下っ端公務員の俺は派遣のαに恋してる【完結済】

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βじゃいられない

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テレビではバラエティ番組が流れている。
けれど、内容なんてまるで頭に入ってこない。

「そういえば――」

 隣の朝比奈さんが、ソファに肘をかけながら言った。

「よく話題になりますよね。“何回目のデートで身体の関係を許すか”って」

「……え?」

「野々宮さんはどう思います?」

軽い調子なのに、真剣な目をしていた。
その眼差しに射抜かれて、思わず真面目に答えてしまう。

「……俺は、“いつでもいい”と思います」

「いつでも?」

「はい。一回目でも、一年後でも。
 お互いの気持ちがちゃんと一致していれば、
 それが“正解”なんじゃないかと」

一瞬、朝比奈さんの瞳が柔らかく揺れた。

「……そうなんだ」

その一言に、心臓が不自然に跳ねた。
笑っているのに、声の温度が妙に低い。

「だとするなら――」

朝比奈さんは缶を指で転がしながら、
口元だけでにやりと笑った。

「今の野々宮さんの気持ちは……?」

息を呑んだ。

朝比奈さんは、ソファの端で少し身をかがめていた。
呼吸がゆっくりで、整っているのに……なぜだろう、
その吐息ひとつが、やけに近く感じる。

胸の奥がずっとざわついていた。
体のどこか、普段意識しない場所が熱をもって疼いている。
アルコールのせいだろうか。
そう思い込みたかった。

酔いのせいにしたかった。だが、無理だ。
なぜなら俺は――寸分も酔っていなかった。

朝比奈さんは「酔ったみたいです」と自己申告していたが、
俺は希代のアルコール耐性を持つ男である。
唯一の特技であり、唯一の誇りでもある。
……が、今さら思えば、それがどれほど役に立たない才能か。

大学の頃から、飲み会でハメを外した奴の背中を摩り続けてはや数年、だ。その道のプロとも言える。


朝比奈さんがゆっくりとこちらを見た。
照明の明かりが彼の頬の紅を照らし、

笑みが、ほんの少しだけ――艶を帯びていた。

そして彼の指が、俺の手に触れた。
その瞬間、脈が跳ね、全身が震えた。

匂いがする。 
とても、好ましい。  

鼻の奥を抜けるその香りが、理性の輪郭を少しずつ削っていく。

心臓の音が、耳の奥から全身に響き渡る。

皮膚の下を、熱い何かが這いまわっているような感覚。

血流が沸騰し、体の芯から熱に変わっていく。

視界の輪郭が曖昧になり、

甘いフェロモンの匂いが呼吸のたびに肺の奥を焼くように焦がした。

何だ、これ。
知らない。知らないはずだ。

なのに――
この“疼き”を、俺のどこかが知っている。

 
MMOのチャットに流れていた言葉が、ふと蘇る。

〈βでも成人してからΩになること、あるらしいよ〉

まさか、そんな。

「……野々宮さん?」

呼ばれて、顔を上げる。
彼の瞳の色が、いつもより深く見えた。

朝比奈さんが、ゆっくりと近づいてきた。

「……ずるいですよ、野々宮さん。そんな顔されたら」

目が合う。
それだけで、息が詰まる。
穏やかで、優しい顔をしているのに、
どうしてこんなに逃げられないんだろう。

――これが、αなのか。

俺は、その匂いに反応している。

彼の手が頬をなぞり、息が触れ合う距離になる。

これ以上進んでしまえば終わりだとわかっているのに、
離れることができなかった。いや、むしろ欲しくて仕方がない。

抗えない。もう、βだとかΩだとか、どうでもよかった。 
ただ、朝比奈さんに触れて欲しいと思ってしまっている。

そして、耳元で囁かれた。

「……本当に、欲しくなっちゃいます」

胸の奥で何かが切り替わる音がした。

 もう、βじゃない。

 俺は――Ωなんだ。
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