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後日談4『“隣にいます”が口癖として定着して屋敷が慣れる(慣れないのは私の心臓)』
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最近、屋敷の空気が落ち着いている。
使用人たちが騒がなくなった。
こそこそも減った。
拍手も——しなくなった。たぶん。
理由は簡単だ。
皆が慣れたのだ。
執事長の常駐位置が、私の隣であることに。
(慣れるな!!
いや、慣れてくれた方が助かるけど!
でも!
“隣”に慣れた屋敷と、慣れてない私の心臓の温度差がすごい)
朝。
私は食堂へ向かう廊下で、前から来たメイドのミナに挨拶した。
「おはようございます、ミナ」
「おはようございます、お嬢様。……本日も、ええと」
ミナが言いかけて、ちらりと私の斜め後ろを見る。
そこにいるのは、もちろんユリウス。
ミナはもう“空気のように”ユリウスを受け入れている。
受け入れて、いる。
食堂に入ると、膝掛けが当然のように私の椅子にかかっていた。
誰も驚かない。
誰もざわつかない。
私だけが胸を押さえる。
紅茶が注がれる。
角砂糖が二つ。
札は——今日はない。最近は少ない。
少ないのに、ユリウスが代わりの言葉を増やしてくる。
「お嬢様」
「……何ですの」
「隣にいます」
——口癖になってる。
私はカップを持ったまま固まった。
隣にいるのは見ればわかる。
でも言う。わざわざ言う。
それが私の心臓に刺さる。
「……言わなくても、わかります」
「わかっていても、言います」
淡々と。清楚に。
やめて。言わないで。言ってほしい。
この矛盾が、むっつりの私を苦しめる。
私が固まっている間、料理長が皿を置いて言った。
「本日も、執事長は隣でございますね」
「はい」
ユリウスが普通に返事をした。
料理長も普通に頷いた。
「では、いつも通り二人分、温かめにいたします」
(料理長、何を“二人分”って——)
料理長が去る。
誰も笑わない。
誰も突っ込まない。
屋敷が慣れすぎている。怖い。
私は小声で言った。
「……屋敷が、あなたの距離感に慣れてしまいました」
「はい」
「なぜ、そんなに平然と」
「望んだ結果です」
即答。
私はむっとした。むっとしたのに、むっつりなので言えない。
言えない代わりに、膝掛けの端をつまむ。
ユリウスが、その動きを見た。
見て、すっと膝掛けを整える。
整えながら、小声で言う。
「まだ、慣れていませんか」
——図星。
私は、顔が熱くなるのを感じた。
慣れてない。
慣れたくない。
慣れたら、この胸の跳ねる感じが薄れる気がする。
薄れたくない。
でも毎回死にそう。
「……慣れるわけがありません」
「承知しました」
承知しました、と言って、やめるわけではない顔。
昼。
私は庭で花を摘んでいた。
今日は静か。風も柔らかい。
心臓も——落ち着いている。珍しく。
そこへ庭師が近づいてきた。
「お嬢様、こちらの花は——」
庭師が言いかけたところで、ユリウスの声。
「お嬢様」
私は反射で振り返る。
「はい」
「隣にいます」
(だから隣にいるって!)
庭師が「あ、いつもの」とでも言いたげに頷いた。
「はいはい、執事長は隣。ええ、承知しております」
(庭師が受け入れた!!!)
私はもう耐えられず、声を落としてユリウスに言った。
「……あなたの口癖、屋敷全体に伝染しています」
「良いことです」
「良くありません」
「良いです」
(また堂々と!!)
私は花束を抱えながら、ふっと息を吐いた。
その息が、少し笑いに混じった。
ユリウスが、当然のように言う。
「笑いましたね」
「笑っていません」
「笑いました」
「……あなたが変なことを言うからです」
私が言った瞬間、庭師が遠くで咳払いをした。
配慮。
配慮がありがたい。
でも恥ずかしい。
ユリウスは、小声で言った。
「お嬢様」
「……何ですの」
「隣にいるのは、安心ですか」
私は固まった。
その質問はずるい。
ずるいのに、答えたい。
私は花束の中に顔を埋めるふりをして、小さく言った。
「……安心です」
ユリウスが、ほんの少しだけ笑う気配がした。
「承知しました」
そして、口癖が出る。
「隣にいます」
私は、花束の陰で顔を赤くしたまま、負けた気がした。
——屋敷は慣れた。
私の心臓だけが、いつまでも慣れない。
でも、そのままがいいと、少しだけ思ってしまう。
使用人たちが騒がなくなった。
こそこそも減った。
拍手も——しなくなった。たぶん。
理由は簡単だ。
皆が慣れたのだ。
執事長の常駐位置が、私の隣であることに。
(慣れるな!!
いや、慣れてくれた方が助かるけど!
でも!
“隣”に慣れた屋敷と、慣れてない私の心臓の温度差がすごい)
朝。
私は食堂へ向かう廊下で、前から来たメイドのミナに挨拶した。
「おはようございます、ミナ」
「おはようございます、お嬢様。……本日も、ええと」
ミナが言いかけて、ちらりと私の斜め後ろを見る。
そこにいるのは、もちろんユリウス。
ミナはもう“空気のように”ユリウスを受け入れている。
受け入れて、いる。
食堂に入ると、膝掛けが当然のように私の椅子にかかっていた。
誰も驚かない。
誰もざわつかない。
私だけが胸を押さえる。
紅茶が注がれる。
角砂糖が二つ。
札は——今日はない。最近は少ない。
少ないのに、ユリウスが代わりの言葉を増やしてくる。
「お嬢様」
「……何ですの」
「隣にいます」
——口癖になってる。
私はカップを持ったまま固まった。
隣にいるのは見ればわかる。
でも言う。わざわざ言う。
それが私の心臓に刺さる。
「……言わなくても、わかります」
「わかっていても、言います」
淡々と。清楚に。
やめて。言わないで。言ってほしい。
この矛盾が、むっつりの私を苦しめる。
私が固まっている間、料理長が皿を置いて言った。
「本日も、執事長は隣でございますね」
「はい」
ユリウスが普通に返事をした。
料理長も普通に頷いた。
「では、いつも通り二人分、温かめにいたします」
(料理長、何を“二人分”って——)
料理長が去る。
誰も笑わない。
誰も突っ込まない。
屋敷が慣れすぎている。怖い。
私は小声で言った。
「……屋敷が、あなたの距離感に慣れてしまいました」
「はい」
「なぜ、そんなに平然と」
「望んだ結果です」
即答。
私はむっとした。むっとしたのに、むっつりなので言えない。
言えない代わりに、膝掛けの端をつまむ。
ユリウスが、その動きを見た。
見て、すっと膝掛けを整える。
整えながら、小声で言う。
「まだ、慣れていませんか」
——図星。
私は、顔が熱くなるのを感じた。
慣れてない。
慣れたくない。
慣れたら、この胸の跳ねる感じが薄れる気がする。
薄れたくない。
でも毎回死にそう。
「……慣れるわけがありません」
「承知しました」
承知しました、と言って、やめるわけではない顔。
昼。
私は庭で花を摘んでいた。
今日は静か。風も柔らかい。
心臓も——落ち着いている。珍しく。
そこへ庭師が近づいてきた。
「お嬢様、こちらの花は——」
庭師が言いかけたところで、ユリウスの声。
「お嬢様」
私は反射で振り返る。
「はい」
「隣にいます」
(だから隣にいるって!)
庭師が「あ、いつもの」とでも言いたげに頷いた。
「はいはい、執事長は隣。ええ、承知しております」
(庭師が受け入れた!!!)
私はもう耐えられず、声を落としてユリウスに言った。
「……あなたの口癖、屋敷全体に伝染しています」
「良いことです」
「良くありません」
「良いです」
(また堂々と!!)
私は花束を抱えながら、ふっと息を吐いた。
その息が、少し笑いに混じった。
ユリウスが、当然のように言う。
「笑いましたね」
「笑っていません」
「笑いました」
「……あなたが変なことを言うからです」
私が言った瞬間、庭師が遠くで咳払いをした。
配慮。
配慮がありがたい。
でも恥ずかしい。
ユリウスは、小声で言った。
「お嬢様」
「……何ですの」
「隣にいるのは、安心ですか」
私は固まった。
その質問はずるい。
ずるいのに、答えたい。
私は花束の中に顔を埋めるふりをして、小さく言った。
「……安心です」
ユリウスが、ほんの少しだけ笑う気配がした。
「承知しました」
そして、口癖が出る。
「隣にいます」
私は、花束の陰で顔を赤くしたまま、負けた気がした。
——屋敷は慣れた。
私の心臓だけが、いつまでも慣れない。
でも、そのままがいいと、少しだけ思ってしまう。
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