イクメン召喚士の手記

まぽわぽん

文字の大きさ
上 下
17 / 61

17『ピアスは黒曜石②』の書

しおりを挟む
ガラガラガラ…
瓦礫が砕け落ちる雑音の最中であっても耳朶に優しい声は響く。

「さあ、もう大丈夫。この辺で落ち着こう…ね、加護。良い子だから、話を、良くお聞き」

何度も私の髪を撫で、ほつれたローブの袖で涙を拭う。木蓮は沈着冷静だった。
物静かな物言いが、私の中の熱と光を霧散させていく。

「木蓮様、怪我…。早く手当てを!」
「よしよし良い子だ。戻って来てくれたね」

回復魔法は失った部位を再築することは不可能だ。それでも私は必死で印を組み術式を詠唱した。出血が酷い。

「加護は知らない間に回復魔法まで習得していたのだね」
「私はかつて別世界の"魔王"だった。その知識が僅かに残されている」
「"魔王"なのに回復魔法ね。いいね、それは愛すべき加護の個性だ。好きだよ。うん、回復は十分だから…ありがとう」

でも!
そう続けようとした私の肩は疲労と息切れを露わにする。荒い呼吸で上下に揺れ動いた。魔力暴走を起こしたばかり、木蓮には早々に見抜かれていたのだ。

「ほーら大丈夫。無くした眼は元から視力が低かったから気にならないし、腕もそうだ。召喚術の成功で加護を召喚した時点でお役御免になっていたものだよ。全く必要ない。
涙が勿体無いよ、加護。
僕はね、"転生者"を泣かせたいがために召喚術を行使したわけじゃない。馬鹿で愚かな召喚士にしないでおくれ」

木蓮は舌をベーッと出して笑った。

半壊の建物の外が騒がしくなる。
恐らく、騒ぎを聞きつけた戦闘院の兵士達が駆け付けて来たのだろう。
"勇者"選抜最終試験関係者の生き残りは私と木蓮の二人だけだった。

「木蓮様、私は"勇者"になる資格はないよ。護るどころか他者を死傷させてしまった…。『不合格』だと世界の関係者に伝えてはもらえないか?」

木蓮はジッと私を見て逡巡する。

「嫌がる"転生者"に無理強いはしたくないしね…。ならば、そうしようか」

苦笑を口元に残し、身に着けているチョーカーの黒曜石を引きちぎった。少しばかり加工を施すと「目を閉じて、力を抜くんだよ?」木蓮は指示を出す。

言われた通りに目を閉じると、左の耳朶にそっと触れる感触とチクッと痺れる痛み。

「木蓮様、何を?」
「"勇者候補"を放棄したり剥奪された場合の"転生者"を、傍に置くための僕の我儘。
召喚してからそう長く日々を過ごしてもないのに、引き離されたくはない」

悪戯に笑う木蓮を気にしつつ左の耳朶を触ると、今さっきまで木蓮の首元で揺れていた黒曜石の…感度が伝わった。

「これで良し。じゃあ事情聴取に協力して来よう。その後は書類関係の手続きだ。
加護は大人しく待っているんだよ?僕はまだ保護者も育成も続けたいからね、人の子供が生意気にするような事したら…わかってる?不孝者と罵るよ」

ボロボロのローブを翻しながら歩く主人の姿に、私は「不孝者にはなれそうもない…」そう応えた。
しおりを挟む

処理中です...