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     第九章

彼女をまた抱きしめる事になった

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 コンコンっと鳴って入ってきたのは、舞だけだった。この順番だと、最後は美優かな?
そんな事を考えていると、予想はついていたが楓よりも暗く、悲しげな顔をしていた。
「そんなとこに立ってないでこっちに来て座ったら?」
こんな顔にしたのは紛れも無い。この僕だ。
僕が、この子から笑顔を奪ったんだ。
「ねぇ舞?あれから、歌ってる時とか楽しい?悲しい事とかない?」
悲しい事となら今、あるじゃないか。今ここに。
「ありますよ。楓さんから話は聞きました。どうしてあんな事をしたのか」
本当なら今すぐにでも泣きたいはずなのに、我慢して僕を困らせない様にしてるんだ。
「舞。ちょっと僕の側に来てくれないかな?」
「なんですか?」
僕はぎゅっと抱きしめた。僕のせいで舞を…いや楓やきっと美優もこんな顔をしてるんだろうな。
「ちょっと、離してください!」
「舞?無理しなくても良いよ?」
そう言うと、舞は泣きながら僕にこう言った。
「先輩は馬鹿なんですか?死ぬかもしれないのにこんな真似して。残った私達の身にもなって下さい!」
また言われた。
楓の次は舞か。
「確かに、悪かったと思ってる。でもね、もしあの時引いてたら犯人逃げてただろ?だから…」
「それでも!自分の命くらい大切にして下さい!
刺さる所が悪かったら、死んでたかもしれないんですよ?」
それもそうだ。でも、人を特に大切な人を守れるのなら、死んだ時は本望かもしれない。
「舞?一つ聞いていいかな?」 
舞は涙をぐいっと拭って「何でしょう?」と顔を上げた。
「舞は、僕が死んだら悲しむかい?」
「もちろんです!だから今後こんな真似しないで下さい」
だけど、人はいずれ大切な人が死んでも、忘れる事があるだろう。舞は僕の事、忘れないかな?
誰かを亡くして、悲しい思いをするか、それとも危ない真似をして生きているか、舞はどっちがいいかな?
「舞は……いや、何でもない」
「何なんですか?変な先輩ですね。おっと今日はもう失礼します。ちょっと用があるので」
「うん。また来なよ?」
舞は「はい!」と笑顔で言いながら、病室を出て行った。
そういえば、今何時だ?
時計を見ると、五時三十分だった。確か、楓が帰ったのもこんな時間だったかな?何かを…って考え過ぎかな?とりあえず、本でも読むか。
 次の日の夕暮れ時、今日は誰も来なかった。案外、美優が来ると思っていたが思い違いだったらしい。結局、トレーニングが出来たのは、ほんの三十分。
流石に看護師さんに一時間も付き合わせる訳にもいかないので、三十分にした。そして今の状況にあたる。やっぱり誰もいないとこんなにも静かだったんだな。美優と楓が言い争いをしてたらこの病室はきっと、静かじゃなかっただろうに。
さてと、暇だしちょっとだけ、腹筋でもしようかな?バレない程度に。足音が聞こえたらやめればいいんだ。そうしよう。
と思いながらも、呆気無く失敗に終わって、正座をさせられながら、お説教をさせられた。
「高野さん?私、あの時言いましたよね?ここではなく、トレーニングルームでと」
「いや、あのーそのですね?暇だったのでご飯の時間までまだあるから、腹筋でもしようかなーっと考えた訳ですよ」
ああダメだ。僕はこの人には勝てない。
それにしてもタイミング良すぎでしょ!
百目か!この人は!
「それでは、明日はトレーニングルーム行きは無しです!いいですね?」
「そんな殺生な」
「いいですね?」
「はい。すいませんでした」
はぁ、足が痺れて立てない。何時間お説教されたんだろう?えっと確かあの時の時間は五時だったかな?それで今の時間が、六時三十分!一時間三十分もお説教させられてたのか僕は。
流石女性ですね、話が長い!ある意味これってトレーニング何じゃ…ってないか。
別に、看護師さんじゃなくても、誰か来てくれればいいんじゃ?あの時の意味はそういうことだったのか。だったら、明日誰か来てくれるのを期待しよう!              続く…
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