守護契約のはずが、精霊騎士の距離が近すぎて心拍がもちません―― 距離ゼロで溺愛でした。

星乃和花

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第4話:距離が近すぎて魔物が寄りつきません

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 ギルド登録を終えた翌日。

 リリィは、初任務の掲示板の前で、そわそわしていた。
 木の板に貼られた依頼書がずらり。
 字が多い。
 単語が難しい。

「えっと……これ……森の調査……? 魔物……?」

「それだ」

 背後から即答が来た。

 ――今日も近い。
 そして今日も、当然のようにリリィの肩の少し後ろに立っている。

 リリィは掲示板の紙を指でなぞりながら読んだ。

『王都近郊の森にて魔物の目撃報告。
 討伐ではなく、現状把握と安全確認。
 採取可能なら薬草も回収』

「調査なら……私にもできそう!」

 リリィがにこっとすると、近くにいた冒険者たちがちらっとこちらを見た。

「新人、あれか」
「精霊騎士の……」
「守護距離が近い子……」

 あ、また噂。
 リリィは恥ずかしくなって、そっと依頼書を剥がした。

「よしっ。これにします!」

「決まりだ」

 エヴァンが淡々と言う。
 淡々なのに、どこか“満足そう”な空気がするのが腹立つ。

(なんでそんなに堂々としてるの……)

 リリィは頬をふくらませながら、受付へ向かった。



 依頼の森は、王都から馬車で半日ほどの距離だった。

 担当のギルド職員がつけてくれた“同行冒険者”は二人。

 槍使いの青年、ジード。
 弓使いの女性、ミーナ。

 ふたりとも気さくで、リリィに優しかった。

「リリィちゃん、初任務?緊張してる?」
「う、うん……でも頑張る……!」

「大丈夫大丈夫。調査だし。
 ……っていうか隣の人の方が怖い」

 ミーナが小声で囁く。
 リリィは慌てて首を振った。

「怖くないよ!エヴァン、すごく親切だよ!」

 その瞬間、ジードが目を見開いた。

「え、今の“親切”判定、どこで出た?」

「転びそうな時に支えてくれるし……」
「うん」

「危ない時に抱えるし……」
「うん?」

「手も繋いでくれるし……」
「うんうん?」

 ジードとミーナは、顔を見合わせた。

 そして、同時に言った。

「……親切っていうか、溺愛じゃない?」
「違うよ!守護だよ!」

 リリィが即否定すると、ふたりは半笑いで肩をすくめた。

「守護ねぇ……」
「守護って便利な言葉だねぇ……」

 リリィは頬を赤くして、前を向いた。

 その背後で、エヴァンがいつも通り静かに立っていた。
 距離は近い。
 会話には入ってこない。
 でも――聞いている。

 リリィはなぜか、それがちょっと恥ずかしかった。



 森の入口に着くと、空気が変わった。

 木々の影が濃くなり、鳥の声が減る。
 草の匂いが湿っていて、音が小さくなる。

 リリィは自然と息をひそめた。

「ここ……ちょっと怖い……」

 ぽつりと言った瞬間。

 背後のエヴァンが、さらに一歩近づいた。

 ――ぴた。

 背中に、体温。

 リリィは目をぱちぱちさせた。

「え、近……」

「警戒しろ」

「う、うん……」

 警戒してるのは私じゃなくて、あなたの距離だけど。

 心の中でツッコミながらも、
 リリィはその温かさに安心してしまう。

 ジードが槍を握り直し、先頭を歩いた。

「よし、調査開始だ。
 魔物がいたら――」

「倒すの?」とリリィが聞く前に、ミーナが言った。

「倒すのは最後の手段。
 基本は“何がいるか”見るだけ。
 でも危なかったらすぐ撤退。わかった?」

「はいっ!」

 リリィは元気よく頷いた。
 初任務。がんばる。

 がんばる――と思ったのだが。



 森の奥へ進んで十分。

 ミーナが小声で言った。

「……あれ?」

「どうした?」ジードが足を止める。

「気配が……ない」

 リリィはきょとんとした。

「気配……?」

「魔物の、気配。
 報告ではここらへんに出るって話だったんだけど」

 ジードが眉をひそめる。
 ミーナが弓を構えたまま耳を澄ませる。

 リリィも真似して静かにしてみた。

 ……しーん。

 鳥も鳴かない。
 虫も鳴かない。

 森が、静かすぎる。

「……えっと」

 リリィは言った。

「森が……眠ってるみたい……」

 その言葉に、ミーナがリリィを見る。

「……それ、やばい時の静けさだよ」

「えっ」

 リリィが固まった瞬間。

 右の木陰が、動いた。

 ――黒い影。

 鋭い爪。
 長い牙。
 ぎらりと光る目。

「出た!」

 ジードが槍を構えた。
 ミーナが弓を引く。

 影は、魔物だ。
 狼みたいな形なのに、毛が黒く、目が赤い。

 ――でも。

 魔物は、リリィたちを見た瞬間。

 ぴた、と止まった。

 赤い目が、じっとこちらを見る。
 そして。

 目が、エヴァンを捉えた瞬間。

 ――ぞわっ。

 魔物の毛が逆立った。

「……?」

 ジードが首を傾げた。

 魔物は一歩後退した。
 いや、二歩、三歩。

 そして――

「ギャゥ……」

 怯えた声を漏らして、森の奥へ逃げた。

 逃げた。

「……え?」

 リリィが間抜けな声を出した。

 ジードもミーナも固まっている。

 数秒後、ジードがようやく口を開いた。

「……今の、逃げたよな」

「逃げたね」

 ミーナの声も、困惑している。

 リリィは目をぱちぱちさせた。

「えっと……魔物って……逃げるんだ……」

 そう言った瞬間、背後のエヴァンが言った。

「当然だ」

「当然!?」

 リリィが振り向くと、エヴァンはいつも通り真顔だった。

「何が当然なの……?」

「弱いものは、強いものから離れる」

 淡々。
 理屈は正しい。
 でもこの場で言うと変。

 ジードが、ゆっくりエヴァンを見た。

「……まさか、お前の圧?」

「圧ではない」

 エヴァンは即否定した。

「……威圧じゃないの?」

「守護だ」

 ミーナが静かに言った。

「え?守護って……魔物を逃がすの?」

「結果としてそうなる」

 結果としてそうなる守護、怖い。

 リリィは思った。
 でも声には出さなかった。

 出したら、守護の距離がさらに縮まりそうだから。



 その後。

 魔物は、出るたびに逃げた。

 木陰から目だけ覗かせて、
 エヴァンを見た瞬間、怯えて帰る。

 草むらが揺れたと思ったら、
 近づく前に引き返す。

 しまいには、遠くで鳴き声がするだけで姿すら見せない。

 ジードが、槍を肩に担いで言った。

「……討伐する前に、討伐完了してる」

「何それ」

 ミーナが笑ってしまう。

 リリィは、森の静けさの理由にようやく気づいた。

(みんな……逃げてる……)

 静かすぎる森。
 眠っているんじゃない。
 近づけないのだ。

 リリィはそっと、後ろを振り向く。

 ――エヴァンがいる。

 いつも通り、ぴったり。
 守護位置。
 背中の温度。

 リリィは小さく息を吐いた。

(……これ、守護って言うより……)

 言葉が見つからない。
 でもなんだか、とても頼もしい。

 そして――少し、誇らしい。

 ジードが歩きながら言った。

「リリィちゃんさ、魔物逃がす力あるの?」

「ないよ!?私、草を元気にするくらいだよ!」

「じゃあ、彼のおかげだ」

 ミーナが笑いながら、リリィの頬をつついた。

「愛されてるねぇ」

「ちがっ……!」

 リリィが赤くなると、背後のエヴァンが低い声で言った。

「動揺するな」

「動揺するよぉ……!」

 なんで、
 そんなに平然としてるの。
 リリィは心の中で泣いた。

 でもーー否定されない。



 調査を終えてギルドに戻ると、報告書を書くことになった。

 受付嬢が、例のニヤニヤ顔で待っていた。

「おかえりなさ~い。初任務どうでした?」

「えっと……魔物が……逃げました……」

 リリィが真面目に言うと、受付嬢は瞬きをした。

「逃げた?」

「はい……」

 ジードが横から言った。

「魔物、出てきたけど全部逃げた」

 ミーナが続ける。

「怖がってた。精霊騎士さまを見た瞬間に」

 受付嬢は、ゆっくりエヴァンを見た。

「精霊騎士さま……」

「守護だ」

 エヴァンは即答。

 受付嬢は、堪えきれずに肩を震わせた。

「ふっ……ふふっ……」

「えっ、笑ってる……?」

 リリィが戸惑うと、受付嬢は笑顔のままペンを取った。

「報告書、こちらでまとめますね。
 原因欄は……」

 受付嬢はさらさらと書く。

 そしてリリィに見せた。

【原因:精霊騎士の守護圧が強すぎるため、魔物が寄りつかなかった】

 リリィは、声にならない声を出した。

「守護圧って……なに……!?」

 受付嬢がにこにこ言った。

「便利な言葉ですよぉ?」

「便利にしないでぇ……!」

 ジードとミーナが腹を抱えて笑う。

「守護圧って最高だな!」
「伝説できたね、リリィちゃん!」

 リリィは真っ赤になって、エヴァンを見上げた。

「エヴァン……ほんとに、守護……?」

「そうだ」

 即答。

 リリィはくたっと肩を落とした。

「……そっかぁ……」

 納得したくないのに、
 なぜか安心してしまう自分がいる。

 そのとき、エヴァンが低い声で言った。

「……次は、もっと危険な任務になる」

「えっ」

 リリィがぱっと顔を上げる。

「でも、お前は大丈夫だ」

「どうして?」

 エヴァンは、ほんの少しだけ目を細めた。

「私が近いから」

 ――その言葉で。

 リリィの心拍が、また乱れた。

 受付嬢が、すかさずメモを取った。

【追記:契約者の心拍が乱れると、守護距離がさらに縮む可能性あり】

「追記しないでぇぇ……!」

 リリィの叫びが、ギルドに響いた。

 そして噂は、また一段階育った。

『精霊騎士と癒し系の子、
 “守護圧”で魔物を消したらしい』

 リリィだけが、それを知らない。
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