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序章 白露の温室(雪割草)
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王都の外れ、星の庭と呼ばれる温室は、月銀で溶かした硝子でできている。夜露は音を持ち、ふるふると鈴のように鳴って、花の名前をそっと確かめ合う。
初めて扉を開けた日、リディアはレースの袖口をきゅっと摘まみ、硝子戸の隙間から“伺う”。白い吐息が硝子に輪を描き、小鳥が一羽、青い羽根でそれをつついて消した。小鳥の名はルフ。くちばしには、細い白のリボン。
(嬉しい。けれど、ちょっと、切ない)
親が決めた婚約——それなのに初顔合わせのひと目で、心がころんと跳ねた。どうして、なんて考えるほどに、嬉しさの奥の切なさが顔を出す。胸の真ん中がきゅっと温かい。
星木のベンチの向こう側に、彼がいる。黒の外套に雨粒。整った線。噂の「冷徹」は、近づいてみると、少しだけ居心地悪そうに揺れる睫毛をしていた。
「コンラッド様……」
呼びかける声が、レース越しにやわらかくほどける。リディアはおずおずと進み、膝の上で指を重ね小さな姿勢で座った。ベンチの端っこにちょこん。
「雪割草を、刺繍して参りました。……お好きだと、良いのですが」
差し出した白いハンカチに、細かな雪割草。コンラッドは一瞬、言葉の引き出しを探すように目を伏せ——
「実用的だ」
(こてん)
心の中で転がる音がしたのを、ルフが聞いて小さく囀る。リディアは慌てて笑って首を振る。
「いえ、あの、嬉しいです。そう言っていただけて」
彼はすぐに眉を寄せ、低く言い直す。「拙かった。……褒めたかったのだ。大切にする」
“拙かった”なんて、冷徹と呼ばれる人の口から出るのが少し可笑しくて、胸の奥に小さな灯が点る。リディアは袖口を握る指をゆるめ、そっと彼の横顔を“伺う”。月光を含んだ頬の線。整い過ぎた静けさ。
温室の硝子に映るふたりの影は、触れない距離で寄り添っていた。
——風が冷える。手袋を。
初めて扉を開けた日、リディアはレースの袖口をきゅっと摘まみ、硝子戸の隙間から“伺う”。白い吐息が硝子に輪を描き、小鳥が一羽、青い羽根でそれをつついて消した。小鳥の名はルフ。くちばしには、細い白のリボン。
(嬉しい。けれど、ちょっと、切ない)
親が決めた婚約——それなのに初顔合わせのひと目で、心がころんと跳ねた。どうして、なんて考えるほどに、嬉しさの奥の切なさが顔を出す。胸の真ん中がきゅっと温かい。
星木のベンチの向こう側に、彼がいる。黒の外套に雨粒。整った線。噂の「冷徹」は、近づいてみると、少しだけ居心地悪そうに揺れる睫毛をしていた。
「コンラッド様……」
呼びかける声が、レース越しにやわらかくほどける。リディアはおずおずと進み、膝の上で指を重ね小さな姿勢で座った。ベンチの端っこにちょこん。
「雪割草を、刺繍して参りました。……お好きだと、良いのですが」
差し出した白いハンカチに、細かな雪割草。コンラッドは一瞬、言葉の引き出しを探すように目を伏せ——
「実用的だ」
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心の中で転がる音がしたのを、ルフが聞いて小さく囀る。リディアは慌てて笑って首を振る。
「いえ、あの、嬉しいです。そう言っていただけて」
彼はすぐに眉を寄せ、低く言い直す。「拙かった。……褒めたかったのだ。大切にする」
“拙かった”なんて、冷徹と呼ばれる人の口から出るのが少し可笑しくて、胸の奥に小さな灯が点る。リディアは袖口を握る指をゆるめ、そっと彼の横顔を“伺う”。月光を含んだ頬の線。整い過ぎた静けさ。
温室の硝子に映るふたりの影は、触れない距離で寄り添っていた。
——風が冷える。手袋を。
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