守護契約のはずが、精霊騎士の距離が近すぎて心拍がもちません―― 距離ゼロで溺愛でした。

星乃和花

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第8話:結論:相棒契約=恋でした(本人たちは無自覚寄り)

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 森から戻った夕方。

 ギルドの扉を開けた瞬間、空気がいつもよりざわついているのが分かった。

「……なんか、賑やか?」

 リリィが首を傾げると、背後のエヴァンが短く答えた。

「噂だ」

「また噂……?」

 リリィがちょっとだけ泣きそうな顔になる。

 王都は噂が育つのが早い。
 というか、ギルドは噂が主食みたいなところがある。

 リリィが受付へ向かうと、例の受付嬢が待ち構えていた。

 今日もにやにやしている。
 いや、今日はにやにやを通り越して“確信”の顔だ。

「おかえりなさ~い。
 精霊の暴走、鎮まりました?」

「はい……なんとか……」

 リリィが答えると、受付嬢はペンを走らせながら言った。

「“契約者の癒しで精霊が落ち着いた”って報告、上がってますよ」

「えっ、私……?」

「はい。ふふ。
 そして――」

 受付嬢は顔を上げて、にこっとした。

「精霊騎士さまの守護距離がさらに縮んだとも」

「縮んでないよぉ……!」

 リリィが思わず叫ぶ。

 しかし、その瞬間。

 背後のエヴァンが、いつもの守護位置から――
 さらに一歩、近づいた。

 ――ぴた。

 いや、ぴた、じゃない。

 ぴっっっった。

「縮んでる!!」

 リリィが抗議すると、エヴァンは淡々と言った。

「危険だ」

「ギルドの受付だよ!?危険じゃないよ!」

「可能性がある」

「可能性万能すぎるよぉ……!」

 ギルド内の冒険者たちが、どっと笑った。

「出た!可能性!」
「守護圧の次は可能性!」
「もうそれプロポーズだろ!」

 リリィは耳まで真っ赤になった。

(王都、こわい……!)

 しかし受付嬢は、笑いながらも少しだけ真面目な顔になった。

「……ところで」

 受付嬢はカウンターの下から、古い書物を取り出した。

 革の表紙。
 黄ばんだ紙。
 文字は古く、でも見た瞬間、エヴァンの目がわずかに細くなる。

「ギルドの保管庫で見つけました。
 “精霊騎士と契約者”に関する記録です」

「……見せろ」

 エヴァンが短く言う。

 受付嬢は頷き、ページを開いた。

 そこには、契約紋の図が描かれていた。

 ――リリィたちが持っている石板と同じ紋様。

 リリィは息を呑んだ。

「これ……私たちの……」

「ええ。
 そしてね、リリィさん」

 受付嬢は、ゆっくり読み上げた。

『精霊騎士の契約は、
 ただ魔力で結ばれるものではない』

 リリィはごくりと唾を飲み込む。

『契約者が“守られたい”と願い、
 守護者が“守りたい”と願ったとき、
 契約紋は現れる』

 ――願い。

 リリィの胸が、きゅっとなった。

(守られたい……?)

 そんなこと、考えたことあっただろうか。

 でも、思い返す。

 森で迷ったとき。
 怖かった。
 帰り道が分からなくて、どうしようもなくて。

 その時。

 エヴァンが現れて、
 「ついて来い」と言ってくれた。

 嬉しかった。
 安心した。
 ――守られたい、って思った。

 それは“弱さ”じゃない。
 ただの本音。

 受付嬢は続きを読んだ。

『契約は、互いの願いを満たすためにある。
 守護とは、戦うことだけではない。
 契約者の心を安定させることも含まれる』

 リリィの脳内に、あの夜のことが浮かぶ。

 抱擁。
 温かさ。
 落ち着くまで離れない腕。

(心を安定させる……)

 それって、守護?

 それとも――

 受付嬢は、最後の一文を読んだ。

『そしてこの契約は、
 しばしば“恋”と呼ばれる』

 ――恋。

 ギルド内が、一瞬静まった。

 静まり返った空気の中で、誰かがぽつりと呟く。

「やっぱりな……」
「知ってた……」
「むしろ本人たちだけ知らないやつ……」

 リリィは固まった。

「……恋……?」

 口に出しただけで、心臓が跳ねた。

 隣を見る。

 エヴァンは真顔だった。
 でも、いつもより少しだけ硬い。

「……エヴァン」

 リリィが小さく呼ぶと、エヴァンは短く返した。

「何だ」

「私……守られたいって……願ってたのかな……」

 リリィの声は震えていた。

 恥ずかしいからじゃない。
 怖いからでもない。

 ただ――
 “本当のこと”に触れてしまったから。

 エヴァンはリリィを見下ろし、静かに言った。

「……願っていた」

 断言。

 リリィは目を見開いた。

「えっ、わかるの?」

「わかる」

 短い答え。

 リリィは喉が乾いて、息を飲み込む。

「じゃあ……エヴァンは……」

 言葉が詰まる。

 守りたいって、願ってたの?

 その言葉を聞くのが怖い。

 でも聞きたい。

 リリィの指先が、無意識にエヴァンの袖をつまんだ。

 その小さな動きだけで、
 エヴァンの目が、ほんの少し揺れる。

「……私は」

 エヴァンが、ゆっくり言った。

「守りたかった」

 たったそれだけ。

 なのに。

 リリィの胸の奥が、ふわっと灯った。

 温かくて、眩しくて、
 息ができなくなるくらいの感じ。

「……そっかぁ」

 リリィは笑った。
 笑ったのに、目が少しだけ潤んだ。

 受付嬢が、わざとらしくため息をつく。

「はいはい。
 契約の核心、理解しましたね~」

 その声で、ギルド内の空気が戻る。

「よし!結婚しろ!」
「恋なら手を繋ぐのも抱擁も合法だ!」
「いやもう合法すぎて違法!!」

 リリィは真っ赤になって叫んだ。

「違います!相棒です!!」

 叫んだ瞬間。

 エヴァンが、真顔で頷いた。

「相棒だ」

 ギルド内「うわぁぁぁぁ!!」
 拍手と笑いが起こった。

 受付嬢は机を叩いて笑う。

「いや、もう……最高。
 リリィさん、“相棒”って言葉がどんどん甘くなってますよ」

「甘くないよぉ……!」

 リリィが泣きそうに言うと、
 エヴァンが静かに言った。

「甘い」

「エヴァンまで言わないで……!」

 リリィが顔を覆うと、エヴァンはいつも通りの声で続けた。

「結論。
 お前は私の契約者だ」

「うん……」

「守護する」

「うん……」

「離れない」

 その言葉だけは、契約じゃなく聞こえた。

 リリィは顔を上げる。

「……それ、契約?」

 もう一度。

 今度は少しだけ、勇気を込めて。

 エヴァンは一拍置いた。

 ほんの少しだけ間があって――

「……契約だ」

 そして、小さく付け足す。

「契約以上だ」

 ギルド内が一瞬静まり、
 次の瞬間、爆発した。

「言ったぁぁぁぁ!!」
「精霊騎士、言ったぞ!!」
「守護じゃないやつ出た!!」

 リリィは、顔が赤いのに笑ってしまった。

「……も、もう……王都、うるさい……」

「慣れろ」

 エヴァンが淡々と言う。

 リリィは小さく頷いて――

「うん。慣れる」

 そう言った。

 慣れる。
 この距離に。
 この温かさに。
 この人がそばにいることに。

 エヴァンは、当たり前のようにリリィの背後に回る。

 ――ぴた。

 いつもの守護位置。

 でも今日は、そこに少しだけ別の名前が付いた気がした。

 リリィは小さく呟く。

「……相棒って、いいね」

「いい」

 エヴァンが即答した。

 そしてその日から、王都での噂はこう変わった。

『精霊騎士と癒し系の子、
 守護契約のはずが――
 どう見ても恋だった』

 リリィだけは、まだこう言い続けた。

「相棒です!」

 エヴァンはいつも通り答えた。

「そうだ」

 ――その“そうだ”が、
 世界でいちばん甘かった。
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