ノクターン・コード

神島 すけあ

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第一章

第三節 光の子の血脈 ― 望まれた光、届かない手

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――アルト・カデンツァ・ド・エルヴァン。

それが、今のアルトの名だ。

父・カデンツァ・リュクス・フォン・エルヴァン。
母・アリア・フィオレンツァ・ド・セレスタ。

エルヴァン伯爵家の一人息子。

父カデンツァは魔道具の第一人者として知られる伯爵で、
研究に没頭し、家を空けることが多い。
というより、ほとんど研究所で暮らしていると言っていい。

母アリアはアルトを産んですぐ、実家近くの別宅へ移り、父とは別居した。
家庭環境としては、少々不遇ともいえる。

――……前世の記憶がなければ、ぐれていたかもしれないなぁ。

アルトの両親への感想は、その程度のものだった。

両親には、少々恵まれてはいない。
それは前世でも今も変わらない。

アルトの生活を支えているのは、トロンとピアノという二人の従者。

前世と今では少し違うが、
それでも似た運命を歩んでいるようだとアルトが感じる理由は、
両親の関係にもあった。

政略結婚の弊害――それが両親の関係だった。

父カデンツァは≪エコルディア共和国≫の魔術研究者。
召喚魔法と魔道具の開発を担い、研究所の長の一人として伯爵号を持つ。

研究に没頭し家を空けることが多いが、
不器用な愛情を注いでくれていることは、アルトも理解していた。

母アリアは元神官。
魔道具を忌避する思想を持ち、魔道具を研究する父とは根本から相容れなかった。

二人の結婚は、母側からの提案による政略結婚。
愛はなく、アリアはやがて魔道具を研究する父を嫌悪するようになった。

前世でも同じだった。
親の都合で結婚した二人の夫婦関係は冷え切っており、
アルトは父に育てられ、母とは離れて暮らしていた。

――アルトの目から見れば、今も昔も母は身勝手な女性に映った。

世間では慈善活動に力を入れる聖女のように讃えられるが、
実際には息子を放置し、愛人と暮らす母。

彼女は実家近くに別荘を建て、
愛人レガート・ド・ミレッタと共に暮らしていた。

アルトもレガートに一度会ったことがあるが、
正直に言えば、いけ好かない男だった。

「父のもとにいるのは教育に悪い」と言い、
「いつでも自分が君の父になる」と語る。

彼はアルトが父に放置されていると嘆いて見せたが、
アルトには嘘くさい芝居にしか見えなかった。

父の財で生きる母の愛人が父を非難する資格はあるのか――
アルトはそう思っただけだ。

父と母の間に愛がないことは理解していた。
結婚の条件は跡取りを産むこと。

アルトが生まれたことで、母はその務めを果たしたと考えたのだろう。

早々にアルトを父のもとに残し、別居した。

それでも、アルトの魔力量や属性が判明するまでは、
母親として愛していたように思う。

たびたびアルトのもとに訪れては、神殿の教えを語っていた。

だが、属性が判明してからは一度も会っていない。

アルトの属性――光。

魔法属性は火・水・土・風の四属性。
光と闇はその四属性の上位属性と言われている。
それぞれの属性には、派生属性もある。

光の派生形と言われる“癒し特化の聖属性”は、光と闇以上に稀有な存在。
神殿は光属性と聖属性を尊ぶ。
闇属性も安寧の象徴としていたが、神殿が最も望む属性は光だった。

神殿にとって光属性は、待望の“聖者の証”。

けれどアルトはアリアとカデンツァの契約に縛られ、
カデンツァの後継者であり、神官にはなれない。

神殿には手の届かない『光』となっていた。

母はその光を望みながらも、手にすることはできなかった。
父はその光を誇りながらも、別の道をアルトに示した。

アリアはカデンツァの財と地位を利用するため、離婚は拒み続けた。
代わりに別居の際、アルトへの権利は放棄した。

カデンツァが彼女を援助し続けているのは、アルトの存在があるからだ。

アリアがアルトを選べば、彼女の今の生活はなくなる。

属性が判明した際、アリアはカデンツァに
「アルトを神官にするべきだ」と申し出た。

カデンツァは
「アルトの自由にさせるべきだ」と応えた。

アルトが魔道具の作成を行っていることを、カデンツァは知っていた。
神官になれば、アルトは修行の日々となり自由を失う。

「君がアルトを神官にしたいというならば、
君にアルトの親権を譲る代わりに、君とは離縁し援助も断ち切る」

援助かアルトか――
カデンツァはアリアに選択を迫った。

――彼女はアルトを選ばなかった。

神殿からは
「せっかくの聖者になり得る息子を手放すとは」
と責められ、アリアは次第にアルトを避けるようになった。

アリアは、アルトの書類上の母でしかなくなっていた。

結婚の経緯は、この世界では珍しくない。
貴族の政略結婚など、そんなものだ。
同性同士の結婚すら可能なこの世界では、特別なことではない。

だからアルトは、両親に何かを言うつもりはなかった。

ただ――。

自分を産み、役目を果たしたと愛人と別宅で暮らしながら、
外では「敬虔な妻」と語り、奉仕活動に勤しむ母に、
思うところがないわけではなかった。

自分の生活を思い、研究所にこもっている父に寂しさを感じないわけでもない。

前世の経験がなければ、
アルトが両親へ抱く思いは今とは違っただろう。

だが今は、父を尊敬できる研究者として見ることができる。
母に対しても、望まぬ政略結婚で愛する人と離れた女性として、
憐憫の情を持っている。

アルトは、彼らも人間なのだと線を引き、
壁を隔てた距離感で淡々と向き合っている自覚があった。

事情は理解しても、
アルトもまた寂しさを抱えた一人の子供だったのだから。

アルト自身は、精神は前世の年齢も足され、すでに成人の域にある。
前世のアルトも成人前に死亡したが、
過酷な戦場の経験が彼の精神年齢を底上げしていた。

だから、両親の事情もある程度呑み込む大人な対応ができた――
と本人は思っている。

――本人は。


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