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60 ゴムのような物

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 初日からひと悶着あったからグロリア様のあたりが強い。
 あたしとしては仲良くとまではいかなくてもお互い干渉しなくてもいい間柄がいいんだけど。
「リノス男爵令嬢。
 勉学に勤しむのに、その髪型はどうかと思いますわ。私、髪は邪魔にならぬようにまとめるべきだと風紀委員会に提言いたしましたの。」
「へー…。」
 それで皆で後ろにひっつめて縛れっていうの?
 初日にスカートはみんなロングにするべきだと申し出て却下された話は聞いている。
 あたしの髪型ったって、貴族の子のほとんどがそのようであるように腰まで長くのばしているだけだ。
「私、近ごろの風潮は好ましく無いと感じておりますの。
 貴族の華美な装いが度を増し、平民までもがそれを真似て贅沢を好むようになっていますわ。
 それでは国が堕落してしまいませんでしょうか?」
 いやいや、あんたのお母さんもっと派手でしたよ?未だにパーティーではボン・キュッ・バーン!ってフリフリなドレスじゃないか。それもまあ一定数のファンはいるし、個性だからいいんだけど。
「それでですけれど、時代を先駆けていらっしゃるファッションリーダーのリノス男爵令嬢を交えて今後の服飾産業と貴族のあり方について今から私のサロンで語り合いたく存じますの。
 ぜひいらしてくださいませ。」
 うーん…有無を言わさない感じですね。
「はい。」
 ロングスカートをひるがえし、去って行った。
「あーびっくりした。」
 ミーシャが言うのも無理はない。
 サロンのドアをノックするとほぼ同時にバーンって開けて入ってきたかと思えばいきなり髪型にクレーム。
「ミーシャ、髪結ぼうか。」
「えー…あんな修道女みたいな髪型やだー。」
「いいからいいから。実は試してみたい物があるんだ。」
 それは開発中のゴム。
 ゴムのないこの世界で今まで髪を束ねていたのは紙や糸。
 これできっちり結ぼうとしたって自分一人では結べないし、慣れた侍女にお願いしないとボサボサになってしまう。
 だからポニーテールなんかにしてる娘はいない。
 ミーシャのサラサラロングなんて高い位置に束ねようとしたら油でガチガチに固めるしかない。
「うわーいいっ、これかわいい!」
 制服にすっきりしたうなじ、揺れるポニーテール。ん~青春って感じ。
 で、あたしはツインテール。双子はアイドルっぽいハーフツインにしてみた。
「これならグロリア様も文句はあるまい。」
 ゴムはまだいまいち耐久性に問題があるので販売はしていない。
 けど商品化したらいろいろな用途に使えるのでまた儲かっちゃうな。
 まずはパンツに入れなくちゃ。ヒモパンは心もとないからな。
 いやいやだけど皆で温室のサロンへ出向いた。
「お招きいただきありがとうございます。(建前)」
 髪に注目が集まる。
 今日このサロンにいるのはグロリア様と三人の取り巻きの女の子達だけ。
「グロリア様にご指摘いただいたので髪を結んでみました。」
「っ…。」
 かわいかろう?かわいいって言っていいよ?
 取り巻きの女の子達も何か聞きたそうだけどグロリア様の手前何も言わない。
「ジョゼフィーヌ、お茶を入れてもらえるかしら?」
 取り巻きの一人に声をかけると、返事をしてお茶を入れてくれた。
「ありがとう。」
 ジョゼフィーヌと呼ばれた娘はチラチラと髪を見ている。
 皆気になっているので仕方なくといった感じでグロリア様が、
「それはどこで手に入れたのですか?」 
「この伸びる紐の事ですか?」
「そうよ。」
「まだ市場には出てません。」
「作ったのですか?」
「あたしじゃないですけどね。リノス商会で取り扱う予定です。ちなみにもう特許は取りましたので模倣は無理ですよ。」
「そのような卑怯な真似を私がするはずございませんでしょう?」
「ですよねー。」
 プライド高そうだもんね。
「リノス男爵令嬢は何をするにしても派手で目立つ事がお好きなようですわね。」
「そういうわけではないけれど、例えばこの伸びる紐だけど、便利でしょ?ひっつめて結んでもいいけれど、どうせ使うならかわいいほうがいいじゃない?」
「そうでしょうか。私は清楚なほうがよいと思います。皆様もそうでしょう?」
 取り巻きに同意を求めるけど、この子達は本当にそれでいいと思っているのかな。皆して同じような髪にして。
「ねえグロリア様。
 私達みんなかわいいでしょう?
 だけどね、かわいい時間は思うよりあっという間にすぎてしまうのよ。今は今しか出来ないおしゃれをしたほうがよくない?」
「いいえ、私はそうは思いませんわ。
 怠惰な生活を身につければそれが当たり前となり、後にきっと後悔する事となります。」
「まあそれも一理ありますけど。
 普 通 は一度しか無い人生だよ。
 己を律する事は良いけれど、他人を自分の物差しで計り自分の型に押し込むのはどうかと思うよ。」
「なんですって!」
 チラリと取り巻き達を見る。
「この子達は私の意見に賛同してくれています。無理を強いているわけではないわ。
 ねえ、ジョゼフィーヌ。」
 一番気の弱そうな子に聞いた。
「もちろんですわ。」
「そう、ならいいけど。
 あたしはごめんだわ。
 今は今しか出来ない事をするし、今を楽しむわ。」
「あなたはそれでいいかも知れませんけど、それに影響を受け感化され堕落してしまう人々を見過ごす事が出来ませんの。」
「あのぅ…。」
 双子の片割れのメルルが遠慮がちに、
「私達、堕落なんてしていませんよ。」
 エリルも、
「私達、レティのおかげでお仕事をもらえて、勉強も出来てとても充実しているの。」
「レティに会う前は着る物なんてサイズが合えば文句なんて言えない生活だったわ。」
「レティはおしゃれする喜びを教えてくれたわ。」
「おしゃれすると幸せな気持ちになるの。」
「私達、女の子に幸せのお手伝いが出来る立派なお仕事をしているの。」
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