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 診療所ではブランシェールの名前はふせてサラとだけ名乗った。
 誰も貴族の令嬢がこんな所で治癒師をしているとは思わない。
 だけど年が明け、新しい学年になる少し前に、会いたくない人が会いに来た。
「サラ、探したよ。」
「…誰?」
 年は40代くらいだろうか、身なりはあまりよくはないけど平民でもなさそうだ。
「君のお兄様だよ。」
「おじさん…兄だなんてあつかましいにもほどがあるやろ?」
 フィリップが剣に手をかけた。
 怪しすぎるおじさんだ。
「いや、本当にお前のお兄様だよ!
 ノーラン子爵だ、ポール・ノーランだ!」
 ああ、そういえばそんな人いたな。
 あんまり顔を会わせたこともなかったけど、いい印象もない。
 あたし達は離れで過ごしていたけど、たまにじじい(あたしの実の父親)に用があって訪れた時には汚い物を見るように眉をひそめていた。
 まあ、父親の愛人とその娘だからそんなふうに見られても仕方無い。
「あたしと母様を追い出した子爵様が今更いったい何のご用ですか?」
「誤解だよ、私は知らなかったのだ。
 妻と使用人が勝手にした事だ。」
「ご心配なく。
 母様とあたしは幸せに暮らしていますから。
 治療の邪魔なのでお帰り下さい。」
「聞いたよ。
 ローズマリーはブランシェール侯爵家の後妻になったそうだな。
 あの女はいいかもしれないが、お前は肩身の狭いおもいをしているんじゃないか?」
「ぜんぜんまったく!」
 ははん、さてはこいつブランシェール侯爵家にたかるつもりか、もしくは取り入って旨い汁でもすすろうって魂胆か?
「とにかく、あなたとは他人ですから私達母子にはかまわないで下さい。」
 フィリップに追い出すようジェスチャーで指示した。
 ノーラン子爵はまだ何か呟いていたがフィリップに腕を捕まれ出口に連れていかれ、小さく「クソッ!」と言って帰っていった。
 面倒な事にならなければいいけど。
 それから子爵はブランシェール侯爵邸にも来るようになった。
 かわいい妹を返してくれと。
 子爵には会いたくないと父様に言ってあるからいつも門前払いされている。にも関わらずしつこく訪れる。
 とうとう父様は子爵を邸内に通した。
 あたしと母様も同席して話をする。
「いいですか、これが最初で最後の話し合いです。納得していただいて金輪際私の妻と娘には近付かないで下さい。」
 子爵は頷いた。頷くしかなかった。
 父様はいつもの優しい父様じゃなくて高位貴族としての威厳をもった厳しい態度を示していたから。
「私のほうでも些か調べさせてもらいました。
 まず、あなたとサラの関係ですが、血縁関係にあたりますがあなたはそれを認めてはいなかった。そうですね?」
「そ、それは、まあ、愛人の子ですから多少のわだかまりは仕方無いでしょう。」
「その愛人というのはローズマリーの事ですね。」
「そうだ。」
「調査の結果、愛人ではありませんでした。」
「は?」
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