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よん
しおりを挟む「お願い! 二日間だけミミを貸して!」
カウンターに座るなり、開口一番にアンナが両手を合わせて懇願してきた。テーブル席の常連が、ギョッとして目を見張る。
ちなみに、今キッチン側にいるのはエディである。
「それを俺に言われてもどう返事したらいいのか……」
貸してと言われても、借りられていく人間にお願いするのが先ではないのか。
「最近だとほぼ毎日、食堂も開けてるでしょう。基本不定期のはずなのに。それもこれもあなたが来てからなのよね。そう思うとミミ、お休みとってないじゃない。だから息抜きも兼ねて、私にミミを貸してちょうだい!!」
最近では簡単な調理にも手を広げはじめたエディ。女将たるミミのお墨付きがあれば、数日くらいは一人でも縮小経営ができるのではと、まずは外堀を埋めにかかったアンナ。
普段から睨めつけられている一方の相手から、拝むようにお願いされて困惑を隠せない。
いつの間に警戒心が溶けているのか。実際には、アンナの警戒心が溶けたわけではないが、自身の精神衛生を守ることを優先させているだけ。
「必ずご友人をお誘いのうえご参加ください。って招待状が届いてるの。私の立場的にお断りができないご婦人から。他の方からなら大抵、自主辞退しちゃうんだけど。さすがにこれに関しては私でもそれはできないわ」
社交界のお付き合いを苦手としているアンナでも、自分のわがままがどこまで許容されるかの線引きは弁えている。
それでも、普段から逃げ回っているのは事実。となると、お誘いできる友人も限られてくる。
「この招待状にね、既婚者不可ってあるのよ。私の数少ない友人のほとんどは、もうご成婚されてるの。だから、ミミ、助けて」
いつの間にかアンナの背後に来ていたミシュリーヌに、勢いよく振り返って抱きつく。
「えっと……確かに私は独り身だけども。まって、なにがどうなって抱きつかれてるの」
身動きとれないんだけど。え、誰か助けて。
「ねぇミミ? 二日くらいお店離れてみない?」
「あら? どこからそんな話になったの」
「そのくらいなら、お店、彼に任せられない?」
「そうね……数日なら宿屋はおやすみで食堂だけなら、エディ一人でも大丈夫だと思うわ。なんかすっかり従業員してくれちゃってるし」
そもそも、ずっと食堂を開けっぱなしにしてるのも、エディのリハビリが主な目的だったりする。体力的には、本人はすっかり健康体なのだが、いかんせん記憶に関しては戻っていない。とりあえずというか、人と関わっていればなにかしら思い出すきっかけになるのではないかというのが、食堂を休んでいない理由だったリする。
「エディ、お願いしても大丈夫そう?」
「俺に任せてそれこそ大丈夫なのか?」
「日替わり定食のメニューを書き残しておいたら、できそうな気がするけど」
「あー……うん、食事の提供だけでいいなら、なんとかなりそう」
ミシュリーヌとエディからの了承が出たところで、アンナがよし! と声を上げる。
「それじゃミミ、お茶会に参加しましょう!」
「わぁすごい。まったく話についていけない」
「必ずご友人を連れてご参加くださいって、お茶会の招待状がここにあります。なのでミミにも参加してもらいます、決定!」
抱きついたままひらひらと招待状を振るが、背後に目のないミシュリーヌには当然ながら見えていない。
「お茶会って、日中よね? 夜会じゃないのよね?」
そっとアンナを引き剥がしながら尋ねるミシュリーヌ。ついでに招待状にも手を伸ばす。
「そうね、お茶会自体は明るいうちにあるわ。でも、お隣の敷地でってほど近いわけでもないから、移動にも時間がちょっとかかるかな。日帰りできない距離じゃないけど、出発時間は早めになるの」
「ちょっと待って、この招待状の主催者って……え。私が参加してもいいの? 一般人よ?」
確認した名前に驚きを隠せないミシュリーヌ。
貴族社会だけでなく、一般市民の間でも有名なご婦人の名前がそこにはあった。
社交界の華、貴婦人の憧れがドレスを纏って話しているようなご婦人だ。
彼女が白と言えば、黒も白くなる。
流行の最先端を担う女性が主催のお茶会、憧れの会かもしれないが正直恐れ多い。
「大丈夫よ、ミミの所作や一般教養って断然私よりも高いし。参加者名簿には私の連れってことで残せばいいもの。指定の括りはご友人だけだもの、そこは押し通させてもらうわ」
「安易に了承するんじゃなかった。着ていけるようなドレスなんてないわよ」
「私のが着れるだろうから平気よ! 出発時間が早いって言ったわよね、衣装合わせも兼ねて前日から我が家にお泊まりよ! はい決定!」
「早いわ、決めるのが早いすぎるわよアンナ……」
アンナは割と強引にぐいぐいと攻めてくる。ミシュリーヌが押しに弱いことは承知済みである。
「よーし、ということで、今週末に夕方からミミは連れて行くからね! みんなもよろしくね!」
食事に来ていた常連客を、しっかりと証人に仕立て上げてミシュリーヌが不在になることを告げていく。
周囲の反応はというと、あぁまたあのお転婆に振り回されて……と少し同情的ですらある。
アンナからの多少の無茶振りもいまに始まったことではないので、見慣れた光景ではあるのだが。
何はともあれ、どうやら今週末は俺は一人になるらしいな、とキッチンを片付けながら考えるエディだった。
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