イクメン召喚士の手記

まぽわぽん

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25『それは甘い秘匿』の書

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食卓に、所狭しと料理が盛られた皿が並んでいる。とても食べ切れる量ではない。とはいえ、『胃袋までも俺に惚れさせてあげよう』との発言は有言実行だったのだと理解した。

『離乳食教室』を早退したその日の話だ。

日が暮れた頃、戦闘院から巨漢の"栄養士"不知火シラヌイが自宅を訪れた。

「おぅ。貴殿への個人指導に来たぞ!『困ったら呼べ』そうは言ったが頭の回転が良い奴は遠慮して呼ばねぇからな。勝手に来る事にしてる」

ドカドカと入り込んで、ひよこのエプロンを身に付けるとキッチンを仕切り始めた。

「…!不知火教師。私が再び受講をしに後日伺えば良かった件では。何も…」
「何もそこまで…か?阿呆の間違った余裕だな。"転生者"の育成は、召喚した瞬間から止まることを許されてはいない。
この世界に呼んだからには、先住者は『衣食住』どれも不自由なく覚えさせなきゃならん。一分一秒でも早く、我らの世界に愛着を持たせ、気に入ってもらわないとな。危機から世界を守ってくれる"盾"になる者だろうが」

使う食材は、調理中の過程で普通の料理と離乳食用に仕分ける。
不知火は無駄を省き流れる様な所作で、味付け前の食材を煮込んで柔らかくし、すり鉢に入れた。

「…感謝する」

書物からも『離乳食』についての事前知識は学んでいた。私も急ぎ作業に加わり、不知火は口の端で笑った。

「余談では在るが。俺は面食いで大喰らいだから貴殿の顔が気に入ったまでだ。優しく教えてやる」
「いや、遠慮は要らない。恐らく私の顔は美味しくはないだろう。厳しく指導して欲しい」
「ハハッ。不思議なもんだ!貴殿と木蓮殿はよく似ているな」

…?

「私の主人あるじをご存知か」
「ああ。この家で個人指導したのは二度目になるぞ!」

* * *

木蓮はドカドカと遠慮なく自宅に入り込んで来た教師に唖然とした。

「驚いた。不知火教師、こうして家まで押し掛けてまで指導が必要なほど僕は無能ではないと思っていたけれど。早退はしたが、講義も半分は聴いていたしね」

キッチンで勝手気ままに野菜と米を仕分けていた不知火はニヤリと笑った。

「嘘はやめろ。半分は聴いていない。そこでスヤスヤ寝てる"転生者"ばかり見ていたぞ」

ベッドでは乳児が寝息を立てている。外出はあらゆる刺激が強いので幼子は疲れ、眠りは自然と深くなるものだ。

「…まぁそうだね。前講義の『リトミック教室』で僕の上腕二頭筋が悲鳴を上げてたから、僕の腕より心地良い場所で加護を寝かせてあげたかったんだ。気持ちは上の空だったのかもしれない」
「筋力を鍛えてない証拠だ。兎に角、俺が指導してやると懇切丁寧に来ているんだ、大人しく聴いておけ。俺は面食いだからな、優しく教えるぞ!」
「それはいい。僕の顔は不味いから結構だ。厳しくしてもらって問題ない」

完成した『離乳食』を目覚めた加護に与えると、一口目は吐き出された。
考える仕草の木蓮に不知火は頷く。

「我らの世界を"転生者"に気に入ってもらうことは容易く無い。最初に触れる『衣食住』を軽んじてはならん。貴殿ら召喚士の背負う責任は思う以上に重大だ」

加護は匙を警戒しながらも二口目は口内に残ったようだ。唇を動かしている。
不知火は話を続けた。

「"転生者"からしてみたら、我らの世界は無味で味気ないのがファーストインパクトだ。これを『美味しい』と言わせる術を知っているか?」
「さてね。予想の範疇ではあるけれど」

表情を和らげる木蓮の上腕二頭筋を軽く叩くと、不知火の大きな手は小さな"転生者"の髪に優しく置かれた。

「教え導くものが『愛情』ていう気持ちの隠し味を、素材に付けてやるだけだ」

三口目を自ら求め、口を開ける加護に木蓮は微笑んだ。

「隠し味ね…。それは僕が得意とするものだよ」

不知火はフンッと鼻を鳴らした。
随分と傲慢無礼で可愛げのない優等生と出会ったものである。
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