ふしだらな聖女と追放されて殺されたけどあたしのかわいい王子の為にもう一度やり直します

57

　週末、いつものように診療所で治療を終え、帰る為に馬車に乗ろうとしたが、御者がおろおろしていた。
「誰かに車輪を壊されたみたいです。」
　困った。
　フィリップが邸に戻り馬車を用意してくるまで診療所で待つ事に。　
　そこへ小さな男の子がやってきた。
「あ、あの、治癒師のお姉さんですか？」
「そうよ。」
「むこうの角におじいさんが倒れているんです。ここに来ようとしていたけど、苦しくて来れないんだって。」
「わかったわ、ありがとう。行ってみるね。」
「お嬢様、いけません。フィリップ卿がここから動いてはいけないと。」
　御者が止めるけど、
「すぐそこだから大丈夫よ。」
　まだ日も高く、人通りもある。
　寒い中、倒れているなんて早く行ってあげなくては。
　男の子が指差す方へ行ってみると、確かに倒れている人が、
「大丈夫ですか？」
　だけどすぐにあの男の子は嘘をついたんだとわかった。
　男はおじいさんというよりは若く、30代くらいの背格好で口元は布で隠していた。
　だけどあたしはこの男を知っている気がする。
　逃げなくちゃ。
　後退ると背中が何かにぶつかった。
　もうひとり背後にも男が。
　こいつも顔を隠しているけれど見覚えがある。
　早く逃げなくちゃいけないのに、体がいう事をきかない。
　足が震えて、大声を出そうにも喉の奥がかすれて声にならない。
「おい、この女で間違いないか？」
　物陰からもう一人男が、
「ああ、間違いない。」
　ノーラン子爵？
「お前が悪いんだぞ、素直に言う事を聞いていれば手荒な事はしなかったんだ。
　これからはこの人達の言う事をちゃんと聞くんだ。そうすれば痛い目にもあわないから。」
　何言ってんの？
「じゃあ、旦那がた。約束の物をいただけませんかね？」
　ニヤニヤと媚て両手を出した。
　覆面の男は、
「悪いなぁ～、お前にやる金は無いんだ。」
「そ、それは約束が違う！確かにあのお方は、…ひっ、や、やめろ！」
　ノーラン子爵は悲鳴とともに首を切られた。
　血飛沫が飛び散り、あたしの顔にも生暖かな感触が。
　あたしは腰の力が抜けて膝をついた。
「おい、立て！」
「今ので人が来るぞ、早くずらかれ。」
　男達の声も聞いた事がある気がする。
　怖い。
「ま、ま、ま、待てっ！」
　御者のマークが震える声で立ちふさがるが、
「どけっ！」
「うわーっ！」
　即座に切り捨てられた。
　あたしを引きずるように裏路地に止めてある馬車の方へ連れていこうとしている。
　あれに乗せられたら終わりだ。
　咄嗟に手を伸ばし、通りの窓枠を掴んだ。
「くそっ、無駄な足掻きはすんなよ。」
　離すもんか！
　嫌だ！
　またあんな痛くて辛い思いをするのは嫌！
　誰か助けて！
　誰か…。
「うわぁぁぁぁん！兄様助けてー！」
「サラ！」
　兄様？空耳？
　ふっとあたしを引っ張る力が軽くなった。
　目を開けて見るとフィリップか剣を抜いてあたしを抱きかかえていた。
　その向こうには腕から血を流している覆面の男が。
「チッ！ずらかるぞ。」
　馬車を置いて逃げた。
「サラ！怪我したのか？」
　兄様？空耳じゃなかった。
「ち…ちが…の…血。」
　ノーラン子爵を指差す。
　体も唇も震えてうまく話せない。
　フィリップがノーラン子爵を見て、
「死んでます。」
　ああ、そうだ。マークは？
「マ…マーク…。」
「こっちはまだ息があります。」
　助けなきゃ！
　這うように向かおうとするあたしを兄様が抱えてくれた。
　震える手で治癒魔法を使い、なんとか傷はふさがった。
　きっとひどい貧血だろうけど、命は助かった。
「ご…めんね…マーク…あたしのせいだ。」
「お嬢様、ご無事で良かった…。」
　気を失ったマークはフィリップが運んでくれた。お姫様抱っこで。
　あたしはなんとか落ち着いて自分で立つことができた。
　いいな、お姫様抱っこ。
　兄様は抱っこなんて出来ないだろうな～。
　なんでさっきはこんなひ弱な兄様が助けてくれるなんて思ったんだろう。
　今もあたしより真っ青な顔してるじゃない。
「ふっ、ふふふふっ。」
「何笑ってるんだ？私は生きた心地がしなかったのに！」
　怒ってる。
　でも顔がにやけてしまう。
　さっきまであんなに怖かったのに。
「兄様が助けに来てくれて嬉しかったんだもん。」