イクメン召喚士の手記

まぽわぽん

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35『ふたりは其々』の書

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他世界から呼ぶ"転生者"は、
いついかなる時、平和の危機が訪れるのか予測不能な『世界』にとって、渇望する『希望で力もの』だった。

"転生者"を召喚できる"世界召喚士"の職も、徒然に人気もあり注目度も高く、"勇者"を世界に排出した功績には富と名誉も贈与される良待遇。
故に、世界に貢献できる尊い職業として目指す者もいれば、私利私欲で召喚しようと目論む者もいた。

だが、職に就くのも難しければ必ずしも召喚に成功するわけではない。まして、命懸けというハイリスクもあるのだから、策略と暗躍を好む輩には付け入る隙が多いのも明白な構図だったのかも知れない。


『"勇者候補"神隠し事件』


これは"召喚士"の欲を利用した悪行だ。
願っても、望んでも、どう転んでも自身の元には来ない"転生者"を欲しがる"召喚士"は多く、標的の『顧客』には丁度いい。法を冒しても恐れ慄くことをしない悪徳業者にとって彼らは鴨だった。
既に世界に召喚された"転生者"を誘拐し、調教を行った上で商品に仕上げる。『売人』として商品を提供する、たったそれだけで大金が舞い込むのだ。こんな上手い話はない…と思っていた。が並んでいるならば。

「はいはいそうですかって言えるかよ!もう"勇者候補"はお腹いっぱいなんだって!!」
「うあああ!こいつ、縛り上げてても暴れて来るぞ!」

、商品としてどうなんだ!?
商売を開始してから初めて、悪徳業者は"粗悪な転生者"に遭遇して戸惑っていた。

短剣を持つ男達を恐れず、手を拘束されたまま少女は蹴りで応戦する。

「誰か早く!早くこいつに記憶を消す薬を使え!!大人しい1歳未満の"勇者候補"は後回しの処置でいいぞっ」
「ひぃぃぃ。お頭ぁ、押さえつけるのも難しいんだよぉ」
「3人でもダメなら10人で押さえろ!」

いつもは人の気配すら感じない町外れの寂れた廃屋で、熱気と怒声が飛び交い、珍しく賑わいを見せていた。

そんな様子を魔法生物のフェレットは一部始終眺める。「クゥ♪」ひと鳴きすると、用事は済んだとばかりに術者の居る後方に疾り去った。

* * *

『ナンバータグ』のアンクレットが外された場合、それが事故だろうと何だろうと…世界管理院に何らかの報告が届かなければ自己目的とされる。『育成拒否』の違約だと査定が入り、その最たる刑は死罪だ。

誘拐犯に"転生者"を奪われアンクレットを失われた召喚士が、世界管理院への報告に間に合わずに次々と死を遂げている現状が『"勇者候補"神隠し事件』の凄惨さに直結しているわけだが…

召喚した少女に『ジジィ』呼ばわりされている初老の男は慌てる事もなく世界管理院の管理士からの話を受け止めていた。

「…ふむ、そうか。あと1時間半でワシは『育成拒否』となり死ぬのか」
「御安心くださいませ。時間までは生存できます。あぁそうでした。召喚士様、管理士の私は仕事ですので待機させて頂きますね」
「好きになさい。ワシは逃げも隠れもせんぞ」

初老の召喚士は"沙羅シャラ"と、産まれる前に亡き妻の腹の中で死んだ娘と同じ名を付けた少女を思い遣った。

「あの娘よりは長く育児ができたとワシは喜ぶべきか?召喚したことを"転生者あのこ"に謝るべきか?過保視、過保護…少しばかり焦って世話を焼き過ぎたのかもしれんな」

放っておいてもワシはすぐに死ぬぞ、沙羅。
無理させたなぁ。

延命のために一時間置きに飲んでいた薬を、初老の召喚士は暖炉に投げ捨てようとして…その手を掴まれる。

「失礼、ご老人!そっちの世界管理士様に『"勇者候補"神隠し事件』の容疑が掛けられましたのでぇ、ちょーっとお邪魔しましたよ?」
「何?」

初老の召喚士が振り向く先で世界管理士は逃げようと動く。だが、その足は氷で固められていた。

部屋の入口でフワッとローブの裾が揺れている。

「千手様、勝手に魔法を使ってしまったが…仕事の邪魔はしてないか?」

初老の召喚士を掴んでいた手を離して、千手は「グッジョブっす」軽やかにウィンクした。

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