士が手を叩きながら『彼』に近付き、倒れている魔物を見据えた。その魔物は狼の姿をしたウルフという魔物で、肉食の魔物だ。それが、三体。兵士の稽古用の魔物とはいえそれを『彼』は、五歳と言う幼さで討伐した。
「流石ナイラルツ家の末裔・・・その力、驚いたよ」
そう言って、兵は寡黙な印象を与える『彼』ートビ・ナイラルツを見つめて、腕を組んだ。右眼の隠れた髪に青いマフラー、青い訓練用の服に黒いズボンを見に纏う、まさしく戦闘兵のような衣装をしていた。だが、太ももに身につけた双銃は確かに、ナイラルツ家の末裔であるという事を示していた。その双銃は、この街ークィーリア王国の首都、シレーフォの兵士であるセイガ・ナイラルツの持つ双銃であったから。おそらくだがこれを『彼』が持っているということは、セイガはー。
「それにしても、流石の強さ・・・」
「お世辞なんていらない」
と、トビは切れ長な瞳を向けて兵士の言葉を遮った。その声こそ幼さの残るものであったが、そこから発せられる言葉はもはや、幼さなど微塵も感じられなかった。
「俺は、自分の信じた事をするだけ。あんた達に感謝はしてるけど、俺の邪魔はしないでくれ」
本当に五歳か、と兵士は苦笑して、では、と話題を切り替えるように人差し指を立てた。
「君、ナイラルツ家の崩壊からここに逃げてきたのだろう?ここはシレーフォ城だ。ここは広いから、案内を・・・」
「いらない」再度トビは言葉を遮って、倒れた魔物に向けて魔法を放ち、その姿を消滅させた。「・・・言ったはず、俺の邪魔はしないでくれ、って」
ぞく、と兵士は身震いをし、わかったよ、と告げてその場にいた全兵士に向けて撤退の命令を下した。撤退の際、そのうちの一人がトビの姿を思い起こして、横にいた兵士に話しかける。
「何だよあの子・・・随分偉そうだな」
「ナイラルツ家の末裔だからな・・・それにあの子、ケインシルヴァの人間に家を滅ぼされたんだと」
「レイトだかって奴にやられたって聞いたぜ」
「やっぱり復讐のためとかなのかもな・・・」
兵士達のそんな会話を、トビは超人的な聴力で聞き分けた。小さく鼻を鳴らして、くだらない、と嘆息する。大体、復讐など微塵も興味がなければケインシルヴァの人間だろうと知ったことではない。今はただ、自分の道がある限り進み続ける。それが、俺が選んだ道。
「・・・どいつもこいつもくだらない」
吐き捨てるように言うと、トビは眼前に迫った魔物に向けて再度、魔法の詠唱を始めた。
「おお、トビよ」
魔物を吹き飛ばし、休憩しようと水分を摂っていると背後から呼ばれ、トビは呆れたように視線を向ける。その声の主は、この国の王でもあり、トビがここに居座る事を許してくれた恩人ーログシオン陛下であった。
「陛下・・・ここは危ないと言いましたよね」
「はっはっは、そう言うでない」
そう言って、ひょい、とトビはログシオンに抱き抱えられ、ログシオンは心底愛おしそうにトビの頭を撫でた。
「ここでの暮らしは快適か?」
「・・・まぁ、はい。・・・子供扱いしないでください」
「五歳という幼さで何を言う。むしろもっと子供らしくても良いのではないか?」
「・・・必要ありませんから」
そうか、とログシオンは少し残念そうな顔をして、トビは内心舌打ちをした。この人は、陛下という立場である事をわかっていないのではないか?呆れたように首を振ると、ログシオンは再度トビに向けて口を開いた。
「時々、貴公が本当に五歳という幼さかわからなくなるな」
「・・・どういう意味ですか」
そのままの意味だ、と呟いてログシオンはトビを床に下ろした。トビは嘆息して、ところで、と前置きをしてログシオンを再度見上げた。くそっ、背高ぇな・・・。
「何か用ですか?」
「いや、快適かどうかを聞きにきただけだが」
トビは再度嘆息して、視線を落とした。
「・・・やっぱ陛下って事わかってないんじゃないかな」
そう呟いて、トビは飲んでいた水に再度、口をつけた。笑みを浮かべるログシオンを横目にしていると、おお、とログシオンは何かを思い出したようにトビに再度視線を向けた。
「そうそう、貴公の固有能力についてなのだがな」
「・・・読みは当たってましたか」
「うむ、流石と言えるな。貴公の固有能力はやはり、『蒼眼』だ」
「・・・『蒼眼』・・・」
人は生まれつき、何かしらの特殊能力を持って生まれる。それが、固有能力。だがごく稀に、特殊な瞳を持ち、五感のうちいずれかが異常な程に鋭くなるという、極めて珍しい固有能力を持って生まれてくる人間がいる。トビは生まれ備わった自身の力、『蒼眼』の力を感じて、小さく息を吐いた。
それから、七年。
「半軍は前進。もう半軍はさらに二手に分かれ、二方向から攻める」
十二歳となったトビは、魔物討伐の軍隊の指揮をテントで取っていた。あれから、魔法の才、銃の才、さらに軍師としての才までもを見せ、もはや天才とも言えるほどに、彼は成長していた。
「し、しかしトビ様・・・我が兵は元より数が少なく、半分にした後にさらに半分にされるのは・・・!」
そう叫んだ兵の声を、トビは兵の前まで歩いて鋭い眼光で睨みつけ、さらに鋭い声で問いた。
「ならあんたはどう攻めるんだ」
「そ、それは・・・」
「今ここで手加減したらクィーリアの市民を守れるのか?今ここで手加減して、クィーリアの市民が死んで、あんたはそれでも全力を尽くしたと言うのか?」
冗談も休み休み言え、とトビは吐き捨てて、再度兵士全員に向けて命を下した。
「トビ・ナイラルツの名の下に、全兵に伝令だ。半軍はそのまま前進。もう半群はさらに二手に分かれ、二方向から攻めに行け」
トビは兵士全体に伝わる元素機械を用いてそう告げる。トビはそう告げた後にテントから出て、念の為の警戒として魔法陣で周囲一帯を守るためのバリアを張った。それをしっかり確認して、次に医療用テントへと向かった。薬が切れていないかの確認だ。まさに天才、まさに完璧な、とても十二歳とは思えない程に、彼は天才だった。ーしかし。
「・・・俺、やっぱりトビ様苦手かもなぁ」
「バカ、聞こえるぞ」
「だってあの人、ずっと一人じゃねぇか。何をするのにも、どこに行くにも、戦うのもさ」
トビは、孤独だった。信用なんてしない。その代わり、信用されない。下した命はあくまで『勝つため』の命だ。兵を信じてるわけでもない。
「あの人・・・仲間なんて、いないんじゃねぇか」
そこには、『信頼』も、『友情』も、『絆』も、何もないのだ。ただ、勝つためだけの策。この力ー『蒼眼』を目当てに、散々利用されてきたトビは人を信じる事をやめた。いや、元から信じてなどいなかった。所詮信じたところで裏切られるのならば、信じる必要などありはしないのだから。トビは『蒼眼』で異常なほど鋭くなった聴力で、先ほどの兵士の言葉を聞いていた。だが、咎めるつもりもなければ責めることもしない。どうでもいい。そんな事に時間を割く方が、よっぽどくだらない。小さく嘆息して医療用テントの中の薬の在庫を確認する。ーひとまずは大丈夫そうか。
「す、すみません!こいつ、酷い怪我を・・・」
と、医療用テントの扉を勢いよく開けて兵士がそう言い、負傷した兵の一人を担ぎ込んだ。酷い怪我だ。
「あ、と、トビ様・・・」
兵はトビの姿を見据えると、恭しく礼をした。トビは舌を打って担ぎ込まれた兵に視線を向けた。
「今んな事してる場合かよ?俺が治癒魔法で何とかする。てめぇは前線に戻れ」
「は・・・はい!」
慌てて兵はテントから出て行き、甲冑の音が遠ざかっていく。それにしても、随分酷い怪我をしたものだ。出血は止まらない、それにこの顔色ー今回の魔物討伐は毒のある魔物もいると聞いていたが、恐らくそれにやられたのか。
「・・・おい、解毒のポーションと包帯をよこせ」
トビはマスクをしてそう告げると、すぐに治療を手がける少女からポーションと包帯が手渡された。まだ彼女はトビより一つ下だというのに、かなりの手際の良さだ。内心トビは少女に口笛を吹いてそれを受け取り、ある程度の処置と解毒のポーションを飲ませ、さらにここに魔法をかけるために両手を兵の腹の上に移動させ、手をかざす。
「・・・癒しの力・・・」
トビの詠唱が始まりトビの両手から、ほわ、と暖かな光が溢れ出す。その輝きがさらに強く光り輝き、トビは瞳を閉じて小さく息を吐いた。
「ヒール」
すると、先程まで苦しげにしていた兵士の息は安定し、微かな寝息すら立てている。トビはマスクを外して少女に視線を向け、包帯と空になった解毒のポーションの瓶を放り投げた。
「ひとまずそんなもんで大丈夫だろう。引き続き治癒魔法はかけておけ」
女性はそれには答えず、寝息を立てる兵士の額に濡れたタオルを当てた。トビは舌を打って振り返り、その女性を見下ろす。
「おい、聞いてんのか」と鋭い口調になったことには気付かず、トビはさらにその少女の名を呼ぶ。「シノ」
「・・・わかりました」
その少女ーシノ・メルトはトビに向けて頷き、兵士の手当てを再開した。トビはそれを確認して鼻を鳴らし、医療用のテントから出てー目を細めた。まばゆい日差しがトビの顔を差し、トビは心底鬱陶しそうに、その瞳を細めた。
「トビ」
魔物討伐の任務を終了させ、城へ戻ったトビをログシオンが呼び止めて、トビは小さく嘆息して振り返った。ログシオンは走り回ったのか、随分息が切れている。トビは小さく嘆息して、何ですか、と返す。かなりぶっきらぼうな返答をしてしまったが、まぁいいだろう。
「貴公の働き、見事であった。貴公の指示のおかげで被害は最小限に済んだのだ」
「・・・そりゃどうも」
トビは鼻を鳴らして踵を返そうとしー再度呼び止められて、舌を打って振り返った。今日は任務もないし、甘い物でも食べようと思っていたのに。
「貴公の功績も讃えて、これを」
トビはログシオンから手渡された、綺麗に折り畳まれたかなり上質な布を受け取って、じっくりと見渡した。首を傾げてログシオンに視線を向けると、頷いて優しい視線をトビに向けた。その視線を受けて言われた通りに布を開くとーそれは。
「・・・軍服・・・?」
「貴公はずっと訓練用の服、それでは動きやすいやもしれぬが・・・防御には適しておるまい」
俺は別に、と言いかけたところでログシオンから、着てみるといい、と言葉を遮られ、トビは渋々今着ていた服を脱いでその軍服に腕を通した。肩についているーなんだっけこれ・・・あぁ、エポレットか。に視線を向けて、やはり、と服の質感を確かめた。
「かなり・・・いや、相当上質な布ですね」
「当然だ」とログシオンは自身の着ている服を持ち上げて、それをトビに見せるような動作をした。「我が服の布と同じ生地を使っておる」
「・・・絶対金かけるとこ違うでしょ、そんな事に使うなら人員増加と兵士達の給料でも上げてやれば良いじゃないですか」
実際に兵士の数が少ないのは問題点として挙がっているし、どう考えても服に金をかけるべきではないはずだ。だが、ログシオンはそれでもなおトビが返そうとした軍服を、受け取らなかった。
「我が貴公に差し上げたいのだ。受け取ってくれ」
そう言い切られてしまっては、もう言い返すことなどできずにトビは小さく嘆息して軍服を受け取った。クィーリアの国色ともいえる紺色をベースに、胸にはボタン、首元にトビが普段から付けているマフラーがちょうど収まるような設計、まさしくトビ専用にオーダーメイドしたといったところか。それに、長袖のコート型の軍服であるにもかかわらず全く暑くない。おそらく、水属性か氷属性の魔法が組み込まれているのだろう。トビは小さく鼻を鳴らして、稽古場へと足を踏み入れる。その後にログシオンもまた続き、トビは稽古場に敷き詰められた土を踏み締めた。じゃり、と砂の心地よい感触が靴底から伝わり、トビは一度息を整えるために瞳を閉じる。ーと、トビの目の前にある木の檻が音を立てて開き、奥から狼型の魔物が三匹現れた。正直烏合ではあるが、まぁ練習相手くらいにはなる。
「・・・荒れ狂え水流・・・」
トビは瞳を閉じたまま魔法の詠唱を始める。これは、最近覚えたばかりの新魔法だ。トビの周囲に水色の魔法陣が展開され、そこに集う元素が次第に力を増してゆく。
「悪しき力を飲み込み・・・」
魔物がトビの魔法の詠唱に気付いて、走ってトビに襲いかかる。本能的かそうでないかはわからないが、とにかく危険を魔物達は察知したのだろう。しかし、走ったところでもはや遅い。
「塵と化せ・・・!」
トビは瞳を開いて、その『蒼眼』を見開く。その瞳が魔物を捉え、その魔物の周囲に強い光を放つ魔法陣が展開される。
「アクアディテクト!」
魔物のうち二匹は水に飲まれ、水流と共に押し流されてゆく。トビは息を吐いて魔法の詠唱の構えを解きー刹那、トビの魔法を回避した魔物はトビに飛びかかってきた。ーしかし、トビは眉ひとつ動かさずに腹部に『それ』を打ち込んだ。それは、トビの愛用の銃から放たれた、弾丸だ。さらに空中で動きを止めた魔物に二発、三発と弾を撃ち込んで、さらにその体に蹴りを入れて魔物を吹き飛ばす。もはや動くこともなくなったその体を見据えて、トビは銃を太もものホルダーにしまって切れ長な瞳を魔物に向けー、
「ちっ・・・雑魚が」
と、吐き捨てた。その姿を見ていたログシオンはトビに近付いて、満面の笑みを浮かべていた。
「その服の着心地はいかがかな?」
「・・・まぁ、それなりには」
そう答えて、トビは自身の身につけている服を見つめた。そうは言ったものの、中々に着心地は良いし、実際体が軽いようにも感じられるほど、上質な服だ。元貴族ではあるため、流石にそれくらいはわかる。トビは少しズレた靴をしっかりと履き直して、よし、と呟いて視線をログシオンに向けー少し俯いて、小さく口を開いた。
「・・・あ、ありがとうございます」
「・・・ふっ」
ログシオンはトビの頭を撫でると、トビは鬱陶しそうにそれを振り払って、稽古場から出ていく。ログシオンはその背中を見守って、懐から一枚の紙を取り出した。その紙には、トビの『蒼眼』についての記述とーその『対』となる存在のこと。『蒼』の対となる色の瞳の事がー『緋眼』が、そこには書かれていた。
四年後。
十六歳となったトビは、書斎にて本に目を通していた。固有能力についての文献、このグリアリーフに関する過去についての文献、など様々な分野に視点を当てていた。一息つこうと本から目を離してその視線を上げると、そ、とトビの前に上質な香りのするコーヒーが差し出され、トビは視線のみを差し出された方へ向けると、そこにはシノが立っていた。相変わらず気配を消すのが上手いものだ。
「・・・お疲れのようですし、本日は休まれる事を推奨しますが」
「・・・そう言うならお前が先に休め。昨日ほとんど寝てねぇだろ、お前」
トビはそう言ってコーヒーに口をつけ、シノの目の下に僅かについていた隈を見つめた。シノは首を傾げて、トビに向けて訪ねた。
「・・・理解が不能なのですが、なぜ貴方はそこまで勉学、戦闘の才もありながら軍の階級に拘らないのですか?」
トビは、先ほどシノが発言したように勉学、戦闘の才、さらに軍師としての才まで見せたにも関わらず、地位としては一般兵と変わらない立場で過ごしていた。その問いに対して、はっ、とトビは嘲笑うかのように、吐き捨てるようにコーヒーを皿に置いて手をひらひらと振った。
「地位とかくだらねぇし関係ねぇよ・・・俺は自分が正しいと思った道を行くし、戦闘において立場や地位は関係ねぇからな」
「・・・そう、ですか」
「・・・上の立場に立ってふんぞり返っても、世界の情勢なんて何も見えねぇ。ましてやそれが軍の上の人間になろうもんなら尚更。ログシオン陛下はまた違うとは思うがな」
そうして上の立場に立って偉そうにしてる人間が、これまで何人いただろうか。さらに言えば、その人間が世界の情勢など気にしていたのだろうか。トビは再度、くだらねぇ、と吐き捨て、つーか、とシノに向けて切れ長な瞳を向けた。
「なんでこのコーヒーにはミルクだけしか入ってねーんだよ、砂糖ねぇの?」
「・・・二杯くらいは砂糖を入れたと記憶しておりますが」
「五杯くらい入れるんだよ、じゃねぇと甘くならねぇだろ」
「・・・不健康」
「うるせぇ」
トビは、ふん、と鼻を鳴らしてシノに砂糖を持ってくるように告げた。シノはそれ以上何も言わず、砂糖を取りに一度台所へと向かった。トビはシノが出ていくその背中を見つめて、トビの目の前の机に開かれた書籍に再度目を戻した。
「・・・『神速』に『魔神』に『元素感知』か・・・やれやれ、さっぱりわからねぇ固有能力ばかりだな」
だが、その中には。その中には、間違いないくらいに確信を持てる固有能力が存在していた。その名はー。
「『緋眼』・・・」
おそらく、自身の『蒼眼』の対となる能力だ。固有能力とは、生まれつき人が持つ事ができる特殊能力の事。トビの『蒼眼』の能力は、世界に満ちている元素を指定した場所に集める事ができる能力。その対となる能力とすれば、元素を乖離させる能力ーとでも言えば良いのだろうか。
「・・・」
トビは小さく息を吐いて、本を閉じた。今考えたところで、答えが出せるわけでもないし出るとも思えない。椅子から立ち上がって、湯気の立つコーヒーを見つめた。砂糖二つ入れて甘く感じないってやべぇかな、なんて事を思いながら、窓の外へ視線をやった。トビの視線の先には鳥が羽ばたいており、さぞ軽快そうに空を舞っていた。まるでその姿は、踊るかのように。
「・・・ちっ」
トビは忌々しげに舌を打ち、嘆息して視線を部屋の中へと戻した。全くくだらない。自由に飛べる鳥が羨ましいと思ってしまうなんて、本当にくだらない。
「・・・自由になれればってか?」
そうすれば、この孤独も裏切りに対する苛立ちも無くなるのだろうか?そんなわけがない。『仲間』などー『絆』など、心底どうでもいい。自分は自分が正しいと思った道を行くだけだ。
「・・・お待たせしました、砂糖です」
そう言って扉を開けて入ってきたのは、先ほど砂糖を取りに部屋を出て行ったシノだ。トビはがしがしと頭を掻いて、シノから砂糖を受け取るためにシノへと近付いた。
「トビ様、おはようございます」
トビが書斎を出て城の中を歩くと、兵士の内の一人が恭しく頭を下げてきた。
「・・・」
トビはそれには答えず、ちら、とその兵士に目をやるとーよく見ると、兵士の体から甲冑の布の部分にほんの少しだけ、血が滲んでいる。ーだが、これくらいの出血量なら命に関わる事もないだろう。トビはその出血を無視して、兵士から視線を逸らした。大体、もし何か命に関わるような傷ならばとっくに手当てなどしているはず。これで後先考えず、ただひたすらに戦う戦闘狂というのならば話は別だが、クィーリアの兵士はそういう戦闘スタイルではない。それに、こいつを次の戦闘に駆り出さなければいい話だ。そう思い、その兵士の横を通り過ぎようとしてー。
「・・・は~」
わざとらしく嘆息してトビは振り返って、おい、と兵士を呼び止めた。嘆息を聞いていたのか、兵士は明らかにびくびくしている。
「・・・てめぇその腹の怪我、治療してねぇのか」
「は・・・?」
「は?じゃねぇよ、怪我を治してるのか治してねぇのかって聞いてんだよ」
「す、すみません・・・これくらいの傷ですし、たいして痛みもありませんし大丈夫かなと・・・」
へぇ、とトビは兵士の話を聞いて、長い前髪に隠れている右眼を髪の隙間から覗かせて尋ねた。
「なら、その傷に毒が染み込んでいたらどうするつもりだ」
「ど、毒・・・?」
「そういう事まで考えて発言してんのかこのアホ。今回はそうじゃなかったとしても、そういう危険性もあるんだよ」
兵士はハッとして、すみません、と頭を下げた。
「軽率な判断でした・・・今から医療班に行って、治療してもらって参ります」
そう言ってそそくさと駆け出した兵士の背中を見て舌を打ち、小さくトビは嘆息して頭をがしがしと掻いた。
「危機感のねぇ奴ばかりだな・・・面倒事ばっか増やしやがって・・・」
まぁ、これ以上厄介な面倒事を持ってくる奴なんていないだろうが。これ以上といえば・・・例えば世界の危機が迫ってる~とか、人の注意を全く聞きもしないバカが現れる~とか、それくらいのことがなければ大丈夫だとは思いたい。やれやれ、と嘆息して、彼はシレーフォの街並みを眺めるために城の外へと足を踏み出した。太陽がトビの顔を眩しく照らし、トビは目を細めて舌を打った。
「・・・日差し強すぎんだろ」
トビは呟いて、眩しい日差しの当たる街並みに足を踏み出した。シレーフォの街並みを歩く一人の髪が微風に揺れながら街並みを眺める『己の信念』を貫く、『孤高の双銃士』が歩みを進める。彼がその瞳に映すものは果たして、『絆の邂逅』か、それとも『戦慄の予兆』かーそれはまだ、誰にもわからない。
ー己の信念を貫く彼が一年後、『絆を信じる緋焔の剣士』とその仲間達と共に世界すら巻き込む旅に出るのはまた、別のお話ー。
「す、すごい・・・これが、本当に五歳の少年なのか・・・?」
そう声を上げた兵士を、蒼く切長な瞳が見据える。何を驚いているのだ。この程度で、まだ満足などできるはずもない。
「・・・」
無口で寡黙な印象すら与える『彼』は、到底五歳とは思えない雰囲気を放っていた。『彼』は卓越した魔法の才を発揮しており、腕の立つ魔法士でやっと扱える『水の創造』と『構築』をやってのけた。流石だよ、とクィーリアの兵士の最上級位に位置する兵士が手を叩きながら『彼』に近付き、倒れている魔物を見据えた。その魔物は狼の姿をしたウルフという魔物で、肉食の魔物だ。それが、三体。兵士の稽古用の魔物とはいえそれを『彼』は、五歳と言う幼さで討伐した。
「流石ナイラルツ家の末裔・・・その力、驚いたよ」
そう言って、兵は寡黙な印象を与える『彼』ートビ・ナイラルツを見つめて、腕を組んだ。右眼の隠れた髪に青いマフラー、青い訓練用の服に黒いズボンを見に纏う、まさしく戦闘兵のような衣装をしていた。だが、太ももに身につけた双銃は確かに、ナイラルツ家の末裔であるという事を示していた。その双銃は、この街ークィーリア王国の首都、シレーフォの兵士であるセイガ・ナイラルツの持つ双銃であったから。おそらくだがこれを『彼』が持っているということは、セイガはー。
「それにしても、流石の強さ・・・」
「お世辞なんていらない」
と、トビは切れ長な瞳を向けて兵士の言葉を遮った。その声こそ幼さの残るものであったが、そこから発せられる言葉はもはや、幼さなど微塵も感じられなかった。
「俺は、自分の信じた事をするだけ。あんた達に感謝はしてるけど、俺の邪魔はしないでくれ」
本当に五歳か、と兵士は苦笑して、では、と話題を切り替えるように人差し指を立てた。
「君、ナイラルツ家の崩壊からここに逃げてきたのだろう?ここはシレーフォ城だ。ここは広いから、案内を・・・」
「いらない」再度トビは言葉を遮って、倒れた魔物に向けて魔法を放ち、その姿を消滅させた。「・・・言ったはず、俺の邪魔はしないでくれ、って」
ぞく、と兵士は身震いをし、わかったよ、と告げてその場にいた全兵士に向けて撤退の命令を下した。撤退の際、そのうちの一人がトビの姿を思い起こして、横にいた兵士に話しかける。
「何だよあの子・・・随分偉そうだな」
「ナイラルツ家の末裔だからな・・・それにあの子、ケインシルヴァの人間に家を滅ぼされたんだと」
「レイトだかって奴にやられたって聞いたぜ」
「やっぱり復讐のためとかなのかもな・・・」
兵士達のそんな会話を、トビは超人的な聴力で聞き分けた。小さく鼻を鳴らして、くだらない、と嘆息する。大体、復讐など微塵も興味がなければケインシルヴァの人間だろうと知ったことではない。今はただ、自分の道がある限り進み続ける。それが、俺が選んだ道。
「・・・どいつもこいつもくだらない」
吐き捨てるように言うと、トビは眼前に迫った魔物に向けて再度、魔法の詠唱を始めた。
「おお、トビよ」
魔物を吹き飛ばし、休憩しようと水分を摂っていると背後から呼ばれ、トビは呆れたように視線を向ける。その声の主は、この国の王でもあり、トビがここに居座る事を許してくれた恩人ーログシオン陛下であった。
「陛下・・・ここは危ないと言いましたよね」
「はっはっは、そう言うでない」
そう言って、ひょい、とトビはログシオンに抱き抱えられ、ログシオンは心底愛おしそうにトビの頭を撫でた。
「ここでの暮らしは快適か?」
「・・・まぁ、はい。・・・子供扱いしないでください」
「五歳という幼さで何を言う。むしろもっと子供らしくても良いのではないか?」
「・・・必要ありませんから」
そうか、とログシオンは少し残念そうな顔をして、トビは内心舌打ちをした。この人は、陛下という立場である事をわかっていないのではないか?呆れたように首を振ると、ログシオンは再度トビに向けて口を開いた。
「時々、貴公が本当に五歳という幼さかわからなくなるな」
「・・・どういう意味ですか」
そのままの意味だ、と呟いてログシオンはトビを床に下ろした。トビは嘆息して、ところで、と前置きをしてログシオンを再度見上げた。くそっ、背高ぇな・・・。
「何か用ですか?」
「いや、快適かどうかを聞きにきただけだが」
トビは再度嘆息して、視線を落とした。
「・・・やっぱ陛下って事わかってないんじゃないかな」
そう呟いて、トビは飲んでいた水に再度、口をつけた。笑みを浮かべるログシオンを横目にしていると、おお、とログシオンは何かを思い出したようにトビに再度視線を向けた。
「そうそう、貴公の固有能力についてなのだがな」
「・・・読みは当たってましたか」
「うむ、流石と言えるな。貴公の固有能力はやはり、『蒼眼』だ」
「・・・『蒼眼』・・・」
人は生まれつき、何かしらの特殊能力を持って生まれる。それが、固有能力。だがごく稀に、特殊な瞳を持ち、五感のうちいずれかが異常な程に鋭くなるという、極めて珍しい固有能力を持って生まれてくる人間がいる。トビは生まれ備わった自身の力、『蒼眼』の力を感じて、小さく息を吐いた。
それから、七年。
「半軍は前進。もう半軍はさらに二手に分かれ、二方向から攻める」
十二歳となったトビは、魔物討伐の軍隊の指揮をテントで取っていた。あれから、魔法の才、銃の才、さらに軍師としての才までもを見せ、もはや天才とも言えるほどに、彼は成長していた。
「し、しかしトビ様・・・我が兵は元より数が少なく、半分にした後にさらに半分にされるのは・・・!」
そう叫んだ兵の声を、トビは兵の前まで歩いて鋭い眼光で睨みつけ、さらに鋭い声で問いた。
「ならあんたはどう攻めるんだ」
「そ、それは・・・」
「今ここで手加減したらクィーリアの市民を守れるのか?今ここで手加減して、クィーリアの市民が死んで、あんたはそれでも全力を尽くしたと言うのか?」
冗談も休み休み言え、とトビは吐き捨てて、再度兵士全員に向けて命を下した。
「トビ・ナイラルツの名の下に、全兵に伝令だ。半軍はそのまま前進。もう半群はさらに二手に分かれ、二方向から攻めに行け」
トビは兵士全体に伝わる元素機械を用いてそう告げる。トビはそう告げた後にテントから出て、念の為の警戒として魔法陣で周囲一帯を守るためのバリアを張った。それをしっかり確認して、次に医療用テントへと向かった。薬が切れていないかの確認だ。まさに天才、まさに完璧な、とても十二歳とは思えない程に、彼は天才だった。ーしかし。
「・・・俺、やっぱりトビ様苦手かもなぁ」
「バカ、聞こえるぞ」
「だってあの人、ずっと一人じゃねぇか。何をするのにも、どこに行くにも、戦うのもさ」
トビは、孤独だった。信用なんてしない。その代わり、信用されない。下した命はあくまで『勝つため』の命だ。兵を信じてるわけでもない。
「あの人・・・仲間なんて、いないんじゃねぇか」
そこには、『信頼』も、『友情』も、『絆』も、何もないのだ。ただ、勝つためだけの策。この力ー『蒼眼』を目当てに、散々利用されてきたトビは人を信じる事をやめた。いや、元から信じてなどいなかった。所詮信じたところで裏切られるのならば、信じる必要などありはしないのだから。トビは『蒼眼』で異常なほど鋭くなった聴力で、先ほどの兵士の言葉を聞いていた。だが、咎めるつもりもなければ責めることもしない。どうでもいい。そんな事に時間を割く方が、よっぽどくだらない。小さく嘆息して医療用テントの中の薬の在庫を確認する。ーひとまずは大丈夫そうか。
「す、すみません!こいつ、酷い怪我を・・・」
と、医療用テントの扉を勢いよく開けて兵士がそう言い、負傷した兵の一人を担ぎ込んだ。酷い怪我だ。
「あ、と、トビ様・・・」
兵はトビの姿を見据えると、恭しく礼をした。トビは舌を打って担ぎ込まれた兵に視線を向けた。
「今んな事してる場合かよ?俺が治癒魔法で何とかする。てめぇは前線に戻れ」
「は・・・はい!」
慌てて兵はテントから出て行き、甲冑の音が遠ざかっていく。それにしても、随分酷い怪我をしたものだ。出血は止まらない、それにこの顔色ー今回の魔物討伐は毒のある魔物もいると聞いていたが、恐らくそれにやられたのか。
「・・・おい、解毒のポーションと包帯をよこせ」
トビはマスクをしてそう告げると、すぐに治療を手がける少女からポーションと包帯が手渡された。まだ彼女はトビより一つ下だというのに、かなりの手際の良さだ。内心トビは少女に口笛を吹いてそれを受け取り、ある程度の処置と解毒のポーションを飲ませ、さらにここに魔法をかけるために両手を兵の腹の上に移動させ、手をかざす。
「・・・癒しの力・・・」
トビの詠唱が始まりトビの両手から、ほわ、と暖かな光が溢れ出す。その輝きがさらに強く光り輝き、トビは瞳を閉じて小さく息を吐いた。
「ヒール」
すると、先程まで苦しげにしていた兵士の息は安定し、微かな寝息すら立てている。トビはマスクを外して少女に視線を向け、包帯と空になった解毒のポーションの瓶を放り投げた。
「ひとまずそんなもんで大丈夫だろう。引き続き治癒魔法はかけておけ」
女性はそれには答えず、寝息を立てる兵士の額に濡れたタオルを当てた。トビは舌を打って振り返り、その女性を見下ろす。
「おい、聞いてんのか」と鋭い口調になったことには気付かず、トビはさらにその少女の名を呼ぶ。「シノ」
「・・・わかりました」
その少女ーシノ・メルトはトビに向けて頷き、兵士の手当てを再開した。トビはそれを確認して鼻を鳴らし、医療用のテントから出てー目を細めた。まばゆい日差しがトビの顔を差し、トビは心底鬱陶しそうに、その瞳を細めた。
「トビ」
魔物討伐の任務を終了させ、城へ戻ったトビをログシオンが呼び止めて、トビは小さく嘆息して振り返った。ログシオンは走り回ったのか、随分息が切れている。トビは小さく嘆息して、何ですか、と返す。かなりぶっきらぼうな返答をしてしまったが、まぁいいだろう。
「貴公の働き、見事であった。貴公の指示のおかげで被害は最小限に済んだのだ」
「・・・そりゃどうも」
トビは鼻を鳴らして踵を返そうとしー再度呼び止められて、舌を打って振り返った。今日は任務もないし、甘い物でも食べようと思っていたのに。
「貴公の功績も讃えて、これを」
トビはログシオンから手渡された、綺麗に折り畳まれたかなり上質な布を受け取って、じっくりと見渡した。首を傾げてログシオンに視線を向けると、頷いて優しい視線をトビに向けた。その視線を受けて言われた通りに布を開くとーそれは。
「・・・軍服・・・?」
「貴公はずっと訓練用の服、それでは動きやすいやもしれぬが・・・防御には適しておるまい」
俺は別に、と言いかけたところでログシオンから、着てみるといい、と言葉を遮られ、トビは渋々今着ていた服を脱いでその軍服に腕を通した。肩についているーなんだっけこれ・・・あぁ、エポレットか。に視線を向けて、やはり、と服の質感を確かめた。
「かなり・・・いや、相当上質な布ですね」
「当然だ」とログシオンは自身の着ている服を持ち上げて、それをトビに見せるような動作をした。「我が服の布と同じ生地を使っておる」
「・・・絶対金かけるとこ違うでしょ、そんな事に使うなら人員増加と兵士達の給料でも上げてやれば良いじゃないですか」
実際に兵士の数が少ないのは問題点として挙がっているし、どう考えても服に金をかけるべきではないはずだ。だが、ログシオンはそれでもなおトビが返そうとした軍服を、受け取らなかった。
「我が貴公に差し上げたいのだ。受け取ってくれ」
そう言い切られてしまっては、もう言い返すことなどできずにトビは小さく嘆息して軍服を受け取った。クィーリアの国色ともいえる紺色をベースに、胸にはボタン、首元にトビが普段から付けているマフラーがちょうど収まるような設計、まさしくトビ専用にオーダーメイドしたといったところか。それに、長袖のコート型の軍服であるにもかかわらず全く暑くない。おそらく、水属性か氷属性の魔法が組み込まれているのだろう。トビは小さく鼻を鳴らして、稽古場へと足を踏み入れる。その後にログシオンもまた続き、トビは稽古場に敷き詰められた土を踏み締めた。じゃり、と砂の心地よい感触が靴底から伝わり、トビは一度息を整えるために瞳を閉じる。ーと、トビの目の前にある木の檻が音を立てて開き、奥から狼型の魔物が三匹現れた。正直烏合ではあるが、まぁ練習相手くらいにはなる。
「・・・荒れ狂え水流・・・」
トビは瞳を閉じたまま魔法の詠唱を始める。これは、最近覚えたばかりの新魔法だ。トビの周囲に水色の魔法陣が展開され、そこに集う元素が次第に力を増してゆく。
「悪しき力を飲み込み・・・」
魔物がトビの魔法の詠唱に気付いて、走ってトビに襲いかかる。本能的かそうでないかはわからないが、とにかく危険を魔物達は察知したのだろう。しかし、走ったところでもはや遅い。
「塵と化せ・・・!」
トビは瞳を開いて、その『蒼眼』を見開く。その瞳が魔物を捉え、その魔物の周囲に強い光を放つ魔法陣が展開される。
「アクアディテクト!」
魔物のうち二匹は水に飲まれ、水流と共に押し流されてゆく。トビは息を吐いて魔法の詠唱の構えを解きー刹那、トビの魔法を回避した魔物はトビに飛びかかってきた。ーしかし、トビは眉ひとつ動かさずに腹部に『それ』を打ち込んだ。それは、トビの愛用の銃から放たれた、弾丸だ。さらに空中で動きを止めた魔物に二発、三発と弾を撃ち込んで、さらにその体に蹴りを入れて魔物を吹き飛ばす。もはや動くこともなくなったその体を見据えて、トビは銃を太もものホルダーにしまって切れ長な瞳を魔物に向けー、
「ちっ・・・雑魚が」
と、吐き捨てた。その姿を見ていたログシオンはトビに近付いて、満面の笑みを浮かべていた。
「その服の着心地はいかがかな?」
「・・・まぁ、それなりには」
そう答えて、トビは自身の身につけている服を見つめた。そうは言ったものの、中々に着心地は良いし、実際体が軽いようにも感じられるほど、上質な服だ。元貴族ではあるため、流石にそれくらいはわかる。トビは少しズレた靴をしっかりと履き直して、よし、と呟いて視線をログシオンに向けー少し俯いて、小さく口を開いた。
「・・・あ、ありがとうございます」
「・・・ふっ」
ログシオンはトビの頭を撫でると、トビは鬱陶しそうにそれを振り払って、稽古場から出ていく。ログシオンはその背中を見守って、懐から一枚の紙を取り出した。その紙には、トビの『蒼眼』についての記述とーその『対』となる存在のこと。『蒼』の対となる色の瞳の事がー『緋眼』が、そこには書かれていた。
四年後。
十六歳となったトビは、書斎にて本に目を通していた。固有能力についての文献、このグリアリーフに関する過去についての文献、など様々な分野に視点を当てていた。一息つこうと本から目を離してその視線を上げると、そ、とトビの前に上質な香りのするコーヒーが差し出され、トビは視線のみを差し出された方へ向けると、そこにはシノが立っていた。相変わらず気配を消すのが上手いものだ。
「・・・お疲れのようですし、本日は休まれる事を推奨しますが」
「・・・そう言うならお前が先に休め。昨日ほとんど寝てねぇだろ、お前」
トビはそう言ってコーヒーに口をつけ、シノの目の下に僅かについていた隈を見つめた。シノは首を傾げて、トビに向けて訪ねた。
「・・・理解が不能なのですが、なぜ貴方はそこまで勉学、戦闘の才もありながら軍の階級に拘らないのですか?」
トビは、先ほどシノが発言したように勉学、戦闘の才、さらに軍師としての才まで見せたにも関わらず、地位としては一般兵と変わらない立場で過ごしていた。その問いに対して、はっ、とトビは嘲笑うかのように、吐き捨てるようにコーヒーを皿に置いて手をひらひらと振った。
「地位とかくだらねぇし関係ねぇよ・・・俺は自分が正しいと思った道を行くし、戦闘において立場や地位は関係ねぇからな」
「・・・そう、ですか」
「・・・上の立場に立ってふんぞり返っても、世界の情勢なんて何も見えねぇ。ましてやそれが軍の上の人間になろうもんなら尚更。ログシオン陛下はまた違うとは思うがな」
そうして上の立場に立って偉そうにしてる人間が、これまで何人いただろうか。さらに言えば、その人間が世界の情勢など気にしていたのだろうか。トビは再度、くだらねぇ、と吐き捨て、つーか、とシノに向けて切れ長な瞳を向けた。
「なんでこのコーヒーにはミルクだけしか入ってねーんだよ、砂糖ねぇの?」
「・・・二杯くらいは砂糖を入れたと記憶しておりますが」
「五杯くらい入れるんだよ、じゃねぇと甘くならねぇだろ」
「・・・不健康」
「うるせぇ」
トビは、ふん、と鼻を鳴らしてシノに砂糖を持ってくるように告げた。シノはそれ以上何も言わず、砂糖を取りに一度台所へと向かった。トビはシノが出ていくその背中を見つめて、トビの目の前の机に開かれた書籍に再度目を戻した。
「・・・『神速』に『魔神』に『元素感知』か・・・やれやれ、さっぱりわからねぇ固有能力ばかりだな」
だが、その中には。その中には、間違いないくらいに確信を持てる固有能力が存在していた。その名はー。
「『緋眼』・・・」
おそらく、自身の『蒼眼』の対となる能力だ。固有能力とは、生まれつき人が持つ事ができる特殊能力の事。トビの『蒼眼』の能力は、世界に満ちている元素を指定した場所に集める事ができる能力。その対となる能力とすれば、元素を乖離させる能力ーとでも言えば良いのだろうか。
「・・・」
トビは小さく息を吐いて、本を閉じた。今考えたところで、答えが出せるわけでもないし出るとも思えない。椅子から立ち上がって、湯気の立つコーヒーを見つめた。砂糖二つ入れて甘く感じないってやべぇかな、なんて事を思いながら、窓の外へ視線をやった。トビの視線の先には鳥が羽ばたいており、さぞ軽快そうに空を舞っていた。まるでその姿は、踊るかのように。
「・・・ちっ」
トビは忌々しげに舌を打ち、嘆息して視線を部屋の中へと戻した。全くくだらない。自由に飛べる鳥が羨ましいと思ってしまうなんて、本当にくだらない。
「・・・自由になれればってか?」
そうすれば、この孤独も裏切りに対する苛立ちも無くなるのだろうか?そんなわけがない。『仲間』などー『絆』など、心底どうでもいい。自分は自分が正しいと思った道を行くだけだ。
「・・・お待たせしました、砂糖です」
そう言って扉を開けて入ってきたのは、先ほど砂糖を取りに部屋を出て行ったシノだ。トビはがしがしと頭を掻いて、シノから砂糖を受け取るためにシノへと近付いた。
「トビ様、おはようございます」
トビが書斎を出て城の中を歩くと、兵士の内の一人が恭しく頭を下げてきた。
「・・・」
トビはそれには答えず、ちら、とその兵士に目をやるとーよく見ると、兵士の体から甲冑の布の部分にほんの少しだけ、血が滲んでいる。ーだが、これくらいの出血量なら命に関わる事もないだろう。トビはその出血を無視して、兵士から視線を逸らした。大体、もし何か命に関わるような傷ならばとっくに手当てなどしているはず。これで後先考えず、ただひたすらに戦う戦闘狂というのならば話は別だが、クィーリアの兵士はそういう戦闘スタイルではない。それに、こいつを次の戦闘に駆り出さなければいい話だ。そう思い、その兵士の横を通り過ぎようとしてー。
「・・・は~」
わざとらしく嘆息してトビは振り返って、おい、と兵士を呼び止めた。嘆息を聞いていたのか、兵士は明らかにびくびくしている。
「・・・てめぇその腹の怪我、治療してねぇのか」
「は・・・?」
「は?じゃねぇよ、怪我を治してるのか治してねぇのかって聞いてんだよ」
「す、すみません・・・これくらいの傷ですし、たいして痛みもありませんし大丈夫かなと・・・」
へぇ、とトビは兵士の話を聞いて、長い前髪に隠れている右眼を髪の隙間から覗かせて尋ねた。
「なら、その傷に毒が染み込んでいたらどうするつもりだ」
「ど、毒・・・?」
「そういう事まで考えて発言してんのかこのアホ。今回はそうじゃなかったとしても、そういう危険性もあるんだよ」
兵士はハッとして、すみません、と頭を下げた。
「軽率な判断でした・・・今から医療班に行って、治療してもらって参ります」
そう言ってそそくさと駆け出した兵士の背中を見て舌を打ち、小さくトビは嘆息して頭をがしがしと掻いた。
「危機感のねぇ奴ばかりだな・・・面倒事ばっか増やしやがって・・・」
まぁ、これ以上厄介な面倒事を持ってくる奴なんていないだろうが。これ以上といえば・・・例えば世界の危機が迫ってる~とか、人の注意を全く聞きもしないバカが現れる~とか、それくらいのことがなければ大丈夫だとは思いたい。やれやれ、と嘆息して、彼はシレーフォの街並みを眺めるために城の外へと足を踏み出した。太陽がトビの顔を眩しく照らし、トビは目を細めて舌を打った。
「・・・日差し強すぎんだろ」
トビは呟いて、眩しい日差しの当たる街並みに足を踏み出した。シレーフォの街並みを歩く一人の髪が微風に揺れながら街並みを眺める『己の信念』を貫く、『孤高の双銃士』が歩みを進める。彼がその瞳に映すものは果たして、『絆の邂逅』か、それとも『戦慄の予兆』かーそれはまだ、誰にもわからない。
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