15 / 61
15『冷めない過去(もの)』の書
しおりを挟む
激しい雷雨は30分弱で収まり、現状は太陽光が照らす快晴。
判定士・弥勒が、オムツを3箱も抱えて持ち帰ったのも虹が掛かる頃だった。
「ぜぇはぁぜぇはぁ…顔が良い男の為に走るとか、わたしも女だね~て今更思ったよ」
「すまない…。大荷物になるのだから一箱でもよかったのだが。苦労を掛けたな」
「だってこれ紙オムツでしょ?消耗品を舐めたらダメよ、すぐ無くなっちゃう♡」
着替えを受け取ると、タオルでゴシゴシと髪を拭きながら弥勒は領収書を確認して「これは社内経費で落とす!」一つ頷いた。
私に視線を戻したときは仕事の顔だ。
「尋ねる内容は2つだよ♡」
「構わないよ」
弥勒は調査院の判定士だ。訊かれることの想像は容易い。
私は温かいカカオ茶を差し出した。
彼女は両手でカップを持つと、ふぅふぅ冷まし始める。
「先ずはね、どうして"転生者"なのに"勇者"を放棄したのかな?成績優秀なのにおかしいでしょ。二つ目は"勇者候補"を剥奪されたのに世界追放もされず、奴隷でも無い。その根拠も知りたいの♡」
カカオの甘い香りが漂う。
対して私の過去は少しばかり苦い。
「弥勒様、訂正するが私は"奴隷"の身分だ。今し方の問いは、私を召喚した召喚士・木蓮様のご意志に沿う話となる」
私の左耳に刺すピアスは黒曜石。奴隷の証だった。弥勒にもそれを見せる。
「身分については"世界に仕える奴隷"ではなく"木蓮様に仕える奴隷"が正しい」
「ん~なるほど。金銭購入からの個人所有の"奴隷"なら、世界奴隷登録証からも抹消されるわね♡」
「では、質問に答えるとしよう。
私は"勇者候補"の選抜最終試験で魔力暴走した。木蓮様の片眼と片腕を吹き飛ばす大事故を起こしたのだ。それが"勇者候補"の放棄、そして"剥奪"の起因だよ」
弥勒は首を傾げる。
正真正銘の"勇者"を選定選抜する公式の場で『大事故』が起こった過去の記録は、一件も残されてはいないのだ。
* * *
燻る炎、黒煙、埃の靄、血臭
右も左も上も下も
全ては手探りの不安…
半壊の建物の内部は視界も遮られていた。
『さあ、もう大丈夫。この辺で落ち着こう…ね、加護。良い子だから、話を、良くお聞き』
どうして私に辿り着けたのか。
優しく頭を撫でた手も、声も、温かい。
私の主人は、常変わらず…相変わらず。
失った片眼と片腕から溢れる血だけが、場違いな違和感を思わせた。
小さな私は、爆ぜた魔力と流れる自身の涙に呆然と立ち尽くし、動けずにいた。
判定士・弥勒が、オムツを3箱も抱えて持ち帰ったのも虹が掛かる頃だった。
「ぜぇはぁぜぇはぁ…顔が良い男の為に走るとか、わたしも女だね~て今更思ったよ」
「すまない…。大荷物になるのだから一箱でもよかったのだが。苦労を掛けたな」
「だってこれ紙オムツでしょ?消耗品を舐めたらダメよ、すぐ無くなっちゃう♡」
着替えを受け取ると、タオルでゴシゴシと髪を拭きながら弥勒は領収書を確認して「これは社内経費で落とす!」一つ頷いた。
私に視線を戻したときは仕事の顔だ。
「尋ねる内容は2つだよ♡」
「構わないよ」
弥勒は調査院の判定士だ。訊かれることの想像は容易い。
私は温かいカカオ茶を差し出した。
彼女は両手でカップを持つと、ふぅふぅ冷まし始める。
「先ずはね、どうして"転生者"なのに"勇者"を放棄したのかな?成績優秀なのにおかしいでしょ。二つ目は"勇者候補"を剥奪されたのに世界追放もされず、奴隷でも無い。その根拠も知りたいの♡」
カカオの甘い香りが漂う。
対して私の過去は少しばかり苦い。
「弥勒様、訂正するが私は"奴隷"の身分だ。今し方の問いは、私を召喚した召喚士・木蓮様のご意志に沿う話となる」
私の左耳に刺すピアスは黒曜石。奴隷の証だった。弥勒にもそれを見せる。
「身分については"世界に仕える奴隷"ではなく"木蓮様に仕える奴隷"が正しい」
「ん~なるほど。金銭購入からの個人所有の"奴隷"なら、世界奴隷登録証からも抹消されるわね♡」
「では、質問に答えるとしよう。
私は"勇者候補"の選抜最終試験で魔力暴走した。木蓮様の片眼と片腕を吹き飛ばす大事故を起こしたのだ。それが"勇者候補"の放棄、そして"剥奪"の起因だよ」
弥勒は首を傾げる。
正真正銘の"勇者"を選定選抜する公式の場で『大事故』が起こった過去の記録は、一件も残されてはいないのだ。
* * *
燻る炎、黒煙、埃の靄、血臭
右も左も上も下も
全ては手探りの不安…
半壊の建物の内部は視界も遮られていた。
『さあ、もう大丈夫。この辺で落ち着こう…ね、加護。良い子だから、話を、良くお聞き』
どうして私に辿り着けたのか。
優しく頭を撫でた手も、声も、温かい。
私の主人は、常変わらず…相変わらず。
失った片眼と片腕から溢れる血だけが、場違いな違和感を思わせた。
小さな私は、爆ぜた魔力と流れる自身の涙に呆然と立ち尽くし、動けずにいた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
卒業パーティーのその後は
あんど もあ
ファンタジー
乙女ゲームの世界で、ヒロインのサンディに転生してくる人たちをいじめて幸せなエンディングへと導いてきた悪役令嬢のアルテミス。 だが、今回転生してきたサンディには匙を投げた。わがままで身勝手で享楽的、そんな人に私にいじめられる資格は無い。
そんなアルテミスだが、卒業パーティで断罪シーンがやってきて…。
異世界ママ、今日も元気に無双中!
チャチャ
ファンタジー
> 地球で5人の子どもを育てていた明るく元気な主婦・春子。
ある日、建設現場の事故で命を落としたと思ったら――なんと剣と魔法の異世界に転生!?
目が覚めたら村の片隅、魔法も戦闘知識もゼロ……でも家事スキルは超一流!
「洗濯魔法? お掃除召喚? いえいえ、ただの生活の知恵です!」
おせっかい上等! お節介で世界を変える異世界ママ、今日も笑顔で大奮闘!
魔法も剣もぶっ飛ばせ♪ ほんわかテンポの“無双系ほんわかファンタジー”開幕!
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる