守護契約のはずが、精霊騎士の距離が近すぎて心拍がもちません―― 距離ゼロで溺愛でした。

星乃和花

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第2話:守護位置が“背後ぴったり”固定なんですが?

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 王都へ向かう道は、思ったよりちゃんと“道”だった。

 森を抜けると小川があり、草原がひらけ、遠くに山が見える。
 そして空は広い。
 リリィは感動しながら歩いていた。

「すごい……王都って、ほんとにあるんだ……」

「ある」

 背後から即答が来た。

 近い。
 今日も近い。

 リリィは、歩きながらそっと後ろを振り向く。

 ――いた。

 いる。
 当然のように、半歩どころか、ほぼ背中にいる。

 精霊騎士エヴァン。
 見た目は冷静で完璧に“強い人”なのに、距離感だけが世界のルールを知らない。

 リリィは昨日から、何度も思っている。

(守護って……こんなに、近い必要あるのかな……?)

 でも、聞けない。
 聞いたら“契約の常識”が崩れて、自分が恥ずかしくなりそうだから。

 そんなことを考えている間に、目の前に木の根っこが現れた。

「わっ」

 リリィの足がひっかかる。

 ――転ぶ!

 その瞬間。

 腰に、手が回った。

 ふわっと浮く感覚。
 リリィの体が宙に持ち上がり、次の瞬間には立ち直っていた。

「……危ない」

 エヴァンの声は冷静だった。
 しかし、リリィは冷静ではない。

「えっ、いま、えっ……? えっ!?」

 腰!
 腰を支えられた!
 しかも自然すぎて今さらリアクションしにくい!

「……だ、大丈夫です!ありがとう!」

「当然だ」

「当然!?」

 当然で済ませないでほしい。
 心臓が変なところに落ちた。

 リリィが胸元を押さえていると、エヴァンは視線を下げた。

「……心拍が乱れている」

「そ、それは……えっと……転びそうだったから……!」

「警戒しろ」

「はい……!」

 違う。
 乱れた理由はそこじゃない。
 でも言えるわけがない。

 リリィは誤魔化すように、早足になった。

 ――早足になっても、背後がぴったりついてくる。

 ぴったり。
 ぴったり。
 ぴったり。

(一定距離から離れない呪い……?)

 そんな想像をしてしまい、リリィはつい口に出した。

「あの……エヴァンさん」

「呼び捨てでいい」

「え、えっと……エヴァン」

 呼び捨て、慣れない。
 舌が転びそう。

「どうした」

「その……守護って、ずっとこの距離……?」

「そうだ」

 即答。

「えっ、えっと……離れたりしないの?」

「しない」

 即答の二連撃。

「えっ……」

「危険だから」

「危険……?」

 この平和な草原に危険があるようには見えない。
 空は青いし、風は気持ちいいし、鳥はのどかに鳴いている。

 リリィがきょろきょろすると、エヴァンは言った。

「お前が危険だ」

「えっ!? わ、私が!?」

 リリィは大ショックを受けた。

「え、えっと……私、そんなに危ない動きをしてました!?」

「転ぶ」

「転ぶのは……私のせいじゃない……!」

「迷う」

「それも……森が悪い……!」

「知らないものを触る」

「それは……好奇心が……!」

 リリィは反論しながら、しょぼしょぼした顔になっていった。
 全部正しい。
 正しいけど、悲しい。

 リリィがしょんぼりしていると、エヴァンが一瞬だけ間を置いた。

「……責めているわけではない」

「じゃあ……?」

「守る」

 それだけ。

 短い言葉なのに、なんだか温かい。
 リリィは勝手にほわっとしてしまう。

「……そっかぁ」

(守護って、やさしい仕事なんだなぁ……)

 リリィの解釈は今日も柔らかい。



 しばらく歩いていると、街道に小さな馬車が止まっていた。
 御者らしきおじさんが荷物を下ろし、汗を拭いている。

「あっ、すみません!王都って、この道で合ってますか?」

 リリィが話しかけようと前へ出る――

 その瞬間。

 エヴァンが、すっと前に出た。

 リリィとおじさんの間に、自然に入る。

(あ、前に出るんだ)

 ちょっと新鮮。
 前に出たら出たで頼もしい。

 おじさんは一瞬驚いた顔をし、次ににやっとした。

「おやおや。護衛付きのお嬢さんかい?」

「護衛……? 相棒です!」

 リリィは胸を張った。
 間違ってはいない。

「相棒ねぇ。なるほどねぇ」

 おじさんはニヤニヤしたままリリィを見た。

「王都はこのまま真っすぐ。
 でも、お嬢さん――彼氏さんに手、繋いでもらいな」

「えっ!? 彼氏!?」

 リリィは顔を赤くした。

「ち、違います!契約で!」

 言ってから、よく分からなくなった。

(契約で手を繋ぐって言ったら、余計それっぽいのでは……?)

 リリィが混乱している間に、おじさんは続ける。

「最近は魔物も出るからなぁ。
 お嬢さんみたいに可愛い子は狙われるぞ?」

 可愛い。
 その単語で、リリィは一瞬固まった。

「え、えっ……私、かわ……」

「……わかった」

 エヴァンが低い声で言った。

 次の瞬間、リリィの手を取った。

 ――ぎゅ。

「えっ」

 リリィは心臓が飛び跳ねた。
 おじさんの前で。
 道の真ん中で。
 普通に。
 当然のように。

 手が大きい。
 温かい。
 指が、しっかり絡まる――いや、絡んでる!?

「えっ、えっ、えっ!?」

 リリィがパニックになっている横で、エヴァンは静かだった。

「これでいい」

「これでいいじゃないよ!!」

 叫びたいが叫べない。
 村育ちのリリィには、王都の作法以前に“心の体力”が足りない。

 おじさんは満足そうにうんうん頷いた。

「いいねぇ。若いっていいねぇ」

「違いますってば……!」

 リリィが小声で否定していると、エヴァンは手を繋いだまま前を見ていた。
 何も悪いことをしていない顔だ。

 むしろ、

(なんでそんなに堂々としてるの……!)

 リリィは、顔を赤くしたまま歩き出した。

 ――手を繋いだまま。

 しかも、エヴァンの歩幅が大きいので、リリィは小走りになりがちだった。

「ちょ、ちょっと待って……早い……!」

「危険だ」

「危険って……今は誰も追ってきてないよ……!」

「可能性がある」

 可能性で手を繋ぐの。
 それ、毎日繋ぐやつでは?

 リリィが心の中でつっこんでいると、ふと、足元の石ころに気づいた。

「あ、石ころ!」

 蹴ってしまいそうになったので避けようとして――

 エヴァンが、手を引いた。

「わっ」

 リリィはバランスを崩し、
 そのまま――エヴァンの胸にぶつかった。

 ――ドン。

 近い。
 近い。
 近い。

「えっ」

 顔が上げられない。
 耳が熱い。

 しかしエヴァンは、平然としている。

 そして、当たり前のように言った。

「転ぶな」

「転ばないよぉ……!」

 リリィは泣きそうになりながら顔を上げた。

 すると。

 エヴァンの耳が、ほんの少しだけ赤い。

「……え?」

 リリィは一瞬固まった。

(もしかして……この人も……)

 思いかけて、首を振る。

 そんなわけない。
 精霊騎士だ。
 冷静だ。
 距離が近いのは契約だ。

 きっと。
 きっとそう。

「……歩く」

 エヴァンが言った。

 そして、リリィを離さない。

 手も繋いだまま。

 リリィはもう、笑うしかなかった。

「えへへ……守護って、大変なんだねぇ……」

「そうだ」

 エヴァンは、即答した。

 その横顔は、凛として格好いい。
 ――距離以外は。

 リリィはそっと、繋いだ手を見た。

 温かい。
 怖くない。
 むしろ、安心する。

(これが守護……なら……)

 リリィの心は、勝手にほわっとしていく。

 そして、
 エヴァンは小さく息を吐いた。

(――離すわけがない)

 そんなことを思ったのは、彼だけだった。
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