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第十五話②『決行日』
しおりを挟む竜脳寺の組み手が終わり、彼は館内の隅で汗を拭き取っている。
嶺歌は透明になったままの姿で彼のそばへ近寄るとそのまま事前に用意していた小さなメモを竜脳寺の目の前に浮かせて見せた。
不自然ではないように館内の窓は事前に開けており、風で飛んできたように演出をしてみせる。
そして当然急に現れたそのメモに竜脳寺は視線を向ける。彼がメモを手に取り内容を確認すると途端に一人で笑い始めた。
「どうしたんだ? 竜脳寺」
「いや、誰かは分からないが、僕に挑戦したい子がいるらしい」
その言葉を聞いた嶺歌は背筋が凍るような感覚に陥った。
彼の言葉遣いも、声の調子も、一人称も全てがあの日見た人物とは別人のようだったからだ。普段から体裁がよく見える様猫を被っているのだろう。
そう思うと形南への態度が益々気に入らない。竜脳寺の気持ちが悪いこの変わり様を目にするのは下調べをしていた時から知ってはいたものの、何度見ても慣れるものではなかった。
友人であろう男に話しかけられた竜脳寺は彼らに見えるようにメモを見せ始める。嶺歌が用意したメモにはこう書いていた。
『竜脳寺さんこんにちは。私は空手未経験者ですが、あなたにご指導いただきたく、また願うならば試合を申し込みたくこちらをしたためました。よければ六時に中庭グラウンドでお待ちしております』
いかにも初心者丸出しのメモにまるで竜脳寺を慕っているかの文章。
中身が傲慢そうな彼はこの手紙に悪い気はしないはずだと踏んでの事だった。
竜脳寺は予測通り、口元を緩めながら手紙に何度も目を落とすと額に手を当てて困ったようなポーズをとっている。
「僕のファンかもしれない。せっかくだから行ってみようか」
竜脳寺がそう口にすると周りからは「面白そうだね」「俺たちも行っていいか?」「竜脳寺の指導に試合、見ないわけにはいかないな!」などと歓声が上がり始めている。
しかし竜脳寺は手を上げ「待ってくれ」と皆に声を掛け始めた。
「この手紙には『恥ずかしいのでお一人で来てください』と書いてあるんだ。申し訳ないが、皆には中庭グラウンドに来ないでほしい」
竜脳寺がそう言葉にすると途端に残念そうな声が上がるものの「それは仕方ないな」「大人しく帰るか」「手紙の相手の要望を尊重するなんて優しいな!」などと言い、彼の意見を肯定する者ばかりだった。
そんな茶番とも言える彼らの様子を静観していた嶺歌はその様子に飽き飽きしてくる。
竜脳寺が学校内でどれほど慕われているのかはこの下調べの期間でよく分かっていた。
だが彼の本性を知る嶺歌からすれば今の一連のやり取りには吐き気が催すだけだ。
嶺歌は楽しげに笑う竜脳寺を睨みつけながら体育館を後にした。竜脳寺が中庭グラウンドに来るのは確定だ。ゆえにこの場に止まる理由はもはやない。これ以上この馬鹿げた光景を眺めていたくなどはなかった。
中庭グラウンドは、名前の通り中庭にあるグラウンドの事だ。嶺歌の通う学校にはない位の高い学校ならではの施設なのだろう。
中庭にあるとは言ってもその中庭の広さも通常のグラウンドの倍の広さがあり、面積がとてつもなく大きい。だからこそ嶺歌は今回この場所を選んでいた。
六時が目前になり、部活を終え下校する生徒が増えてくる。
嶺歌は透明になった状態のまま自身の横を通り抜けていく多くの生徒たちを淡々と見つめながら竜脳寺が中庭に現れるのを待った。
しばらくすると中庭グラウンドの扉が開かれ、竜脳寺が姿を見せる。どうやら本当に一人で来たらしい。
嶺歌はすぐに中庭グラウンドへ移動するとそのまま透明の魔法を解き、また新たな魔法を自身にかけた。
「どうも」
竜脳寺の前に立ちはだかる。彼は自分の目の前に立つその姿を見て訝しげな顔を見せ始めた。
「……お前は」
竜脳寺は確信的な表情を見せると途端に露骨な顔をこちらに向ける。
「形南と一緒にいた糞女じゃねえか」
彼の一つ一つの言動に思うことは多くある。だがそれは、今ではなく敢えてこの後にとっておく。
そして嶺歌はずっと口にしたかった言葉を竜脳寺を見ながら口に出した。
「あれなに謝って。土下座を一時間。それを十回」
「てめえ」
互いに睨みつけ合いながら対面する。竜脳寺は包み隠さず己の機嫌の悪さを表に出すと、そのまま嶺歌に危害を加えてきそうな勢いの鋭い視線をこちらに向けていた。
しかし嶺歌がそれに怯むことはない。魔法少女活動でこのような輩の相手をした事が何度もある嶺歌にとって竜脳寺の威圧感は何の脅威にもならないからだ。ただこのような視線を向けられ、憤りが増したのも事実である。
形南に罪悪感を抱くのが当然のこの男は、謝罪するどころか開き直って彼女に精神的な危害を加えている。
竜脳寺は婚約を解消した今も、形南に出くわせば彼女の事を馬鹿にして見下してくるのだ。自分は全く悪くないとでも言うかのように。
俺が浮気をしたのはお前が相応しくなかったからだとそう言われた事もあるらしい。
一度や二度ではなく、この半年間で何度言われたか分からないと彼女は呟いていた。これは悪を許せない嶺歌にとってあり得ない事だった。
「お前どこの人間か知らねえが俺様に喧嘩売ってどうなるか分かってんのか」
とても先程の人物とは思えないこの男は本当に財閥のお坊ちゃんであるのかと疑わしい程に荒々しい口調で嶺歌を脅してくる。
この態度こそ腹立たしいものだがそれでも復讐の場である今は好都合な事だった。
「自分が何したのか分かってないの? 何であたしが謝罪を求めてるのか理解できる?」
「ああ"っ?」
嶺歌の発言に凄んだ様子でこちらを睨みつけてくる。竜脳寺は先程よりも眉間に皺を寄せると形容し難い顔つきで敵意を剥き出しにし言葉を放った。
「意味がわからねえな! この俺様が形南に謝る理由なんてあるわけねえだろが!!!」
本当にこんな人間がいるのかと吐き気がする。嶺歌は謝罪を拒絶した目の前の竜脳寺を幻滅した目つきで見やると彼にとあるものを見せつけた。
「じゃあこれ読んで」
「あ"ん!?」
一つの束になったその新聞紙は、金神流王学園内では有名な学校新聞だ。
それは週に一回、学園の新聞部員が時間を犠牲に様々な情報を新聞紙にまとめて毎週月曜日に全校生徒へ配布される。教室内で配られる為もらえない生徒はいない。そういう代物だ。
だが時々、毎週一回ではなく号外という形で唐突に新聞が作り上げられる事もある。
例えば学園内の生徒がテレビで活躍する大物人物にスカウトされた場合や、世界で一番有名な大学に入学が決まった場合、国の名誉だと誰もが認める賞を獲得した場合など、本当に希少な出来事のみを扱った号外新聞も稀に発行されていた。
「これ、誰のことだと思う?」
嶺歌が新聞紙を竜脳寺に投げつけると、彼は反射的にその束を手に取る。
突然投げたことにドスの効いた声を上げながらもそれを手にした竜脳寺は新聞に視線を当てるとその場で「は?」という声を漏らした。
第十五話『決行日』終
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