暫定女将と拾われた傭兵

宮下ほたる

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 嵐のようなアンナからのお誘い、という名の誘拐予告があった翌朝。
 今朝もミシュリーヌは仕入れのために朝市に訪れていた。

 いわゆる仕込みの時間に働かないといけないのは、本来ミシュリーヌだけ。
 それがいつしか、エディも一緒に歩いているのは、最近ではすっかり恒例となりつつある。
 体が鈍るからと早朝から鍛錬をしていて、そのまま買い出しに荷物持ちとして同行するようになった。

 はじめこそ、普段は一人で回っているミシュリーヌに連れがいるとざわめかれたもので、曖昧に「新しいお客さんなの」と紹介していたが、一週間もすれば市場の人も新顔に慣れてくる。
 流れのお客さんも少なくはないのだから。
 常連客に、見知らぬ顔がついて回っていたから珍しがられただけ。
 連日一緒に回るものだから、「新しいお客さん」から「新従業員」の認識になるのは早かった。
 ここで恋人扱いにならないあたりが、ミシュリーヌの男っ気のなさを物語っている。

「さてと、今日のメニューはどうしようかしらね。おじさーん、おすすめはあるー?」

「今日ならキャベツが新鮮なのが入ってきたぞ、どうだ!」

 尋ねるミシュリーヌに自慢の山を示しながら、体格のいい八百屋のおじさんが今日一番のおすすめを推してくる。

 そうか、キャベツね、メインに肉巻きにしましょうか。それなら夜のには間に合うかしら。

「エディ、このキャベツ何個までなら持てる?」

「この後に買い物がないなら、両手にそれぞれ抱えて三個づつか?」

「昼間に仕込みするなら、このままお肉も買いに行きたいわね。よし、それじゃおじさん、とりあえず四個いただけるかしら?」

「はいよ、まいどあり!」

 さすがに荷物持ちを買って出てくれていても、全てをエディに持たせるつもりもないので、半々で持ちつつ。他にもいくらか、サラダに使う用の野菜も一緒に買っていく。

 荷物になる食材をこれ以上増やす前に、注文だけで配達をお願いしているパン屋と酒屋に顔を出す。

 自分でもパンを焼けないことはないが、やはり提供量が多くなると追いつかない。
 となると、そこは専門家に頼るのが吉。
 パンもお酒も、翌日以降に必要な分を注文するので、自分で持ち帰らなくても配達をお願いしたので十分間に合う。
 普段通りに配達をお願いして、最後にお肉を買いに行く。

 雑多な朝市は、なにもミシュリーヌのように買い出し目的な客だけではない。
 新鮮な食材を求めて、家庭の台所を預かる奥様方が来ていることも確かだけれど。
 すでに調理済みの屋台を並べていることも多く、朝食のために朝市を訪れるのは、郊外にお勤めする人達だったり。
 温かいものをしっかり食べて、お昼は携帯食や傷まないように加工されたお弁当を。
 近辺に食べ物屋があるところで過ごす仕事なら、大抵は馴染みのお店ができてくる。
 それでも開拓地に向かう人も街にはいるわけで、周りは森、畑、川。となると、夜まで食べずに働くことも難しい。
 まとめて広場に屋台を開いてくれるなら、いろんなものを楽しめて見ていても嬉しくなる。

 広場の所定の場所に露店を構えるものの、また少し離れたところに常時開店している店を構えている人もいて、市になるのは、限定的な出張店のようなもの。毎日の宣伝活動も兼ねている。

 一通り買い出しを終えて、店に戻ってから遅めの朝食、もしくは早めの昼食をいただく。
 食べて、掃除をして、仕込みをしつつ食堂も開店。お客さんが来ないうちは、エディと並んで鍋を覗き込む。
 もうほんと、すっかり従業員をしてしまってる。

 ちょっと教えてみたら、思いの外飲み込みが早くて面白くなったのは否めない。
 今まで人に調理方法なんて教えることもなかったので、ミシュリーヌが感覚だけで作っていたものを、エディは綺麗に書きまとめていく。
 そしてそれをしっかりと再現していくのだから、アンナの言う「数日任せても大丈夫でしょう」は、実のところ数日どころでなくすっかり任せられるくらいだ。
 記憶をなくす前は、実はどこかの料理長でもしていたのでは……?
 そんな邪推をするくらいには、手際がいい。まぁそんな人はきっと、早朝から鍛錬なんてしないだろう。

「こんな感じで、挽肉にもしっかり味付けしてから湯に潜らせた葉っぱに包んで、破かないようにぎゅっと包んで、固定。あとはスープと一緒に煮込めば、夜用のメインの完成ね」

 説明しながらというよりも、やっている作業をとりあえず復唱している感じで、ミシュリーヌは手早く下ごしらえを進めていく。
 隣でレシピとして書き起こすのが一段落したら、エディも同じように作り出す。はじめはおぼつかない手つきでも、すぐに上達していくのは悔しい。

「週末、よく考えたら無理に食堂開ける必要もないんだけど。エディもお休みにしちゃう? お出かけしたいところとか、あるんじゃないの?」

「残念ながら、これといって特には。それなら、ミミがいないうちに料理の腕を上げておきたいなと」

「なんて熱心な……情熱を向ける方向が間違ってる気がしないでもないけど。まさかほんとにこの食堂乗っ取っちゃう?」

「そんなまさか。今は料理が面白いってだけかと。記憶が戻らないのは確かだけど、だいぶ気が紛れるのも事実で。これも現実逃避か?」

「あんな大怪我してるくらいだもの、いい思いはあまりしてないんだろうけど」

 異様に早く回復したといっても、大怪我をしたことには変わりないのだ。

「お世話になってる間くらいは、ここに貢献できるようにがんばるさ」

 大怪我した本人はさほど気にしていない風で、力こぶを見せる。
 頼もしいなぁと笑いながら、ミシュリーヌは週末用のメニューを考える。








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