イクメン召喚士の手記

まぽわぽん

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16『ピアスは黒曜石①』の書

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そこは湿った臭いがした。

「睡眠薬は足りているのか?」
「"勇者候補"も"召喚士"もぐっすり眠っている、過分に与えておいたよ。不足はないだろう?」

「それにしても"勇者"選抜試験の最終選考が『魔物達に"召喚士"を襲わせる』だなんて酷なことだ。世界皇帝陛下も冷た…すまん、失言だ」
「試験に携わる者は一度は思うよ、良心のどこかで。
この最終選考を行うのは何年ぶりになるだろう。久しい…辛さだ」


誰かが、話してる?
激しい眠気は思考を鈍らせる。
あぁ、そうだ。
私は"勇者"選抜試験の最中だった…
それなのに眠くて怠くて身体が動かせない。

試験は、何をすれば良かったのだろうか。
倦怠感が厄介だ。
傍にいた筈の主人…木蓮様は何処だ?


「"勇者候補"が目覚めたら試験開始だ。経過と結果を見届けるぞ」
「おっと!この"勇者候補"には魔力制御のリングを装着する指示があったな。忘れるところだった」
「おいおい…。この候補は"異常値"なんだぞ。"通常値"に下げて試験しろと言われていただろう」


腕に何かが嵌められる。
カチンッと音がした直後に襲った重圧は、何?
身体が圧の強さに悲鳴を上げる。
スッと視界が開けたのはその時だ。
二人の白衣の男達が私を見た。

「試験、開始!」

白衣の一人が慌てて手を挙げると、押し寄せるように禍々しい空気の澱みが発生した。

魔物?それも沢山の。
私は昔も今も魔物の気配に敏い。

「"勇者候補"きみが動かないときみの"召喚士"が魔物達に殺されてしまうよ。さあ試験は始まった!」

白衣のもう一人が『試験内容』を告知した。
全身に戦慄が奔り警鐘が鳴る。
木蓮様!!
考えるより速く印を組み、魔力を空気の澱みに向けようとして…歯噛みした。

…弱い!?
発動も遅い。遠距離に対応できていない?馬鹿な。

空の拳を握り締め身体の倦怠感を押し除ける。
澱みの中心に向かおうとして、膝が、地に崩れ落ちた。
両足に力が入らなかった…。
何故?
私は駆け付けることもできないのか!?

「睡眠薬を与えすぎたか…?それとも魔力制御の数値にミス?」
横でファイルにペンを走らせる白衣の男がぼやく。

「大変だ!用意した魔物が思ったより脅威だぞ!これは事故だっ」
奥から悲鳴を上げ別の白衣の男達が走ってきた。


木蓮様!!


私は"勇者"ではない。
自身の身体すら自由に出来ず目前の危機にも対応できない"無力で非力な転生者"
護りたい…!
大切な人を失いたくない…!
そんな想いすらも簡単に粉砕されていく。

『わぁ。この世界でのお前は**なの?運命は面白い』

金髪がフワッと目の前を掠める。
どうして"君"が?

『もうすぐ会えそうなんだ、お前とボク』

カシャン…
腕に嵌められたリングがふいに床に落ちた。
同時に体内から熱と光が迸る。

「うわー!助けてくれぇぇぇ」

動けない身体の代わりに熱と光は魔物達を捕食しに疾った。
それは動線上にある人や物を破壊しながら。
真っ直ぐに…貪欲に。
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