下っ端公務員の俺は派遣のαに恋してる【完結済】

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居酒屋で

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カウンター席の奥、暖簾の内側は思ったより静かだった。
仕事帰りのサラリーマンが数組、ビール片手に笑っているだけ。
俺と朝比奈さんは、その端の二人席に並んで腰を下ろした。
木目のカウンターは手入れが行き届き、ガラス越しに厨房の明かりが見える。
香ばしい焼き鳥の匂いが鼻をくすぐり、空腹を思い出させる。

湯気の立つグラスにビールが注がれる。
一口飲んだだけで、張りつめていた胸の糸が少し緩んだ。

「残業、続いてますね」
「ほんとひどい。便利屋扱いだ」

自分でも驚くほど言葉が出た。
普段、職場で愚痴なんてこぼさないのに、
朝比奈さんの前だと、どうにも止まらない。

「野々宮さんって、真面目なんですね」
「そう見えるだけ。正直、もう疲れたよ」
「……疲れるのは、きっと要求以上のことができるからですよ」

その言葉に、少しだけ胸が温かくなった。
彼は俺の言葉の端々を丁寧に拾ってくれる。
目を向ければ、あの穏やかな瞳が真っすぐこちらを見ていた。

沈黙の合間、ビールの泡が小さくはじける音だけが響く。
その静けさの中で、朝比奈さんがぽつりと呟いた。

「――野々宮さん、もしかして、Ωですか?」

グラスを持つ手が止まった。
「え? お、俺はβだと思うけど……」
「そうですか?」
彼は笑った。声の調子はいつも通り穏やかで、冗談のようにも聞こえた。
「僕の勘、けっこう当たるんですけどね」

喉の奥にひゅっと空気が引き込まれる。
なんて返せばいいかわからず、ビールをもう一口飲んだ。
舌に残る苦味がやけに強く感じる。

「別に、悪い意味じゃないですよ」
朝比奈さんは続けた。
「優しい人だなと思って。
 相手のことを考えすぎて、自分が後回しになるタイプ……そういうの、だいたいΩっぽいです」

「……どういう偏見だよ」
笑って返したつもりだったのに、声が少し裏返った。
彼は小さく首を傾けて、
「偏見じゃなくて、観察です」と穏やかに言った。

その目が、一瞬だけ深く沈む。
冗談じゃない、と言うより、
“見えている”人の目だった。

「ね、野々宮さん」
「なに」
「手、ちょっと貸してもらえます?」

「え?」
問い返す間もなく、彼の指が俺の手に触れた。
温かくて、しなやかで、思っていたより力がある。

「ほら、こんなふうに」
そう言って、彼は俺の手のひらをそっと取った。
指先で軽くなぞる。
わずかに冷たい爪先が、皮膚をかすめていく。
その瞬間、背筋に電気が走ったような感覚がして、思わず息をのんだ。

「……っ」

手が、震えた。
驚きと緊張と、よくわからない何かが混じって、震えが止まらない。

朝比奈さんは何も言わず、その震えを確かめるように視線を落とす。
唇が、わずかに笑ったように見えた。

「やっぱり」
「……何が」
「僕の勘、当たるってことです」

それ以上、言葉が出なかった。
店の奥で氷の音が鳴る。
その小さな音が、やけに遠くに聞こえた。
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