イクメン召喚士の手記

まぽわぽん

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54『躾と叱るは難しい』の書

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魔物という生き物はに忠実で、行動方針は本能。
宮廷という場所。更には一点を突くような世界の中枢に向かい、彼らは好奇心も露わに前進していたのだが…
中枢の核たる部分に近付くに連れ、二の足を踏む。猪突猛進は『盾』で止まるのだ。

* * *

右をギュッ

「言葉を返すようだが、勘違いしているのは如月様の方ではないか?私は世界の消滅は望まない。望んで欲しくもない」

左をギュッ

「し…紫苑!この反抗的な奴隷をどうにかなさい!急ぎ魔物達を誘導して中枢の崩壊をっ…むぐぐ」

私は新しい主人あるじだと名乗った彼女の頬を両手でギュッと優しく摘んでいた。視線を合わせる必要があったからだ。

をしたらダメだ。如月様や宮廷に何かあったら困る者が大勢出るだろう。私も、その一人だ」

ダメだよ…と、大切な事なので二度繰り返す。

叱る時は『相手の目を見てしっかりと』だ。甘く叱るのは逆効果なのだと育児書で学んだ。良し悪しか、私の"転生者"はまだ叱るような場面に遭遇してはいないが。

背後に控えていた紫苑が、部屋を出て行く気配を出す。魔物達の動きに合わせて救援要請が忙しなく届いていた。

「…如月、先の交戦で見定めただろう?力の差は歴然、俺にこいつは止められん。無駄は嫌いだ。部下の救援に応える」
「命令でふおっ」

両頬をギュッとしているので言葉も言葉になってはいない。
"人形のような女性"というのは改める。
綺麗な顔も台無しで"怒り"の表情が垣間見れていた。
可愛らしく、人らしい…。
私は安堵する。人は、感情と感情を重ねられる生き物なのだ。

彼女の『望む世界を壊す』と私は宣言した。壊すにはどうするか?そう訊かれ、逡巡したところ"叱る"という結論に至った。

「如月様、世界はそのままで大丈夫だ」

魔法や剣では壊せないをどう壊すのか?
それは説得と納得しかない。

人に『叱る』ことは難しい。
"いけない"とわかってもらうにはそれなりの準備が要るのだ。心も言葉も行動も。

だが、
私は知っている。

前世での最期、金髪の"君"は迷わず私を『叱る』ことを選んだ。あの時に"救いの手"を伸ばされたのだ。
私も同じことをしてみたくなった。

「先ほど"私を躾ける"と如月様は言葉にしたが、躾は、押し付けることではない。私も如月様の思うままに行動はできないからだ」

気持ちをわかってもらえるように、話をしよう。

「人が暴力を求めるなら止める方法を一緒に考えられないか?人が悲哀を好むのは本心か、一緒に探れないか?人が醜く愚かな生き物なのか、それとも人は愛しい生き物なのか一緒に比べてみないか?」

柔らかな頬から指を離すと、少し赤くなった部分に治癒を施した。

「宮廷騎士殿にも痛い思いをさせた。すまない」

すれ違う紫苑の肩にも手を添える。交戦の際、剣を交わす為の攻撃魔法が触れていた。

「貴様の耳朶の方が痛かろうよ」

紫苑が紅水晶の耳朶に唇を寄せた。
その唇には人差し指ひとつで応じる。

「自身の傷など痛くはない。傷を与える側の方が余程、痛いものだ」
なら好物だ。俺は自ら喰らうぞ」

人差し指を軽く喰まれる。
外套を揺らし、紫苑は部屋を出て行った。

前方では、既に宮廷騎士達が戦闘を繰り広げている。紫苑が加わることで圧倒的に優勢になるのは見て取れた。

「世界を"一緒に"護らせてはくれないか?」

もう一度。
まっすぐに目を見て話をする。

世界を壊そうと決意した如月の心は毒心。毒心は悪意を育てる種だ。
その種を摘んであげる手を、心を。私は差し伸べることに迷いはなかった。

"優し過ぎるひとに独りは似合わない"

彼女は、ユグドラシルという前世の世界で、たった独りで過ごしていた"魔王"と、似て非なる心の持ち主。
元からない感情ではない…
落としてしまった感情は、埃を落とし、拾って返してあげるべきだろう。
無いものねだりに似ているか?我が儘を、言いたい気分だった。
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