花の王都の策士は、言い訳が多い(わたしの、いちばん好きなローラン様です)

星乃和花

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第8話 花言葉作戦、盛大に読み違えられる

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 花祭からしばらく経ったある朝。
 フロレアル家の執務室では、妙に色とりどりな紙束が広げられていた。

「……これは、何だ」

「『参事官のための、花言葉・恋愛応用一覧』です」

 カミーユが胸を張って答える。

「ノエルと共同制作しました。
 “策士のくせに口説き文句が遠回しすぎる問題”を解決するべく」

「問題にされた覚えはない」

「観測結果ですので」

 執務机の上には、几帳面な字でびっしりと書き込まれた一覧表が並んでいた。

 ──《基本セット》
 赤いバラ:あなたを愛しています
 白いバラ:純粋な愛・尊敬
 忘れな草:真実の愛・私を忘れないで
 カスミソウ:感謝・幸福
 ピンクのチューリップ:愛の告白・誠実な愛

 ──《応用セット》
 白百合:純潔・尊厳・あなたは私の光
 青い小花:信頼・ひかえめな愛
 スズラン:また会いましょう・幸福の再来

 などなど。

「……よくもまあ、ここまで書いたな」

「ノエルが楽しそうに追記していました。
 『お嬢様が気づかなくても、記録係としては満足です』とのことです」

「気づかなくていいのか」

「観測者にとっては、“参事官の糖度”が上がることが重要ですので」

 まったくもって失礼な二人である。

 ローランは、一覧表をひと通り眺め、それから静かに息を吐いた。

「……要するに、これを使って“わかりやすく”好意を示せということか」

「はい。“となり”や“覚悟”よりは、だいぶ伝わりやすいかと」

「まだ根に持っているのか、あれを」

「いえ、とても良い思い出です。
 ですが、そろそろ“明確に恋愛であると認識されうる信号”を送っていただかないと」

「物騒な言い方をするな」

 とはいえ、言い分はわかる。

 花祭の夜から、「好き」という気持ちは厚さを増し、
 ただ静かに心を占拠している。

 そのうえで、「理由収集期間」に入ってからというもの、
 自分の胸の内には、明らかに「期待」と呼ぶべきものも育ちつつある。

 それを、いつまでも“仕事上の信頼”の陰に隠しておくわけにはいかない。

(……どこかで、はっきりさせなければならない)

 ただし、いきなり「好きだ」と口にする勇気は、まだない。

 段階を踏みたい。
 策士である自分は、どうしても手順を考えてしまう。

「では、こういう案はいかがでしょう」

 カミーユが、別の紙束を取り出した。

「“花言葉作戦・三段階アピール計画”」

「……嫌な予感しかしないな」

「第1段階:さりげない花束で、“感謝”と“尊敬”を伝える。
 第2段階:メッセージカード付きで、“あなたを特別に思っています”を匂わせる。
 第3段階:本人を花に見立てた、決定的な花言葉でとどめ」

「“とどめ”と言うな」

 ローランは眉間を押さえた。

「だが……段階を踏むという点では、悪くない」

「ですよね」

「これで、君やノエルの観測メモに“参事官、いつまでも告白しない”と書かれずに済むなら」

「もうすでに数行書かれておりますが」

「……消せ」

 ひとしきり言い合いをしてから、ローランは観念したように頷いた。

「いいだろう。
 この“花言葉作戦”とやら、試してみる」

「かしこまりました。
 なお、ノエルから伝言です」

「何だ」

「『お嬢様が“業務だと思い込む可能性”を考慮しておいてください』とのことです」

「最初から不安要素を組み込むな」

 だが、その不安は、このあと見事なまでに的中することになる。

 ***

 その日の午後。
 リリアンヌは、フロレアル家の温室で、レースの新しい図案を描いていた。

 窓から差し込む光の下、白い布の上に細い線を重ねていく。
 花の模様が少しずつ形になっていく時間は、いつだって心を落ち着けてくれた。

「お嬢様」

 ノエルが、そっと温室の扉を開ける。

「お邪魔しても?」

「もちろん。今、ちょうど一段落ついたところです」

 顔を上げると、ノエルの後ろに、見慣れない花束が見えた。

「それは……」

「フロレアル家の花房より、参事官からのお届け物です」

「ローラン様から?」

 胸が、ふわりと跳ねた。

 ノエルがテーブルの上に置いた花束は、
 白いバラと、かすみ草が柔らかく組み合わされたものだった。

「わあ……きれい」

 思わず、感嘆の声がこぼれる。

 白い花びらに、かすみ草の小さな白が星屑のように散っている。
 全体に、優しく静かな雰囲気。

「“仕事の合間の休息用に”とのことです」

「休息用……」

 また、“息継ぎの話”だろうか。

(わたしが、ちゃんと休めているか、心配してくださっているのね)

 胸の奥が、じんわりと温かくなる。

「花言葉はご存じですか?」

 ノエルが、何気なさそうに尋ねた。

「えっ……し、白いバラ……?」

 リリアンヌは、必死に記憶をたどる。

(たしか、“尊敬”とか、“純粋な愛”とか……そんな感じだったような……?)

 だが、急に言われると、どれがどれだったか曖昧になる。

「かすみ草は、“感謝”と“幸福”だそうですよ」

「感謝と、幸福……」

「白いバラは、“あなたはわたしの光です”という意味合いもあるとか」

「ひ、光……!」

 リリアンヌの顔が、一気に真っ赤になった。

(光……光って、あの……
 ローラン様にとって、わたしは……?)

 脳内で、さまざまな妄想が暴走しかける。

 が。

「……きっと、“フロレアル家としての感謝と敬意”ですよね!」

 反射的に、そう結論づけてしまった。

「花祭から、わたしが温室をお借りしているから……
 その、お礼、のような」

 自分で言いながら、どこか安心してしまう。

(そうよね。
 ローラン様は、いつも“仕事として”丁寧に対応してくださる方だもの)

 ノエルは、何とも言えない表情で微笑んだ。

「……そういう解釈も、あるかもしれませんね」

「え?」

「いえ。
 お嬢様が嬉しそうなので、何よりです」

 ノエルは、そっと花瓶を用意して、花束を活けた。

 温室いっぱいに、かすかな香りが広がる。

「ローラン様に、お礼をお伝えしなければ」

 リリアンヌは、胸の前で手を重ねた。

「“いつも、最適な休息をご提案くださってありがとうございます”って」

「……その言葉を聞いた参事官のお顔が、楽しみですね」

 ノエルは、どこか含みのある声で微笑んだ。

 ***

「どうだった?」

 執務室で待機していたカミーユが、食い気味に尋ねた。

「お嬢様、“とても嬉しそう”でした」

 ノエルが報告する。

「白いバラの花言葉も、ぎりぎり半分くらいは思い出しておられましたよ。
 “尊敬”と“純粋な愛”あたりを」

「それで、“愛”のほうには気づいたか?」

「“フロレアル家としての感謝と敬意”という結論にたどり着かれました」

「見事なまでに、業務解釈だな」

 カミーユとノエルが、そろってため息をついた。

 ローランは、机の上で静かに頭を抱える。

「……俺の“あなたはわたしの光です”の意図は」

「“最適な休息環境の提供”として受理された模様です」

「ぐ……」

 花言葉作戦第1段階、あえなく業務化。

 だが、落ち込んでいる暇はない。
 策士は、失敗をすぐさま分析する。

「……つまり、“恋愛の花言葉”だと明示しなければ、
 業務用メッセージとして処理されるということだな」

「そうですね。
 お嬢様にとって“フロレアル家の花”は、基本的に“仕事道具”ですから」

「なるほど」

 ローランは、次の紙束を手に取った。

「ならば、第2段階だ」

「メッセージカード付きのアレですね」

「ああ。今度は、“あなたに向けた言葉だ”と、はっきり伝わるようにする」

「それを、世間では“ラブレター”と呼びます」

「そう言われると急激に難度が上がるな」

 とはいえ、すでに文面は用意してある。

 昨夜、何度も書き直し、破り、最終的に三行に絞ったものだ。

 ──《白百合へ。
   あなたがここにいてくれることに、
   日々、救われています。 ──ローラン》

 自分としては、かなり踏み込んだ内容だ。

「……これなら、さすがに業務とは思うまい」

「そう願いたいですね」

 ノエルとカミーユが、どこか遠い目をした。

 ***

 翌日。
 リリアンヌが温室に向かうと、テーブルの上に小さな花束が置かれていた。

 前日とは違い、今度は淡いピンクのチューリップと、青い小花の組み合わせ。
 その横には、封筒に入ったカードが添えられている。

「……!」

 胸が、どきんと跳ねた。

 そっと封を切る手が震える。

(これ……もしかして……)

 思い切ってカードを開く。

 そこには、見慣れた端正な文字が並んでいた。

『白百合へ。
 あなたがここにいてくれることに、
 日々、救われています。 ──ローラン』

「…………」

 しばし、脳がフリーズした。

(ひ、日々、救われています……?)

 ほっぺたまで一気に熱が上がる。

 だがその直後、
 “箱入り令嬢の内なる保身“が顔を出した。

「……これは、きっと、“業務評価”……!」

 思考が、妙な方向に滑り出す。

(そうよね。
 わたしが“ここにいてくれる”ことで、
 家同士の関係や、花祭の運営や、
 いろいろな部分が安定しているっていう……)

 冷静に考えれば考えるほど、
 「婚約者としての立場への感謝」という解釈が強化されていく。

(でも、“日々、救われています”って……)

 その一文だけが、どうしても胸に残った。

 救われている、という感覚。
 誰かの存在が、自分を支えてくれている感覚。

 それは、リリアンヌ自身が、
 ローランに対してうっすらと抱き始めている感情だったから。

「……ローラン様も、誰かに救われたいって、思うことがあるのかしら」

 胸の前で、カードをぎゅっと握りしめる。

「わたしで、少しでも……そう思っていただけているのなら……」

 そこまで考えたところで、ノエルが入ってきた。

「お嬢様」

「ノ、ノエル!」

 慌ててカードを閉じる。

「いま、ちょうど……その……」

「“業務評価表”をご覧になっていたところですね?」

「ぎ、業務……」

 リリアンヌは、思わず固まった。

「ち、ちが……くは、ないような……」

 曖昧な否定になってしまう。

 ノエルは、優しく微笑んだ。

「ピンクのチューリップの花言葉は、“愛の告白”だそうですよ」

「……っ!」

 再び、顔が真っ赤になる。

「こ、告白……」

「青い小花には、“信頼”や“ひかえめな愛”の意味もあるとか」

「ひかえめな……」

 急激な情報量に、リリアンヌの脳が処理落ちしかける。

「も、もしかしてこれは……」

「お嬢様の解釈にお任せします」

 ノエルは、そこでふっと口を閉じた。

「ただひとつだけ言えるのは、
 参事官が、昨夜ひどく悩みながら何度も紙を丸めていた、という事実だけです」

「紙を……」

「“文面の最適化”に、かなりの時間を費やしておられました」

 想像してしまい、胸がきゅうとなる。

(ローラン様が……わたしのために、
 そんなふうに悩んでくださっていたなんて)

 業務評価だろうが、花言葉だろうが、
 もはやどちらでもいい気がしてきた。

「……とても、嬉しいです」

 リリアンヌは、素直にそう言った。

「わたしがここにいて、ローラン様の“日々”の、
 少しでもお役に立てているのなら」

「きっと、想像以上にお役に立っていると思いますよ」

 ノエルは、やわらかく頷いた。

「お嬢様は、“参事官の誤差をちょっと甘くする担当”ですから」

「甘く……」

 何だかよくわからないけれど、褒められている気がした。

 ***

 そのころ、執務室では。

「どうだった」

 ローランが、落ち着かない様子で尋ねる。

「お嬢様、とても顔を赤くしておられました」

 ノエルが報告する。

「“業務評価かもしれない”と揺れつつ、
 最終的には“とても嬉しい”とおっしゃっていました」

「業務評価かもしれない、のか」

「はい。
 ただ、“救われています”の一文には、
 かなり心を動かされている様子でしたよ」

「……そうか」

 ローランの胸に、安堵と照れくささが同時に広がる。

(業務か恋愛か、曖昧なラインではあるが……
 少なくとも、“自分の存在が誰かの救いになっている”という感覚は、
 伝わっているということか)

 それならば、今はまだそれでいいのかもしれない。

「第2段階は、まあ……半分成功といったところでしょうか」

 カミーユがまとめる。

「“愛の告白”までは届いていませんが、
 “特別な相手である”という自覚は芽生え始めているようです」

「芽生え……」

「観測者としては、今後の成長が楽しみですね」

 ノエルとカミーユが、わざとらしく頷き合う。

「……君たちは、俺の恋路を植物か何かだと思っていないか」

「観測対象ですので」

「肥料をやりすぎると枯らしてしまいますので」

 好き放題である。

 とはいえ、第三段階まで用意されている以上、
 ここでやめるわけにはいかない。

「第3段階は、“本人を花に見立てた決定的な花言葉”でしたね」

 カミーユが、にやりと笑う。

「“白百合は、俺にとっての唯一の光だ”とか何とか」

「そんな露骨なセリフは言っていない」

「昨夜、そういう文案も一度書かれていましたよね?」

 ノエルがさらりと暴露する。

「途中で“糖度過多”と書いて破られていましたが」

「……覗き見は慎め」

 ローランは咳払いをひとつして、視線を逸らした。

「第3段階は、また改めて考える」

「“改めて考える”と言っているうちに、
 告白のタイミングを逃すパターンですね」

「そんな統計は存在しない」

「作りましょうか、参事官の過去データから」

「やめろ」

 そうやって口では言い合いながらも、
 ローランの胸の中では、ひとつの確信が育ちつつあった。

 ──花言葉作戦は、
  たしかに“策士の思惑どおり”には進まなかった。

 だが、リリアンヌの心のなかには、
 間違いなく「自分は大切にされている」という感覚が残った。

 それだけは、確かだと信じられる。

(……ならば、誤差込みで成功と言ってもいいのかもしれない)

 世界側の誤差。
 解釈の誤差。
 恋心の自覚の誤差。

 そういうものを全部ひっくるめて、
 “ひとり分じゃない灯り”になっていくのだとしたら――。

 策士は、少しだけ肩の力を抜いて、次の作戦を考えはじめるのだった。

 ***

 もし、この数日間のやりとりを、王都の記録係が書き残すとしたら――きっと、こんな注釈がつくだろう。

 ――本日付記。
  フロレアル家参事官、花言葉作戦を決行。
  第1段階「白いバラ+かすみ草」は、
  “最適な休息環境の提供”として受理されるも、
  お嬢様の笑顔ポイントは大幅に上昇。

  第2段階「ピンクのチューリップ+青い小花+メッセージカード」は、
  “業務評価”と“何かそれ以上”のあいだで揺れつつ、
  お嬢様の胸に“日々、救われています”という言葉を深く刻む。

  なお、この時点で、
  当人たちの心のグラフには、
  《恋愛感情(仮)》なる項目が、
  ひっそりと追加されている模様。
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