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ろく
しおりを挟むアンナはミシュリーヌを連れて店を後にする。
路地から出てすぐの大通りに、馬車が待機。お客様として迎えにいくのだからとロランに手配されたが、実のところアンナの逃亡を防ぐためだったりする。
さすがは個人所有の馬車。乗り合いの辻馬車と違い、窓枠にガラス窓がついている。
「お待たせしてごめんないさいね、まさかこんなに早く来るだなんて思ってなかったから」
「衣装合わせするって言ったでしょう? 時間はいくらあっても足りないんだから」
これでもゆっくり来たつもりよ? とアンナは言うが、昼の部の終わりと同時とは思わなかった。夕方から言っていたので、夜の部が始まる前くらいかと勝手に思っていた。
「家のみんなが楽しみにしてるみたいで。早くはやくって急かされるのを、これでも押しとどめたくらいなんだから」
「時間の指定さえしてくれてたら、知らないわけでもないから向かったのよ?」
「私にも息抜きの時間をちょうだい……? 確かに夕方! としか言わずにだったから、行き違いにならないためにも迎えにきてよかったわ」
同じ街中に住んでいるとはいえ、多少の距離はある。当然、徒歩で動くよりも馬車の方が早い。
ミシュリーヌは普段から一歩ずれた近道を行くことが多いので、移動はもっぱら歩きばかりだ。
実際に家の前のような細い道に馬車の乗り付けはできない。一長一短はどこにでもある。
「今日は兄様もそわそわしてたのよ。浮き足立ってたっていうの? 久しぶりにミミが来るからって浮かれてるのよ」
「ロランがね……私に会っても珍しくもないでしょうに」
「とにかく、このあとはお人形さんしてもらうんだからね!」
「アンナのは……」
「私のはもう決まってるから。安心して、うちのメイドのセンスは悪くないから!」
むしろピカイチなんだから! と言いたげなアンナのツンデレ表現。
しばらく馬車に揺られて家に着くと、お待ちしておりました、と執事さんがお出迎えしてくれる。
歓迎してもらえるのは嬉しいけど、何度来ても慣れない。
うんと幼い頃はそうでもなかったはずなのに、馬車から降りてお出迎えされる、一連の流れに戸惑いを覚えたのはいつからだろうか。
挨拶だけしてアンナにグイグイと手を引かれ、部屋に連れて行かれる。初めてではないし、部屋の場所も覚えてるけど、やっぱり広い。私ってば、場違いすぎると思うのよね。
たどり着いたアンナの部屋では、すでにメイドさんが待ち構えていた。
えぇ、そりゃもう全力で獲物を狩る目をしている。
「さーて、それじゃあ片っ端から着せて行くわよ!」
アンナの号令を合図に、あれよあれよとミシュリーヌはひん剥かれていった。
え、あ、ちょっ待って、怖い怖い!
勢い余ってませんか皆さん!
正直、何着目になるのかわからなくなるくらい、文字通り着せ替え人形をして。
やっと決まったドレスに、今度は合わせるためのアクセサリーだ手袋だ靴だと、ミシュリーヌ以外の人間はアンナを含めて実に生き生きとしている。
私が借りるにしても、アンナって本当にお嬢様なのね、としみじみ思う。
いくら体型に大差がないにしても、靴までぴったりなものが揃えられているとは……。
「これ、絶対あなたのじゃないでしょう?」
じろりと睨みつけると、ばれた? と、優雅にお茶を飲みなら舌を出すという矛盾した芸当を披露するアンナ。
「実は兄様が張り切っちゃって。全部なんて言ってたら受け取らないのは知ってるから、今回着ていく分だけ贈るって」
この時間になるまで思い至らなかったわ……。
ロランは私を甘やかしすぎてるわよ……。
そこに男女間の感情はない。
ただの、と言っていいのか、アンナをひっくるめて妹カテゴリーとしてミシュリーヌも溺愛されている。それは知ってる。最近は目に見えての甘やかしはなくなったと思ってたのに。こんなに高価なもの頂くのもなぁ……。
「受け取らないと、兄様も満足しないから。ミミ、諦めて」
にべもない。
大変お似合いです! と、着付けてくれたメイドさんが絶賛する。
されるがままに身を任せているうちに、鏡の中には化粧こそしていないが、すっかりお出かけ仕様のお嬢様がいた。
「自分で言うのもおかしな感じだけど、似合うわね」
お団子でハーフアップにされた髪は、毛先をカールさせて肩口からふんわりと流れている。首元には控えめなクローバーのモチーフがきらりと光り、耳元にはお揃いのイヤリング 。袖が肘で絞られてから広がるレースなんて、普段なら調理の邪魔になりそうだと選択肢にはまずない。
コルセット不要を認められた腰回りは、それでも背面をリボンで締められた。飾りの後付けのリボンは、シフォン生地で見た目も軽やかだ。
レースの手袋に至っては、つけ心地も良く、ご令嬢としてはありえないほど痛んでいる指先をしっかりカバーしてくれている。
「とりあえず、そのまま食堂までお披露目に行っちゃいましょう。いい時間になってるから」
「いつの間にか空が暗くなってるなんて」
「明日は早い時間から用意するようになるんだから、ささっと食べて早めに就寝よ。パジャマパーティーは今回は我慢するから、客室も用意してるわ」
「アンナが別室まで手配してくれてるだなんて、至れり尽くせり。大丈夫? 無理してない?」
泊まりとなると、断固として同室にベッドを用意しておいて、話疲れて結局同じ布団を被って眠る、というのが今までだったのに。
「今の時点でも十分わがまま言ってるのは自覚してるから。というか、私も成長してるから!」
一人でも寝られるんだからね! と、真っ赤になりながら叫ぶアンナ。
ミシュリーヌは彼女の後ろで、クスクスと笑いを堪えているメイドさん達を見つけて、相変わらず可愛いなぁと微笑んだ。
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