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第7話:ヒロイン、初めて“おかしい”に気づく
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その日の午後。
ギルドの掲示板に、少しだけ“嫌な匂い”のする依頼が貼られていた。
『王都近郊にて、精霊の暴走反応。
結界の乱れにより、魔物の出現が不安定。
調査と鎮静を要請』
リリィは依頼書を見上げて、首を傾げた。
「精霊が……暴走……?」
「危険だ」
背後からいつもの即答。
近い。
でも今日の声は、いつもより少しだけ硬かった。
リリィは不思議に思って振り向く。
「エヴァン、こういう依頼……苦手?」
「……苦手ではない」
否定はした。
でも、ほんの少しだけ間があった。
リリィは、胸の奥がちくっとした。
(なんでだろ。
エヴァンが“言葉にしないもの”があると、気になる)
いつもは鈍感で済ませられるのに。
今日のリリィは、少しだけ違った。
「……行く?」
「行く」
即答。
でも声は低く、決意が強い。
そのまま依頼が受理され、
リリィとエヴァンは現場へ向かった。
♢
森は、前回と同じ場所だった。
でも空気が違う。
木々がざわざわしている。
風がないのに葉が揺れる。
鳥が鳴かない。
空が、少し暗い。
リリィは無意識に、エヴァンの腕に近づいてしまった。
「……なんか……こわい……」
口に出した瞬間、背後が動く。
――ぴた。
いつもの守護位置。
でも今日は、ぴた、の度合いが強い。
背中に当たる体温が、くっきりわかる。
「……離れるな」
エヴァンの声が低く落ちた。
「う、うん……」
リリィは頷いた。
離れない。
離れたくない。
その感情が自分の中にあることに、まだ気づかないふりをした。
♢
森の奥へ進むほど、空気が重くなる。
リリィは耳を澄ませた。
すると、どこかで――
泣き声みたいな音がした。
「……え?」
リリィが立ち止まる。
それは子どもの泣き声にも似ていて、
動物の鳴き声にも似ていて、
でもどちらでもない。
森全体が、悲しんでいるみたいだった。
「精霊……?」
リリィが呟くと、エヴァンの腕が一瞬強くなる。
「……触れるな」
「でも……助けないと……」
リリィの言葉は、いつも通りの優しさだった。
困っているものを見ると放っておけない。
エヴァンは小さく息を吐く。
「……お前は、そうだ」
それは責める声ではなく、
どこか諦めたみたいな、でも愛おしさの混じった声。
リリィは胸がきゅっとした。
(今の、何……?)
わからない。
わからないけど、耳が熱い。
そのとき。
――カッ。
足元の地面が光った。
「えっ」
契約紋だ。
リリィとエヴァンの足元に、淡い紋様が浮かび上がる。
それはいつもの“守護の光”とは違う。
荒い。
波打つみたいに脈動している。
そして、森の奥から――
黒い霧が、吹き出した。
「うそ……」
霧は生き物みたいに蠢き、
木々の間から、何かの形を作り始める。
――魔物。
でも、前回みたいな狼ではない。
もっと大きく、もっと歪で、
精霊の悲鳴が固まったような姿。
リリィの喉がひゅっと鳴った。
「……あれ……」
「見るな」
エヴァンが言った瞬間。
リリィの体が、ふっと持ち上がった。
「えっ」
抱えられた。
完全に。
足が地面から離れる。
胸に抱き寄せられ、視界がエヴァンの外套で埋まる。
「えっ、えっ、えっ!?」
「動くな」
「む、無理だよぉ……!」
リリィが小声で叫ぶ間に、エヴァンは静かに前へ出た。
抱えたまま。
――抱えたまま、剣を抜いた。
金属音が、森の中で澄んで響く。
リリィは目を見開いた。
(片手で抱えて、片手で剣……?)
人間じゃない。
いや、精霊騎士だから人間じゃないんだけど。
エヴァンの背中は、いつもより大きく見えた。
「……鎮まれ」
エヴァンが剣先を向けると、
黒い霧の魔物がうねり、唸り声を上げた。
森全体がびりびり震える。
リリィは思わずエヴァンの服をぎゅっと掴んだ。
その瞬間。
エヴァンの腕が、さらに強くリリィを抱き締めた。
――痛くない程度に。
でも逃がさない強さで。
リリィは息を呑む。
「エヴァン……」
「黙れ」
「ひっ」
怖い声。
初めて聞いた。
リリィの胸が、ひゅっと縮む。
でもその怖さは、リリィに向けられたものではない。
森の奥の“歪み”に向けられている。
エヴァンの剣が光る。
光は白く、冷たい。
でもリリィの胸だけは温かい。
抱かれているから。
魔物が襲いかかろうとした瞬間。
エヴァンが、一歩踏み込んだ。
――ズン。
地面が鳴る。
空気が割れる。
剣が走り、黒い霧が裂ける。
なのに霧は消えない。
裂けても裂けても、悲しみが滲み出るように増える。
「……だめだ……」
リリィが呟く。
この霧は“敵”じゃない。
ただ苦しいだけの何かだ。
リリィは、抱えられたまま手を伸ばした。
「エヴァン、待って……!」
「触るなと言った」
「でも、これ……怖がってるだけだよ……!」
リリィの声が震える。
エヴァンの動きが、一瞬止まった。
その隙に、霧がうねり――
エヴァンの脚に絡みつこうとする。
「……っ」
エヴァンが避ける。
避けた瞬間、リリィの体が揺れた。
「わっ」
リリィの心臓が跳ねた。
――その瞬間。
エヴァンの目が、変わった。
静かな湖みたいな目が、
一瞬だけ獣みたいに鋭くなる。
守護。
守護本能むき出し。
「……離すな」
エヴァンの声が、低く、硬い。
次の瞬間。
リリィの体はさらに抱き寄せられた。
胸に押し付けられるほど。
息が詰まるほど近い。
「ち、近……!」
「黙れ」
「また黙れって言った……!」
リリィは涙目になった。
でも――怖いはずなのに。
怖くない。
だって、この腕の中は安全だ。
その事実が、リリィの胸をじんわり温めた。
そして、リリィは初めて“違和感”に触れる。
(……守護って……こんなに、必死になるもの?)
いつも“当然”って言う人が、
今は“必死”だ。
必死で、離さない。
それが、契約のせいだけじゃない気がした。
リリィの心拍が、静かに乱れ始める。
(だめ、条項……!)
でも今は、条項の恥ずかしさより、
もっと大きいものが心の中にあった。
――失いたくない。
自分の中にそんな願いがあることに、リリィは驚いた。
♢
霧の魔物は、なおも唸り、形を変える。
悲鳴は大きくなる。
森が泣いている。
リリィは息を吸って、震える声で言った。
「……エヴァン」
「黙れ」
「黙らない……!」
リリィは珍しく、反抗した。
エヴァンの動きが止まる。
リリィは、ぎゅっとエヴァンの胸元を握り、
小さな手を霧へ向けた。
「……こわかったねぇ……」
声は震えている。
でも、優しさは揺れない。
リリィの指先から、淡い光がこぼれた。
草を元気にする程度の、ちいさな癒し。
でも今は、それでいい。
霧の魔物が、一瞬だけ動きを止めた。
赤い目が、リリィを見た。
リリィは息を呑みながら、続けた。
「だいじょうぶ……
ここにいるよ……」
その言葉は、霧に向けたものでもあり、
自分に向けたものでもあり、
――エヴァンに向けたものでもあった。
霧が揺れる。
形が崩れる。
唸り声が、泣き声に変わっていく。
エヴァンが、小さく息を吐いた。
「……鎮まれ」
剣が光る。
でも今度の光は、切るためではなく――
包むための光だった。
白い光が霧を包み、
霧は、ゆっくりと森へ溶けていく。
最後に、ふわ、と風が吹いた。
森が、静かに息をした。
♢
戦いが終わったあと。
リリィは、まだエヴァンに抱えられたままだった。
「……終わった?」
「ああ」
返事は短い。
でも腕は緩まない。
緩めない。
リリィは小さく笑ってしまった。
「エヴァン、抱っこしたまま……」
「危険だ」
「もう危険じゃないよ……」
「可能性がある」
可能性で抱っこ。
もうなんでもあり。
リリィがくすくす笑うと、エヴァンは眉を少し動かした。
「……笑うな」
「笑っちゃうよぉ……」
リリィが言いながら、ふと真面目な顔になる。
さっきのエヴァンの声。
怖かった。
でも――それ以上に。
必死だった。
リリィは勇気を出して言った。
「……エヴァン、さっき……怖かった」
「……すまない」
エヴァンが即答で謝った。
即答で謝るなんて、珍しい。
リリィは首を振る。
「違うの。
私が怖かったのは、怒られたことじゃなくて……」
リリィは言葉を探す。
胸が、きゅっとなる。
口に出したら、戻れない気がする。
でも――
リリィは、口に出してしまった。
「……離れるのが、さみしかった」
エヴァンの動きが止まった。
空気が、一瞬で静まる。
リリィは慌てて続ける。
「あっ、ち、違う、えっと……守護がないと不安っていうか……!」
言い訳がぐちゃぐちゃになる。
でもエヴァンは、リリィを見下ろしていた。
その目が、いつもよりずっと柔らかい。
「……そうか」
短い返事。
でもその声は、優しかった。
エヴァンはリリィをゆっくり降ろした。
地面に足がつく。
その瞬間、リリィの胸が少しだけ落ちる。
(……やだな)
その小さな本音が、自分で自分を驚かせた。
でも次の瞬間。
エヴァンの手が、リリィの手を取った。
――ぎゅ。
「離れない」
低い声。
それだけで、胸の奥がふわっと温かくなる。
リリィは、ぽかんとしたまま言った。
「……それ、契約?」
「……契約だ」
ちょっとだけ間があった。
リリィは、気づいた。
その間に入ったものは、
“契約”だけじゃない。
でもまだ、その名前を知らない。
リリィは、照れくさくて笑った。
「……そっかぁ」
エヴァンは真顔のまま、リリィの背後に回った。
――ぴた。
いつもの守護位置。
でも今日は、その近さが少しだけ違って感じた。
守られているのではなく、
そばにいてくれる。
そんな風に。
ギルドの掲示板に、少しだけ“嫌な匂い”のする依頼が貼られていた。
『王都近郊にて、精霊の暴走反応。
結界の乱れにより、魔物の出現が不安定。
調査と鎮静を要請』
リリィは依頼書を見上げて、首を傾げた。
「精霊が……暴走……?」
「危険だ」
背後からいつもの即答。
近い。
でも今日の声は、いつもより少しだけ硬かった。
リリィは不思議に思って振り向く。
「エヴァン、こういう依頼……苦手?」
「……苦手ではない」
否定はした。
でも、ほんの少しだけ間があった。
リリィは、胸の奥がちくっとした。
(なんでだろ。
エヴァンが“言葉にしないもの”があると、気になる)
いつもは鈍感で済ませられるのに。
今日のリリィは、少しだけ違った。
「……行く?」
「行く」
即答。
でも声は低く、決意が強い。
そのまま依頼が受理され、
リリィとエヴァンは現場へ向かった。
♢
森は、前回と同じ場所だった。
でも空気が違う。
木々がざわざわしている。
風がないのに葉が揺れる。
鳥が鳴かない。
空が、少し暗い。
リリィは無意識に、エヴァンの腕に近づいてしまった。
「……なんか……こわい……」
口に出した瞬間、背後が動く。
――ぴた。
いつもの守護位置。
でも今日は、ぴた、の度合いが強い。
背中に当たる体温が、くっきりわかる。
「……離れるな」
エヴァンの声が低く落ちた。
「う、うん……」
リリィは頷いた。
離れない。
離れたくない。
その感情が自分の中にあることに、まだ気づかないふりをした。
♢
森の奥へ進むほど、空気が重くなる。
リリィは耳を澄ませた。
すると、どこかで――
泣き声みたいな音がした。
「……え?」
リリィが立ち止まる。
それは子どもの泣き声にも似ていて、
動物の鳴き声にも似ていて、
でもどちらでもない。
森全体が、悲しんでいるみたいだった。
「精霊……?」
リリィが呟くと、エヴァンの腕が一瞬強くなる。
「……触れるな」
「でも……助けないと……」
リリィの言葉は、いつも通りの優しさだった。
困っているものを見ると放っておけない。
エヴァンは小さく息を吐く。
「……お前は、そうだ」
それは責める声ではなく、
どこか諦めたみたいな、でも愛おしさの混じった声。
リリィは胸がきゅっとした。
(今の、何……?)
わからない。
わからないけど、耳が熱い。
そのとき。
――カッ。
足元の地面が光った。
「えっ」
契約紋だ。
リリィとエヴァンの足元に、淡い紋様が浮かび上がる。
それはいつもの“守護の光”とは違う。
荒い。
波打つみたいに脈動している。
そして、森の奥から――
黒い霧が、吹き出した。
「うそ……」
霧は生き物みたいに蠢き、
木々の間から、何かの形を作り始める。
――魔物。
でも、前回みたいな狼ではない。
もっと大きく、もっと歪で、
精霊の悲鳴が固まったような姿。
リリィの喉がひゅっと鳴った。
「……あれ……」
「見るな」
エヴァンが言った瞬間。
リリィの体が、ふっと持ち上がった。
「えっ」
抱えられた。
完全に。
足が地面から離れる。
胸に抱き寄せられ、視界がエヴァンの外套で埋まる。
「えっ、えっ、えっ!?」
「動くな」
「む、無理だよぉ……!」
リリィが小声で叫ぶ間に、エヴァンは静かに前へ出た。
抱えたまま。
――抱えたまま、剣を抜いた。
金属音が、森の中で澄んで響く。
リリィは目を見開いた。
(片手で抱えて、片手で剣……?)
人間じゃない。
いや、精霊騎士だから人間じゃないんだけど。
エヴァンの背中は、いつもより大きく見えた。
「……鎮まれ」
エヴァンが剣先を向けると、
黒い霧の魔物がうねり、唸り声を上げた。
森全体がびりびり震える。
リリィは思わずエヴァンの服をぎゅっと掴んだ。
その瞬間。
エヴァンの腕が、さらに強くリリィを抱き締めた。
――痛くない程度に。
でも逃がさない強さで。
リリィは息を呑む。
「エヴァン……」
「黙れ」
「ひっ」
怖い声。
初めて聞いた。
リリィの胸が、ひゅっと縮む。
でもその怖さは、リリィに向けられたものではない。
森の奥の“歪み”に向けられている。
エヴァンの剣が光る。
光は白く、冷たい。
でもリリィの胸だけは温かい。
抱かれているから。
魔物が襲いかかろうとした瞬間。
エヴァンが、一歩踏み込んだ。
――ズン。
地面が鳴る。
空気が割れる。
剣が走り、黒い霧が裂ける。
なのに霧は消えない。
裂けても裂けても、悲しみが滲み出るように増える。
「……だめだ……」
リリィが呟く。
この霧は“敵”じゃない。
ただ苦しいだけの何かだ。
リリィは、抱えられたまま手を伸ばした。
「エヴァン、待って……!」
「触るなと言った」
「でも、これ……怖がってるだけだよ……!」
リリィの声が震える。
エヴァンの動きが、一瞬止まった。
その隙に、霧がうねり――
エヴァンの脚に絡みつこうとする。
「……っ」
エヴァンが避ける。
避けた瞬間、リリィの体が揺れた。
「わっ」
リリィの心臓が跳ねた。
――その瞬間。
エヴァンの目が、変わった。
静かな湖みたいな目が、
一瞬だけ獣みたいに鋭くなる。
守護。
守護本能むき出し。
「……離すな」
エヴァンの声が、低く、硬い。
次の瞬間。
リリィの体はさらに抱き寄せられた。
胸に押し付けられるほど。
息が詰まるほど近い。
「ち、近……!」
「黙れ」
「また黙れって言った……!」
リリィは涙目になった。
でも――怖いはずなのに。
怖くない。
だって、この腕の中は安全だ。
その事実が、リリィの胸をじんわり温めた。
そして、リリィは初めて“違和感”に触れる。
(……守護って……こんなに、必死になるもの?)
いつも“当然”って言う人が、
今は“必死”だ。
必死で、離さない。
それが、契約のせいだけじゃない気がした。
リリィの心拍が、静かに乱れ始める。
(だめ、条項……!)
でも今は、条項の恥ずかしさより、
もっと大きいものが心の中にあった。
――失いたくない。
自分の中にそんな願いがあることに、リリィは驚いた。
♢
霧の魔物は、なおも唸り、形を変える。
悲鳴は大きくなる。
森が泣いている。
リリィは息を吸って、震える声で言った。
「……エヴァン」
「黙れ」
「黙らない……!」
リリィは珍しく、反抗した。
エヴァンの動きが止まる。
リリィは、ぎゅっとエヴァンの胸元を握り、
小さな手を霧へ向けた。
「……こわかったねぇ……」
声は震えている。
でも、優しさは揺れない。
リリィの指先から、淡い光がこぼれた。
草を元気にする程度の、ちいさな癒し。
でも今は、それでいい。
霧の魔物が、一瞬だけ動きを止めた。
赤い目が、リリィを見た。
リリィは息を呑みながら、続けた。
「だいじょうぶ……
ここにいるよ……」
その言葉は、霧に向けたものでもあり、
自分に向けたものでもあり、
――エヴァンに向けたものでもあった。
霧が揺れる。
形が崩れる。
唸り声が、泣き声に変わっていく。
エヴァンが、小さく息を吐いた。
「……鎮まれ」
剣が光る。
でも今度の光は、切るためではなく――
包むための光だった。
白い光が霧を包み、
霧は、ゆっくりと森へ溶けていく。
最後に、ふわ、と風が吹いた。
森が、静かに息をした。
♢
戦いが終わったあと。
リリィは、まだエヴァンに抱えられたままだった。
「……終わった?」
「ああ」
返事は短い。
でも腕は緩まない。
緩めない。
リリィは小さく笑ってしまった。
「エヴァン、抱っこしたまま……」
「危険だ」
「もう危険じゃないよ……」
「可能性がある」
可能性で抱っこ。
もうなんでもあり。
リリィがくすくす笑うと、エヴァンは眉を少し動かした。
「……笑うな」
「笑っちゃうよぉ……」
リリィが言いながら、ふと真面目な顔になる。
さっきのエヴァンの声。
怖かった。
でも――それ以上に。
必死だった。
リリィは勇気を出して言った。
「……エヴァン、さっき……怖かった」
「……すまない」
エヴァンが即答で謝った。
即答で謝るなんて、珍しい。
リリィは首を振る。
「違うの。
私が怖かったのは、怒られたことじゃなくて……」
リリィは言葉を探す。
胸が、きゅっとなる。
口に出したら、戻れない気がする。
でも――
リリィは、口に出してしまった。
「……離れるのが、さみしかった」
エヴァンの動きが止まった。
空気が、一瞬で静まる。
リリィは慌てて続ける。
「あっ、ち、違う、えっと……守護がないと不安っていうか……!」
言い訳がぐちゃぐちゃになる。
でもエヴァンは、リリィを見下ろしていた。
その目が、いつもよりずっと柔らかい。
「……そうか」
短い返事。
でもその声は、優しかった。
エヴァンはリリィをゆっくり降ろした。
地面に足がつく。
その瞬間、リリィの胸が少しだけ落ちる。
(……やだな)
その小さな本音が、自分で自分を驚かせた。
でも次の瞬間。
エヴァンの手が、リリィの手を取った。
――ぎゅ。
「離れない」
低い声。
それだけで、胸の奥がふわっと温かくなる。
リリィは、ぽかんとしたまま言った。
「……それ、契約?」
「……契約だ」
ちょっとだけ間があった。
リリィは、気づいた。
その間に入ったものは、
“契約”だけじゃない。
でもまだ、その名前を知らない。
リリィは、照れくさくて笑った。
「……そっかぁ」
エヴァンは真顔のまま、リリィの背後に回った。
――ぴた。
いつもの守護位置。
でも今日は、その近さが少しだけ違って感じた。
守られているのではなく、
そばにいてくれる。
そんな風に。
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