ノクターン・コード

神島 すけあ

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第一章

第一節 鳥かごの庭と、小さな技術者

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――光の子は、孤独の調べに生まれた。

屋敷の中庭に座る少年、アルト。
彼の世界はまだ小さく、塀に囲まれた庭がすべてだった。

長い装飾のある鉄製の塀に囲まれた明るい中庭。
それはさながら、大きな鳥かごのようだった。

空は開けているのだから、本来“鳥かご”というのはおかしいのかもしれない。
けれど、翼を持たぬ彼にとっては――十分すぎるほどの鳥かごだった。

記憶の中の「ソラ」では鋼鉄の翼を持っていた彼も、
今はただ、青い空を見上げるだけ。

鳥かご……いや、彼を閉じ込めるためではなく、守るための防御壁。

塀の中では木々が青々と茂り、花壇の白い花が風に揺れている。
雑草が少し混じるのは仕方ない。
大きな屋敷に使用人は二人だけ。勤勉ではあるが、手の回らないところも多い。

少年は不満を抱かないが、使用人たちは気にしていた。

それでも中庭は美しい。
花々が風に揺れる中、少年の視線はシートの上で鈍く光る塊に注がれていた。

散らばる魔道具の部品。

魔力で動く道具――魔道具。
魔力のない者には扱えず、複雑になるほど消費も増える。

だが少年は桁違いの魔力量を持ち、幼くして魔道具を生み出す才能を備えていた。

外に出られぬ彼の世界は、魔道具開発で閉じていた。
今日も今日とて、部品と睨めっこ。
使用人たちは「もっと子供らしく遊んでほしい」とため息をつく。

普段は子供部屋という名の研究室か、父の書斎に閉じこもり魔道具に没頭する。
座学の家庭教師には「教えることがほとんどない」と褒められるが、
貴族の所作の教師には「まだまだだ」と頭を痛められる。

人当たりは悪くないが、人付き合いに興味がない。
お茶会にも行かず、自ら開く気もない。
父が貴族社会に興味を持たないのだから、息子も同じだろうと教師はため息をついた。

「成績が悪いわけではないのですが……」

世話役の執事、トロン・ボーンは教師の言葉にうなずくしかなかった。
黒髪を撫でつけたオールバックに黒縁眼鏡。
鋭い切れ長の瞳は、実は優しい光を湛えた茶色。

アルト専属の執事として日々の世話をこなし、静かに彼を見守っている。

今日は閉じこもりがちな主を外へ出すため、強引にシートを準備して中庭へ放り出した。
言い合いの末に「庭で研究を進める」という妥協に至った二人。

ため息をつき合う主と執事を、メイドのピアノ・ニッシモは苦笑して見守っていた。

栗色のお下げ髪に緑の瞳。
穏やかな光を宿した彼女の微笑みは、屋敷の空気を柔らかく包み込んでいた。

今日も今日とて、主と執事はメイドの前でかわいらしい言い合いをしている。

「引きこもってばかりだと体が弱くなります。少しくらい運動もしてください」

執事は主の将来のためにと苦言を呈する。

「たまには自分の好きなものを作ってもいいでしょう!!」

あきれ返るトロンに、少年は口をへの字に曲げて顔をそむけた。

少年は、自分のわがままで苦労させている使用人を楽にできる道具を必死に開発している。
今開発中のものは、トロンのためのものだ。

けれども意地っ張りの主は、魔道具の知識もある執事に隠すため、
今回は自分のおもちゃを開発していると装っている。

そのため余計に執事に怒られるのだ。

ピアノは苦笑してそのやりとりを見ていた。

――あとで驚かせたいって頑張っているけれど……あれだと後でトロンが罪悪感で落ち込んでしまうわ。

トロンは優秀だが、頭が固いところがある。
また、主人のためにと盲目的に決めつける癖がある。

主がおもちゃを作っていると聞いて、トロンがほっとしていることもピアノは知っていた。

――ようやく、自分のことを考えてくれるようになったのかって喜んでいたものね。

結局そのトロンの気持ちは裏切られている。
主のサプライズしたいという気持ちもわからなくはない。

けれども、幼い主は自分のことより他の人間を優先する。
それをトロンは憂えていた。

今回、自分のおもちゃを作るのだと言い出した主を嬉しく思っているトロンに、
結局トロンのための魔道具だったとなれば、また悩むだろう。

――困ったわねぇ……

ピアノは優しく微笑みながら首をかしげる。
少年のサプライズを邪魔しないように、頭の固いパートナーでもある執事をどうなだめるか。

――まぁ……今日のお昼ご飯は、坊ちゃまの好物のベリージャムのサンドイッチにすれば、坊ちゃまの機嫌は治るだろうけど。

頑固者の執事はどうするかと悩みつつ、ピアノは掃除を進めることにした。

ピアノに「意外に坊ちゃまは単純なのよね」と思われていることを感じながら、
肝心の主は頭をかいていた。

――だってあれは、トロンが……うー、でも僕が隠しているから……でも、わかっていてもトロンは怒るだろうし。

逆に「自分たちのことより彼の将来を考えろ」と怒るだけだと、少年は深くため息をついた。

とはいえ、うるさい世話役の意向を少し取り入れ、
外で日向ぼっこをしながら魔道具の組み立てに挑戦する。

「外で組み立てるには、このパーツは繊細なのに」

と口を尖らせながらも、器用に手を進めた。

今組み立てているのは、宙に浮かぶ小型の魔道具。
小さな荷物を運ぶ程度のものだが、運搬は少しだけでも楽になるはずだ。

人手の少ない屋敷で、忙しく立ち働く二人。
口うるさい世話役と、優しい身の回りの世話をしてくれる使用人。

少しでも楽になるようにと、少年は考える。

けれども、口うるさい執事と意地っ張りな主は互いに素直になれず、いつも言い合いばかり。

――少しでも楽になるように。

そう思っているが、意地っ張りのため言い出せず、頬を膨らませながら作業に没頭していった。

――幼くして魔道具技師としての才を示す彼――アルト・カデンツァ・ド・エルヴァン。

けれども、その才能を知る者は限られていた。
幼い彼を危険に晒したくないと、周囲は守りを固める。

アルト自身もその自覚があった。
まわりがそう考えることも納得していた。

なぜならば彼は、見た目以上に成熟した精神を宿していたから。
その成熟は、幼い子供には不釣り合いなほどだった。

――そう、小さな技術者アルトには前世の記憶があったのだ。


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