イクメン召喚士の手記

まぽわぽん

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55『毒心の種』の書

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"一緒に"
何を、言っているのです?
わたくしは幼い頃より"独り"を強要されて育ちました。

如月は奥歯を噛み締めた。
血の気が引く。
違和感と嫌悪感で寒気がした。

意味不明の言葉を、目の前の召喚士は『声掛け』る。

『人が暴力を求めるなら止める方法を一緒に考えられないか?』
『人が悲哀を好むのは本心か、一緒に探れないか?』
『人が醜く愚かな生き物なのか、それとも人は愛しい生き物なのか、一緒に比べてみないか?』

如月は酷く混乱する。
奴隷として、道具にしようと考えた加護は"一緒に"寄り添うと言う。
命令でもなく、物のように扱うのでもなく、傍に居ると。

如月は目を瞑った。

* * *

幼い頃を思い出す。
給仕見習いの女の子と仲良くなり楽しかった日々だ。

"友達"が出来たのかしら?

幸せを感じた翌日、その給仕見習いの女の子は宮廷から居なくなった。

「貴女に近付けたくない子供でした」
母は、教えてくれた。


年端も行かない少女の頃を思い出す。
宮廷騎士になりたての少年と親しくなった日々だ。
嬉しそうに「如月様をお守りすることを幸せに思います」優しく語った少年にときめいた。

"恋"をしたのかしら?

幸せを感じた翌日、宮廷騎士の少年は不慮の事故に遭い死んだと聞いた。

「問題ありませんよ。貴女を守る宮廷騎士は沢山いますからね」
母は、いつも教えてくれた。


"貴女は『世界』に争いが起こらないよう願い、大人しく君臨なさいませ"


躾けられたのは『世界』に独りで静かに佇むこと。
争いを止める進言は許されても、行動は許されない。
心の中で、幾ら争いを止めようとしても止まらない。

人は、人を虐げる。その意味を捏造するのに必死で、燻り続ける汚らわしい生き物だった。
見守るのがわたくしの存在意義だった。

けれど…

"貴女を世界皇帝の座に置くために、母はどれほど苦渋を呑み、幾人の血を流してきたとお思いですか?"

如月自身も、そうした争いの渦中で血に塗れていた。
平和を願い、守ることを誓う世界の中心で、既に真っ赤な血の色と臭いに染まっていたのだ。

「何故です?何故"勇者"はわたくしを救いに来ないのですか?わたくしは『世界』に含まれないのですか?
平和を乱す"魔王"は"世界の人々"です!どうして…嗚呼、どうして!!もう壊れそうなのに…」

気持ちは、闇に堕ちた。
堕ちて溶けたあとに、闇は種を産んだ。
悪の栄養を含む雨は降り続けて…育った。

毒心の種は、悪意を芽生えさせる条件が出揃い過ぎていたのだ。

* * *

感情を消したら楽になれた。
『世界』を嫌いになったら楽になれた。
"独りに"心が慣れた…。

「貴方は教えてくれるのですか?…加護。わたくしは、どうしたら他者と"一緒に"居られるのですか?」
「…。とても、簡単だよ」

加護は優しく笑んだ。
そして魔法の詠唱を子守唄のように優しく口ずさみ、子供をあやすように指で印を組んで行く。

「何があろうとも、如月様と手を繋ぐ者が傍にいてくれるだけで想いは叶う。魔物を全て還したら、私と手を繋いでみようか」

加護から解き放たれる白光が爆散した。熱風が迸る。
人智を越える数値の魔法は"破壊"の陣を描いていく。
それは、魔物も人間も戦意が破壊される高火力の攻撃魔法。
広大で絶大なその威力を削ぐことは当然ながら、誰にも許されなかった。



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