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追憶の絆編
絆を信じる緋焔の剣士
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十二年前。
「・・・あ、あの・・・」
ぼそりと呟いたその声が、二人で話していたうちの一人の兵士の耳に届く。それにしても、兵士さんは皆身長大きいなぁ。
「ん?どうしたんだい坊や」
目線を合わせて話しかけてくれて、多少は怖くなくなったが、やはりこの兵士さんがつけてるロボットのような服は中々に怖い。震えそうな声を何とか抑えて、『彼』は兵士さんに向けて口を開いた。
「あの、ねろさまがよんでて・・・へいしさんをひとりつれてきてくれって」
「ネロ様がかい・・・?わかった、すぐに向かうよ。ありがとう」
硬い手で頭を撫でられ、少し痛かったが『彼』はそれを我慢して頷いた。顔を上げると兵士の一人が走って立ち去っていき、残ったもう一人の兵士が『彼』の事をまじまじと見つめた。
「・・・この子があのサンエット家の末裔か・・・」
兵士は、目の前に少し怯えた表情を浮かべる『彼』ーユーガ・サンエットを見つめて、ふむ、と腕を組んだ。ぼさっとした髪に赤いマフラー、ぼろぼろになった白い服を纏って黒いズボンを履いており、とても貴族の子とは思えない見た目だ。だが、彼が大事そうに持つその剣は確かに、サンエット家の末裔という事を示していた。その剣は、この街ーケインシルヴァ王国の首都、ガイアの街を守っていた傭兵である、テリー・サンエットの持つ剣であったから。きっと、これだけを持って『あの事件』から逃げ出して来たのだろう。そして、この剣を持っているという事はきっとー。
「・・・君のお父さんは・・・まさか・・・」
「・・・うん」
兵士がそこまで呟くと、ユーガは俯いて頷いた。その動作に、兵士は正直驚愕した。まだ五歳という幼さで、人の死というものを彼は完全に理解していたのだ。全く末恐ろしい子だ、と兵士は苦笑して、目の前のユーガの頭を撫でた。
「・・・君は確か、昨日ネロ様と一緒にここに来たんだったね。まだこの家の事も理解していないだろう?」
兵士が尋ねると、ユーガは再度頷いた。兵士もそれを確認して頷き、よし、と立ち上がってユーガを見つめて笑顔を浮かべた。とはいってもこの甲冑のせいで見えてないとは思うけども。
「じゃあ俺がこの家を案内してあげようか」
「・・・うん」
ほら、と左手を差し出すと、左手に剣を抱き抱えて右手を上に伸ばしてくる。兵士はその手を取って、ぎゅっと手を握りしめる。
「ちっちゃ」
思わず声が漏れたが、ユーガには聞こえていなかったようだ。ほっと兵士は安堵して、この家ールーオス邸の案内を始めようとした、その矢先。
「・・・おにいちゃん」
と、手を繋いだまま横を歩くユーガに呼ばれて、兵士はそちらへ視線を向けると、ユーガは不思議そうな顔で兵士を見上げていた。
「・・・あの、なんでさっき、わらってたの?」
「えっ」
思わず再度声が漏れた。先程というのは、おそらく立ち上がる直前の話だろう。だが、おかしい。
「・・・見えているのかい?この頭につけてるやつのせいで見えないと思ってたんだけど・・・」
そう尋ねると、ユーガは頷いて兵士の顔を再度見上げた。
「・・・ぼく、めがいいから。すごくとおくのものでも、はっきりとみえる」
それにしてもーそうだったとしても、この視力の良さは異常だ。ーまさか。
「この赤い眼・・・ま、まさか『緋眼』なのか・・・?」
「?」
いや、それはないだろう。確かに彼の瞳は太陽のような赤色で、まるで燃え盛るような緋色だ。だが、視力の良さと眼の色だけで判断するにはあまりにもー。
「だ、だが・・・」
そうと言わなければ、この異常な視力は何と説明すればいい?昔習ったことがある。人は生まれつき、何かしらの特殊能力を持つ事ができる。それが、固有能力。だがごく稀に、特殊な瞳を持ち五感が異常に鋭くなる極めて珍しい固有能力を持って生まれてくる人間がいる。それが、まさかこの子に備わっているとでもいうのかー?
「おにいちゃん・・・?」
ユーガの声にハッとすると、ユーガが心配そうに見上げていた。どうやら長考しすぎてしまっていたらしい。兵士は慌てて首を振って考えを逸らし、再度足を踏み出した。
「すまないね、ちょっと考え事をしててさ」
「ふぅん・・・?」
首を傾げるユーガを横目に、兵士は一度嘆息して気を引き締め直した。
「ユーガ」
ルーオス邸の探検中、兵士と共に歩いていたユーガは鋭くとも低い声に呼び止められた。振り返ると、そこにはこの家の主でもあり先程話題にも出ていたネロの父親のルーオス公爵だ。横に立っていた兵士は慌てて敬礼をすると、ルーオス公爵はその兵士に向かって何かを囁くと、兵士はそのままどこかへと立ち去ってしまった。その場に残されたユーガはルーオス公爵に見つめられ、だんだんと恐怖心が現れ始めー。
「こちらへ来なさい。少し話をしたい」
そう言われて先に歩き始めたルーオス公爵にユーガもその後に続くと、案内されたのは大きな大きな部屋。椅子がたくさん並んでいたり大きな机があったりと、元々我が家にあった大広間よりも何倍も大きな大広間が、彼の目の前にはあった。
「どうぞ」
近くに立っていたメイドの一人が椅子を引き、ユーガを抱っこで持ち上げて椅子に座らせてくれた。ありがとうございます、と礼を言うと一度頭を撫でられたあと、そのメイドは後ろへと下がっていった。それを確認して周囲を見渡すと、そこにはルーオス公爵、その妻であるルーオス夫人、ネロの姉であるニーナ、そしてネロがいた。
「・・・さて、ユーガ・サンエットよ。貴公はなぜ、あのような場所で倒れていたのだ?」
それは、昨日のこと。ネロと兵士達が街に買い出しに出ると、ガイアの街の貴族街の一軒で火事があったという通報があった。買い物のついでにそこの近くへ行ってみたところ、雨が降り始めた街の通路の一本に『彼』ーユーガが倒れていたのだ。そんなユーガを放っては置けず、ネロはこの家にユーガを招き入れたのだった。
「・・・え、えっと・・・クィーリアのひとたちがいっぱいきて・・・いえがもやされちゃって・・・ははうえからぼくだけでもにげろって・・・」
「・・・おお、可哀想に・・・」
ルーオス夫人はユーガの話を聞いて、口元に手を当てた。ネロは口を挟まず聞いていたが、子供ながらにきっと家族を失ってしまったのだろう、ということだけはわかった。
「では次にネロ。なぜ、この者をこの家に?ここは王家直下の王族邸、ルーオス家だ。メイドや兵士以外の貴族を招き入れるなど言語道断」
「ち、父上様・・・ユーガ君はお辛い経験をしたのですから、そのように・・・」
ニーナが口を挟むと、ルーオス公爵はそれを手で制してネロに視線を向けた。ネロはセンター分けにした青髪から金の瞳を覗かせて、強い信念を感じる視線をルーオス公爵に向けた。
「・・・おれは、めのまえでこまってるひとをほうってなんておけません。それだけです」
近くに立って話を聞いていた兵士、それにメイドは驚愕した。彼はーネロは五歳という幼さにして、これほどの事を言い切った。全く、ユーガといいネロといい、正直恐ろしい子達だ、と鳥肌を立てた。
「・・・結構。しかし、ユーガを当然貴族としてここに住まわせてやるわけにはいかぬのだ。我等はルーオス家として、ここに住んでいるのだからな」
「・・・そんな・・・じゃあ・・・」
ネロが肩を落とすと、まぁ待て、とその日初めて、ルーオス公爵は笑みを浮かべた。
「・・・貴族として住まわせてやる事はできぬ。だが、使用人としてであれば・・・構わんだろう」
「あなた・・・!」
「父上様・・・!」
「ちちうえさま・・・!」
ルーオス夫人も、ニーナも、ネロも、メイドも兵士も、喜びの声をあげる。それを見ながら、ユーガは首を傾げた。すると、ネロが視線をこちらに向けて来て、にっ、と笑みを浮かべた。
「おまえはここにすんでいいってこと、やったな!」
「・・・い、いいの・・・?」
「うん!」
ユーガが尋ねると、ネロもルーオス公爵も頷いた。ユーガは胸に渦巻く喜び、そして感謝の気持ちを感じて、その目に涙を浮かべながら、小さく頭を下げた。
「・・・よ、よろしくおねがいします・・・!」
こうして、ユーガはルーオス邸にて、使用人としてーその一歩を、踏み出したのだった。
それから、七年。
十二歳となったユーガとネロは、中庭にて木刀で稽古を重ねていた。カン、と木刀同士がぶつかり合う心地の良い音が響き、ユーガは一息ついた。
「・・・やっぱりネロは強いなぁ、全然隙がないし」
「んな事ねぇよ」と、ネロは汗を拭きながらユーガに視線を向けた。「・・・それに、もっと強くならねぇとだからさ」
「ネロ・・・」
そう。それは、二年前のこと。その日、ユーガとネロとニーナと兵士達は、ケインシルヴァ王国のレイフォルス渓谷というところへ、調査に来ていた。兵士達がネロ達から離れ、調査を開始したところーネロに魔物が襲いかかり、ユーガも兵士も、それを助けられない場所へいてしまった。魔物が大きく口を開きもうダメか、とネロが目を閉じた、その刹那ー大きく吹き飛ばされ、ネロはハッと起き上がって魔物に視線を向けてー見た。見てしまった。ニーナが、ネロを突き飛ばして渓谷に落ちていくその様を。ーニーナは即死だった。
「・・・戦えなかったのが原因だ。だから俺はもっと・・・強くなりたい」
「・・・うん、俺も」
ネロの言葉にユーガは頷いて、チラリと視線を横に向けた。そこには、綺麗な花々が咲き乱れる中に一つある、墓。そこに、ニーナは眠りについている。そう、永遠に。
「そして、俺が守るんだ。力を持ってない人達の事も、危険な状況に陥ってる人でも」
ネロがそう決意を固めると、ユーガは再度頷いて、よし、と木刀を構えた。
「・・・もっと強くなろう、ネロ」
「ユーガ・・・、あぁ、そうだな」
そうして、何時間が経過しただろうか。すっかり夕暮れ時にもなった頃、メイドの一人が稽古中のユーガ達を呼び止めた。
「二人とも、稽古もいいけどそろそろその服も小さくなってるでしょう」
「特にユーガがなぁ・・・」
「ネロも大概だと思うぞ・・・?」
二人で視線を合わせると、メイドは嘆息して持っていた箱を地面に置いて、その中からそれぞれ二つずつユーガとネロに差し出した。それは、ユーガ達の新しい服。ユーガに手渡された方は白色、ネロに手渡された方は赤色だ。
「お~、ついにできたか!」
ネロが喜ばしそうにネロとユーガの服に視線を交互に向けていると、メイドがユーガにこっそり耳打ちをした。
「これ、ネロ様がわざわざ貴方と自分のを頼んだのよ」
「え、そうだったんですか・・・?」
ユーガが尋ねるとメイドは頷いてユーガから離れ、それぞれに着てみるように促した。ユーガは今着ている服を脱いで新しい服に体を通してみる。ーあれ、黒い服も一緒についてる。この半袖の方が下に着るやつか。
「・・・おぉ、めちゃくちゃサイズぴったり・・・!」
それは、無地の白い服に茶色いボタンがついていて、服の上側は開くが下側は閉じるという、かなり奇抜な服だった。だがかなり動きやすく、耐久性もかなりありそうだ。ーやっぱり黒の半袖の服は下に着るやつだった。これ無かったら服の上部分でユーガの胸が完全に出てた。危ない危ない。そんなユーガを横目にネロも服を通してみると、おぉ、とユーガとメイドから思わず声が漏れた。
「何だよ、物珍しそうな顔して」
「いや」とユーガは首に母の肩身のマフラーを巻きながら、ネロに視線を向けた。「王族っぽいなぁって思って」
ユーガの目の前のネロは、全体的に赤いジャケットのような服ではあるが前側の開いた部分を抑えるために胸の部分に金属の装飾が、右胸の部分には剣を、左胸には盾を模した装飾が施されており、一眼で高貴とわかるほど、ネロは雰囲気が変わっていた。だが、ネロは呆れたように、おいおい、と目を細めてユーガに視線を向けた。
「それじゃさっきまでは王族っぽく無かったってことかよ」
「そ、そういうわけじゃないって!」
慌てて否定するとネロは、ふっ、と笑みを浮かべて、わかってるわかってる、と答えた。ユーガは自分の服をもう一度見て、おぉ、と声が漏れた。赤いマフラーに白い服。ネロがユーガの服装を見て感激しているのに気づいて、はは、と笑みを浮かべた。
「お前、赤が好きって言ってたろ?服の色を黒か白かで悩んだんだが、白で正解だったみたいだな」
「うん、これめちゃくちゃ好きな服!ネロ、ありがとう!」
「いいって事よ、気にすんな」
「それと、二人にはこれも」
メイドがそう言って差し出したのは、それぞれ持っている剣ー木刀の事ではなくユーガ達がそれぞれ持っている真剣ーがちょうど収まる大きさの金具でユーガ達はそれぞれ、それを受け取って真剣を、ユーガは背中の下の腰に横向きにつけ、ネロは腰横につけた。これはどうやらメイドからのサプライズであったようで、ネロもこれには驚いていた。
「貴方達はきっとこれから・・・ネロ様は分かりませんが、ユーガ君は特に外の世界に調査に出たりする事もあると思います。その際に、剣士ならば必要でしょう?」
「・・・うん、ありがとうございます。フィラルさん」
「何から何まで悪いな、フィラル」
ユーガはそう例を言って、メイドーフィラルに頭を下げた。ネロも例を言うと、勿体無いお言葉です、と逆にフィラルが深々と頭を下げた。ユーガは自分が身につけている新品の白い服と赤いマフラー、そして腰についた真剣を眺めて、へへ、と笑みを浮かべた。
「どうした?」
そんなユーガを見てネロが尋ねると、いや、とユーガは空を見上げて口を開いた。
「・・・俺、ここに来た時は皆がこんなに俺によくしてくれるなんて思ってなくて・・・」
「はは、あの時俺が気付いて正解だったな」
「うん、ホントにな」
「過去は辛いかもしれないが、俺達は今を生きてる。とにかく今を全力で楽しく生きれるよう、頑張ろうぜ、親友」
「・・・あぁ、そうだな!」
フィラルは笑顔を浮かべるユーガとネロを見つめて、ふ、と笑みを浮かべた。ーが、それもすぐに厳しい表情に消え、その厳しい表情のままユーガ達に視線を向けた。
「でも、木刀で何回も稽古をする事と真剣での稽古はまだ禁止だからお気をつけくださいね」
「はーい」とユーガは答え、さらに言葉を継いだ。「このホルダーは必要な時になるまで、って事ですよね」
「フィラルは厳しいからなぁ、まぁ当然か」
二人は真剣を一度外してそれぞれホルダーと共にベンチの上に乗せて、よし、とユーガとネロはそれぞれ木刀を構えた。
「よ~し、じゃあもう一回稽古な、ユーガ!」
「あぁ、いくぜ!」
「その前に」と、フィラルから再度厳しい口調が響き、ユーガ達は同じタイミングでフィラルに視線を向けた。「ちゃんと水分補給をお忘れなく。夕暮れ時とはいえ、ちゃんと水分を取らなければ熱中症になってしまいますよ」
ユーガ達は再度顔を見合わせて構えた木刀を下げ、フィラルが差し出したお茶に口をつけた。ひんやりとした水が体内に入り込んでくる事を感じながら、ユーガとネロはティーブレイクとした。
それからさらに、四年。
十六歳となったユーガは、客席の料理の準備をしていた。髪をポニーテールに束ね、トントン、と包丁で野菜を切る音と共に鍋に通していた火が水を沸騰させるボコボコという音が部屋には響いており、ユーガは事前に作っていた煮物の味見をした。
「・・・うん、美味しい」
そう呟いて、煮物の味付けはこれでいいかな、と判断して先程切っていた野菜を沸騰した鍋に入れる。ある程度野菜が柔らかくなったら味噌を入れて溶かし、さらに味付けをする。スープもこれで大丈夫だろう。ユーガは一息ついて料理の仕上げをし、料理を皿に盛り付ける。
「あ、あの・・・ユーガ君」
背後から女性の声が聞こえ、ユーガは背後を振り返るとそこにはメイドの一人ーユーガよりも二つ年下のメイドの女性ーが立っていて、もじもじと何かを言いたげにしていた。
「ん?どうした?」
首を傾げると、メイドは顔を真っ赤にして、何でもない!と叫んで逃げてしまった。ユーガは頭を掻いて、まぁいいや、と納得して皿に盛りつけの続きをする。料理の盛り付けまで完了し、ユーガは結んでいた髪を解いて右肩から前に垂れ流す。これが最近髪が伸びたユーガがよくやる事なのだが、単純に切るのがちょっと面倒だから少しでも短く見えるようにこうしてるだけだ。
「・・・よし、できた!」
ユーガは汗を拭いて頷き、時計を見た。客人が来るとルーオス公爵は言っていたが、もうそろそろ来る頃だ。今日はその席に出席する予定もなかったはずなので、とりあえずは部屋に待機していていいだろう。ひとまず料理を大広間に並べ、人数分の皿とフォークとスプーンを、それぞれ用意する。確か、今日はネロも出席しないって言ってたっけ?
「聞いたか?今日の客人」
「あぁ、聞いた聞いた」
そんな声が聞こえてきて、ユーガは声の方に顔を向けると兵士達が顔を合わせてひそひそと話していた。その声をよく聞くために、ユーガは意識をそちらに向けー。
「こら、ユーガ君?ちゃんと働きなさい」
ユーガと共に準備をしていたフィラルに咎められ、慌てて準備を進めた。そんなユーガを横目に、兵士たちは話を進める。もちろん、もうユーガにはその声は届いていないが。
「『ケインシルヴァの天才魔導士』が来るんだってな。何の用なんだろうな」
「確か、研究費用のお礼とかじゃなかったか?ネロ様が昔、顔も知らない『ケインシルヴァの天才魔導士』の研究費用を公爵様にねだってただろ?」
「あぁ、そのお礼って事か…どんな顔なんだろうな、『ケインシルヴァの天才魔導士』は…大いに興味があるな」
ユーガは一通りのテーブルの準備を終えると、ちら、と時計を見て時間を確認した。ーそれと同時に大広間の扉が開き、そこからルーオス公爵とルーオス夫人が現れる。ユーガは公爵と夫人へ敬礼をすると、ルーオス公爵は軽く手をユーガに向けて敬礼をやめるように指示をした。その指示通りに敬礼を解くと、ルーオス公爵の鋭い瞳に、ユーガは見つめられた。
「ユーガよ。この度は料理の配置、また大広間の準備ご苦労であった」
「はっ、もったいないお言葉でございます」
「もったいなくなどあるまい。これはお世辞でも何でもなく、貴公の料理の腕は超一流と言っていい」
「・・・!あ、ありがとうございます・・・しかし、私は皆様と『絆』を信じて行動したまでで・・・!」
「そう謙遜するな」とルーオス公爵は時計に目をやり、再度ユーガに視線を戻した。「ユーガ、我らはここで客人と対談を行わねばならない。もう下がって良いぞ」
「わ、わかりました!」
ユーガは慌てて部屋から出て、玄関の方は通らずにネロの部屋へと向かう。このまま部屋で待機していても良いとは思ったが、どうせならネロと過ごしたかった。小さくノックをして名前を呼ぶと、ネロの声が聞こえてきて扉を開けると、ベッドにはネロが座って本を読んでいた。
「何読んでるんだ?」
「ん~?世界の色んな剣を見てるんだよ」
「・・・剣?」
「あぁ、ほら」
ユーガがネロの持ってる本を覗き込むと、そこには確かに世界中の剣や流派が載っていた。へぇ、とユーガは感心してネロの隣に座り、ネロの読むスピードに合わせてユーガも色々な剣や流派を見ると、ネロが不意に顔を上げて天井を見上げた。
「・・・なんか腹減っちまったなぁ」
「今、お客さんが来てるからまだご飯は先になるかもしれないしな・・・よければなんか作って持ってくるか?」
「お、いいのか?じゃあお願いしようかなぁ」
ネロがユーガに笑顔を向けると、ユーガは頷いて一度ベッドから立ち上がって部屋を出る。中庭を通って再度キッチンへ向かうと、そこには先ほどユーガを呼び止めたが立ち去ったメイドが皿の洗い物をしていた。
「洗い物?ごめんな、任せっきりにしちゃって」
「え、あ、い、いいのよ・・・これが私の仕事でもあるから・・・」
「でも、本当に感謝してる。・・・ありがとな!」
ユーガがそう言うと、メイドは少し顔を赤らめてユーガから視線を逸らした。ユーガは少し首を傾げたが、ネロが腹を空かしている事を思い出して食材を冷やす事のできる機械、冷房機械を開けて、中に入っている食材を見る。じゃがいもに豚肉、こんにゃくが中には入っていて、簡単に作れそうなものはー。
「・・・肉じゃがかなぁ」
「も、もしかしてネロ様がお腹を・・・?」
ユーガの呟きにメイドが反応すると、ユーガは頷いて食材を取り出す。準備をしながら再度髪をポニーテールに束ねると、ごふっ、という声が隣から聞こえてきた。ユーガは驚いて顔を上げると、メイドが口を押さえてユーガを見ており、ユーガは立ち上がってメイドの隣に立って声をかけた。
「大丈夫か?体調悪いなら無理に・・・」
「だ、大丈夫・・・ちょっとそのご尊顔を離してくれれば治るから・・・」
「へ?」
顔を離して体調が治るというのはよくわからないが、とりあえず大丈夫そうならいっか・・・?ユーガは首を傾げながらも納得して、再度料理の準備を進めた。しばらくして、完成した肉じゃがをネロの部屋へと持っていくと、ネロは美味しそうに肉じゃがを頬張った。ユーガは微笑んで椅子に座って頬張るネロを眺める。ネロは肉じゃががかなり好きで、特にユーガが味付けをする肉じゃがが好きらしい。肉じゃがを食べ終わり、ネロはユーガに視線を戻すと、ユーガはいつの間にか眠りについてしまっており、微かな寝息を立ててしまっていた。ネロは笑みを浮かべて小さく嘆息し、毛布をユーガにかけた。まったく、世話の焼ける。使用人の仕事とはいえ、早朝から起きて料理の準備などをしていたのだ。多少は疲労だって溜まるだろう。
「・・・やれやれ、頑張りすぎんなよ・・・親友」
ネロはユーガのポニーテールのままの髪を解いてやり、寝息を立てるユーガから視線を外し、できるだけ音を立てないように部屋を出た。部屋には一人、髪が微風に揺れながら眠りにつく心優しき、『絆を信じる剣士』が残された。彼が夢で見るのは、果たして『絆の未来』か、それとも『戦慄の予兆』かーそれはまだ、誰にもわからない。
ーこの楽観的でかつ絆を信じ、仲間を信じる彼が一年後、『己の信念を貫く双銃士』と、仲間達と共に世界すら巻き込む旅に出るのは、また別のお話ー。
「・・・あ、あの・・・」
ぼそりと呟いたその声が、二人で話していたうちの一人の兵士の耳に届く。それにしても、兵士さんは皆身長大きいなぁ。
「ん?どうしたんだい坊や」
目線を合わせて話しかけてくれて、多少は怖くなくなったが、やはりこの兵士さんがつけてるロボットのような服は中々に怖い。震えそうな声を何とか抑えて、『彼』は兵士さんに向けて口を開いた。
「あの、ねろさまがよんでて・・・へいしさんをひとりつれてきてくれって」
「ネロ様がかい・・・?わかった、すぐに向かうよ。ありがとう」
硬い手で頭を撫でられ、少し痛かったが『彼』はそれを我慢して頷いた。顔を上げると兵士の一人が走って立ち去っていき、残ったもう一人の兵士が『彼』の事をまじまじと見つめた。
「・・・この子があのサンエット家の末裔か・・・」
兵士は、目の前に少し怯えた表情を浮かべる『彼』ーユーガ・サンエットを見つめて、ふむ、と腕を組んだ。ぼさっとした髪に赤いマフラー、ぼろぼろになった白い服を纏って黒いズボンを履いており、とても貴族の子とは思えない見た目だ。だが、彼が大事そうに持つその剣は確かに、サンエット家の末裔という事を示していた。その剣は、この街ーケインシルヴァ王国の首都、ガイアの街を守っていた傭兵である、テリー・サンエットの持つ剣であったから。きっと、これだけを持って『あの事件』から逃げ出して来たのだろう。そして、この剣を持っているという事はきっとー。
「・・・君のお父さんは・・・まさか・・・」
「・・・うん」
兵士がそこまで呟くと、ユーガは俯いて頷いた。その動作に、兵士は正直驚愕した。まだ五歳という幼さで、人の死というものを彼は完全に理解していたのだ。全く末恐ろしい子だ、と兵士は苦笑して、目の前のユーガの頭を撫でた。
「・・・君は確か、昨日ネロ様と一緒にここに来たんだったね。まだこの家の事も理解していないだろう?」
兵士が尋ねると、ユーガは再度頷いた。兵士もそれを確認して頷き、よし、と立ち上がってユーガを見つめて笑顔を浮かべた。とはいってもこの甲冑のせいで見えてないとは思うけども。
「じゃあ俺がこの家を案内してあげようか」
「・・・うん」
ほら、と左手を差し出すと、左手に剣を抱き抱えて右手を上に伸ばしてくる。兵士はその手を取って、ぎゅっと手を握りしめる。
「ちっちゃ」
思わず声が漏れたが、ユーガには聞こえていなかったようだ。ほっと兵士は安堵して、この家ールーオス邸の案内を始めようとした、その矢先。
「・・・おにいちゃん」
と、手を繋いだまま横を歩くユーガに呼ばれて、兵士はそちらへ視線を向けると、ユーガは不思議そうな顔で兵士を見上げていた。
「・・・あの、なんでさっき、わらってたの?」
「えっ」
思わず再度声が漏れた。先程というのは、おそらく立ち上がる直前の話だろう。だが、おかしい。
「・・・見えているのかい?この頭につけてるやつのせいで見えないと思ってたんだけど・・・」
そう尋ねると、ユーガは頷いて兵士の顔を再度見上げた。
「・・・ぼく、めがいいから。すごくとおくのものでも、はっきりとみえる」
それにしてもーそうだったとしても、この視力の良さは異常だ。ーまさか。
「この赤い眼・・・ま、まさか『緋眼』なのか・・・?」
「?」
いや、それはないだろう。確かに彼の瞳は太陽のような赤色で、まるで燃え盛るような緋色だ。だが、視力の良さと眼の色だけで判断するにはあまりにもー。
「だ、だが・・・」
そうと言わなければ、この異常な視力は何と説明すればいい?昔習ったことがある。人は生まれつき、何かしらの特殊能力を持つ事ができる。それが、固有能力。だがごく稀に、特殊な瞳を持ち五感が異常に鋭くなる極めて珍しい固有能力を持って生まれてくる人間がいる。それが、まさかこの子に備わっているとでもいうのかー?
「おにいちゃん・・・?」
ユーガの声にハッとすると、ユーガが心配そうに見上げていた。どうやら長考しすぎてしまっていたらしい。兵士は慌てて首を振って考えを逸らし、再度足を踏み出した。
「すまないね、ちょっと考え事をしててさ」
「ふぅん・・・?」
首を傾げるユーガを横目に、兵士は一度嘆息して気を引き締め直した。
「ユーガ」
ルーオス邸の探検中、兵士と共に歩いていたユーガは鋭くとも低い声に呼び止められた。振り返ると、そこにはこの家の主でもあり先程話題にも出ていたネロの父親のルーオス公爵だ。横に立っていた兵士は慌てて敬礼をすると、ルーオス公爵はその兵士に向かって何かを囁くと、兵士はそのままどこかへと立ち去ってしまった。その場に残されたユーガはルーオス公爵に見つめられ、だんだんと恐怖心が現れ始めー。
「こちらへ来なさい。少し話をしたい」
そう言われて先に歩き始めたルーオス公爵にユーガもその後に続くと、案内されたのは大きな大きな部屋。椅子がたくさん並んでいたり大きな机があったりと、元々我が家にあった大広間よりも何倍も大きな大広間が、彼の目の前にはあった。
「どうぞ」
近くに立っていたメイドの一人が椅子を引き、ユーガを抱っこで持ち上げて椅子に座らせてくれた。ありがとうございます、と礼を言うと一度頭を撫でられたあと、そのメイドは後ろへと下がっていった。それを確認して周囲を見渡すと、そこにはルーオス公爵、その妻であるルーオス夫人、ネロの姉であるニーナ、そしてネロがいた。
「・・・さて、ユーガ・サンエットよ。貴公はなぜ、あのような場所で倒れていたのだ?」
それは、昨日のこと。ネロと兵士達が街に買い出しに出ると、ガイアの街の貴族街の一軒で火事があったという通報があった。買い物のついでにそこの近くへ行ってみたところ、雨が降り始めた街の通路の一本に『彼』ーユーガが倒れていたのだ。そんなユーガを放っては置けず、ネロはこの家にユーガを招き入れたのだった。
「・・・え、えっと・・・クィーリアのひとたちがいっぱいきて・・・いえがもやされちゃって・・・ははうえからぼくだけでもにげろって・・・」
「・・・おお、可哀想に・・・」
ルーオス夫人はユーガの話を聞いて、口元に手を当てた。ネロは口を挟まず聞いていたが、子供ながらにきっと家族を失ってしまったのだろう、ということだけはわかった。
「では次にネロ。なぜ、この者をこの家に?ここは王家直下の王族邸、ルーオス家だ。メイドや兵士以外の貴族を招き入れるなど言語道断」
「ち、父上様・・・ユーガ君はお辛い経験をしたのですから、そのように・・・」
ニーナが口を挟むと、ルーオス公爵はそれを手で制してネロに視線を向けた。ネロはセンター分けにした青髪から金の瞳を覗かせて、強い信念を感じる視線をルーオス公爵に向けた。
「・・・おれは、めのまえでこまってるひとをほうってなんておけません。それだけです」
近くに立って話を聞いていた兵士、それにメイドは驚愕した。彼はーネロは五歳という幼さにして、これほどの事を言い切った。全く、ユーガといいネロといい、正直恐ろしい子達だ、と鳥肌を立てた。
「・・・結構。しかし、ユーガを当然貴族としてここに住まわせてやるわけにはいかぬのだ。我等はルーオス家として、ここに住んでいるのだからな」
「・・・そんな・・・じゃあ・・・」
ネロが肩を落とすと、まぁ待て、とその日初めて、ルーオス公爵は笑みを浮かべた。
「・・・貴族として住まわせてやる事はできぬ。だが、使用人としてであれば・・・構わんだろう」
「あなた・・・!」
「父上様・・・!」
「ちちうえさま・・・!」
ルーオス夫人も、ニーナも、ネロも、メイドも兵士も、喜びの声をあげる。それを見ながら、ユーガは首を傾げた。すると、ネロが視線をこちらに向けて来て、にっ、と笑みを浮かべた。
「おまえはここにすんでいいってこと、やったな!」
「・・・い、いいの・・・?」
「うん!」
ユーガが尋ねると、ネロもルーオス公爵も頷いた。ユーガは胸に渦巻く喜び、そして感謝の気持ちを感じて、その目に涙を浮かべながら、小さく頭を下げた。
「・・・よ、よろしくおねがいします・・・!」
こうして、ユーガはルーオス邸にて、使用人としてーその一歩を、踏み出したのだった。
それから、七年。
十二歳となったユーガとネロは、中庭にて木刀で稽古を重ねていた。カン、と木刀同士がぶつかり合う心地の良い音が響き、ユーガは一息ついた。
「・・・やっぱりネロは強いなぁ、全然隙がないし」
「んな事ねぇよ」と、ネロは汗を拭きながらユーガに視線を向けた。「・・・それに、もっと強くならねぇとだからさ」
「ネロ・・・」
そう。それは、二年前のこと。その日、ユーガとネロとニーナと兵士達は、ケインシルヴァ王国のレイフォルス渓谷というところへ、調査に来ていた。兵士達がネロ達から離れ、調査を開始したところーネロに魔物が襲いかかり、ユーガも兵士も、それを助けられない場所へいてしまった。魔物が大きく口を開きもうダメか、とネロが目を閉じた、その刹那ー大きく吹き飛ばされ、ネロはハッと起き上がって魔物に視線を向けてー見た。見てしまった。ニーナが、ネロを突き飛ばして渓谷に落ちていくその様を。ーニーナは即死だった。
「・・・戦えなかったのが原因だ。だから俺はもっと・・・強くなりたい」
「・・・うん、俺も」
ネロの言葉にユーガは頷いて、チラリと視線を横に向けた。そこには、綺麗な花々が咲き乱れる中に一つある、墓。そこに、ニーナは眠りについている。そう、永遠に。
「そして、俺が守るんだ。力を持ってない人達の事も、危険な状況に陥ってる人でも」
ネロがそう決意を固めると、ユーガは再度頷いて、よし、と木刀を構えた。
「・・・もっと強くなろう、ネロ」
「ユーガ・・・、あぁ、そうだな」
そうして、何時間が経過しただろうか。すっかり夕暮れ時にもなった頃、メイドの一人が稽古中のユーガ達を呼び止めた。
「二人とも、稽古もいいけどそろそろその服も小さくなってるでしょう」
「特にユーガがなぁ・・・」
「ネロも大概だと思うぞ・・・?」
二人で視線を合わせると、メイドは嘆息して持っていた箱を地面に置いて、その中からそれぞれ二つずつユーガとネロに差し出した。それは、ユーガ達の新しい服。ユーガに手渡された方は白色、ネロに手渡された方は赤色だ。
「お~、ついにできたか!」
ネロが喜ばしそうにネロとユーガの服に視線を交互に向けていると、メイドがユーガにこっそり耳打ちをした。
「これ、ネロ様がわざわざ貴方と自分のを頼んだのよ」
「え、そうだったんですか・・・?」
ユーガが尋ねるとメイドは頷いてユーガから離れ、それぞれに着てみるように促した。ユーガは今着ている服を脱いで新しい服に体を通してみる。ーあれ、黒い服も一緒についてる。この半袖の方が下に着るやつか。
「・・・おぉ、めちゃくちゃサイズぴったり・・・!」
それは、無地の白い服に茶色いボタンがついていて、服の上側は開くが下側は閉じるという、かなり奇抜な服だった。だがかなり動きやすく、耐久性もかなりありそうだ。ーやっぱり黒の半袖の服は下に着るやつだった。これ無かったら服の上部分でユーガの胸が完全に出てた。危ない危ない。そんなユーガを横目にネロも服を通してみると、おぉ、とユーガとメイドから思わず声が漏れた。
「何だよ、物珍しそうな顔して」
「いや」とユーガは首に母の肩身のマフラーを巻きながら、ネロに視線を向けた。「王族っぽいなぁって思って」
ユーガの目の前のネロは、全体的に赤いジャケットのような服ではあるが前側の開いた部分を抑えるために胸の部分に金属の装飾が、右胸の部分には剣を、左胸には盾を模した装飾が施されており、一眼で高貴とわかるほど、ネロは雰囲気が変わっていた。だが、ネロは呆れたように、おいおい、と目を細めてユーガに視線を向けた。
「それじゃさっきまでは王族っぽく無かったってことかよ」
「そ、そういうわけじゃないって!」
慌てて否定するとネロは、ふっ、と笑みを浮かべて、わかってるわかってる、と答えた。ユーガは自分の服をもう一度見て、おぉ、と声が漏れた。赤いマフラーに白い服。ネロがユーガの服装を見て感激しているのに気づいて、はは、と笑みを浮かべた。
「お前、赤が好きって言ってたろ?服の色を黒か白かで悩んだんだが、白で正解だったみたいだな」
「うん、これめちゃくちゃ好きな服!ネロ、ありがとう!」
「いいって事よ、気にすんな」
「それと、二人にはこれも」
メイドがそう言って差し出したのは、それぞれ持っている剣ー木刀の事ではなくユーガ達がそれぞれ持っている真剣ーがちょうど収まる大きさの金具でユーガ達はそれぞれ、それを受け取って真剣を、ユーガは背中の下の腰に横向きにつけ、ネロは腰横につけた。これはどうやらメイドからのサプライズであったようで、ネロもこれには驚いていた。
「貴方達はきっとこれから・・・ネロ様は分かりませんが、ユーガ君は特に外の世界に調査に出たりする事もあると思います。その際に、剣士ならば必要でしょう?」
「・・・うん、ありがとうございます。フィラルさん」
「何から何まで悪いな、フィラル」
ユーガはそう例を言って、メイドーフィラルに頭を下げた。ネロも例を言うと、勿体無いお言葉です、と逆にフィラルが深々と頭を下げた。ユーガは自分が身につけている新品の白い服と赤いマフラー、そして腰についた真剣を眺めて、へへ、と笑みを浮かべた。
「どうした?」
そんなユーガを見てネロが尋ねると、いや、とユーガは空を見上げて口を開いた。
「・・・俺、ここに来た時は皆がこんなに俺によくしてくれるなんて思ってなくて・・・」
「はは、あの時俺が気付いて正解だったな」
「うん、ホントにな」
「過去は辛いかもしれないが、俺達は今を生きてる。とにかく今を全力で楽しく生きれるよう、頑張ろうぜ、親友」
「・・・あぁ、そうだな!」
フィラルは笑顔を浮かべるユーガとネロを見つめて、ふ、と笑みを浮かべた。ーが、それもすぐに厳しい表情に消え、その厳しい表情のままユーガ達に視線を向けた。
「でも、木刀で何回も稽古をする事と真剣での稽古はまだ禁止だからお気をつけくださいね」
「はーい」とユーガは答え、さらに言葉を継いだ。「このホルダーは必要な時になるまで、って事ですよね」
「フィラルは厳しいからなぁ、まぁ当然か」
二人は真剣を一度外してそれぞれホルダーと共にベンチの上に乗せて、よし、とユーガとネロはそれぞれ木刀を構えた。
「よ~し、じゃあもう一回稽古な、ユーガ!」
「あぁ、いくぜ!」
「その前に」と、フィラルから再度厳しい口調が響き、ユーガ達は同じタイミングでフィラルに視線を向けた。「ちゃんと水分補給をお忘れなく。夕暮れ時とはいえ、ちゃんと水分を取らなければ熱中症になってしまいますよ」
ユーガ達は再度顔を見合わせて構えた木刀を下げ、フィラルが差し出したお茶に口をつけた。ひんやりとした水が体内に入り込んでくる事を感じながら、ユーガとネロはティーブレイクとした。
それからさらに、四年。
十六歳となったユーガは、客席の料理の準備をしていた。髪をポニーテールに束ね、トントン、と包丁で野菜を切る音と共に鍋に通していた火が水を沸騰させるボコボコという音が部屋には響いており、ユーガは事前に作っていた煮物の味見をした。
「・・・うん、美味しい」
そう呟いて、煮物の味付けはこれでいいかな、と判断して先程切っていた野菜を沸騰した鍋に入れる。ある程度野菜が柔らかくなったら味噌を入れて溶かし、さらに味付けをする。スープもこれで大丈夫だろう。ユーガは一息ついて料理の仕上げをし、料理を皿に盛り付ける。
「あ、あの・・・ユーガ君」
背後から女性の声が聞こえ、ユーガは背後を振り返るとそこにはメイドの一人ーユーガよりも二つ年下のメイドの女性ーが立っていて、もじもじと何かを言いたげにしていた。
「ん?どうした?」
首を傾げると、メイドは顔を真っ赤にして、何でもない!と叫んで逃げてしまった。ユーガは頭を掻いて、まぁいいや、と納得して皿に盛りつけの続きをする。料理の盛り付けまで完了し、ユーガは結んでいた髪を解いて右肩から前に垂れ流す。これが最近髪が伸びたユーガがよくやる事なのだが、単純に切るのがちょっと面倒だから少しでも短く見えるようにこうしてるだけだ。
「・・・よし、できた!」
ユーガは汗を拭いて頷き、時計を見た。客人が来るとルーオス公爵は言っていたが、もうそろそろ来る頃だ。今日はその席に出席する予定もなかったはずなので、とりあえずは部屋に待機していていいだろう。ひとまず料理を大広間に並べ、人数分の皿とフォークとスプーンを、それぞれ用意する。確か、今日はネロも出席しないって言ってたっけ?
「聞いたか?今日の客人」
「あぁ、聞いた聞いた」
そんな声が聞こえてきて、ユーガは声の方に顔を向けると兵士達が顔を合わせてひそひそと話していた。その声をよく聞くために、ユーガは意識をそちらに向けー。
「こら、ユーガ君?ちゃんと働きなさい」
ユーガと共に準備をしていたフィラルに咎められ、慌てて準備を進めた。そんなユーガを横目に、兵士たちは話を進める。もちろん、もうユーガにはその声は届いていないが。
「『ケインシルヴァの天才魔導士』が来るんだってな。何の用なんだろうな」
「確か、研究費用のお礼とかじゃなかったか?ネロ様が昔、顔も知らない『ケインシルヴァの天才魔導士』の研究費用を公爵様にねだってただろ?」
「あぁ、そのお礼って事か…どんな顔なんだろうな、『ケインシルヴァの天才魔導士』は…大いに興味があるな」
ユーガは一通りのテーブルの準備を終えると、ちら、と時計を見て時間を確認した。ーそれと同時に大広間の扉が開き、そこからルーオス公爵とルーオス夫人が現れる。ユーガは公爵と夫人へ敬礼をすると、ルーオス公爵は軽く手をユーガに向けて敬礼をやめるように指示をした。その指示通りに敬礼を解くと、ルーオス公爵の鋭い瞳に、ユーガは見つめられた。
「ユーガよ。この度は料理の配置、また大広間の準備ご苦労であった」
「はっ、もったいないお言葉でございます」
「もったいなくなどあるまい。これはお世辞でも何でもなく、貴公の料理の腕は超一流と言っていい」
「・・・!あ、ありがとうございます・・・しかし、私は皆様と『絆』を信じて行動したまでで・・・!」
「そう謙遜するな」とルーオス公爵は時計に目をやり、再度ユーガに視線を戻した。「ユーガ、我らはここで客人と対談を行わねばならない。もう下がって良いぞ」
「わ、わかりました!」
ユーガは慌てて部屋から出て、玄関の方は通らずにネロの部屋へと向かう。このまま部屋で待機していても良いとは思ったが、どうせならネロと過ごしたかった。小さくノックをして名前を呼ぶと、ネロの声が聞こえてきて扉を開けると、ベッドにはネロが座って本を読んでいた。
「何読んでるんだ?」
「ん~?世界の色んな剣を見てるんだよ」
「・・・剣?」
「あぁ、ほら」
ユーガがネロの持ってる本を覗き込むと、そこには確かに世界中の剣や流派が載っていた。へぇ、とユーガは感心してネロの隣に座り、ネロの読むスピードに合わせてユーガも色々な剣や流派を見ると、ネロが不意に顔を上げて天井を見上げた。
「・・・なんか腹減っちまったなぁ」
「今、お客さんが来てるからまだご飯は先になるかもしれないしな・・・よければなんか作って持ってくるか?」
「お、いいのか?じゃあお願いしようかなぁ」
ネロがユーガに笑顔を向けると、ユーガは頷いて一度ベッドから立ち上がって部屋を出る。中庭を通って再度キッチンへ向かうと、そこには先ほどユーガを呼び止めたが立ち去ったメイドが皿の洗い物をしていた。
「洗い物?ごめんな、任せっきりにしちゃって」
「え、あ、い、いいのよ・・・これが私の仕事でもあるから・・・」
「でも、本当に感謝してる。・・・ありがとな!」
ユーガがそう言うと、メイドは少し顔を赤らめてユーガから視線を逸らした。ユーガは少し首を傾げたが、ネロが腹を空かしている事を思い出して食材を冷やす事のできる機械、冷房機械を開けて、中に入っている食材を見る。じゃがいもに豚肉、こんにゃくが中には入っていて、簡単に作れそうなものはー。
「・・・肉じゃがかなぁ」
「も、もしかしてネロ様がお腹を・・・?」
ユーガの呟きにメイドが反応すると、ユーガは頷いて食材を取り出す。準備をしながら再度髪をポニーテールに束ねると、ごふっ、という声が隣から聞こえてきた。ユーガは驚いて顔を上げると、メイドが口を押さえてユーガを見ており、ユーガは立ち上がってメイドの隣に立って声をかけた。
「大丈夫か?体調悪いなら無理に・・・」
「だ、大丈夫・・・ちょっとそのご尊顔を離してくれれば治るから・・・」
「へ?」
顔を離して体調が治るというのはよくわからないが、とりあえず大丈夫そうならいっか・・・?ユーガは首を傾げながらも納得して、再度料理の準備を進めた。しばらくして、完成した肉じゃがをネロの部屋へと持っていくと、ネロは美味しそうに肉じゃがを頬張った。ユーガは微笑んで椅子に座って頬張るネロを眺める。ネロは肉じゃががかなり好きで、特にユーガが味付けをする肉じゃがが好きらしい。肉じゃがを食べ終わり、ネロはユーガに視線を戻すと、ユーガはいつの間にか眠りについてしまっており、微かな寝息を立ててしまっていた。ネロは笑みを浮かべて小さく嘆息し、毛布をユーガにかけた。まったく、世話の焼ける。使用人の仕事とはいえ、早朝から起きて料理の準備などをしていたのだ。多少は疲労だって溜まるだろう。
「・・・やれやれ、頑張りすぎんなよ・・・親友」
ネロはユーガのポニーテールのままの髪を解いてやり、寝息を立てるユーガから視線を外し、できるだけ音を立てないように部屋を出た。部屋には一人、髪が微風に揺れながら眠りにつく心優しき、『絆を信じる剣士』が残された。彼が夢で見るのは、果たして『絆の未来』か、それとも『戦慄の予兆』かーそれはまだ、誰にもわからない。
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