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追憶の絆編
誓いを宿す赫き模造品
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この話は『cross of connect』本編、『絆の邂逅編』の最終話直前のお話となります。
ー人間は、どこまで愚かなのだろうか。
ふと、そんな事を考えた事がある。『彼』は窓から差し込む月明かりを見つめて、そんな事を思い出した。月明かりに照らされた彼の姿が、どこか寂しげな空気すら纏わせる。赤き瞳に黒い髪、交差した前髪には赤のメッシュが一本ずつ入っている。濃い赤のマフラーを巻いて黒い服を身に纏う彼は、森の中で野宿をしながら空を見上げた。ーこれは、このどうしようもなく綺麗で愚かなこの世界を作り変えると誓った模造品の昔話。
十二年前。
目が覚めた時、『彼』は何も知らないままこの世に生まれ落ちた。辺りを見渡しても誰もいない。そこにあるのは、ただ巨大な機械だけ。外見年齢こそ五歳の少年であったが、『彼』は生まれたばかりの存在。どうする事もできず、ただ体が動くことしかわからない。食べる事も、飲む事も、何も知らない。まるで、体の大きな赤ん坊のような存在だった。やがて『彼』は空腹に倒れ、次第に体が弱っていくのを感じていった。何もわからない。ここはどこだ?自分は誰だ?言葉すらも出ず、ただ言葉にならない言葉を叫ぶしかできない。意識が奪われていく。『彼』は最後に誰かに抱き抱えられるようなそんな感覚を味わい、がくり、と意識を落とした。
「・・・死ぬな。貴様にはまだやってもらわなければならない事があるからな」
「・・・」
どれくらい眠っていたか、暖かくて柔らかいもふもふの布のようなものをかけられて、柔らかい布の上で『彼』は目を覚ました。辺りを見渡すと、『彼』のふとももの辺りで目を瞑って、すーすーと息を立てている女の子が、そこにはいた。とても小さく木で組まれた簡易なテントで、隙間風が吹き込んで少し寒い。
「・・・あ・・・」
それしか発せず、『彼』はその女の子の肩を揺さぶった。その目が開き、閉じていた瞼から青い瞳がまっすぐに、『彼』を見つめた。
「良かった!目が覚めた!」
「あ、・・・あ・・・」
何も言えない。こういう時何と言えばいいのか?そもそも言葉すら出てこないのだから、それすらも考えられない。
「ん?・・・もしかして、喋れないの?」
こくりと頷いて、『彼』は目を伏せた。言っている事は理解できるし、頭の中でその意味を成してはいる。だが、かけてもらった言葉に対して返事ができない。少女は、ふふ、と微笑んで、『彼』に向けて語りかけた。
「私はノアって言うの」
「お・・・あ?」
「ノ・ア。ノアよ」
「・・・のあ」
「そう、ノア!キミは?」
その少女ーノアが『彼』の顔を覗き込んできた。年は『彼』のかなり上で、十五は超えているだろうか?青い瞳と白くて長い服を見に纏い、髪を長く伸ばしているノアの顔をまっすぐ見つめて、『彼』は赤い瞳を開いて口を開いた。それは、ただ一つ。『彼』が唯一話せる、ただ一つの『名』。
「・・・ユーガ」
『彼』ーユーガと名乗った少年は、ノアをまっすぐに見つめた。ユーガ君ね、とノアは確認するように反芻して、でも、と『ユーガ』の顔を再度覗き込んだ。
「・・・キミ、模造品・・・だよね?」
模造品という聞き慣れない単語を聞いて、『ユーガ』は首を傾げた。そっか、とノアは目をぱちくりさせる『ユーガ』を見て、何かを思い出したように頭を掻いた。
「・・・追々説明するね。とにかくまずは言葉を話せるようにならないと。その後色々話すよ」
「・・・ん」
ノアは『ユーガ』が頷いたのを確認して、小さな頭を撫でた。でもなぁ、と『ユーガ』の頭をじっと見つめて、『ユーガ』と視線を合わせた。
「『ユーガ』って名前はきっと、キミのオリジナルの名前なんだね・・・流石に同じ名前で呼ぶのも可哀想だし・・・」
う~ん、とノアは少し考える。彼を『ユーガ』ではなく、何と呼ぶべきか?うーーーーーーん・・・。
「・・・ユーク」
「え?」
ノアが振り返ると、『ユーガ』が口を開いていた。恐らく、『ユーガ』と言いたかったのだろうが・・・どうやら間違えて、ユークと言ってしまったらしい。
「・・・ふふっ、いいね!今日からキミは、ユークね!」
「ユーク・・・」
『ユーガ』ーユークは自身の名を噛み締めるかのようにそう呟くと、ふ、と嬉しそうに微笑んだ。ユークの頭を再度撫でて抱き抱えると、さて、とユークの顔を覗き込んで、心から愛でるように優しい視線を向けた。
「まずはお勉強、だね」
まずは色々と教えなければ、とノアは頷いて、勉強用の本を取り出すのだった。
七年後。
外見年齢こそ十二歳となったユークは、机に置かれたノートに字を書いていた。机を挟んだユークの前には、ノアがその様子を眺めている。この七年で、様々な事をノアから教えてもらった。字の読み方や書き方、発音の仕方、世界に満ちるエネルギーである元素の事、そして自分の正体、模造品の事。
「書けた・・・!」
ユークがそう言うと、ノアがノートを手に取ってパラパラと眺める。うん、とノアがノートを一通り見て頷き、ユークの頭を撫でた。
「凄い、もうこんな難しい漢字まで書けるようになったのね…」
「・・・ありがとう、ノア」
「いいのよユーク、それにあなたの事、放っておけないもの」
ノアがそう言って立ち上がり、さて、と外に出るために歩き始める。ユークも左手に小さな剣を持ってノアの後について行き、慌てて駆け出す。外に出たノアとユークは強い日差しに目をしかめ、目を慣らす間に周囲を見渡す。人の気配はーなさそうか。
「それじゃユーク、戦闘の稽古よ」
「う、うん・・・!」
剣を左手に持ち、構える。ノアも戦闘の構えを取って、ユークの攻撃に備えた。ノアは武器を何も持っていない。つまり、『魔法』を用いて戦うのだ。ユークは地面を蹴ってノアに向けて剣を振る。しかしノアはそれを踊るように避け、ユークの腹に掌底を入れる。う、とユークは小さく唸って地に伏せ、しまった、とノアはハッと手を引いた。力を入れすぎた。これでも彼は身体的年齢は十二歳、実年齢は七歳なのだ。流石に力を出しすぎてしまっては、ユークの身体に負担がかかってしまう。
「ゆ、ユーク!ごめん、大丈夫⁉︎」
ノアは慌ててユークに駆け寄り、回復魔法をかけた。ほわ、と暖かな光がユークを包み込み、荒かった息が正常に戻るのを感じて、ノアはほっと一息をついた。しかし、ノアはユークの力に驚いていた。稽古を始めたのは、ここ一年ほど前だ。だがユークは、まるで戦闘を楽しむように、その成長スピードは段違いであった。その気になれば、もはや彼は魔法すら操れるようになるだろう。
「・・・ノア」
考え込んでしまっていたノアは、ユークの声に我に返った。顔を覗き込むと、その顔はー笑顔が浮かんでいた。
「・・・僕、もっと強くなりたい」
「・・・そう、でもね?」
ノアはユークを自身の膝に乗せて、言い聞かせるように優しく頭を撫でながら、ユークに告げた。
「貴方はとても優しい。優しいからこそ、貴方は貴方のやりたい事をするのよ」
「・・・僕がやりたいこと?」
「えぇ。確かに貴方は模造品かもしれないけれど、ここに生きているのよ」
「・・・?」
「生きているという事は素晴らしい事。貴方がやりたい事があるなら、私は応援するわ」
それは、ノアなりの優しい言葉。どんな時も離れずにノアと共に行動するユークは、本当は自身のやりたい事があるのではないか。それは、私と行動してたらできない事なのではないか。しかしユークはその考えすら否定するかのように、ノアに笑顔を向けた。
「僕はノアと一緒にいて楽しいから、ノアといたい」
その嘘偽りのない言葉にノアは、ふふ、とユークに笑顔を向けて、ユークを立たせてノアもまた立ち上がる。
「そう・・・じゃあ、貴方にはこの花をあげるわね?」
花?とユークは手渡された、透明な紙と紙の間に花が潰された状態で入っている細長い何かを手渡され、首を傾げた。ノアは、ふふ、と笑ってユークを見つめて、それは押し花って言うのよ、と教えてくれた。
「その花は『誓いの花』と言ってね、私の大切なものなの」
「え、じゃあ・・・」
ユークがそれを返そうとすると、ノアは首を振ってユークにそれを持つように、言った。
「貴方に持っていてほしいの」
ユークはその言葉に押されて押し花を受け取り、大事そうにそれをポケットに入れた。その光景を眺めて、ふふ、とノアは再度微笑んで、さて、と再度戦闘の構えを取った。
「稽古の続きをしましょう」
「うん!」
ユークが赤のメッシュの入った髪を揺らして頷いてー目を見開いた。その見開いた目の前に、赤い液体が飛び散ってーノアの頬に付着した。
「え」
ユークの腹部に、鋭い痛みがある。何だ?痛い。痛い。身体に力が入らない。ノアが呼んでる。でも、それすら意味を成さない。
「ゆ、ユーク!ユーク‼︎」
ノアは倒れかけたユークの身体を受け止めー異変に気づいた。腹部に、氷が突き刺さっている。これはー魔法?
「おいおいおいおい・・・」
ーと、聞き覚えのない男の声が聞こえたかと思えばーいつの間にかノアとユークの周囲を、何十人もの男が取り囲んでいた。その中のフードを被った魔導士のような人間がユークに向けて手を向けており、恐らくーこの氷は奴が放ったのだろう。ノアはユークに治癒魔法をかけようとしてーその場から跳躍して離れた刹那、先程まで座り込んでいた場所から岩が隆起した。そして、その岩の向こうからリーダーのような風貌を持つ男が、先程の言葉から言葉を継ぐ。
「おい、そのガキは模造品人間だろ?そのガキをよこしてとっとと失せな、お嬢ちゃん」
その男は、ノアに向けて手をくいくいと振る。恐らく、ユークを渡せという事なのか。しかし、そんな事はさせない。
「・・・ユークをどうするつもりなの?」
「ユークぅ?あぁ、そのガキの名前か。そんなの決まってんじゃねぇか」
男達はさぞ当然かのように。常識のように。当たり前かのように。笑いながら、ノアをーユークに視線を向けた。
「模造品に生きてる価値なんてねぇよ!そいつは化け物だ、同じ顔をした人間が何人も生まれる?冗談はよせ!なぁてめぇら!」
おぉぉぉ、とその男の仲間達が同意する声を。雄叫びを上げる。ノアは怒りが渦巻くのを感じて、鋭い青の瞳をこの男達に向けた。
「・・・あんた達・・・正真正銘のクズね。私は・・・ユークを守るって決めてるの」
ノアはユークを治癒魔法の結界で包み込み、万が一がないように宙へと浮かせた。それを確認してノアは、体内に秘められた元素を高める。魔法の詠唱の準備を始め、しっかりと息を整えた。
「はっ、その化け物を匿ってるお嬢ちゃん・・・あんたの方がよっぽどクズなんじゃねぇか?」
行くぞ!とリーダーが叫ぶと、一斉に男達が、ノアに襲いかかる。ノアは魔法を発動しー鮮血が、空に飛び散った。
ー何分、彼等の攻撃を受けていたか。
その手に持った棍棒で幾度となく殴られ、ノアは血だらけで、地面に伏してしまっていた。服は血まみれで泥だらけ、それでもまだーその瞳には、闘志が宿っていた。戦う理由は一つ。
(ユーク・・・)
宙に浮かぶユークの入った結界に視線をチラリと向けーその顔を、男の一人に蹴り飛ばされた。痛みに悶えてうずくまると、さらにもう一発、二発とノアの腹部に蹴りが入る。
「おらおらァ、ど~したど~したァ!」
「そんなもんか、アンタの決意ってのはよォ!」
もはや、こいつらに勝つ術はない。このままでは自分もーユークも、きっと殺される。だから。だから、最終手段だ。ノアは天に向けて手を上げ、小さくか細い、消え去ってしまいそうな声でーぼそり、と。
「・・・あ、なた・・・は・・・生き・・・て・・・」
天に向けたその掌から、ほわ、と優しい光が現れる。しかしその光は男達には見えておらず、それはそのまま上空のーユークの結界へと、まっすぐに向かっていく。その光が結界に触れると同時に、結界の中のユークが目を覚ます。そして、自身が結界で守られている事、治癒魔法が込められた結界である事、そしてー複数人の男に蹴り飛ばされているノアの、もはや土埃と血に汚れて動かない身体を見つけた。見つけてしまった。
やめてよ。
なんで。
ノア、
やめて、
やめ・・・
殺す
ユークは、知ってしまったのだ。この世界において、模造品がどのような扱いを受けているか。目に見てしまったのだ。オリジナルの人間達の、汚さも、模造品に対する差別意識も。
「うぅ・・・ッ・・・!うァ・・・ァァァァァッ!」
結界内で、ユークは頭を抱えて苦しそうに呻いた。違う、こんな事をノアは望んじゃいない。違うんだ、きっと何かの間違いでー!
【ころす】
やめろ、あの人達はー!
【コロス】
ちが
【殺す】
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!
結界の色が白色から、禍々しい赫へと変わる。それと同時に、雷雲が、雨が、森にしとしとと染み渡ってゆく。ユークは結界を体内に秘められた『破』の力で吹き飛ばし、静かに、しかし間違いなく、地面に降り立ちーノアの言葉を思い出した。
『貴方がやりたい事があるなら、私は応援するわ』
ノアは死んだ。それは、体内に宿るこの力が何よりの証拠だった。男達は静かに降り立ったその『模造品』を見つめてー戦慄した。その模造品が放つ禍々しい元素は、ただの憎しみ、憎悪、怒り、悲しみ、絶望の塊だった。
「・・・てめぇら」
地獄の底から聞こえてくるようなそんな声に、男達は身を震わせた。やばい。それを直感で感じさせるほどに、その声は憎しみに溢れていた。ユークは髪と髪の間から赫く輝く瞳を覗かせて、男達を一人一人見渡した。瞳から溢れ出る力を感じて、ユークは左手を前に出して少し力を入れてー。
「死ね!」
衝撃波で、男達全員を吹き飛ばした。その衝撃波は、まるで刃のように鋭く、男達をずたずたに引き裂いた。途中何発かユークの腕すらも切り刻んだが、そんな物は関係ない。殺す。殺す殺す殺す!
『ユーク!』
ノアは死んだのに頭の中に、何度も自信を呼ぶ声が響いてくる。衝撃波で男達を吹き飛ばしたユークを横から男が三人、雄叫びを上げながら切りかかってきてー。
「クズ共が・・・」
瞳を見開いて、左手に握った短剣に黒焔を纏わせて男達を一撃で切り伏せる。地面に倒れた男達を蹴り飛ばして、まだ立っている男達に向かう。
『凄い、こんな難しい漢字を・・・』
「う・・・うァァァァァァッ!」
ノアの声が頭を反芻し、ユークはそれを振り切るように右手を思い切り振り下ろした。その瞬間、天から雷が降り注いで男達に直撃し、男達の体が焼け焦げてその場に崩れ落ちる。ユークが音もなく振り返ると、立っていたのはもはや先ほどのリーダーの男のみ。それ以外はほとんど、衝撃波だけで死んでいた。烏合だ。
「ま、待て!悪かったよ、アンタがこんなに強いなんて知らなくてさ!」
リーダーの男が謙ったような声で、膝をついて土下座をした。そう、知らなかった。ただたまたま通りかかっただけ。その時コイツを見かけて、金にしようとしただけ。そう、それだけなのだ。それくらい、生きてる人間なら誰だってそうするだろう。しかし、いつまで頭を下げていても返事はなく、男はゆっくりと顔を上げてユークの顔を見てーハッ、と気付いた。ユークは、泣いていた。絶望と憎しみが宿った涙を、彼は流していた。雨に濡れていたためわかりにくかったのだろう。
『・・・貴方は生きて・・・』
ユークは地面に落ちていた剣を何も言わずに広いあげ、その剣を表情も変えずに男達のリーダーに突き立てた。苦しみの声が上がり、苦しそうに男は悶えた。だが、それでも。ユークは刺さった剣を抜いて切り刻み、しばらくしたら剣を突き刺し、剣を抜いて切り刻み、を無表情のまま、ユークは繰り返した。ただ、何の意味もなく。殺したいから殺す。それだけで理由など十分だ。
いつまでそうしていただろうか。すっかり雨は止み、雨でびしょ濡れになったユークの目の前には、無惨な姿となった男だったものが、そこにはあった。辺りにはもはや血の匂いと静寂しか残っておらず、ユークは手に握りしめたままの剣をーその剣を反射して見える自身を見つめた。血だらけだ。まぁ、当然か。
「・・・予想以上の力だ」
「・・・・・・」
静寂を破った声が響き渡り、ユークは声の方向へと視線を向けた。そこには黒いマントに身を包み、自身と顔がよく似た男が、そこには立っていた。背中には大きな槍を携え、鋭い視線でユークは見つめられた。だがそれにすら動じず、ユークはコイツも殺そうと足を踏み出してー。
「落ち着け。僕は貴様の敵ではない。が、まだ味方でもない」
「・・・・・・」
「貴様の先程の力は『固有能力』というもので、貴様は『破眼』という力を持っている」
だからなんだ。そんな事を聞いて、ノアが生き返るわけでもない。あの日々が帰ってくるわけでもない。
「そして僕は・・・フルーヴ。フルーヴ・ネサス。その体のオリジナルの実の兄で・・・貴様を作り出した者だ」
「・・・!」
俺を作っただと?コイツが?という事は、コイツさえいなければ俺はこんな思いをすることもなかったじゃないか。
「・・・なぜ俺を作り出した・・・!俺はこんな生など望んじゃねぇ!」
「・・・僕の計画に」と、フルーヴはユークに近付いて口を開いた。「貴様の力が必要だからだ」
「何だと・・・⁉︎利用するためだけに俺を生み出したとでも言うのか・・・!」
そう焦るな、とフルーヴは木に身体を預けて、ユークに視線を向けた。木に身体を預けながらも、彼には隙も油断もない。殺したければ殺せ、と言っているような。だが、もし襲い掛かればどうなるかなど、ユークでもわかる。
「僕は元貴族でな、ケインシルヴァ王国の首都ガイアは・・・知っているよな?」
「・・・だから何だ」
「僕はそこの貴族だったんだ。だが、クィーリア王国の兵士にその家を滅ぼされた」
淡々と告げるフルーヴに、はっ、とユークは嘲笑うかのように目の前の肉片に左手に持った剣を突き刺した。もはや、何の感情すら動かない。
「・・・それで?自分の家が無くなったから復讐しましょうってか?」
「いいや違う。僕の計画はそれじゃない」
「・・・?」
ユークはフルーヴに視線を向けると、フルーヴは木に預けていた身体を起こしてユークの前まで歩いた。月明かりがフルーヴの顔を照らし、自身によく似た少し成長したような顔をまっすぐ見据えた。フルーヴもまたユークをまっすぐに見つめて、マントの中で腰に手を当てる。
「まだ僕の計画は話せない。だが、貴様は復讐を考えている、違うか」
フルーヴの言葉に、ユークは口をつぐんだ。復讐?いいや、そんなものではない。ユークはオリジナルの人間達に絶望した。模造品は生きているだけでオリジナルの人間から違う存在として迫害される。差別される。ーならば。
「・・・俺は、模造品の世界を作る」
「ほう」とフルーヴはユークの言葉に、少し驚いたような動作を見せた。「模造品の世界・・・か」
「あぁ。そうすりゃ、差別も何も起こらねぇし、種が違うからと迫害される事もねぇ」
「・・・ふっ、そうか・・・ならば、僕と契約を結ばないか」
「・・・契約だと?」
「あぁ。貴様のその計画・・・僕も手伝ってやる。ただし、僕の計画を探ったり邪魔はするな」
はっ、とユークは再度嘲笑うように笑みを浮かべて、フルーヴに剣の先を向けて睨みつけた。馬鹿馬鹿しい、何が契約だ。どうせコイツも、模造品だからと迫害するに決まっている。
「・・・やれやれ、血の気の多い奴だ」
そう言ったフルーヴを、ユークは再度眺めた。先ほどは月の影に隠れて見えなかったが、フルーヴもまだ幼い顔立ちをしていて、年はこの身体の年齢から二つくらい上だろうか?そんな事を考えていると、フルーヴが目にも止まらぬ早さで背中から槍を抜き取り、それを振ってユークの持っていた剣を払い落とした。ユークの目が驚愕に見開かれ、ようやくその事態を確認した時にはーユークの喉元に、フルーヴの槍が突きつけられていた。
「・・・では聞こうか。貴様はどうやって模造品の世界を作る気だ?」
「・・・オリジナルの人間を片っ端から殺せば・・・」
「おいおい」とフルーヴはユークのその言葉に、冗談はよせ、とフルーヴは告げる。「そいつは無茶ってもんだ」
ちっ、とユークは舌打ちをして、なら、とフルーヴに視線を向けて苛立たしげに尋ねる。
「・・・他の方法でもあんのかよ」
「あぁ、手っ取り早い方法がな」
「・・・それを聞くには契約しろって事か」
ユークの言葉に、フルーヴは頷いてまっすぐにユークを見つめた。どうする?と脳内に直接問われているようなそんな視線を受けて、ユークは大きく嘆息してー。
「・・・わかったよ、契約してやる」
そう、答えた。
「まず、今の貴様では到底その・・・模造品の世界を作る事はできない」
契約を結び、フルーヴの話を聞くことにしたユークは、そんな台詞をフルーヴから吐かれ、は?と聞き返した。
「貴様のその力・・・『破眼』は、使いこなせなければただ自分の身を滅ぼすだけだ」
「・・・ならどうしろってんだよ」
「最低でも三年、貴様にはフェルトラの近くで生き抜いてもらう」
フェルトラ?とユークが聞き返すと、フルーヴは頷いてユークに視線を向けた。
「常に雪の降り積もる街だ。そこで耐え切れるようであれば、貴様の『破眼』の力と手っ取り早くオリジナルの人間を殺す方法を教える」
「・・・・・・」
どうだ?とフルーヴに尋ねられ、ユークは舌を打ってフルーヴから視線を逸らし、はっ、とどこかバカにするような口調で口を開く。
「ど~せそれくらいしなきゃ力は付かねぇんだろ」
「あぁ。できるか、ユーク」
フルーヴから初めて名を呼ばれーユークは、フルーヴを睨みつけて鋭い口調で告げる。
「その名で呼ぶな。その名で呼んでいいのは・・・あの人だけだ」
「・・・そうか、では何と呼ぶか・・・」
好きに呼べばいいものを。ユークはうっすらとそんな事を考えて、腕を組んで考え込んだフルーヴに少し呆れた。いつまでそうしていたか、ふとフルーヴが思いついたように顔を上げてユークを見つめた。
「・・・太古エルスペリア語で、『滅び』と『滅亡』の意を持つ名・・・『スウォー』はどうだ」
「『スウォー』・・・」
彼はその名を噛み締めるように何度も反芻し、ちっ、と舌を打って立ち上がって天に手をかざして、フルーヴに向けて口を開いた。
「・・・いいぜ、・・・俺は・・・『スウォー』だ」
『ユーク』ースウォーはその名を名乗る。そして、全てを滅ぼす。新たな世界を作り、差別や迫害がない世界を俺自身が作り出してみせる。それが、俺の宿命とー『彼女』に対しての『誓い』だ。
「フェルトラに行きゃいいんだろ・・・。てめぇがそこに来た時、色々聞かせてもらうからな」
「ふっ、いいだろう。僕にもまだ長い準備の時間が必要だしな」
「・・・どうせ三年後にあんたが来ても、まだすぐには行動しねぇんだろ」
「あぁ。その後は僕を相手に稽古だな」
てめぇを相手に?とスウォーが尋ねると、フルーヴは頷いてスウォーの固有能力ー『破眼』を覗き込むようにまじまじと見つめて、紅色の瞳でスウォーのその瞳の奥に宿している、『憎悪』すらも見つめるようにじっと見つめた。
「・・・貴様はその気になれば魔法すら扱えるようになる。攻撃魔法だけでなく治癒魔法すらな」
「・・・俺が?」
「あぁ、元素の流れを掴んでいるからな。それさえ学んでしまえば、後は魔法は構築して想像するだけだ」
フルーヴはそう言ってスウォーに、にや、と笑みを浮かべて近付いた。その後、フルーヴの言った言葉にースウォーは目を見開いた。
「──────」
「・・・ちっ」
スウォーは、フルーヴに言われた通りにフェルトラ地方へと来ていた。次々と迫り来る魔物を斬り倒し、模造品だからと狙ってくる人間どもースウォーは模造品狩りと呼んでいるーも、一切の容赦なく殺した。そこに躊躇いなどない。どうせ、計画が始まればオリジナルの人間は全員死ぬのだから。それにしても、寒い。濃い赤色のマフラーと黒い長袖の服を着用しているとはいえ、この極寒地方での寒さは身体に堪えるものだ。
「・・・またオリジナルの人間を殺して、衣服でも奪うか」
もはや、それが当然かのように。彼の心に、慈悲など無かった。そう呟いて拠点にしているテントから出て、腰に剣を携えた彼の目の前にはー。
「・・・んん?お主は・・・?」
じじいがいた。どう見ても、そこにいるのはじじいだ。見たところ、かなりの歳になるだろう。ここの拠点はスウォーしか知らないはずだし、もし誰かにここを見られたら速攻で斬り殺していたため誰かがここを調べに来たというわけでもないだろう。
「・・・こんなじじいでも殺せば少しは利用価値があるか」
そう言って剣を抜き、スウォーはその老人に斬りかかろうとしてー異変に気付いた。その老人は、笑っていた。笑みを浮かべていた。意味がわからず、スウォーは斬りかかろうとしていた構えを解いて、おい、と苛立たしげに尋ねた。
「何笑ってんだよ」
「ほほ・・・何か訳アリのようじゃの、模造品の少年よ」
「!」
スウォーはその老人の言葉を聞いて、手に持っていた剣と手の間にじわりと汗が滲むのを感じた。このクソ寒い場所なのにも関わらず、だ。俺は、自分が模造品である事をまだ明かしていない。であるにも関わらず、このじじいは模造品である事を見抜いてみせた。
「ふぉっふぉっふぉ、なぜ模造品である事に気付いたのか・・・という顔をしておるな」
まるで心を読まれたかのように再び考えていた事を当てられて、スウォーはますますこの老人に対する警戒を高めた。ーが、その老人はスウォーのその警戒すら見通して踵を返して、一歩、また一歩と歩き出す。
「・・・お、おい!じじい!」
「じじい呼ばわりとは悲しいもんじゃのう・・・わしはポルトス。ポルトスとかポル爺さんとかポルポルとかって呼んでくれていいぞい」
それだけ告げて、彼は着いてこい、と言わんばかりにまた歩き出した。スウォーは頭をがしがしと掻いて舌を打ち、わざとらしく嘆息してそのポルトスと言った老人の後に着いて行き、
「・・・後で色々聞くからな、クソじじい・・・」
と、憎たらしげにそう呟くのだった。
ハッ、とスウォーは目を覚ました。いつの間にか眠っていたらしい。それにしても嫌な夢を見たものだ。あの時のことももはや懐かしいもんだ、と思いながらスウォーは身体を起こした。パチ、と木が爆ぜる音が響いて、スウォーはその薪に焚べられた炎を見つめてふと、ポケットに入った細長いものー押し花をポケットから出して眺めた。確か『彼女』は、これが『誓いの花』とでも言っていたか。
「・・・ノア・・・見ていろ、俺はこんな腐った世界も・・・オリジナルも・・・『絆』も・・・何もかも破壊し尽くす」
あれからも、幾度となくスウォーは模造品である事を原因に迫害され続けた。その都度、もはや当たり前かのようにそいつらを殺してきた。
「ユーク」
「・・・ッ」
何度も何度も、あの優しい声が頭に響いている。優しくて、幾度となく救ってくれたあの優しい声が、かつての自分の名で呼んでくる。やめろ、なぜまだその声がはっきりと、明確に聞こえるのだ。しばらく頭を抑えつけてようやく声が収まり、スウォーは手で抑えていた頭を振って意識を覚醒させ、もはや小さくなりつつある炎を見つめてーふん、と鼻を鳴らした。
「・・・もうすぐだ・・・もうすぐ、俺の計画は完遂する」
そう呟いて、頭の中に浮かんだーあの忌々しい自分と同じ顔をしたオリジナルの顔を思い浮かべて、静かに立ち上がって天を見上げた。綺麗な星空が、光を放ちながら輝いている。
「・・・どうせ奴等は制上の門に来る。その時に・・・殺せばいいだけだ」
その声は、どこか自分に、脳内に反芻していた『声』に言い聞かせるように。スウォーは焚べられた焚き火に背を向けて、夜の闇へと消えていった。
その瞳が映すのは、『誓いの未来』か、それとも『絆の未来』か。それはまだ、誰にもわからない。
ー人間は、どこまで愚かなのだろうか。
ふと、そんな事を考えた事がある。『彼』は窓から差し込む月明かりを見つめて、そんな事を思い出した。月明かりに照らされた彼の姿が、どこか寂しげな空気すら纏わせる。赤き瞳に黒い髪、交差した前髪には赤のメッシュが一本ずつ入っている。濃い赤のマフラーを巻いて黒い服を身に纏う彼は、森の中で野宿をしながら空を見上げた。ーこれは、このどうしようもなく綺麗で愚かなこの世界を作り変えると誓った模造品の昔話。
十二年前。
目が覚めた時、『彼』は何も知らないままこの世に生まれ落ちた。辺りを見渡しても誰もいない。そこにあるのは、ただ巨大な機械だけ。外見年齢こそ五歳の少年であったが、『彼』は生まれたばかりの存在。どうする事もできず、ただ体が動くことしかわからない。食べる事も、飲む事も、何も知らない。まるで、体の大きな赤ん坊のような存在だった。やがて『彼』は空腹に倒れ、次第に体が弱っていくのを感じていった。何もわからない。ここはどこだ?自分は誰だ?言葉すらも出ず、ただ言葉にならない言葉を叫ぶしかできない。意識が奪われていく。『彼』は最後に誰かに抱き抱えられるようなそんな感覚を味わい、がくり、と意識を落とした。
「・・・死ぬな。貴様にはまだやってもらわなければならない事があるからな」
「・・・」
どれくらい眠っていたか、暖かくて柔らかいもふもふの布のようなものをかけられて、柔らかい布の上で『彼』は目を覚ました。辺りを見渡すと、『彼』のふとももの辺りで目を瞑って、すーすーと息を立てている女の子が、そこにはいた。とても小さく木で組まれた簡易なテントで、隙間風が吹き込んで少し寒い。
「・・・あ・・・」
それしか発せず、『彼』はその女の子の肩を揺さぶった。その目が開き、閉じていた瞼から青い瞳がまっすぐに、『彼』を見つめた。
「良かった!目が覚めた!」
「あ、・・・あ・・・」
何も言えない。こういう時何と言えばいいのか?そもそも言葉すら出てこないのだから、それすらも考えられない。
「ん?・・・もしかして、喋れないの?」
こくりと頷いて、『彼』は目を伏せた。言っている事は理解できるし、頭の中でその意味を成してはいる。だが、かけてもらった言葉に対して返事ができない。少女は、ふふ、と微笑んで、『彼』に向けて語りかけた。
「私はノアって言うの」
「お・・・あ?」
「ノ・ア。ノアよ」
「・・・のあ」
「そう、ノア!キミは?」
その少女ーノアが『彼』の顔を覗き込んできた。年は『彼』のかなり上で、十五は超えているだろうか?青い瞳と白くて長い服を見に纏い、髪を長く伸ばしているノアの顔をまっすぐ見つめて、『彼』は赤い瞳を開いて口を開いた。それは、ただ一つ。『彼』が唯一話せる、ただ一つの『名』。
「・・・ユーガ」
『彼』ーユーガと名乗った少年は、ノアをまっすぐに見つめた。ユーガ君ね、とノアは確認するように反芻して、でも、と『ユーガ』の顔を再度覗き込んだ。
「・・・キミ、模造品・・・だよね?」
模造品という聞き慣れない単語を聞いて、『ユーガ』は首を傾げた。そっか、とノアは目をぱちくりさせる『ユーガ』を見て、何かを思い出したように頭を掻いた。
「・・・追々説明するね。とにかくまずは言葉を話せるようにならないと。その後色々話すよ」
「・・・ん」
ノアは『ユーガ』が頷いたのを確認して、小さな頭を撫でた。でもなぁ、と『ユーガ』の頭をじっと見つめて、『ユーガ』と視線を合わせた。
「『ユーガ』って名前はきっと、キミのオリジナルの名前なんだね・・・流石に同じ名前で呼ぶのも可哀想だし・・・」
う~ん、とノアは少し考える。彼を『ユーガ』ではなく、何と呼ぶべきか?うーーーーーーん・・・。
「・・・ユーク」
「え?」
ノアが振り返ると、『ユーガ』が口を開いていた。恐らく、『ユーガ』と言いたかったのだろうが・・・どうやら間違えて、ユークと言ってしまったらしい。
「・・・ふふっ、いいね!今日からキミは、ユークね!」
「ユーク・・・」
『ユーガ』ーユークは自身の名を噛み締めるかのようにそう呟くと、ふ、と嬉しそうに微笑んだ。ユークの頭を再度撫でて抱き抱えると、さて、とユークの顔を覗き込んで、心から愛でるように優しい視線を向けた。
「まずはお勉強、だね」
まずは色々と教えなければ、とノアは頷いて、勉強用の本を取り出すのだった。
七年後。
外見年齢こそ十二歳となったユークは、机に置かれたノートに字を書いていた。机を挟んだユークの前には、ノアがその様子を眺めている。この七年で、様々な事をノアから教えてもらった。字の読み方や書き方、発音の仕方、世界に満ちるエネルギーである元素の事、そして自分の正体、模造品の事。
「書けた・・・!」
ユークがそう言うと、ノアがノートを手に取ってパラパラと眺める。うん、とノアがノートを一通り見て頷き、ユークの頭を撫でた。
「凄い、もうこんな難しい漢字まで書けるようになったのね…」
「・・・ありがとう、ノア」
「いいのよユーク、それにあなたの事、放っておけないもの」
ノアがそう言って立ち上がり、さて、と外に出るために歩き始める。ユークも左手に小さな剣を持ってノアの後について行き、慌てて駆け出す。外に出たノアとユークは強い日差しに目をしかめ、目を慣らす間に周囲を見渡す。人の気配はーなさそうか。
「それじゃユーク、戦闘の稽古よ」
「う、うん・・・!」
剣を左手に持ち、構える。ノアも戦闘の構えを取って、ユークの攻撃に備えた。ノアは武器を何も持っていない。つまり、『魔法』を用いて戦うのだ。ユークは地面を蹴ってノアに向けて剣を振る。しかしノアはそれを踊るように避け、ユークの腹に掌底を入れる。う、とユークは小さく唸って地に伏せ、しまった、とノアはハッと手を引いた。力を入れすぎた。これでも彼は身体的年齢は十二歳、実年齢は七歳なのだ。流石に力を出しすぎてしまっては、ユークの身体に負担がかかってしまう。
「ゆ、ユーク!ごめん、大丈夫⁉︎」
ノアは慌ててユークに駆け寄り、回復魔法をかけた。ほわ、と暖かな光がユークを包み込み、荒かった息が正常に戻るのを感じて、ノアはほっと一息をついた。しかし、ノアはユークの力に驚いていた。稽古を始めたのは、ここ一年ほど前だ。だがユークは、まるで戦闘を楽しむように、その成長スピードは段違いであった。その気になれば、もはや彼は魔法すら操れるようになるだろう。
「・・・ノア」
考え込んでしまっていたノアは、ユークの声に我に返った。顔を覗き込むと、その顔はー笑顔が浮かんでいた。
「・・・僕、もっと強くなりたい」
「・・・そう、でもね?」
ノアはユークを自身の膝に乗せて、言い聞かせるように優しく頭を撫でながら、ユークに告げた。
「貴方はとても優しい。優しいからこそ、貴方は貴方のやりたい事をするのよ」
「・・・僕がやりたいこと?」
「えぇ。確かに貴方は模造品かもしれないけれど、ここに生きているのよ」
「・・・?」
「生きているという事は素晴らしい事。貴方がやりたい事があるなら、私は応援するわ」
それは、ノアなりの優しい言葉。どんな時も離れずにノアと共に行動するユークは、本当は自身のやりたい事があるのではないか。それは、私と行動してたらできない事なのではないか。しかしユークはその考えすら否定するかのように、ノアに笑顔を向けた。
「僕はノアと一緒にいて楽しいから、ノアといたい」
その嘘偽りのない言葉にノアは、ふふ、とユークに笑顔を向けて、ユークを立たせてノアもまた立ち上がる。
「そう・・・じゃあ、貴方にはこの花をあげるわね?」
花?とユークは手渡された、透明な紙と紙の間に花が潰された状態で入っている細長い何かを手渡され、首を傾げた。ノアは、ふふ、と笑ってユークを見つめて、それは押し花って言うのよ、と教えてくれた。
「その花は『誓いの花』と言ってね、私の大切なものなの」
「え、じゃあ・・・」
ユークがそれを返そうとすると、ノアは首を振ってユークにそれを持つように、言った。
「貴方に持っていてほしいの」
ユークはその言葉に押されて押し花を受け取り、大事そうにそれをポケットに入れた。その光景を眺めて、ふふ、とノアは再度微笑んで、さて、と再度戦闘の構えを取った。
「稽古の続きをしましょう」
「うん!」
ユークが赤のメッシュの入った髪を揺らして頷いてー目を見開いた。その見開いた目の前に、赤い液体が飛び散ってーノアの頬に付着した。
「え」
ユークの腹部に、鋭い痛みがある。何だ?痛い。痛い。身体に力が入らない。ノアが呼んでる。でも、それすら意味を成さない。
「ゆ、ユーク!ユーク‼︎」
ノアは倒れかけたユークの身体を受け止めー異変に気づいた。腹部に、氷が突き刺さっている。これはー魔法?
「おいおいおいおい・・・」
ーと、聞き覚えのない男の声が聞こえたかと思えばーいつの間にかノアとユークの周囲を、何十人もの男が取り囲んでいた。その中のフードを被った魔導士のような人間がユークに向けて手を向けており、恐らくーこの氷は奴が放ったのだろう。ノアはユークに治癒魔法をかけようとしてーその場から跳躍して離れた刹那、先程まで座り込んでいた場所から岩が隆起した。そして、その岩の向こうからリーダーのような風貌を持つ男が、先程の言葉から言葉を継ぐ。
「おい、そのガキは模造品人間だろ?そのガキをよこしてとっとと失せな、お嬢ちゃん」
その男は、ノアに向けて手をくいくいと振る。恐らく、ユークを渡せという事なのか。しかし、そんな事はさせない。
「・・・ユークをどうするつもりなの?」
「ユークぅ?あぁ、そのガキの名前か。そんなの決まってんじゃねぇか」
男達はさぞ当然かのように。常識のように。当たり前かのように。笑いながら、ノアをーユークに視線を向けた。
「模造品に生きてる価値なんてねぇよ!そいつは化け物だ、同じ顔をした人間が何人も生まれる?冗談はよせ!なぁてめぇら!」
おぉぉぉ、とその男の仲間達が同意する声を。雄叫びを上げる。ノアは怒りが渦巻くのを感じて、鋭い青の瞳をこの男達に向けた。
「・・・あんた達・・・正真正銘のクズね。私は・・・ユークを守るって決めてるの」
ノアはユークを治癒魔法の結界で包み込み、万が一がないように宙へと浮かせた。それを確認してノアは、体内に秘められた元素を高める。魔法の詠唱の準備を始め、しっかりと息を整えた。
「はっ、その化け物を匿ってるお嬢ちゃん・・・あんたの方がよっぽどクズなんじゃねぇか?」
行くぞ!とリーダーが叫ぶと、一斉に男達が、ノアに襲いかかる。ノアは魔法を発動しー鮮血が、空に飛び散った。
ー何分、彼等の攻撃を受けていたか。
その手に持った棍棒で幾度となく殴られ、ノアは血だらけで、地面に伏してしまっていた。服は血まみれで泥だらけ、それでもまだーその瞳には、闘志が宿っていた。戦う理由は一つ。
(ユーク・・・)
宙に浮かぶユークの入った結界に視線をチラリと向けーその顔を、男の一人に蹴り飛ばされた。痛みに悶えてうずくまると、さらにもう一発、二発とノアの腹部に蹴りが入る。
「おらおらァ、ど~したど~したァ!」
「そんなもんか、アンタの決意ってのはよォ!」
もはや、こいつらに勝つ術はない。このままでは自分もーユークも、きっと殺される。だから。だから、最終手段だ。ノアは天に向けて手を上げ、小さくか細い、消え去ってしまいそうな声でーぼそり、と。
「・・・あ、なた・・・は・・・生き・・・て・・・」
天に向けたその掌から、ほわ、と優しい光が現れる。しかしその光は男達には見えておらず、それはそのまま上空のーユークの結界へと、まっすぐに向かっていく。その光が結界に触れると同時に、結界の中のユークが目を覚ます。そして、自身が結界で守られている事、治癒魔法が込められた結界である事、そしてー複数人の男に蹴り飛ばされているノアの、もはや土埃と血に汚れて動かない身体を見つけた。見つけてしまった。
やめてよ。
なんで。
ノア、
やめて、
やめ・・・
殺す
ユークは、知ってしまったのだ。この世界において、模造品がどのような扱いを受けているか。目に見てしまったのだ。オリジナルの人間達の、汚さも、模造品に対する差別意識も。
「うぅ・・・ッ・・・!うァ・・・ァァァァァッ!」
結界内で、ユークは頭を抱えて苦しそうに呻いた。違う、こんな事をノアは望んじゃいない。違うんだ、きっと何かの間違いでー!
【ころす】
やめろ、あの人達はー!
【コロス】
ちが
【殺す】
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!
結界の色が白色から、禍々しい赫へと変わる。それと同時に、雷雲が、雨が、森にしとしとと染み渡ってゆく。ユークは結界を体内に秘められた『破』の力で吹き飛ばし、静かに、しかし間違いなく、地面に降り立ちーノアの言葉を思い出した。
『貴方がやりたい事があるなら、私は応援するわ』
ノアは死んだ。それは、体内に宿るこの力が何よりの証拠だった。男達は静かに降り立ったその『模造品』を見つめてー戦慄した。その模造品が放つ禍々しい元素は、ただの憎しみ、憎悪、怒り、悲しみ、絶望の塊だった。
「・・・てめぇら」
地獄の底から聞こえてくるようなそんな声に、男達は身を震わせた。やばい。それを直感で感じさせるほどに、その声は憎しみに溢れていた。ユークは髪と髪の間から赫く輝く瞳を覗かせて、男達を一人一人見渡した。瞳から溢れ出る力を感じて、ユークは左手を前に出して少し力を入れてー。
「死ね!」
衝撃波で、男達全員を吹き飛ばした。その衝撃波は、まるで刃のように鋭く、男達をずたずたに引き裂いた。途中何発かユークの腕すらも切り刻んだが、そんな物は関係ない。殺す。殺す殺す殺す!
『ユーク!』
ノアは死んだのに頭の中に、何度も自信を呼ぶ声が響いてくる。衝撃波で男達を吹き飛ばしたユークを横から男が三人、雄叫びを上げながら切りかかってきてー。
「クズ共が・・・」
瞳を見開いて、左手に握った短剣に黒焔を纏わせて男達を一撃で切り伏せる。地面に倒れた男達を蹴り飛ばして、まだ立っている男達に向かう。
『凄い、こんな難しい漢字を・・・』
「う・・・うァァァァァァッ!」
ノアの声が頭を反芻し、ユークはそれを振り切るように右手を思い切り振り下ろした。その瞬間、天から雷が降り注いで男達に直撃し、男達の体が焼け焦げてその場に崩れ落ちる。ユークが音もなく振り返ると、立っていたのはもはや先ほどのリーダーの男のみ。それ以外はほとんど、衝撃波だけで死んでいた。烏合だ。
「ま、待て!悪かったよ、アンタがこんなに強いなんて知らなくてさ!」
リーダーの男が謙ったような声で、膝をついて土下座をした。そう、知らなかった。ただたまたま通りかかっただけ。その時コイツを見かけて、金にしようとしただけ。そう、それだけなのだ。それくらい、生きてる人間なら誰だってそうするだろう。しかし、いつまで頭を下げていても返事はなく、男はゆっくりと顔を上げてユークの顔を見てーハッ、と気付いた。ユークは、泣いていた。絶望と憎しみが宿った涙を、彼は流していた。雨に濡れていたためわかりにくかったのだろう。
『・・・貴方は生きて・・・』
ユークは地面に落ちていた剣を何も言わずに広いあげ、その剣を表情も変えずに男達のリーダーに突き立てた。苦しみの声が上がり、苦しそうに男は悶えた。だが、それでも。ユークは刺さった剣を抜いて切り刻み、しばらくしたら剣を突き刺し、剣を抜いて切り刻み、を無表情のまま、ユークは繰り返した。ただ、何の意味もなく。殺したいから殺す。それだけで理由など十分だ。
いつまでそうしていただろうか。すっかり雨は止み、雨でびしょ濡れになったユークの目の前には、無惨な姿となった男だったものが、そこにはあった。辺りにはもはや血の匂いと静寂しか残っておらず、ユークは手に握りしめたままの剣をーその剣を反射して見える自身を見つめた。血だらけだ。まぁ、当然か。
「・・・予想以上の力だ」
「・・・・・・」
静寂を破った声が響き渡り、ユークは声の方向へと視線を向けた。そこには黒いマントに身を包み、自身と顔がよく似た男が、そこには立っていた。背中には大きな槍を携え、鋭い視線でユークは見つめられた。だがそれにすら動じず、ユークはコイツも殺そうと足を踏み出してー。
「落ち着け。僕は貴様の敵ではない。が、まだ味方でもない」
「・・・・・・」
「貴様の先程の力は『固有能力』というもので、貴様は『破眼』という力を持っている」
だからなんだ。そんな事を聞いて、ノアが生き返るわけでもない。あの日々が帰ってくるわけでもない。
「そして僕は・・・フルーヴ。フルーヴ・ネサス。その体のオリジナルの実の兄で・・・貴様を作り出した者だ」
「・・・!」
俺を作っただと?コイツが?という事は、コイツさえいなければ俺はこんな思いをすることもなかったじゃないか。
「・・・なぜ俺を作り出した・・・!俺はこんな生など望んじゃねぇ!」
「・・・僕の計画に」と、フルーヴはユークに近付いて口を開いた。「貴様の力が必要だからだ」
「何だと・・・⁉︎利用するためだけに俺を生み出したとでも言うのか・・・!」
そう焦るな、とフルーヴは木に身体を預けて、ユークに視線を向けた。木に身体を預けながらも、彼には隙も油断もない。殺したければ殺せ、と言っているような。だが、もし襲い掛かればどうなるかなど、ユークでもわかる。
「僕は元貴族でな、ケインシルヴァ王国の首都ガイアは・・・知っているよな?」
「・・・だから何だ」
「僕はそこの貴族だったんだ。だが、クィーリア王国の兵士にその家を滅ぼされた」
淡々と告げるフルーヴに、はっ、とユークは嘲笑うかのように目の前の肉片に左手に持った剣を突き刺した。もはや、何の感情すら動かない。
「・・・それで?自分の家が無くなったから復讐しましょうってか?」
「いいや違う。僕の計画はそれじゃない」
「・・・?」
ユークはフルーヴに視線を向けると、フルーヴは木に預けていた身体を起こしてユークの前まで歩いた。月明かりがフルーヴの顔を照らし、自身によく似た少し成長したような顔をまっすぐ見据えた。フルーヴもまたユークをまっすぐに見つめて、マントの中で腰に手を当てる。
「まだ僕の計画は話せない。だが、貴様は復讐を考えている、違うか」
フルーヴの言葉に、ユークは口をつぐんだ。復讐?いいや、そんなものではない。ユークはオリジナルの人間達に絶望した。模造品は生きているだけでオリジナルの人間から違う存在として迫害される。差別される。ーならば。
「・・・俺は、模造品の世界を作る」
「ほう」とフルーヴはユークの言葉に、少し驚いたような動作を見せた。「模造品の世界・・・か」
「あぁ。そうすりゃ、差別も何も起こらねぇし、種が違うからと迫害される事もねぇ」
「・・・ふっ、そうか・・・ならば、僕と契約を結ばないか」
「・・・契約だと?」
「あぁ。貴様のその計画・・・僕も手伝ってやる。ただし、僕の計画を探ったり邪魔はするな」
はっ、とユークは再度嘲笑うように笑みを浮かべて、フルーヴに剣の先を向けて睨みつけた。馬鹿馬鹿しい、何が契約だ。どうせコイツも、模造品だからと迫害するに決まっている。
「・・・やれやれ、血の気の多い奴だ」
そう言ったフルーヴを、ユークは再度眺めた。先ほどは月の影に隠れて見えなかったが、フルーヴもまだ幼い顔立ちをしていて、年はこの身体の年齢から二つくらい上だろうか?そんな事を考えていると、フルーヴが目にも止まらぬ早さで背中から槍を抜き取り、それを振ってユークの持っていた剣を払い落とした。ユークの目が驚愕に見開かれ、ようやくその事態を確認した時にはーユークの喉元に、フルーヴの槍が突きつけられていた。
「・・・では聞こうか。貴様はどうやって模造品の世界を作る気だ?」
「・・・オリジナルの人間を片っ端から殺せば・・・」
「おいおい」とフルーヴはユークのその言葉に、冗談はよせ、とフルーヴは告げる。「そいつは無茶ってもんだ」
ちっ、とユークは舌打ちをして、なら、とフルーヴに視線を向けて苛立たしげに尋ねる。
「・・・他の方法でもあんのかよ」
「あぁ、手っ取り早い方法がな」
「・・・それを聞くには契約しろって事か」
ユークの言葉に、フルーヴは頷いてまっすぐにユークを見つめた。どうする?と脳内に直接問われているようなそんな視線を受けて、ユークは大きく嘆息してー。
「・・・わかったよ、契約してやる」
そう、答えた。
「まず、今の貴様では到底その・・・模造品の世界を作る事はできない」
契約を結び、フルーヴの話を聞くことにしたユークは、そんな台詞をフルーヴから吐かれ、は?と聞き返した。
「貴様のその力・・・『破眼』は、使いこなせなければただ自分の身を滅ぼすだけだ」
「・・・ならどうしろってんだよ」
「最低でも三年、貴様にはフェルトラの近くで生き抜いてもらう」
フェルトラ?とユークが聞き返すと、フルーヴは頷いてユークに視線を向けた。
「常に雪の降り積もる街だ。そこで耐え切れるようであれば、貴様の『破眼』の力と手っ取り早くオリジナルの人間を殺す方法を教える」
「・・・・・・」
どうだ?とフルーヴに尋ねられ、ユークは舌を打ってフルーヴから視線を逸らし、はっ、とどこかバカにするような口調で口を開く。
「ど~せそれくらいしなきゃ力は付かねぇんだろ」
「あぁ。できるか、ユーク」
フルーヴから初めて名を呼ばれーユークは、フルーヴを睨みつけて鋭い口調で告げる。
「その名で呼ぶな。その名で呼んでいいのは・・・あの人だけだ」
「・・・そうか、では何と呼ぶか・・・」
好きに呼べばいいものを。ユークはうっすらとそんな事を考えて、腕を組んで考え込んだフルーヴに少し呆れた。いつまでそうしていたか、ふとフルーヴが思いついたように顔を上げてユークを見つめた。
「・・・太古エルスペリア語で、『滅び』と『滅亡』の意を持つ名・・・『スウォー』はどうだ」
「『スウォー』・・・」
彼はその名を噛み締めるように何度も反芻し、ちっ、と舌を打って立ち上がって天に手をかざして、フルーヴに向けて口を開いた。
「・・・いいぜ、・・・俺は・・・『スウォー』だ」
『ユーク』ースウォーはその名を名乗る。そして、全てを滅ぼす。新たな世界を作り、差別や迫害がない世界を俺自身が作り出してみせる。それが、俺の宿命とー『彼女』に対しての『誓い』だ。
「フェルトラに行きゃいいんだろ・・・。てめぇがそこに来た時、色々聞かせてもらうからな」
「ふっ、いいだろう。僕にもまだ長い準備の時間が必要だしな」
「・・・どうせ三年後にあんたが来ても、まだすぐには行動しねぇんだろ」
「あぁ。その後は僕を相手に稽古だな」
てめぇを相手に?とスウォーが尋ねると、フルーヴは頷いてスウォーの固有能力ー『破眼』を覗き込むようにまじまじと見つめて、紅色の瞳でスウォーのその瞳の奥に宿している、『憎悪』すらも見つめるようにじっと見つめた。
「・・・貴様はその気になれば魔法すら扱えるようになる。攻撃魔法だけでなく治癒魔法すらな」
「・・・俺が?」
「あぁ、元素の流れを掴んでいるからな。それさえ学んでしまえば、後は魔法は構築して想像するだけだ」
フルーヴはそう言ってスウォーに、にや、と笑みを浮かべて近付いた。その後、フルーヴの言った言葉にースウォーは目を見開いた。
「──────」
「・・・ちっ」
スウォーは、フルーヴに言われた通りにフェルトラ地方へと来ていた。次々と迫り来る魔物を斬り倒し、模造品だからと狙ってくる人間どもースウォーは模造品狩りと呼んでいるーも、一切の容赦なく殺した。そこに躊躇いなどない。どうせ、計画が始まればオリジナルの人間は全員死ぬのだから。それにしても、寒い。濃い赤色のマフラーと黒い長袖の服を着用しているとはいえ、この極寒地方での寒さは身体に堪えるものだ。
「・・・またオリジナルの人間を殺して、衣服でも奪うか」
もはや、それが当然かのように。彼の心に、慈悲など無かった。そう呟いて拠点にしているテントから出て、腰に剣を携えた彼の目の前にはー。
「・・・んん?お主は・・・?」
じじいがいた。どう見ても、そこにいるのはじじいだ。見たところ、かなりの歳になるだろう。ここの拠点はスウォーしか知らないはずだし、もし誰かにここを見られたら速攻で斬り殺していたため誰かがここを調べに来たというわけでもないだろう。
「・・・こんなじじいでも殺せば少しは利用価値があるか」
そう言って剣を抜き、スウォーはその老人に斬りかかろうとしてー異変に気付いた。その老人は、笑っていた。笑みを浮かべていた。意味がわからず、スウォーは斬りかかろうとしていた構えを解いて、おい、と苛立たしげに尋ねた。
「何笑ってんだよ」
「ほほ・・・何か訳アリのようじゃの、模造品の少年よ」
「!」
スウォーはその老人の言葉を聞いて、手に持っていた剣と手の間にじわりと汗が滲むのを感じた。このクソ寒い場所なのにも関わらず、だ。俺は、自分が模造品である事をまだ明かしていない。であるにも関わらず、このじじいは模造品である事を見抜いてみせた。
「ふぉっふぉっふぉ、なぜ模造品である事に気付いたのか・・・という顔をしておるな」
まるで心を読まれたかのように再び考えていた事を当てられて、スウォーはますますこの老人に対する警戒を高めた。ーが、その老人はスウォーのその警戒すら見通して踵を返して、一歩、また一歩と歩き出す。
「・・・お、おい!じじい!」
「じじい呼ばわりとは悲しいもんじゃのう・・・わしはポルトス。ポルトスとかポル爺さんとかポルポルとかって呼んでくれていいぞい」
それだけ告げて、彼は着いてこい、と言わんばかりにまた歩き出した。スウォーは頭をがしがしと掻いて舌を打ち、わざとらしく嘆息してそのポルトスと言った老人の後に着いて行き、
「・・・後で色々聞くからな、クソじじい・・・」
と、憎たらしげにそう呟くのだった。
ハッ、とスウォーは目を覚ました。いつの間にか眠っていたらしい。それにしても嫌な夢を見たものだ。あの時のことももはや懐かしいもんだ、と思いながらスウォーは身体を起こした。パチ、と木が爆ぜる音が響いて、スウォーはその薪に焚べられた炎を見つめてふと、ポケットに入った細長いものー押し花をポケットから出して眺めた。確か『彼女』は、これが『誓いの花』とでも言っていたか。
「・・・ノア・・・見ていろ、俺はこんな腐った世界も・・・オリジナルも・・・『絆』も・・・何もかも破壊し尽くす」
あれからも、幾度となくスウォーは模造品である事を原因に迫害され続けた。その都度、もはや当たり前かのようにそいつらを殺してきた。
「ユーク」
「・・・ッ」
何度も何度も、あの優しい声が頭に響いている。優しくて、幾度となく救ってくれたあの優しい声が、かつての自分の名で呼んでくる。やめろ、なぜまだその声がはっきりと、明確に聞こえるのだ。しばらく頭を抑えつけてようやく声が収まり、スウォーは手で抑えていた頭を振って意識を覚醒させ、もはや小さくなりつつある炎を見つめてーふん、と鼻を鳴らした。
「・・・もうすぐだ・・・もうすぐ、俺の計画は完遂する」
そう呟いて、頭の中に浮かんだーあの忌々しい自分と同じ顔をしたオリジナルの顔を思い浮かべて、静かに立ち上がって天を見上げた。綺麗な星空が、光を放ちながら輝いている。
「・・・どうせ奴等は制上の門に来る。その時に・・・殺せばいいだけだ」
その声は、どこか自分に、脳内に反芻していた『声』に言い聞かせるように。スウォーは焚べられた焚き火に背を向けて、夜の闇へと消えていった。
その瞳が映すのは、『誓いの未来』か、それとも『絆の未来』か。それはまだ、誰にもわからない。
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『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
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一部完、お疲れ様でした!
戦闘シーン良いですね!
返信遅れてしまい申し訳ありません!
ありがとうございます!
退会済ユーザのコメントです
わざわざネタバレバージョンまでありがとう💦
こちらこそお手数をかけてごめん🙇♀️
トビの感情を出すってマジで難しくて、そこで色々と試行錯誤してた・・・w
果たして次回でvsフィムが終わるのだろうかww
え、読みやすくなってる!?やった!試行錯誤した甲斐があったw
改めて、読んでくれて本当にありがとう!!
退会済ユーザのコメントです
読んでくれてありがとう!!!
良い意味で裏切る展開もいいなぁ、と思ってw
何、カッコ良くなってるだと!?w
嬉しいなw