cross of connect

ユーガ

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絆の邂逅編

第十一話 新たな旅へ

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「・・・それで?」
ルーオス邸にてトビは、ユーガの作った朝食ー少しだけ食べてあとはプリンをずっと食べているーを食べながら、スプーンをユーガに向けた。ん?とユーガが首を傾げると、トビは、はぁ、と溜め息をついた。
「ただ朝メシを食わせるためだけに俺をここに呼んだわけじゃねぇだろ?なぁ、ルイン」
「・・・ええ、そうですね」
そうなのか、とユーガは頬を掻いた。マハはこくりと頷き、カチン、と音を立ててフォークを皿に置いた。
「まず一つ、私の考察を聞いていただけますか」
ルインの真剣な顔に、全員が顔を引き締めた。ーもっとも、ユーガはチキンフィレオを食べながらだったが。
「初めに・・・私達がミヨジネアに行く前、ソルディオスにいましたよね」
ああ、とトビは頷く。
「ここで気になるのは、なぜ私達がソルディオスからミヨジネアの牢獄まで運ばれたのか、という事です」
「ソルディオスの人がたまたま旅行に出掛けてその船に乗っちゃったとか?」
ユーガの言葉にトビは、なわけあるか、と裏拳でユーガの鼻を軽く殴った。
「・・・何者かが私達を狙っていた、という事でしょうか・・・」
ミナが顎に手を当てて呟いた。それか、とルインは人差し指を立てる。
「私達に知られたくない事があったのか・・・ですね」
「ルインは」とユーガがチキンフィレオを頬張りながら聞く。「俺達に知られたくない事があったから、俺達はミヨジネアまで運ばれたって考えてるのか?」
ええ、とルインは紅茶ーアップルティーーを飲みながら頷いた。
「ま、そう考えるのが妥当だな。それに、あの村長の家の中には誰かいたみたいだったし、玄関に血が落ちてたからな」
と、トビがプリンーユーガのを勝手に取って食べているーを食べながらそう言った。
「・・・やっぱり、少なからずソルディオスには戻らなきゃだな」
ああ、と全員が頷くと、ガチャ、と扉が開いて寝起きのネロが頭を掻いて出てきた。
「・・・んぁ?何の話してるんだ?」
はは、とユーガ達は苦笑いをした。トビは呆れて、手を振っていたが。

「・・・まだかなぁ」
ユーガ達はネロがカヴィス王に会っている間、城の外で待ちぼうけを喰らっていた。ネロの話ではそこまでの時間はかからないと思われたが、甘かった、とユーガは後悔した。ちら、とトビを見ると、これならもう少しルーオス邸でゆっくりしていたかった、と愚痴っていた。
「そういえば、トビ。ちょっといいですか?」
と、唐突にルインがトビに視線を向けた。
「なんだよ」
「ユーガの作るご飯は美味しかったでしょう?特にー」
そこで少し区切り、ルインは少し意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「『プリン』は」
「!」
トビは切れ長な眼をさらに細めて、ルインを睨んだ。
「美味しかったですね・・・あのプリン・・・」
ミナの感想を、トビは腕を組んで無視した。もしかして、とユーガがトビを見る。
「・・・美味しく、なかったか・・・?」
そう聞くと、ルインとミナが、おや、という顔をした。なんだ?と思っていると、トビが、ふん、と鼻を鳴らした。
「・・・ま、まぁ・・・悪くはねぇんじゃねぇの」
顔を背けながら、トビはそう言った。少し頬が赤いように見えたが、まさかな、とユーガは思い直した。
「もしかして」とルインが小声でミナに口を寄せた。「ユーガ・・・トビが甘い物好きという事を知らないんでしょうか・・・」
「か、かもしれませんね・・・」
ミナが苦笑いすると、重い音と共にケインシルヴァ城の扉が開き、中からネロが歩いてきた。
「ユーガ、トビ。ちょっといいか?祖父上が呼んでる。ルイン、ミナ。悪ぃけどもうちょい待っててくれるか?」
ユーガは頷き、トビは舌打ちをしてネロの後を追いかけた。
「カヴィス王、何の用なんだろ?」
ユーガがそう呟くとトビが、さーな、と肩をすくめた。
「この二人っつー事はなんか特殊なんだろ」
「ネロはなんか聞いてないのか?」
ユーガが前を歩くネロを見ると、ネロは振り返って、さぁ、と手を振った。
「何も・・・ただ、ユーガとトビを呼んでくれって言ってきただけだし」
ふーん、と呟いてトビは右手を腰に当てた。ネロが謁見の間の扉をノックすると、入れ、とカヴィスの声が聞こえた。
「祖父上、ネロです。ユーガとトビを連れて参りました」
そう言って、ネロは謁見の間の扉を開けた。そこにはカヴィスがいつも通り座っていたが、至る所から包帯が覗いている。やはり、怪我をしているようだ。
「よく来た、ユーガ、トビよ」
仕方なくな、とトビは腕を組んで顔を背けた。ネロがトビを嗜めるように見たが、トビは溜息を一つ吐いただけであった。ユーガはそれを横目で見ながら、
「・・・カヴィス王、お話というのは・・・?」
と尋ねた。
「うむ・・・ユーガの固有能力について尋ねたい事があってな」
「・・・俺の・・・?」
ユーガは首を傾げながら、自分の眼にー緋色の眼に手を当てた。
「貴殿の固有能力は『緋眼』であった、という話を聞いている。それは真か?」
ええ、とユーガは意図が分からずながら答えた。では、とカヴィスはトビに視線を向けた。
「トビよ。・・・貴殿の固有能力は何だ?わしは貴殿の固有能力はー」
「・・・さーてねぇ?何だろうなぁ」
トビはカヴィスの言葉を遮って手を振った。
「おい、トビ!」
ネロが我慢ならない、というようにトビに詰め寄った。
「何だよ?俺にだって話したくねぇ事くらいある。しかもそれを敵国の人間に話せだ?冗談抜かすな」
はっ、とトビは嫌味を含んだ笑みを浮かべ、切れ長な眼をカヴィスに向けた。
「お前ら、ケインシルヴァの人間を信用できるわけねぇだろ。敵国の人間を易々と信じると思うなよ?お前らだってそうだろ?クィーリアの人間を易々と信じられんのかよ?」
それは、とネロ達は言葉に詰まった。ふん、と鼻を鳴らし、トビが踵を返そうとするとー。
「信じられるよ」
トビは足を止め、その声の正体を振り返った。その声の正体は、もちろんー。
「ユーガ・・・」
であった。

「・・・敵国の人間をか?馬鹿馬鹿しい・・・」
トビは呆れたようにユーガを見た。
「前に言ったろ?俺はトビが良い奴だって知ってるし、仲間だから・・・信じてる」
はっ、とトビは嘲笑うようにユーガを見た。
「口じゃ何とでも言えるんだよ、馬鹿が。そんなフリして、バレないとでも思ってのかよ」
「フリ?って?」
呆れるトビと、首を傾げるユーガの間にネロが割って入った。
「・・・トビ、ユーガの単純さは馬鹿にしない方がいい。こいつ、純度百%の馬鹿だから」
「・・・ちっ」
どういう意味だよ、とユーガが頭を掻いた。そこへ、ふっ、とカヴィスが笑みを浮かべた。
「・・・トビよ、貴殿の言う事はもっともだな。我らは敵国同士ー、安易に信用などできぬだろう」
当たり前だ、とトビは腕を組んで呟いた。だが、とカヴィスは髭を触りながらトビを見た。
「共に旅をする仲だ。仲間の事はよく知っているべきだと思うがな」
「そんな仲なら今すぐ切り捨ててぇ物だな」
そう言い捨てて、トビは今度こそ踵を返した。ユーガはトビを呼び止めようとしたが、その前にネロが首を振った。ユーガは何となく呼び止めてはいけない気がして、前に伸ばしていた手を下ろし、トビは扉の向こうへ消えた。
「トビ・・・」
「トビにも一人の時間を与えてやろうぜ」
うん、とユーガは頷いたが、その声に覇気が篭ってないことは自分でも理解できた。
「ユーガよ」とカヴィス。「貴殿らはソルディオスへ向かうと聞いた。なら、港へ向かうと良いぞ」
「港・・・ですか?」
うむ、とカヴィスは頷いた。行ってからのお楽しみ、とネロが言って、ユーガを振り返った。何だ?と思いつつ、今は聞くのをやめた。
「貴殿らの旅の無事を祈っている」
(珍しいな)
と、ユーガは思った。カヴィスが優しい事は知っていたが、ここまでの優しさを見せるのはユーガも珍しいと思ったのだ。
「・・・ありがとうございます」
ユーガはそう思いながら頭を下げて、謁見の間を後にした。けど、とユーガは城の廊下を歩きながら呟いた。
「港に何があるんだ?ネロ」
「行ってからのお楽しみだって。ま、役に立つから安心しろよ」
「あ、ああ・・・」
わかった、と頷いて、外にいた仲間達と共にユーガは港へ向かった。ー終始、トビはユーガと口を効かなかったが。
「これは・・・!」
「凄い・・・!」
一番前にいたルインが、港へ到着した瞬間声を上げた。ミナも後ろから覗き込み、声を上げた。
「どうしたんだ?」
ユーガがルインとミナの間から港を見るとー、
「・・・へぇ、船か」
トビの言う通り、そこには巨大な船があった。
「そう!この船は俺の船・・・その名も・・・!」
ネロが胸をどやっと張って親指を胸に当てた。
「『フィアクルーズ』だ!」
「すげぇ!ネロ、こんな船持ってたのかよ⁉︎」
ユーガは眼を輝かせて『フィアクルーズ』を見た。
「・・・だせぇ名前・・・」
小声でトビがそう言ったのがユーガには聞こえたが、苦笑いしてもう一度船を見た。本当に大きい船だ、と実感する。
「ですが」とルインが船を見上げながら呟いた。「これで移動は楽になりますね。実際、トルーメンから船を乗らずとも良いわけですし」
「そうですね・・・しかし、これを見るとネロさんがいかに凄いか理解できますね・・・」
ミナもその船の大きさに圧巻されたのか、口を呆然と開けている。よし、とユーガは胸の前で拳を握りしめた。
「じゃあ、ソルディオスに向かおうぜ。何かがあるんなら、調べないとだし」
へいへい、とトビは顔を背けて腕を組んだ。ネロがミナ達を船の入り口を指し示し、先に行くよう言った。ユーガは初めて見る巨大な船にテンションが上がっているのか、騒ぎながら船の入り口を走った。それを見ながらトビは、はぁ、と溜め息をついた。本当に、ユーガと話していると疲れる。いくらログシオンの命令とは言え、離れられるなら離れたかった。地震の調査すら、俺じゃない雑用にやらせれば良いだろ、と思う。そもそも、とトビは舌を打った。
(俺は一人の方が性に合ってるっつーの)
そんな事を思っていると、ネロに名を呼ばれた。
「トビ」
「あ?」
声が少し不機嫌にはなってしまったが、謝る気などない。しかし少しむず痒くなり、なんだよ、と顔を背けた。
「まあ、完全に信用しろっつーわけじゃないけどよ・・・ちょっとくらいは俺達を信用してくれても良いんじゃないか?」
またその話か、とトビは舌を打った。
「だから、俺は・・・」
「敵国だってのはわかってるよ。けど、少しは信用してくれたって良いんじゃねぇ?」
「・・・・・・へいへい、いつか、な」
そう言い残して、トビも船の入り口通路を通った。ふぅ、とネロは息を吐いた。
「・・・ま、信用してなければ連絡船であんなに息合わねぇだろうし・・・帰りたいなら無理矢理にでも帰れば良い話だし・・・ちっとは信用してんのかな」
素直じゃないねぇ、と呟いて肩をすくめて、ネロも入り口通路へと向かった。

「・・・なぁ、何か機械の音が鳴ってねえか?」
『フィアクルーズ』の部屋の一室にいたユーガ達はソルディオスに着くまでゆっくりしようと考えていたが、突如聞こえた機械音にそんな思いは虚しく消えた。
「そうですね・・・ちょっと見てみます」
そう言って部屋を出たルインに、ユーガとトビも着いて行った。ーというより、トビをユーガが無理矢理連れ出したのだが。
「・・・これは・・・」
元素機械を見ていたルインは、顔を引き攣らせて言葉を詰まらせた。どうしたんだ?とユーガが尋ねる。
「・・・ええと・・・何と説明したら良いやら・・・」
「・・・なんでも良いだろ。さっさと説明しろ」
「・・・船の舵・・・壊れてます・・・」
しばし沈黙。そして、
「えええええぇぇぇぇぇぇぇぇ⁉︎」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ⁉︎」
ユーガとトビは同時に叫んだ。
「え、ちょ・・・舵が壊れてる⁉︎」
ユーガは焦っているのか、両手が落ち着いていない。珍しく、トビも冷や汗をかいている。
「ど、どーすんだよ・・・」
「と、ともかくネロ様を呼びましょう!」
ルインがネロを呼びに行き、しばらく待っているとネロが走ってきた。
「おい、ネロ・・・てめぇ、欠陥品よこしやがったな・・・」
トビが怒りを隠さずに腕を組んだ。そんな馬鹿な、とネロが舵を調べると、あ、と声を上げた。
「・・・そういや、この船三年くらい使ってなかったな・・・」
ー動かなくなるのも当然、であった。

「・・・ひ、酷い眼にあった・・・」
ユーガは船から降り、陸に立った。しかし、気分は完全に悪くなり、吐き気もしていた。舵が壊れてるとわかったあの後、動力機械(ムーヴブロスト)も壊れて異常な速度で前進し、トビ以外の全員が船酔いする羽目となってしまった。さらにー、
「・・・どーすんだよ。船も壊れちまったし、ここはケインシルヴァどころかクィーリアだし・・・」
トビの言う通り、まさしく踏んだり蹴ったり、であった。
「・・・うぇ、とにかく・・・ソルディオスへ向かわないと・・・」
気分の悪そうなユーガを見て、トビは深く溜め息を吐いた。
「・・・またケインシルヴァに帰るところからかよ・・・ほぼ振り出しじゃねえか」
「まぁ・・・」とルインが立ち上がる。「・・・船を直して、早くソルディオスへ向かいましょう。トビ、クィーリアに技術者の街などはありませんか?」
しばしトビは考え、ユーガに地図を出すよう言った。ユーガは青い顔で頷き、小袋の中から地図を出した。
「・・・お、ちょうどその街の近くだな」
ラッキー、とトビは口笛を吹いた。ネロは頭を押さえながら立ち上がる。
「・・・不幸中の幸い、だな・・・」
「その不幸の九割はネロさんのせいですけどね・・・」
ミナの発言に、全員が頷いた。ー当然ではあるが。
「・・・とにかく、行くぞ。その街はここから東だ」
トビはそう告げて、さっさと歩き出す。ユーガはトビを追いかけて隣へ走って、
「なぁ、その街って何て名前なんだ?」
と尋ねた。トビは眼だけユーガに向けた。
「・・・元素機械の街、フォルトだ」
「フォルトというと・・・『クィーリアの天才魔道士』がいるところでは?」
ルインが顎に手を当ててトビを見た。こく、とトビは頷く。
「ああ。・・・ま、変な奴だから安心しろ」
どこが安心できるんだ、とネロは呟き、腰の剣に手首を預けた。そして、それから三日。トビのあの口調からしてすぐ到着すると思っていたが、甘かった、とユーガは後悔した。脚の至る部分が痛い。しかし、それでもトビはやはり平然としていた。
「おら、行くぞ」
「・・・ま、待ってください・・・トビ・・・」
肩で息をしながら、ルインがトビを呼び止めた。トビは、何だ、と切れ長な眼をルインに向ける。
「す・・・少し休んで・・・から行きましょう・・・」
「はぁ・・・?・・・あー、わーったよ」
渋々、トビは歩く方向を変えて宿へ向かう。痛い脚にユーガ達は鞭を打って宿へ向かった。宿の扉を開け、泊まる手続きをしているとー。
「・・・ねぇ、もしかしてあれって・・・」
「うん、トビ様じゃない?」
そんな声が聞こえ、ユーガがちら、と振り返る。ーその瞬間、ユーガ達は二人の女性によって弾き飛ばされた。何だ?とネロが苛立ちを隠さずに言って、トビを見て驚愕した。ネロだけでなく、ユーガ達全員。その視線の先には、あからさまに嫌悪の表情を浮かべるトビがー、二人の女性に絡まれるトビが、そこにはいた。
「・・・・・・ハーレムです」
ミナがポツリとそう呟き、ネロとルインも頷く。ユーガは、はーれむ?と首を傾げていたが。
「トビ様ですよね⁉︎キャー、かっこいい!」
「あの、握手していただけませんか⁉︎」
「・・・そういう事、ですか・・・」
ユーガは顔を引き攣らせて、そう言ったルインを見た。
「・・・なぁ、これって・・・どういう・・・」
「前に話を聞いたんですが・・・トビはクィーリア一のイケメンと称されているようでして・・・ファンクラブもあるそうなんです」
ファンクラブ⁉︎とユーガ達は声を揃えた。確かにトビはイケメンだがまさかそこまで人気があったとは、とネロは頭を掻いた。
「・・・あの、そろそろ離れて・・・」
「あのあの!トビ様は今何を⁉︎」
「よろしければお茶など!」
トビの声は女性の声に遮られた。ユーガはぽりぽりと頬を掻き、あの、と女性達に声をかけた。
「・・・すみません、トビは俺達の仲間でして・・・」
「ちょっと、何よあんた!」
「気安くトビ様に話しかけないでよね!」
二人の女性に胸を強く押され、ユーガは尻もちをついた。
「ユーガさん!」
ミナがユーガを支えて、女性達を睨む。
「・・・あなた達・・・少しやりすぎです!」
「は?何よあんた達・・・」
「軽々しいのよ!近寄らないでくれる⁉︎」
女性達も負けじと、ミナを睨む。ーと、そこでトビが手をパン、と叩いた。
「そろそろ離れろっつってんだろ。それに、勝手にクラブとか作るなっつったはずだけどな」
邪魔だ、とトビは女性達を押し除けてユーガに手を差し出した。
「・・・早く立て。そこにいると邪魔だ」
素直じゃねぇな、とネロがニヤニヤして呟いたのをトビはギロっと睨んだ。ひゃ、とネロがふざけて手を上げると、トビは息を吐いて女性達を見た。
「これ以上俺に構うな。邪魔なんだよ」
ユーガが立ち上がるのを手伝ってトビはそう言い捨て、部屋の一室へと入る。女性達はそれ以上何も言わず、宿から外に出ていった。ふぅ、と息をつき、ルインが安堵したように肩の力を抜いて腕をだらん、とさせた。
「ちょっと焦りました・・・まぁ、何かあった時用ですぐに魔法の準備をしていましたが・・・」
「怖え奴・・・」
ネロの呟きを聞きながら、ユーガはトビのいる部屋を見つめた。手を差し出してくれた。それは、少しでもユーガを認めてくれた、と取ってみても良いかもしれない。少しでも、トビに認めてもらえている。そう考えると、嬉しかった。それとも、カヴィスに言われた事を少しは気にしているのかもしれない。
(どっちでも良いけどさ・・・)
それでも、手を差し出してくれた事実は変わらない。喜びを感じながら、ユーガは手を握りしめてへへ、と笑みを浮かべた。

朝、ユーガ達が朝食を食べて外に出ると昨日の女性二人が立っていた。トビは、はぁ、と前髪に隠れた右眼を押さえて溜め息をついた。
「・・・邪魔だって言って・・・」
「わかってます、トビ様」
「トビ様にどうしても会いたいという人がいまして・・・」
会いたい人?とユーガが首を傾げると、二人の女性の間を押し除けて、一人の女性がユーガ達の前に立った。見た目は金色の髪をポニーテールにし、青のフード付きのコートに中に金の服、ピシッとしたズボンをを身に纏っている。歳はミナと同じくらいだろうか?ユーガがそんな考えを巡らせているとー、
「・・・お久しぶりです、トビさん」
「・・・何だ、お前かよ。シノ・・・何の用だよ」
トビが、シノ、と呼んだ少女の名をユーガは聞き覚えがあった。確かー、
「・・・クィーリアの・・・」
「天才魔道士、ですね」
ユーガの言葉をルインが引き継いだ。シノはちら、とルインを見て、
「・・・あなたがケインシルヴァの天才魔道士・・・ルイン・グリーシアですか」
と尋ねたのを聞いてユーガとネロは顔を見合わせた。
「なぁ、ネロ・・・あのシノって子・・・」
「・・・ああ、感情を感じないな・・・」
小声でそんな話をしているとトビが、それで、とシノを見た。
「何の用だ、って聞いてるんだが」
「・・・こっちへ」
シノはそう呟いてトビに道を指し示して先に歩き出し、トビもそれに伴う。ユーガ達は顔を見合わせてトビ達を追いかけた。しばらく歩くと、そこには一軒小屋がポツンとあった。
「・・・これを」
中に入り、何やら紙の束を持ってシノはそれをトビに渡した。何だ?とユーガはトビの後ろから覗き込む。
「・・・こいつは・・・元素の消費量の問題についてか?それなら・・・」
「・・・トビさん達が製造機械を止めた、という話なら知っています・・・。しかし、まだ元素の消費は止まっていない・・・」
そういや、とユーガがルインに視線を向けた。
「ルインも確かそんな事言ってたよな?結局、ネロの報告が先になって調べられなかったけど・・・」
「ええ」とマハが頷く。「・・・それで、シノさんはそれを調べて何かわかったのですか?」
尋ねたルインを、シノはじろっと睨んだ。
「・・・あなた達はケインシルヴァの人間。信用できない」
またこのパターンか、とネロは頭を掻いた。また説得をー、そう思った瞬間、シノは無表情な顔を変えずに、
「・・・冗談。トビさんが一緒にいるのであれば、信用できる人間と判断します」
と呟いた。お、とネロは頭を上げた。
(・・・この考えがトビにもできりゃな・・・)
そう思ったネロに、トビが眼にも止まらぬ速さで銃を引き抜いてネロに向けた。
「・・・ネロ。お前、今何を考えた?」
ネロは青ざめ、必死に手を振った。ちっ、と舌打ちをして銃をしまい、トビは資料に眼を戻した。
「・・・シノ。こいつはもしや・・・」
しばらく資料を読んでいたトビが、唐突に資料の一部を指差してシノを呼んだ。ユーガもそれに伴ってシノの後ろから資料を覗き込んだ。
「そう・・・この資料からわかるのは、メレドル近辺の元素の消費量は製造機械と・・・人の魔法による消費なんです」
もう一度資料に眼を戻したトビは、眼を見開いた。
「こいつは・・・」
「トビ?どうした?」
ユーガは尋ねながら資料を見て、同様に眼を見開いた。その資料に、『原因と思われる人物』と書かれた項目に写っていたのは・・・。
「・・・兄貴・・・・・・⁉︎」
フードを深く被り、メレドルで魔法を使う二人の男。その片方は紛れもない、フルーヴ・ネサスであったのだ。
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